みちのわくわくページ

○ 本 ハードボイルド(海外1) 〜1999年

<作家姓あいうえお順>
偽りの街、 砕かれた夜、 ベルリン・レクイエム(フィリップ・カー)
長いお別れ(レイモンド・チャンドラー)
血の収穫、新任保安官、雑文「ハメットを読み返す」:マルタの鷹、ガラスの鍵、(小説家・逢坂剛、「マルタの鷹」講義(諏訪部浩一))(ダシール・ハメット)
夏の稲妻(キース・ピータースン)
流れは、いつか海へと(ウォルター・モズリイ)、
ちがった空 最も危険な遊戯 深夜プラス1 本番台本(ギャビン・ライアル)

偽りの街  March Violet
フィリップ・カー著(1989年)
東江一紀訳 新潮文庫(1992年)
1930年代後半のベルリンを舞台に、元刑事の私立探偵ベルンハルト(ベルニー)・グンターを主人公としたハードボイルド・シリーズ第1作。
1936年、ナチス統制下にあるベルリンは、オリンピック開催を間近に控えていた。
グンターは、お気に入りの秘書ダグマールが結婚退職したため、新しい秘書を探していたが、なかなかいい人材が見つからずにいた。
鉄鋼王ジクスの娘グレーテとその夫パウルが自宅で殺害される事件が起こった。屋敷の金庫が破られ、ジクスは公にはしていないが高価な首飾りが盗まれたことをグンターに明かし、その捜索を依頼してくる。
グンターは、裏で盗品を扱っていると言われている宝石商たちを当たって首飾りの行方を追う一方、金庫破りについての情報を得ようとする。
グンターは、依頼人のジグスについての情報を持つ元女性新聞記者のインゲ・ローレンツと会ううち、彼女に惹かれ、またその能力を買って、秘書になるよう話を持ち掛ける。
やがて盗品コレクターの一人として、ゲーリング首相の代理人ゲルハルト・フォン・グライスの名が挙がり、彼が行方不明であることがわかる。グンターは、ゲーリング首相から直々にフォン・グライス捜索の依頼を受けることとなる。(ゲーリングは、探偵小説好きでハメットの「血の収穫」のドイツ語版をグンターに勧める)
殺人は実は盗みとは関係ない夫婦間のいざこざが原因で起こったことが判明し、盟友団(元囚人の組合、実態は組織犯罪の温床)「ドイツの力」も絡んできて、物語は、暗くやるせない展開を迎える。もうだいぶ終盤になってから、グンターは軍の命令で刑務所に潜入し、金庫破りのグルト・ムーシュマンに接触を試みるというハードな任務まで引き受けさせられる。
グンターは37歳、ハードボイルドの主役としてはいささか若いが、自分の流儀を貫く孤高の探偵であり、卑しき街ならぬ、ゲシュタポが横行する不穏で殺伐とした街ベルリンを行くのに実にしっくりくるヒーローである。
途中姿をくらましたインゲの行方が最後まで明かされなかったのが、たいへん気になる。(2019.1)

砕かれた夜  THE PALE CRIMINAL
ィリップ・カー著(1990年)
東江一紀訳 新潮文庫(1993年)

私立探偵グンターのシリーズ第2作。
1作目から2年後。
グンターは、ブルーノ・シュターレッカーを相棒に迎え、二人で仕事をしていた。
富豪の未亡人ランゲ夫人から同性愛者の息子ラインハルトをゆすっている犯人探しを依頼される。グンターらは犯人の目星をつけたが、張り込みをしていたブルーノが殺害されてしまう。
その直後、警察上層部からの圧力により、グンターは警察に復帰して警部となり、アーリア人少女連続殺人事件の捜査をすることに。くせのある3人の刑事たちとチームを組み、事件を追ううち、ラインハルトとそのパートナー、キンデルマン博士の名が浮上してくる。
ドイツ処女団のメンバーばかりが狙われ、その背後にはユダヤ人迫害を目的とする邪悪な策謀が絡んでいた。被害者の居場所をおしえる偽降霊術師まで登場してくる。
1作目で気になっていた恋人インゲの死がだいぶ後の方で知らされる。
警察の捜査においても自分の意地を通すグンターはやはりいいが、話が陰鬱すぎて気が滅入る。(2019.2)

ベルリン・レクイエム GERMAN REQUIEM
フィリップ・カー著(1991)
東江一紀訳  新潮文庫(1995)

