みちのわくわくページ

○ 本 ミステリ(海外) は行

<作家姓あいうえお順>
ロックンロール・ウィドー(カール・ハイアセン)、ブラックランズ(べリンダ・バウアー)、
拳銃使いの娘(ジョーダン・ハーパー)、  解錠師(スティーブ・ハミルトン)、 デーン人の夏(エリス・ピーターズ)、 
赤毛のレドメイン家(イーデン・フィルポッツ)、 戦士たちの挽歌囮たちの掟(フレデリック・フォーサイス)、
ダ・ヴィンチ・コード(ダン・ブラウン)、 もう年はとれないもう過去はいらない(ダニエル・フリードマン)、 
消されかけた男(ブライアン・フリーマントル)
ドライ・ボーンズ(トム・ボウマン)、 ドーヴァー1(ジョイス・ポーター)、 
ゴーストマン 時限紙幣(ロジャー・ホッブス)、 猟犬カタリナ・コード(ヨルン・リーエル・ホルスト)

ロックンロール・ウィドー Basket Case
カール・ハイアセン著(2002年 アメリカ)
田村義進訳 文春文庫
フロリダの地方紙で死亡記事を担当しているジャックは、有名人の命日を暗記し、自分が歳をとるたび、同じ年齢で死んだ有名人のことを思って気に病んでいる。
かつてのロックスターの死に疑問を抱いた彼は、死者の妻である若い売り出し中のロックシンガーに探りを入れ始めるが……。
スマートで軽快、楽しくすらすら読めるが、ジャックの変人ぶりがほどよい重しとなって手応えを残す。口をついて出てしまう彼の皮肉や軽口が愉快だし、これ ほどダイレクトに社内恋愛する中年のベテラン記者もめずらしい。(2005.3)


ブラックランズ BLACKLANDS
ベリンダ・バウアー著(2010年)
杉本葉子訳 小学館文庫
英国南西部のエクスムーア。<※ムーアとは、酸性土壌の上に背の低い草木のみが広がる土地のことで、イングランドからスコットランドにかけて各地に点在する、荒野然とした山野を指して呼んだもの(ウィキペディアによる)。「嵐が丘」の舞台でも有名だ。現在は国立公園となっているところが多く、エクスムーアもそのひとつらしい。>
シップコット村に住む12歳の少年スティーヴンは、3年前から休日になるとエクスムーアの荒野に出かけ、シャベルで穴を掘り続けていた。
彼の叔父ビリーは11歳のときに連続殺人犯に殺されたが、遺体は発見されていなかった。彼の死により、スティーヴンの祖母は心を閉ざして来る日も来る日も家の窓辺で帰らぬ息子を待ち続け、祖母の愛を失った母レティもまた心に傷を負っていた。
貧しく陰気な家の中で育ったスティーヴンは、家族に笑顔をもたらし明るい家庭を得るために、ビリーの死体を発見しようとしていたのだった。
やがて、彼は、服役中の殺人犯エイブリーに手紙を書き、ビリーの死体を埋めた場所を訊くことを思いつく。暗号を織り込んだ二人の手紙のやりとりは、かなりスリリングだ。スティーブンの手紙に刺激を受け、彼が少年であることを知ったエイブリーは、久しぶりの獲物を求めて脱獄を試みる。
ヒースが生い茂るエクスムーアの荒涼とした景色を舞台に、自分が生まれる前に殺された叔父の死体を求め、泥だらけになって穴を掘る少年のひたむきな姿が胸を打つ。
が、彼の置かれた境遇はあまりにかわいそうで、少年だけをねらう殺人犯江イブリーのゆがんだ欲望はおぞましい。
最後は一件落着ではあるが、私としては、暗い部分が多すぎて、読後感はあまりよくなかった。(2011.1)

拳銃使いの娘 SHE RIDES SHOTGUN
ジョーダン・ハーパー著
鈴木恵訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ(2019)

