みちのわくわくページ

飛行機

○飛行機の話、空を飛ぶ話の本飛行くま

<出版年順>
人間の土地(1939)(サン=テグジュペリ)
ちがった空(1961) 最も危険な遊戯(1963) 本番台本(1966)(ギャビン・ライアル)
飛越(1966)(ディック・フランシス)、 ハワード・ヒューズ(1966)(ジョン・キーツ) 
大空のサムライ−帰らざる零戦隊−(1972)(坂井三郎)、 スタンレーの魔女(1974)(松本零士)
シャドー81(1975)(ルシアン・ネイハム)、 超音速漂流(1979)(トマス・ブロック) 
ライトスタッフ(1979)(トム・ウルフ)、 イエーガー(1985)(チャック・イエーガー他) 
エアフレーム−機体−(1996)(マイケル・クライトン)、 パイロット・イン・コマンド(1999)(内田幹樹)
始祖鳥記(2000)(飯島和一)、 幸吉空を飛ぶ(1997)(水木しげる)
囮たちの掟(2001)(フォーサイス)
永遠の0(2006)(百田尚樹)、 零戦少年(2015)葛西りいち

人間の土地 Terre Des Hommes(1939年)
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ作
(堀口大學訳 新潮文庫)
わくわくするというのとは違って、どちらかというと重たいのだが、個人的にはかなり好きで何回となく読み直している。
小型飛行機で郵便物が運ばれていたころに、そのパイロットだった作者が自分の仕事について書いたもの。
初めてのフライトや、先輩パイロットの話、砂漠に不時 着して遭難したときの話などが、たんたんと語られていく。
危険を承知で飛行機を操縦する気持ちやコクピットから世界がどう見えるかなど、こちらとしてはぼんやり想像するしかないのだが、それでもその心意気は伝わってくるような気がする。
堀口大學の訳がまた気持ちを高揚させてくれる。(2003.2)

この一言(No,9): 「途中。まだ二時間は日がある。トリポリの上空にはいったときには、ぼくはすでにサングラスをはずしていた。やがて砂が金いろに光りだした。なんと地球上 に、人影がまばらなことだ!」
おまけ情報: 平成十年発行の新潮文庫六十一刷改版では宮崎駿がカバー画を手がけ文章を寄せている。

ちがった空 The Wrong Side of the Sky (1961年)
ギャビン・ライアル作
(松谷健二訳 ハヤカワ文庫)
深夜プラス1」(1965)で有名なギャビン・ライアルは、第二次世界大戦中イギリス空軍のパイロットだったそうだ。
一匹狼のパイロットを主人公とした小説を幾つも書いているが、これもそのひとつ。彼の処女作でもある。
エーゲ海と北アフリカを舞台にした冒険活劇で、ダコダ輸送機のパイロット、ジャック・クレイが、旧友ケン・キトソンとともに、巨万の財宝の行方を追う。
インドの富豪(トウンガバドラの回教藩主)、美人秘書、ドイツ人ボディガード、リビアのギャング、ギリシャの警部など多彩な人々の思惑が絡みあい、さまざまな駆け引きを交えながら、宝探しの話が展開する。
腕に傷を負ったケンに代わって、ジャックが慣れないピアッジオで嵐の海を飛ぶところが白眉。
タイトルが(原題も邦題も)かっこいい。(2003.2)


最も危険な遊戯 The Most Dangerous Game(1963年)
ギャビン・ライアル作
菊池光訳 ハヤカワ文庫
フィンランドが舞台。水陸両用機を操縦するパイロットと狩猟の名手が、北欧の森で対決。(2003.2)

本番台本 ShootingScript(1966年)
ギャビン・ライアル作
菊池光訳 ハヤカワ文庫
映画のロケ隊に雇われた双発ダブ機のパイロットが、カリブ海で政治的陰謀に巻き込まれる。(2003.2)

飛越 Flyinng(1966年)
ディック・フランシス作
菊池光訳 ハヤカワ文庫
競馬シリーズの中に見つけた飛行機もの。
主人公は、貴族出身の馬丁頭。競争馬の空輸に絡む事件に巻き込まれ、見えざる敵に立ち向かううちに、失った名誉を取り戻していく。(2003.2)