グンター・シリーズ第3作。
主人公のベルンハルト・グンターは、1作目では元警官の私立探偵、2作目では警官に返り咲き、3作目でまた私立探偵に戻っているが、今回は、戦争直後のウィーンでスパイもどきの仕事をする。
舞台は、1947年。グンターは、出征前に結婚したようだ。戦時中はナチスの親衛隊にいることを拒み、国防軍に転属を願い出て、ソヴィエト戦線で戦って敵軍の捕虜となり、捕虜収容所からなんとか逃れて帰国した。が、連合国側の統制下にある戦後のベルリンでの生活は苦しく、妻のキルシュテンは飲食店で働き、アメリカ兵から食料をもらっていた。グンターは、ある夜、アメリカ軍の若い士官とキルシュテンが性的な行為をしているのを目撃してしまう。
そんなとき、グンターは、MVD(ソヴィエト内務省)のボローシン大佐からある任務を持ち掛けられる。グンターのかつての警察仲間エミールが、ウィーンでアメリカ軍防諜部隊のリンデン大尉殺害の容疑で逮捕され、死刑の宣告を受けるかもしれないという。ボローシンは、グンターに事件を捜査しエミールの無罪を証明して彼を救ってほしいというのだ。エミールは、闇商売で大儲けをし、ボローシンは彼に借りがあった。グンターを指名したのはエミールだった。
妻と距離をおきたい気持ちもあって、グンターは仕事を引き受け、ウィーンに赴く。
ウィーンもベルリン同様、ソ連と西欧諸国の管理下にあった。市内は、地区ごとにソビエト、アメリカ、イギリス、フランスの4国が管理していた。
グンターは、エミールとさほど親しかったわけでもなく、戦時中、エミールが親衛隊の治安将校となって大勢の男女を虐殺する様を目撃していた。が、彼が冤罪であることを認めると捜査を開始する。エミールの恋人トラウドルやクラブの女(チョコレディというらしい)ヴェロニカからエミールと取引をしていた広告会社の男ケーニヒの情報を得、彼に近づく。その間にアメリカ軍憲兵部隊のシールズや、アメリカ軍防諜部隊大尉のべリンスキーという男も絡んでくる。グンターはなかなか真相に近づくことができず、エミールの裁判の日が迫ってくる。
グンターはケーニヒの紹介で「組織」と呼ばれるドイツ人の秘密結社もどきのグループに入り込み、そこで死んだはずのかつての上司アルトゥール・ネーベと再会する。ドイツの刑事警察総監だったネーベは戦時中にナチスの親衛隊分隊長となった。部下のグンターも自動的に親衛隊員となることを余儀なくされたが、彼は国防軍への転属願いを出し、ネーベはそれをとがめることなく聞き入れてくれたのだった。
組織には、ナチの大物、元ゲシュタポ長官のハインリヒ・ミュラーもいた。グンターは、ベリンスキーとともにミュラーの襲撃を計画し、実行するが、ベリンスキーの裏切りによって正体を知られ、窮地に陥る。
とにかく、複数国家による分割管理というややこしい状況にくわえて、アメリカ軍にもいろいろ部署があって、誰がどんな立場でなんのために行動しているのか理解するだけで疲れる。次々に人が出てくるが、いい人は出てこない。ボローシンもエミールもべリンスキーもケーニヒもみんな嘘つきでいやなやつらだ。トラウドルとヴェロニカの女性二人は好感がもてるが、彼女たちには悲惨な運命が待っている。グンターの健闘もむなしくエミールは結局死刑にされ、ヴェロニカはミュラーらによってなんでそこまでというくらいひどい殺され方をする。唯一の救いは、グンターの妻からの手紙だが、それにしても暗い話だ。時代設定がそうなのだが、このシリーズは最初から陰鬱で、回を追うごとにどんどん救いがなくなってくるようだ。ナチス台頭の時代、その活動に加担することを余儀なくされ、やむを得ず手を血で染めた男たちと、そうした状況にあっても人の道を通すため親衛隊から抜けたグンターは、あいかわらず男気を見せてくれるが、あまりにも気が滅入る展開に、その意気地さえ空しく感じられるほどだ。(2020.6)


長いお別れ The Long Goodbye
レイモンド・チャンドラー作(1954年)
銃 清水俊二訳 ハヤカワ文庫
私立探偵フィリップ・マーロウと、銀髪の青年テリー・レノックスとの友情を描いた傑作。
大富豪の娘を妻に持ち、冒頭から飲んだくれた状態で登場するテリーに、マーロウともども大いなる好感を抱いてしまったら、もうチャンドラー の術中にはまったと言わざるを得ない。
何度となく読んだはずなのに話の内容はすぐ忘れてしまう。読むごとに、マーロウとレノックスの、駐車場での出会いと、時を経た後の再会の場面のみが、ひたすら印象を濃くしていくばかりだ。 (2003.4)