★ネタバレあり!!!★

邦題がいい。
原題も意味がわかるといい。"ride shotgun"は、本書の解説によるとアメリカの俗語で「助手席に乗る」という意味だそうだが、英辞郎web版には、その意味は3番目で、1番「用心棒として駅馬車の御者の横に銃を持って座る」、2番「警護する」と出ている。西部開拓時代に源を発する言い回しのようで興味深い。
11歳の少女ポリーは、母エイヴィスと義父トムとともに暮らしていた。実の父ネイトは、犯罪者で刑務所に入っていたが、ある日の放課後、突然彼女の前に現れる。
ネイトは、刑務所で服役中に、凶悪なギャング集団アーリアン・スティールのボス、クレイジー・クレッグの弟に襲われ反撃して殺してしまう。クレッグは、刑務所からネイトとその家族の処刑命令を出し、命令はあっという間に娑婆の仲間たちに広がる。釈放されたネイトはエイヴィスとトムが自宅で殺されているのを発見し、ポリーを守るため、学校を訪れたのだった。
ポリーはなんの説明もないまま犯罪者の父に連れられ、車で逃亡の旅に出る。座るのは助手席である。
最初から最後まで逃亡と略奪と戦いのバイオレンス・ハード・アクションである。ネイトもポリーも、途中から加わるシャーロットもなかなかよく、激しい暴力と銃撃が続く展開は、小説を読んでいるというよりは、劇画か映画を見ているようである。
ネイトは、犯罪の横行する環境で育ち、暴力を振るうことにも振るわれることにも慣れている。銃の扱いに長けていることが、ポリーの目を通して示される。(ポリーは、ネイトが拳銃のシリンダーをくるくるっと回してからぱしっと閉じるのを見て、銃のコレクターだった義父のトムが銃を「信用ならない生き物を相手にするみたいなやり方」で扱うのとは全然違うと思うのだった。)ネイトは、自分とポリーが生き延びるために逃げるだけでなく反撃に出るが、やがてポリーのために命をかけるようになっていく。ポリーは、最初のうちはほとんどしゃべらない。人とのコミュニケーションができずに自分の中にいろいろなものをため込んでいる少女で、ぬいぐるみのクマを自分で動かして話し相手としている。粗暴で武骨な父とともに戦ううちに、小さな火種からだんだんと炎が燃え上がってくるように、うちに秘めた力を表してくる。
2人をおいかけるアジア系の男前の刑事パクや、悪徳保安官ハウザー、アーリアン・スティールとは別のギャング集団ラ・エメのボス、ボクセルなどもキャラが立っている。
ネイトとクレッグが直接対決するのでなく、ボクセルの望む相手を倒すことと引き換えに、刑務所にいるクレッグの殺害を依頼する、というやり方も斬新だ。
このところ、「ブルーバード、ブルバード」など、どちらかというと暗めで、知的な心理描写や人間関係のもつれを描いた小説を読んだ後だったので、四の五の言わず、ストレートに地獄へまっしぐら!って感じの本作は、痛い描写もすごく多かったが、勢いがあって痛快だった。(2019.5)