ハワード・ヒューズ Howard Hughes
ジョン・キーツ著(1966年 アメリカ)
小鷹信光訳 ハヤカワ文庫
1905年、アメリカのテキサス州に生まれたハワード・ヒューズは、18歳で、亡くなった父の会社を受け継ぐ。ハリウッドに移って、映画製作をてがける一方、航空事業に着手する。
1930年、1年半の日数と400万ドルを投じて完成させた映画「地獄の天使」を公開、大ヒットとなる。
1935年、H−1機による時速567キロの世界最速記録、1936年ノースロップ機による単独無着陸アメリカ大陸横断で9時間27分の新記録、1938 年ロッキード社の「ニューヨーク万博1939年号」で3日19時間の世界一周最速記録をうち出す。
1943年、映画「ならず者」公開。物議を醸して大ヒット。
1946年XF−11試乗で墜落して大怪我を負い、1947年上院調査委員会の聴聞会でブリュースター上院議員との戦いの中、超大型輸送機<ヘラクレス> の試験飛行に成功する。
1948年、RKO会社を買収、また、航空事業の新部門としてエレクトロニクス企業を起こし、大研究施設を開設。1960年、ジェット機購入計画をめぐっ て新経営陣との間で訴訟を起こす。
普通だったらやりたくてもお金がなくてできないことを、お金があるからできてしまう。そのため、ハワード・ヒューズは年柄年中とてつもなく多忙だ。昼間航 空機の仕事でかけずり回ったあと、深夜スタジオに籠もって映画の編集をする。電話とオフィスをもたないので、部下も取引相手も必要な時に彼をつかまえられ ない。手帳を持たないので、約束をすっぽかす。服装に気を使わない。入口で守衛に止められて自分の会社に入れて貰えないこともあったし、高級ホテルで追い 払われたこともあったという。
アメリカの富豪というと、無意識のうちにカジュアルな衣服に身をつつんだ変人を思い浮かべてしまうのは、どうやら彼のイメージがあったせいらしいと気付く。(2005.5)

この一言(No.14):「自分の飛行機は自分で飛ばす。」
関連映画:「アビエイター

大空のサムライ−帰らざる零戦隊−
坂井三郎著(1972年)
光人社NF文庫(2003年 新装改訂版)