このひと言(No.27):人間の眼の色はだれにも変えることはできない。「ギムレットにはまだ早すぎるね」と彼はいった。

夏の稲妻 The Rain
キース・ピータースン作(1989年)
芹澤恵訳 創元推理文庫
「ニューヨーク・スター」紙の花形新聞記者ジョン・ウェルズを主人公としたシリーズ第3作。
ウェルズは、知り合いの情報屋から下院議員と若い女性とのいかがわしい行為を撮った写真を提供されるが、その申し出を断った直後、情報屋が殺されてしま う。他のマスコミに自分が情報提供を断ったことを報道され、解雇の危機に瀕したウェルズは、写真と若い女性の行方を追って、酷暑のニューヨークの街を行 く。
煙草を唯一の護身の武器に、「スター」紙の上層部会議に乗り込むウェルズの姿はこの上なく痛快であり、26歳の敏腕女性記者ランシングとの洒落たやりとり は、互いを想う切ない愛情に満ちている。
感想文を書くためにちょっと内容確認、と思ってページをめくり始めた私は、あまりの面白さに一気に読み切ってしまった。第4作でほとんど完結してしまった ように思えるこのシリーズを忘れたくないのだが、OA化が進む中、くわえ煙草でバチンバチンとタイプライターのキーをたたく頑固で少々暴力的な中年記者の 姿は、本書が発行されてさらに十年以上経った今、どのように受け止められるのだろうか。(2003.4)

この一言(No.3)「そんな眼でこっちを見ないで、ウェルズ」
<関連作品>
「暗闇の終わり」(1988年)
「幻の終わり」(1988年)
「裁きの街」(1989年)


流れは、いつか海へと  Down the River Unto the Sea
ウォルター・モズリイ著(2018)
田村義進訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ(2019)

ニューヨーク市警の黒人の元刑事ジョー・キング・オリヴァーは、麻薬取引現場を押さえる直前にハニートラップに引っ掛かり、身に覚えのない強姦の罪を着せられ、収監されたうえに警察を追われるという過去を持つ。今は、細々と私立探偵として生計をたてていた。別れた妻のモニカは新しい恋人といるが、娘のエイジアはオリヴァーを慕い、彼の探偵事務所で事務のアルバイトをしている。
そんなある日、彼を罠にはめた女性ナタリ・マルコムから謝罪と彼女が知っている限りの真相を記した手紙が届く。一方、事務所には、警官殺しの罪で起訴されている黒人活動家A・フリー・マンの無実を証明してほしいという依頼をしに弁護士事務所で働く女性ポートマンがやってくる。彼女は新米弁護士で、ボスのスチュアート・ブラウンがマンの弁護を引き受けていたが、突然身を引いてしまったという。マンが2人の警官を殺したのは事実だが、被害者の警官たちは悪事に手を染めており、それを知ったマンは二人に殺されそうになったため正当防衛で殺したという。このままではマンは死刑になってしまう。ポートマンは、マンを助けたがっていた。
刑務所で過ごした過酷な日々の記憶がトラウマとなり、失意の日々を過ごしていたオリヴァーは、自分を陥れた犯人を捜しだすとともに、悪徳警官殺しの罪で死刑にされつつある黒人活動家を救うため、行動を開始する。
ヨーロッパの、読みごたえはあるがアンハッピーで陰うつな雰囲気のミステリを続けて読んだあとだったので(第二次世界大戦前後のドイツを舞台にした、フィリップ・カーのグンター・シリーズ(本頁上記)、およびポーランドの検察官シャツキのシリーズなど)、いかにもアメリカらしい男の名誉挽回ものハードボイルドが心地よかった。
父を慕うティーンエイジャーの娘エイジア、オリヴァーに恩義を感じて相棒となる元犯罪者の危険な時計職人メルカルト・フロスト、マンの元仲間で何者かの襲撃を受け車いすの人となって養護施設で暮らすもそこはかとない人間味をみせるラモント・チャールズ、やはりオリヴァーに恩義を感じ何かを彼を気遣うもと娼婦のエフィーなど、悲嘆にくれる人生にあってもオリヴァーを慕う面々がいて、ほっとする。
ふたつの捜査は交差することはないが、どちらも警察権力によって隠蔽された事件であるという共通点をもつ。真実を暴くことは難しく、最後は、力技でもってひねりをきかす。
登場人物が多くて面食らう。人物一覧はあるが、そこに載っていない人もたくさん出てくる。さらっと出てきた名前を憶えていないと、次に出てきたとき誰だかわからなくなる。前の方のページを繰って探さなきゃならないのが手間だ。(2020.7)

深夜プラス1  Midnaight Plus 1
ギャビン・ライアル作(1965年)
菊池光訳 ハヤカワ文庫
第二次世界大戦中にフランスでレジスタンス活動をしていたイギリス人のルイス・ケインは、旧知のフランス人 弁護士からある仕事の依頼を受ける。それは、アル中のガンマン、ハーヴェイ・ロヴェルともに、富豪とその秘書をスイスまで護衛するというものだった……。
ギャビン・ライアルの訃報を聞いてぱらぱらページをめくっているうちに、結局全部読んでしまった。
引き締まった無駄のない文章を堪能した。書いていないところにあったであろうドラマがいくらでも想像できるのだった。(2003.2)

映画化と銘打ってはいないのだが、脚本家大和屋竺氏によれば、鈴木清順監督、宍戸錠主演の日活映画「殺しの 烙印」(1967年)は、この小説をベースにしているとのこと。

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