解錠師 THE ROCK ARTIST
スティーブ・ハミルトン著(2009年)
越前敏弥訳 ハヤカワ・ミステリ(2011年)
天才的な解錠の技能を持つ少年の過酷な青春を描く犯罪恋愛小説。
8歳のときの家庭内の悲惨な事件により声を失った少年マイクルは、酒屋を営む叔父のリートに引き取られる。彼は、叔父が捨てたドアの錠前をいじっているうちに、解錠の技能を独学で身につけていく。
高校生になった彼は、絵の才能にも恵まれ、友人もできる。
が、卒業パーティの夜に、フットボールチームのメンバーの悪ふざけに巻き込まれ、ライバル校のチームのメンバー宅に不法侵入し、マイクルだけが捕まってしまう。
マイクルは、侵入先の実業家マーシュの監視下での奉仕活動を科せられる。ともに家に侵入した仲間の名を頑として伝えないマイクルに対し、マーシュは炎天下でのプールの穴掘りというハードな肉体労働を命じる。仕打ちに耐え作業を続けるマイクルは、マーシュの娘アメリアと出会い、やがて彼女と恋に落ちる。
一方、マーシュは金儲けのためやばい取引きに手を出し、闇社会の大物(デトロイトの男)に多額の借金を負い、窮地に陥っていく。マーシュは、マイクルの解錠の技能に気付き、彼を組織に協力させることで危機を逃れようとうする。マイクルは、アメリアの身を守るため、裏社会に足を踏み入れるのだった。
物語は、収監されたマイクルの回想という形でたんたんと語られる。
叔父に引き取られ高校生になってアメリアに恋をし金庫破りの師匠ゴーストに会うまでの話と、初めて金庫破りをしたときからアメリカ大陸を転々としながら犯罪者としての経歴を重ねていく様子が、交錯して語られる。この二つの話は、実はそれほど時間的な隔たりがないので、間が詰まってくると、読んでいて少々混乱するのだが、同時に緊迫感も高まってくる。
言葉を発しない少年が置かれる過酷な状況は、読んでいて胸が痛む。苦境の中にあっても、マイクルは彼なりの筋を通してひたむきだ。大人たちを始め彼が周囲の人間たちに向ける視線は、たんたんとしてはいるが、冷徹ではない。アメリアに恋をし、交換日記ならぬ交換コミックを始めるあたりでやっと救いが見えてきてほっとする。
ドライブカムに刻まれた切れ込みのふちとふちの間隔の差から“接触域”を感じとり、ディスクの枚数を数え、解錠番号を読み取り、番号の組合せを確かめていく、という解錠のやり方はよくわからないけどなんだかプロっぽくておもしろかった。感じとれなきゃできないわけで、読んだところで鍵は開けられない。原題にあるようにそれは才能を持ったアーティストの域なのだった。(2013.3)


デーン人の夏 修道士カドフェル・シリーズ18 The Summer of the Danes
エリス・ピーターズ著(1991年)
岡達子訳 光文社文庫
12世紀のイングランドを舞台に、ベネディクド会の修道士カドフェルを主人公とした歴史ミステリ・シリーズ第18作。
カドフェルは、ウェールズの出身、16歳で十字軍に参加し、その後船乗りとなって地中海東部で過ごしたあと、40歳を過ぎてから修道士になったという経歴の持ち主らしい。国は、スティーブン王と従姉妹の女帝モードが王位争奪をしていて荒れ気味。カドフェルのいる聖ペテロ聖パウロ修道院があるシュルーズベリは、ウェールズとの国境に近い。カドフェルは、同修道院で、東方から持ち帰ったハーブを育て、薬草園を管理している。というのが、大体の背景。

カドフェルは、大司教の使いとなった助祭マークとともにウェールズの教区セント・アサフに向かうことになった。復活した教区に新任として赴任されたノルマン人のギルバート司教に大司教からの祝いの言葉と品を届けるのが二人の目的だった。
二人は、ウェールズの領主オエイン・グウィネズが、一隊を引き連れてギルバートにあいさつに来ていたところに居合わせる。オエインの家があるバンガーへの訪問も予定していたマークとカドフェルは帰途につくオエインらに同行することとなったが、一行には、バンガーで婚礼を行う予定の聖堂参事会員メイリオンの娘へレズも 加わっていた。
やがて、デーン人(もともとはデンマーク人の意だが、ここでは略奪を得意とするヴァイキングを意味するらしい)の船団が海峡に現れ、オエインの領地に野営しているとの知らせが届く。以前、殺人事件を犯して領地を追われたオエインの弟キャドウォラダが、デーン人の戦隊を味方につけ、オエインに自分の領地を返すよう脅しをかけてきたのだ。
不穏な空気が流れる中、キャドウォラダの部下としてオエインを訪れていたブレドリが、オエインの屋敷内の宿舎で何者かに殺害され、一方、臨まない結婚を 嫌ったへレズが失踪した・・・。