1916年(大正5年)生まれの海軍戦闘機操縦者による零戦空戦記。
筆者は、16歳で海軍に入隊し、戦艦霧島、榛名の砲手から試験を受けて海軍戦闘機操縦者となる(この転向の際には「榛名」で異端者扱いをされ辛い思いをしたという)。
三式初歩練習機による初めての飛行、初めての飛行作業、初めての単独飛行などの訓練の様子が、バンク(飛行機の左右の傾き)、三点の姿勢(前輪二個と尾輪一個計三個で支えられて立っている姿勢)、左上旋回の要領など、用語を交えて語られる。落下増槽、二十ミリ砲、七・七ミリ砲など、零戦の装備についての描写も追って出てくる。
訓練を終えた筆者は、九州の大村航空隊を経て台湾の高雄航空隊に配属されるが、1938年(昭和13年)、日華事変の際に中国大陸の第十二航空隊(中支)へ転属となり、漢口で九六式艦上戦闘機による初陣を果たす。
1941年一等飛行兵曹(一飛曹)。高雄航空隊に戻った彼は、日米開戦後の1941年(昭和16年)12月、零戦で台南基地からフィリピン、ルソン島までの片道四百五十浬(かいり。海里、ノット。1浬=1852m)、3時間の距離を爆撃機一式陸攻とともに往復して出撃を繰り返す。
その後、ボルネオ島バリックパパン基地へと移り、スラバヤ上空、マラン上空に出撃、1942年(昭和17年)4月、ラバウルへ(この移動の船中で発病、笹井中尉に看病してもらう)。程なくニューギニア東部南岸の要衝ポート・モレスビー攻略のため、ラエ基地に移動。中隊長笹井中尉以下9機の第二中隊で、坂井は二番隊小隊長。列機は、二番機本田二飛曹(半田飛曹長の強硬偵察に同行し戦死)、のち遠藤三飛曹、三番機米川三飛曹。ラエからポート・モレスビーに飛ぶには、途中海抜5千メートルのオーエン・スタンレー山脈を越えなければならない。(エンジンを被弾してスタンレーを超えられず、墜落死した山口中尉の無念が語られる。)別の隊で出撃したが空戦がなかったとき、モレスビー上空で三機で編隊宙返りをしてみせ、敵の米兵たちから「気に入った」いう内容の手紙が届いたというエピソードも紹介される。7月になると島の同じ側のブナ上空へも出撃するようになるが、戦況は悪化していく。敵側の爆撃隊は毎夜来襲、見方は飛行機が足りず、襲撃されるがままとなる。
8月、筆者らはラバウルへ引き揚げ、ソロモン諸島ガダルカナル島への出撃が命じられる。五百六十浬(東京−屋久島間と同距離らしい)というこれまでにない長距離飛行である。
その空戦中に単機でグラマン八機の攻撃を受け、頭部を負傷し、決死の帰還を果たす。目が非常によく、だれよりも早く敵機を発見することができた筆者は、このときのケガにより右目の視力をほとんど失ってしまう。
帰国した坂井は、横須賀海軍病院から佐世保の海軍病院に移る。飛曹長(准士官)に進級。1943年(昭和18年)の正月を母と迎える。
ラバウルへの復帰を望むが、4月から古巣である大村航空隊に赴任し、教官として練習生の指導に当たる。飛行訓練中に、零式練習戦闘機の車輪が中途半端に出てしまい、それをひっこめてまた出すために急上昇と急降下を行う話などは、微笑ましい。
1944年(昭和19年)6月、復帰して硫黄島に出撃。やがて味方の飛行機は一機もなくなり、米軍の大艦隊が押し寄せ、艦砲射撃が始まる。硫黄島では陸戦隊が編成されるが、坂井ら搭乗員は再出動のため内地に戻るよう指令が出る。島に残る仲間たちにうしろめたさを覚えながら、彼らは帰還する。
本の紹介文には、「九六艦戦、及び零戦で200回以上戦場に出撃し、64機を撃墜とした」とある。確かに、筆者は、戦闘中は敵機を落とすことに専心し、攻撃した敵機がどうなったか見届けられなかった場合は撃墜した数に入れていいものかどうかと帰還してから上官に相談する場面なども出てくるが、本文中では何機落としたということはあまり語らず、二番隊隊長として列機を一機も失わなかったこと、飛行機をこわさなかったことを繰返し述べて自慢している。
初陣での中国の南昌基地攻撃後、基地に降りてから自分が初めて倒した敵兵が二人折り重なって倒れて腐乱死体となっているのを見つけて埋葬したり、ニューギニアで後方に回って見えたエア・コブラ(P-39)の操縦士が自分の機の存在に気付かずあまりにのんびりしているので一瞬躊躇しながらも撃墜し、撃った後に操縦士の落下傘が開くことを期待していたらとうとう落下傘が見えなかったのを残念に思ったり、ラエ基地を単独で襲撃してきた敵の爆撃機を追撃したとき、兵士らが落下傘で脱出して海上に逃れたものの、フカに襲われて死ぬところを目撃して慄然としたり、ガダルカナル上空で攻撃して負傷させたグラマンの操縦士と目が合って敵にも自分にも憐れを感じたりなど、自分で撃墜しておきながらその後の敵兵の様子を見て、暗澹たる思いにかられるという記述が繰返し出てくる。一方、航続距離の長さと小回りのきく機動性が売り物の零戦は、軽量化のため、機体は敵からの銃撃に対して至って無防備であり、零戦の操縦士は救命道具であるはずの落下傘を(重いので)機内に持ちこむことはない。操縦士たちは出撃のたびに死を覚悟する。文字通り、死と隣り合わせの毎日である。
訓練から始まって、数多くの実戦の様子が率直に臨場感いっぱいに描かれている。いいとか悪いとかかっこいいとか人をたくさん殺しているとかかわいそうとか、いろいろ人は言うだろうが、何度も実戦に赴いた零戦パイロットの目を通して伝えられる機上からの光景に、わたしは圧倒され続けた。
NF文庫版は、本文に登場する飛行機の写真が適宜掲載されていて、親切である。(2015.9)
<本記に登場する連合国側の飛行機>
ルソン上空:B-17(「空の要塞」。ボーイングB-17フライング・フォートレス)、P-40(カーチスP-40ワーホーク)
スラバヤ上空:カーチスP-36
マラン上空:バッファロ(ブリウスター・バッファロ)
ラバウル基地来襲:B-26マローダー
ポート・モレスビー:「空の毒蛇(エア・コブラ)」(P-39)、B-26、スピットファイア(イギリス機) 
ラエ基地来襲:B-25ミッチェル、B-26、B-17
ブナ上空:ロッキードA29ハドソン双発爆撃機
ガダルカナル上空:グラマンF4Fワイルドキャット(「直角に切り落としたような主翼、零戦にくらべて非常に角ばった形。」とある)、ダグラスSDBドーントレス
硫黄島:グラマンF6F-5ヘルキャット、TBFアベンジャー急降下爆撃機、PBYコンソリデーテット双発飛行艇