おびただしい数の人物が敵味方、中立者として入り乱れ、整理するのが難しいが、把握してしまえばおもしろ い。頼りになるウェールズの領主オエイン、不肖の弟キャドウォラダ、そのどうにもならない駄目な主人に忠誠をつくす悲愴な若者グウィォン、彼と対立しつつ もその忠誠ぶりに共感し友情を抱く片腕の戦士キューエリン、美しく活気に満ちた18歳の娘へレズ、その父メイリオンは、ノルマン人の新司教による新しい方 針のため、結婚歴を持ち娘がいるという立場が不利なものとなったため、娘を遠い地に追いやろうとする。捕虜の身でありながら悠然とふるまうキャドウォラダの家来ブレドリ、 遠目に見たへレズを奪還することに夢中になって周りが見えなくなるへレズの婚約者ユーアン、大柄で陽気なデーン人の戦士ターカイル、その指揮官オティア、 そして、常に冷静で的確な判断を下す若き助祭マーク。
このシリーズを読むのは初めて。中世を舞台に、修道士カドフェルが出くわした殺人事件の謎を解く本格ミステリ、と思っていたのだが、本作においては謎解きはほとんど出てこない。キャドウォラダが兄オエインに国を追われるきっかけになった領主アナロード殺人事件の真相はあいまいなままだし、ブレドリの殺人についてもごくあっさりと解決する。
前半は、復活した教区に地元のウェールズ人ではなくノルマン人の新司教がやってきたことによる波紋が描かれるのかと思いきや、それはあっさりことなきを終 え、後半のデーン人とキャドウォラダ、オエインの対立に話は変わっていく。一触即発の状態で、オエイン側とデーン人側がいかにして戦闘を回避するか、キャ ドウォラダはどう出るか、ということで緊張が高まっていく。カドフェルは、ヘレズとともにデーン人の捕虜となり、ずっと事態を見守る傍観者の立場にある。 活躍するのは、オエイン側とデーン側とを往き来する使者の役を果たすマークであり、魅力を発揮するのは、泰然としてゆるがない領主オエインである。ヘレズ とターカイルの間に芽生える若い恋もはつらつとしていて気持ちがよい。(2007.11)


赤毛のレドメイン家 The Red Redmaynes
イーデン・フィルポッツ著(1922年) 
宇野利泰訳 創元推理文庫(1970年)

★でかいネタバレあり!!!
江戸川乱歩が「探偵小説の『謎』」の中で、犯罪者の心理や性格を描いたものとして「男の首」(シムノン)、「僧正殺人事件」(ヴァン・ダイン)とともに挙げていた作品。
資産家レドメイン家の3兄弟にまつわる3件の殺人事件。イギリス南部の田舎ダートムアの石切り場で起こった殺人事件を最初として、半年後にデボンの海岸洞窟で第2の殺人が、そしてイタリアのコモ湖畔で第3の殺人が起こる。
最初の事件は、レドメイン家の末子で軍人のロバート・レドメインが、長兄ヘンリー(故人)の娘ジェニーの夫マイクル・ペンディーンを殺害したとされる事件。現場にはおびただしい血が流れていたが、ペンディーンの死体はみつからなかった。事件直後、バイクで逃走するロバートの姿があちこちで目撃されたが、その後彼の行方はようとしてつかめなかった。たまたま休暇でダートムアを訪れていたロンドン警視庁の捜査官マーク・ブレンドンは、ペンディーンの妻ジェニーに強く心ひかれ、なんとか犯人を捕まえようとするが、事件は未解決のまま放置される。
それから半年後、ジェニーは、叔父のベンディゴ・レドメインが住むデボンの家に身を寄せていた。ベンディゴはレドメイン家の三男の退役船長で、岬の突端に住んでいた。ブレンドンはこの家にジェニーを訪ねた帰りに、失踪中のロバート・レドメインを目撃する。ベンディゴは、ロバートと連絡を取り、海岸の洞窟に潜む彼に会いに行く。彼は自首をするようロバートを説得するつもりだったが、いつまでたっても戻らずそこで殺害されたらしいということになる。しかし、ここでも大量の血が残されているだけで、死体はみつからなかった。ブレンドンは、イタリア人の男前の使用人ジゥゼッペ・ドリアとジェニーの仲をねたんだりする始末で、またしてもロバートの身柄確保に失敗する。
そして、舞台はイタリアに移り、次男で書籍蒐集家のアルバート・レドメインが命を狙われる。
第3の事件に先だって、アメリカの探偵ピーター・ガンズが登場。ここにきて、真の探偵役が現れるわけで、ブランドンは人のいい狂言回し役だったことが判明する。
推理小説を読み慣れていると、犯人の見当はつくし、トリック自体はそんなに凝ったものではないが、長い月日を掛けた周到な計画であること、犯人が共犯者の女と愛し合っていること、目的達成のために徹底した冷徹さを持っていながら犠牲者に好感を抱いていたりすることなどが、興味深い。ドリアは、乱歩が「ニヒリストで道徳蔑視者で超絶的性格の持ち主である」とする犯人像のひとつであり、その造形は今読んでも強烈である。その後この手の悪役はものすごくたくさん出てくることになるが、その原型の一つであると思われる。地味なペンディーンが、陽気なイタリア人のドリアに変装したことで、人が変わってしまったというのもおもしろかった。(2013.10)


戦士たちの挽歌 フォーサイス・セレクションT The Veteran
フレデリック・フォーサイス著(2001年)
篠原慎訳 角川文庫
「戦士たちの挽歌」の原題、TheVeteranをタイトルに据えた短編集を、2冊の文庫に分けて出したもののうちの1巻目。
原題に相応しく、それぞれの作品において登場するプロフェッショナルの仕事ぶりが細かく説明されている。
☆戦士たちの挽歌 The Veteran
足の悪い年配の男が、路上で二人の暴漢に襲われ、意識がもどらないまま死亡した。バーンズ警部補は被害者の身元確認を急いだが、男の身元はようとして知れなかった。一部始終を目撃していたコンビニエンスストアの店長の証言によ り、二人の容疑者が逮捕され、事件は順調に解決するかのように思えた。が、そこに突然、大物弁護士ヴァンタシートが介入し、事態をひっくり返す。心底苦々しく思う バーンズだったが、ヴァンタシートの真の狙いは意外なところにあった。
前半、被害者が病院に運ばれ、事件の捜査が進められていく過程が、救急隊員の判断、救急センターの急患対応チームの処置、脳神経外科医による治療、警官による捜査の展開と拘置期限延長など様々な書類上の手続きなど、専門用語もと びかってこと細かに紹介されていく。
後半は、ヴァンタシートの登場により一転、話が急速に展開する。
アンバランスと言えばアンバランスだが、それぞれのプロの仕事ぶりに感じ入り、最後に、仕事仲間どうしの絆という、でっかいやつに「やられた」ということでいいんだな。と思った。(2007.5)

☆競売者のゲーム The Art of the Matter
美術品のオークションと鑑定を業務とする斯界の大手会社の下っ端鑑定員ベニ―・エバンズは、ほこりとごみにまみれてほとんど絵柄もみえなかった古い絵画が、実はものすごい価値を持つ逸品であることを見出した。が、借金に窮する会 社の幹部スレードが私欲のために彼の発見を闇に葬った上、彼を解雇してしまう。ベニーは、みかけはいかれたパンク少女だけど実はコンピューターの達人であ る恋人ジュリーと、絵画の持ち主で売れない役者のトランピーとチームを組み、スレードをやっつけるための作戦を考える。学歴も金もないけど、美術品に関し ての知識は超一流という若者とその仲間が、美術品のオークションを仕切る大物企業の幹部をぎゃふんと言わせる、という胸のすく詐欺話。本作も同様、その道 の説明として、名だたる絵画や美術オークションに関しての蘊蓄が楽しめる。(2007.5)
☆奇跡の値段 The Miracle
イタリア、トスカーナ地方の都市シエナを訪れたアメリカ、カンザス州の牧場主は、足をねんざした妻を休ませていた街中の広場で、ヒッピー風のドイツ人の男に出会う。
男は、その広場にまつわる奇跡の話を語り出す。男は、第二次世界大戦中、若 い軍医としてドイツ軍に従軍していた。1944年、シエナは医療基地として、あちこちに野戦病院がたてられ、その広場も即席の病院となった。彼はたった一 人の医師として、敵味方の別なく次々に送られてくる負傷兵の治療にあたっていたが、医療物資は少なく、見通しは絶望的だった。そんな中、若い修道女が広場 を訪れ、負傷兵たちの世話をして回った。彼女が来ていた服には 一風変わった十字架が描かれていた。後年、彼女を捜すためにシエナを再訪した彼は、驚愕の事実を知る。
男が語る話の合間に、広場の近くで行われている祭りのパレードや裸馬による競馬の様子が差し入れられ、その熱狂が、男の話に耳を傾けるアメリカの牧場主ともども読む側の興味をさらにかり立てる。話を語った男と話を聞いた男。男 は、こと細かに当時の戦況を説明し、窮地にあってなんとか頑張り抜こうとする若い軍医の奮闘を語り、さらに400年前の聖女の悲愴な物語を伝える。短編な ので落ちはあるが、この際すっかり話に引き込まれて感じ入った方が勝ちという気がする。(2007.5)