スタンレーの魔女
松本零士(1973・昭和48年少年サンデー掲載)
少年サンデーコミックス(1974)  小学館

戦場まんがシリーズ「スタンレーの魔女」の中の一遍。高校生のときに古本屋で入手。「大空のサムライ」を読んだのを機に再読した。
太平洋戦争のニューギニア戦線。スタンレー山脈を越えてポート・モレスビーを攻撃する爆撃隊員たちの話。出戻(中尉)、足立(一飛曹)、大平(二飛曹)、流山、熊田、尾有、敷井ら七人は、すぐ戦闘機をおしゃかにしてしまう落ちこぼれのチームである。
操縦士の敷井は、ファントム・F・ハーロックという航空探検家の本「スタンレーの魔女」を愛読している。ハーロックが愛機「わが青春のアルカディア号」で唯一敗北して越えられなかったスタンレー山脈は間近にある。
一同は、おんぼろの一式陸攻(一式陸上攻撃機)で出撃、敷井はハーロックが越えられなかったスタンレー山脈を自分の操縦で越えたことに感動する。
攻撃を終えた帰路、追って来る敵機スピットファイアに対し、味方の零戦が決死の援護をしてくれる中、敷井は被弾し片肺となった一式陸攻でなんとかスタンレー山脈を越えようとする。遂に越えたと思って振り向くと機内にはだれもいない。敷井がスタンレーを越えられるよう、重量を軽くするため、仲間たちが次々と飛び降りていったのだった。
コンパクトな中に、あこがれの飛行機乗りとなった青年敷井の飛行機への思いとともに、爆撃機仲間や味方の零戦パイロット、片翼で山を越えて見せろと攻撃せずに去る敵機パイロットなどそれぞれの立場の男たちの侠気がさりげなく詰め込まれ、さらに自然の脅威も描かれた、戦場マンガの傑作ではないかと思う。
「大空のサムライ」を呼んで「スタンレー」という地名が出てきた時、真っ先に思い出した。
宇宙戦艦ヤマトのスターシャのような女性の目が山脈のところに浮かんでいて、「魔女が笑っている」というのが印象的だった。(2015.8)

シャドー81 Shadow 81(1975年)
ルシアン・ネイハム作
中野圭二訳 新潮文庫
旅客機を人質に、前代未聞の身代金受け渡しが行われる。(2003.2)

超音速漂流 Mayday(1979年)
トマス・ブロック作
村上博基訳 文春文庫
※2001年にネルソン・デミル+トマス・ブロック名義で改訂新版発行 
航空機パニックものの傑作。
何かの陰謀が絡んでいたはず。(2003.2)