囮たちの掟 フォーサイス・セレクションU The Veteran
フレデリック・フォーサイス著(2001年)
篠原慎訳 角川文庫
「戦士たちの挽歌」の原題、The Veteranをタイトルに据えた短編集を、2冊の文庫に分けて出したもののうちの2巻目。タイトルが「囮たちの掟」となってしまっているので、短編集 「戦士たちの挽歌」所収の二作品であることが分かりづらい。
☆囮たちの掟 The Citizen
熱帯の国タイのバンコクからロンドンに向かうジャンボ旅客機には、機長をはじめとするスタッフら一同と、シルクのスーツに身を包んだファーストクラスの乗客シーモア氏、エコノミークラスのヒッピー風の男と、家族で観光を楽しん だヒギンズ一家の面々が搭乗していた。
前半は、スタッフからの目線で、フライトに至るまでの手続きや飛んでからの状況などがこと細かに語られる。
やがて、ヒギンズが目撃した二人の男の不自然な接触が引き金となって、物語は麻薬密輸事件へと発展していく。一転二転する犯人像。密輸を行う犯人と捜査官との探り合いが読ませる。(2007.5)

☆時をこえる風 Whispering Wind
登場人物:ベン・クレイグ(白人スカウト)、ささやく風(シャイアン族の娘)、ブラドック軍曹、アクトン大尉、カスター将軍、リノ少佐、ルイス軍曹、シッティング・ブル(スウ族の族長)、クレージー・ホース(オグララ・スウ族 の酋長)、イングルズ教授、リンダ・ピケット(女教師)、ビッグ・ビル(大牧場主)、ポール・ルイス保安官
1876年、アメリカ西部。モンタナ州リトルビッグホーンで起こった第七騎兵隊対インディアン連合軍の戦いを背景に、若い白人スカウト、ベン・クレイグとシャイアン族の娘「ささやく風」の恋が描かれる。(スカウト:西部開拓の最 前線で、開拓民や軍隊のために周辺の状況やインディアンの動向を探ることを仕事とする。主に地元出身の白人やインディアンであることが多い。)
モンタナの山で育った24歳のベン・クレイグは、脱走したインディアンを追う第七騎兵隊にスカウトとして同行していたが、途中、隊員のきまぐれで急襲したインディアン・キャンプの生き残りであるシャイアン族の娘「ささやく風」を 捕虜として連れ帰る。ベンは、処刑されることになった彼女を逃し、隊で囚人として扱われることになる。やがてカスター将軍率いる第七騎兵隊とインディアン 連合軍の戦いが始まる。
前半は、騎兵隊とインディアンとの壮絶な戦いの様子が描かれる。当時インディアンがどのような状況にあったか、カスター将軍がどのような人であったか、部隊が途中でどのように分かれ、どのような作戦がとられたかなど、西部史上 にのこる出来事についての細部が詳しく説明される。
後半は、一転、時空をこえた恋人同士の話となる。
歴史ものに、ファンタジーとラブ・ロマンスの要素が混在するという、一見ごった煮のような様相を呈すが、骨太で克明な描写は、決して甘さに走らない。ベンの一途な思いは切なく、紛う方無きラブ・ストーリーとして、硬質の感動を 呼ぶ。(2007.4)