ライトスタッフ The Right Stuff(1979年)
トム・ウルフ著
中野圭二、加藤弘和訳 中公文庫
映画「ライトスタッフ」の原作となった書。
宇宙飛行士の話は、たしかに興味深いのだが、映画からたどって来たせいで、やはり音の壁を破った男チャック・イエーガーの方に夢中になってしまった。 (2003.2)


イエーガー 音の壁を破った男 Yeager: An Autobiography(1985)
チャック・イエーガー、レオ・ジェイノス著
関口幸男訳 サンケイ出版
そのチャック・イエーガーの伝記である。
映画でサム・シェパードが演じたイエーガーは、思慮深く物静かな男であったが、本人はどちらかというと陽気できさくな飛行機野郎といった感じ。
周囲の人の証言を交えながら、将軍にまで登りつめた飛行機乗りの一生がつづられていて、関心のある人にとっては魅力的な一冊です。(2003.2)


エアフレーム −機体− Airframe(1996)
マイケル・クライトン作
酒井昭伸訳 ハヤカワ文庫 上・下巻
香港からロサンジェルスに飛ぶ大型旅客機に事故が起こった。航空機製造会社のIRT(事故原因究明 チーム)が、謎の解明に乗り出す。担当副部長のケイシーは、困難な調査に取り組むうち、ある企てに気づいていく。組合との険悪な雰囲気や、悪意に満ちたテレビ局の取材に、果敢に立ち向かう彼女の姿が印象的。
IRT、FSDO(飛行標準管理事務所)、FDR(フラット・データ・レコーダー)、QAR(クイック・アクセス・レコーダー)、CVR(操縦室音声記録 装置)、AUX(補助動力装置)などアルファベット3〜4文字の専門用語がやたらと飛び交って混乱する(ロサンジェルス国際空港ですらLAXと言わなけれ ばならない)が、とにかく大型旅客機がものすごく大きくて、部品も百万くらい必要で、それを作って維持するのはものすごく大変なんだなあ、ということは感 じた。(2003.2)


パイロット・イン・コマンド
内田幹樹著(1999年)
新潮文庫
全日空で国内線、国際線の機長を務め、操縦教官としてパイロットの教育に当たっていた経験を持つ著者による機上サスペンス。
ニッポンインター202便は、ロンドンを発って北欧、シベリア上空を夜間飛行し、早朝成田に到着する、ボーイング747-400型ジャンボ機である。
その日、ロンドンのヒースロー空港を旅立った202便には、何度もトラブルを起こしている要注意旅客(トラブル・パッセンジャー)と、特殊旅客として護送中の国際犯罪者新庄が乗り合わせていた。彼らの存在を気にかけつつCAたちは、機内の業務に勤しむ。
やがて、日本海上空に達し、フライトも終わりに近づいた頃、第二エンジンが炎上、機内はパニックに襲われる。最初の衝撃で二人の機長が倒れてしまい、機の運命は、副操縦士江波の手に委ねられる。減り続ける燃料をなんとか持たせ、セスナ機に乗り始めたというCAの夏子の協力を得て、彼は、着陸を試みる。
前半は、フライト前のブリーフィングから語られるコクピット・クルーと客室乗務員との確執や、独善的で高圧的な嫌われものの機長の存在など、乗務員たちの個性や人間関係にはじまって、要注意旅客へ対応したり、見物希望の飛行機好きの少年をコクピットに誘導したり、食事を配ったりと、機内でのCA達の働きぶ りなどが描かれる。そうした描写だけでもなかなか興味深いものがあるが、後半、事故が発生し、CAや副機長江波が緊急事態に対応していく様子は、臨場感に あふれていておもしろい。一人で全てをこなさなければならない江波が、飛行機好きの少年にエンジンの破損状態を聞いたり、特ダネを狙った近づいてきたマス コミ関係の小型機にも協力を頼むあたりはユニークだ。
怜衣子や夏子やひとみやゆかりなどCAたちの私的な事情の描かれ方が中途半端だったり、あれだけ存在感のあった砧機長が後半完全に消えてしまったり、江波が好意を寄せるCAが定まらなかったり、エピローグに描かれる関係者のその後があまりに切なかったりと、ちょっと腑に落ちない点も残るのだが、フライト中の乗務員の様子や事故発生時の様子など、リアルで緊迫感があって実に読み応えがあった。
また、プロローグにおいて語られる、02便のコクピットから見える風景、ロンドンから、アムステルダム、バルト海、スカンジナビア半島、ペテルブルグを経 て、シベリア上空を飛ぶ間の空と地上の描写は美しく、感動的である。(2008.8)