ダ・ヴィンチ・コード (上・下) The Davinci Code
ダン・ブラウン著(2003年)
越前敏弥訳 角川書店
フランス、ルーヴル美術館館長ソニエールが殺害された。彼は、死の直前に数々の暗号を残し、その解読を、孫娘ソフィアとハーバード大学の宗教象徴学教授ラングドンに託した。「ウィトルウィウス的人体図」「モナ・リザ」「岩窟の聖 母」そして「最後の晩餐」。ダ・ヴィンチの名画は、驚愕の歴史的秘密の解明へと二人を導いていく。
映画を先に見たので、絵画や建物が視覚的に頭の中に入っていて、わかりやす かった。逆にいうと、いきなり文だけの説明を読んでも漠然としたイメージしか湧かなくてわかりにくかったのではないかと思う。すでに映画で答えは知ってい たが、それでも謎解きは興味深く読めた。本の方が詳しいし、前に戻って確認できるし。ただ、容疑者として追われるとか、タイムリミットのはらはらどきどきとかは、小説では別に要らないんじゃないかと思った。歴史ミステリの謎解きをじっくり楽しんで重厚さを味わうのでよかったような気がする。 (2006.7)

映画化:「ダ・ヴィンチ・コード


もう年はとれない Don’t Ever Got Old
ダニエル・フリードマン著(2012)
野口百合子訳 創元推理文庫(2014)

★ネタバレあり!!
87歳(途中で88歳になる)の元刑事が、孫とともに元ナチス将校が持ち逃げした金塊の行方を追う、後期高齢者宝探し冒険ハードボイルドミステリー。
テネシー州メンフィスで余生を送るユダヤ系アメリカ人バックことバルーク・シャッツは、第二次世界大戦中、ポーランドのヘルムノ捕虜収容所で、ナチス親衛隊将校ハインリヒ・ジーグラーに虐待され、死にかけた過去を持つ。メンフィス署殺人課で何かというと357マグナムをぶっ放す名物刑事として知られ(ダーティハリーの役作りのためにクリント・イーストウッドが一日中ついてきたという話は嘘だが、ユダヤ人の監督のドン・シーゲルが電話でいくつかの質問をしてきたというのは本当だそうだ)、35年前に引退。数年前に息子のブライアンを亡くし、妻のローズと暮らし、ニューヨークの大学に行っている孫のテキーラ(ビリー)が時々顔を見せにくる。
ある日、捕虜収容所でいっしょだったジム・ウォレスが危篤状態に陥り、息を引き取る間際に、処刑されたはずのジーグラーがナチスの金塊を持ち出して逃げおおせたことをバックに伝える。
テキーラの機転で、ジーグラーがメンフィスからそう遠くないミズーリ州セントルイスに住んでいることを知ったバックは、テキーラとともに、ジーグラーが隠し持つ金の延べ棒を奪う旅に出ようとするが、ジムの娘婿のノリス、牧師のカインド、イスラエル離散民省職員で巨漢のスタインブラット、カジノ集金部長のプラットなど、お宝を狙う男たちが次々に現れ、やがて殺人事件が起こる。
ナチスの捕虜収容所にいた経験を持つ者を主人公とするためには、87歳という年齢が必要であり、今がその内容で現代劇としてドラマが成り立つぎりぎりの時代である。収容所でひどい目にあったユダヤ系の元刑事。存命している仇敵のナチス将校と金の延べ棒。宝を狙って鵜の目鷹の目の男たち。連続して起こる凄惨な殺人事件。死んだ息子とも自分を気にかけてくれる孫ともいまいち素直に心を通わせられないタフで皮肉屋のじいさん。設定は実に秀逸、バックと他の人々のやりとりは、辛辣でユーモアがあって気が利いている。
が、話の展開はいまひとつ。貸金庫であっさり金の延べ棒がみつかってしまって気が抜けた。やっと開けたら貸金庫は空っぽだった!という定石を外したのだろうが、それでおもしろいかと言えば、やはりあまりおもしろいとは思えない。
メンフィス署の刑事ジェニングスとのやりとりはなかなか興味深かったのだが、ジェニングスの立ち位置がいまひとつはっきりしないと思っていたら、ああいうことになってしまい、これもなんか釈然としない。釈然としないのは、ハードボイルドではお馴染みのことなのだが、尻つぼみの感じだ。せっかくのこんなにいい設定がもったいないと感じた。
でも、バックは、たしかに愛すべき最高齢のヒーローではある。血液抗凝固剤を服用し、認知症が始まっているかもしれないため記憶帳に「忘れたくないこと」を記しながらも、自分が手入れをしていた家の芝生が他の者に管理を任せた後でも青々としていることに毒づき、父(バックの息子)の死で傷ついているところを見せるテキーラに毒づき、金を狙って近づいてくる男たちに毒づき、インターネットや携帯電話が苦手で「GPS」のアルファベット3文字が覚えられず、誕生日のサプライズ・パーティの考案者を憎み、ラッキーストライクを所構わず吸いまくる。
それでも離婚せず長年連れ添った奥さんがいるのがこの手のものとしては珍しく、しかも、妻のローズが倒れて入院するととたんにおたおたするのがなんとも憎めない。
戦時中、ノルマンディ上陸作戦前夜にアイゼンハワー将軍からじかに聞いた生き残るための秘訣「兵士よ。しがみつくものがなくなったときには、きみの銃をしっかりと握っておけ」を忠実に守り、357マグナムを肌身離さず身につけていたことがものをいうラストはなかなかよい。
ジーグラーが惚けているというのはありがちな展開だが、裏切り者だったジム・ウォレスに対し死ぬ間際まで辛辣だったバックが葬式で彼を許したり、ラストのラスト、犯人の葬式で故人に恩義を感じている若者が追悼の辞を述べるなど、全体を通じて完膚無きまでに悪をやっつけるというわけでなく、ほろ苦い余韻を残すのは、ハードボイルドっぽかった。 (2015.6)