始祖鳥記
飯島和一著(2000年)
小学館文庫
人々が飢饉と悪政に苦しむ天明年間に、凧に乗って空を飛んだ「鳥人」幸吉の生涯を描く。
幸吉は、岡山の海沿いにある村八浜で旅館を営む家の次男として生まれる。彼は、弟弥作とともに岡山城下で銀払いの表具師をしている伯父紙屋藤介のもとにひ きとられ、やがて兄弟は、揃って腕のいい表具師として名を挙げる。
が、幸吉は、「鳥のように空を飛びたい」という望みを持ち、表具師の腕を活かして巨大な 凧をつくり、それに乗って空を飛ぶことを試みる。
やがて、彼の飛行は、「鵺さわぎ」となって世間の人々の口に上り、公儀を批判する悪行とされる。幸吉は 1ヶ月の入牢ののち、財産を没収され、所払いの刑に処される。
故郷の八浜に戻った幸吉は、買積船の船頭となっていた昔なじみの源太郎に誘われ、船に乗り込む。
3年間を船乗りとして過ごした後、幸吉は、駿府城下に落ち着いて木綿屋業を営む。事業はうまく行くが、やがて町頭である三階屋甚右衛門に凧揚げ行事のための凧づくりを依頼されたことをきっかけに、彼の中に再び、空を飛びたいという欲望が蘇る。
幸吉は、木綿屋の経営を養子とした甥の幸助に任せ、自身は隠居し備考斉と名乗って入歯づくりを始める。が、その一方で秘かに凧をつくり、再び空を飛ぶ計画を進める。
三部構成。一部は、八浜での幸吉の少年時代から、岡山城下での鵺さわぎによる幸吉の捕縛までが描かれる。
二部は一転、江戸の西、下総行徳の地廻り塩問屋巴屋伊兵衛の商い話へと移る。
幕府の指定するたった4件の下り塩問屋に塩の売買を占有されている状況を打破するため、伊兵衛は、質のいい古積塩を精製し、独自の販路を切り開こうとしていた。彼は、原料の塩の入手先を求めて西国へ旅をし、そこで源太郎と運命的な出会いをする。伊兵衛の人となりに打たれた源太郎は、塩を運ぶ決意をする。所払いになっていた幸吉を誘い、遠州灘を超える困難な航海に挑む。
三部は、船を下り、駿府城下に落ち着いた幸吉が、再び飛行に挑むまでが描かれる。
幸吉はじめ、行徳の塩問屋巴屋伊兵衛、船頭福部屋源太郎、ベテラン航海士杢平、駿府の町頭三階屋甚右衛門など、男気あふれる登場人物が次から次へと登場、 場面も、空を飛ぶ話から、塩問屋の壮絶な商い話に変わったかと思うと、船乗りたちの困難極まる航海の様子へ、そして駿府城下の町の様子へと、次々と変わ り、それぞれが興味深く、飽きさせない。
それでも、やはり空を飛ぶ場面がいい。
甥の幸助の誕生の際に十数年ぶりに弥作と帰郷した幸吉が、八浜の実家の屋根の上から飛んでたちまち落下したときの失敗談。
29歳の時、ただ飛びたい一心で夜な夜な飛行実験をし、川べりに集まった物見客の間に着陸するに当たって、ついに捕縛へと至る「鵺さわぎ」の顛末。
それから何年も後、駿府での凧の揚げ収め行事で、幸吉が久しぶりに腕をふるって連凧をつくり、見事にそれを操ってみせて人々の目を引く場面は爽快だ。
そして、享和3年(1803年)正月。47歳の幸吉が、綿密な計画の末に、助走をつけて60メートルの崖から飛び立って駿府城下をゆうゆうと滑空する場面は、 実に感動的である。(2008.9)


幸吉空を飛ぶ
水木しげる著 
小学館文庫「東西奇ッ怪紳士録」(2002年)所収(もとは1997年ごろビッグゴールドに掲載))
「始祖鳥記」と同じ題材を水木しげるが漫画に描いている。岡山の表具師幸吉が、実家の屋根から飛ぼう として失敗したこと、岡山城下で飛行して旭川川岸で行楽する人々のなかに着陸して騒ぎとなり逮捕されて所払いになったこと、その後駿府でも飛んでもう一度 所払いになったことなど、共通するできごとが描かれているが、始祖鳥記の幸吉が天才肌の技師であり飛行への志を貫く不屈の男として描かれているのに対し、 こちらは、ユーモラスな奇人として実にほんわかと描かれている。(2008.9)

零戦少年
葛西りいち著(2015)
ヤングチャンピオン・コミックス 秋田書店(2015)

朝日新聞の書評で見た。著者(女性)は、自身の進路に迷っていた18歳のころ、大分でコンビニを経営していた祖父のもとに身を寄せ、戦争の話を聞く。祖父安男は、零戦の操縦士で、特攻隊の生き残りであった。
漫画家志望の自分は、祖父が存命中に戦争の話を聞いておいた方がいいだろうと思ったのだが、重すぎるテーマだったため、ずっとマンガにはしないでいた。でも、子どもが生まれて母となるにあたり、祖父が生きて還ったからこそ自分がいて、娘も生まれたんだという巡り合せをしみじみと感じ、マンガにしようと思ったという。
1924(大正13)年、九州の農家の六男、11人兄弟の末っ子に生まれた葛西安男は、家を出たくて、女にもてたくて、海軍で戦闘機乗りになることを思い立つ。1942(昭和17)年、17歳で予科練に入隊する。朝日新聞の書評もアマゾンの紹介文も、「女にもてたくて戦闘機乗りになった、戦争美談とは違う等身大の当時の若者」といったことを強調しているが、等身大の若者である以上、飛行機や国や戦争に対する思いは切っても切れないはずだ。空母へのあこがれが強かった安男は、「選ばれし操縦のエリート」になるため、一生懸命勉強する。飛行機に乗りたいという思いがそこにはあったろうし、「お国のため」なんて思ったことはありません、と言うが、その辺りの心情は複雑だと思う。
安男は神奈川県の厚木航空遂に配属され、零戦乗りとなるが、念願の空母はすでに数が減ってしまって空母への配属はなかった。撃墜した敵機は一機。厚木航空隊から、北海道の千歳、茨城の百里、鹿児島の出水(いずみ)へと移動し、戦況が悪化する中、フィリピンのルソン島に送られる。食糧不足によって自給自足の生活を強いられ、安男と戦友たちはどんどん過酷な状況に陥っていく。愉快な仲間たちが、どんどん痩せて頬がこけていく様子は、のほほんとしたタッチの絵柄だけに返って悲惨さを訴える。
マンガは、そうしたことを伝えることのみに終始している。それしかできないという作者の判断であり、それはそれで潔いと思うが、戦局についての説明はほとんどなく、戦う者の多くが抱いたであろう「敵愾心」らしきものはほぼ描かれず、武勇伝では決してないので、読む者は概ねかわいそう、こんな目には会いたくないという感想を持つであろうが、そうした見方だけで済ますことには抵抗を覚える。
戦争のことを語りたくなかったという安男にとって、孫娘からの申し出があって話をしたというのは、伝え方としてもっとも自然で抵抗のないものだったのではないだろうか。漫画家になるという夢を果たした彼女により、小柄でクールな清水小隊長や一見お調子者の関西人でありながら家庭では不遇だった逢坂先輩や巨漢のくせに気の弱い寺岡という人たちがいたことが世の人々に伝えられる。それがなにより得難いことなのではないかと思った。 (2015.9)

このページのトップにもどる
「飛行」のトップページへもどる

本インデックスへもどる
トップページへもどる