もう過去はいらない Don't Ever Look Back
ダニエル・フリードマン著
野口百合子訳 創元推理文庫

★若干のネタバレあります★
80代後半の元メンフィス署殺人課刑事バック・シャッツのシリーズ第2作。
前作で銃傷を追ったシャッツは、妻の提案で自宅を引き払い、リハビリができる介護施設に入居していた。ある日、かねてより因縁のあるユダヤ人の大泥棒イライジャが彼を訪ねてくる。命を狙われていて、自首するから助けてほしいという。バックは、知り合いの刑事アンドレに話を持っていくが、イライジャを護送中、何者かの襲撃を受ける。アンドレは意識不明の重体となり、イライジャは襲撃犯一味に連れ去られる。軽傷ですんだバックは、歩行器とマグナム357と粘着テープを手に、真相究明に乗り出す。
2009年現在の話と、1965年のイライジャによる黒人労働者スト時の銀行襲撃事件を阻止しようとする現役時代のシャッツの捜査活動の様子が交互に進行する。
ナチに家族の財産を奪われアウシュビッツで両親を殺されたイライジャは、「所有権」という概念に懐疑的な少年となり、やがて大泥棒となったのだった。
バックは、前作にも増して体の自由がきかなくなっているが、過去の様子も含めその暴力性はさらに過激に描かれているようにも見える。ちょっと好感を抱いた相手にもとりあえず「君が好きじゃない」と言い、「だれかを撃ってくよくよしたことは一度もない」と言い放つ(もっとも後者の言葉は後で否定している。が、それもぼけて言ったことを忘れているのか、とぼけているのか、曖昧である。)。パンチの利いたハードボイルド野郎であるが、息子のブライアンとのかつてのぎくしゃくした関係を示し、祖父のことを気にかけつつも暴力を嫌う孫のテキーラを配し、そして88歳という高齢ということで、暴力的な言動とのバランスを取っているような配慮が感じられ、そこまでしないと武骨で荒々しいヒーロー像はもう描けないのかと、幾分さびしく感じたりもした。
また、アメリカで暮らすユダヤ人というバックのアイデンティティというか、人種問題も絡めた思いは複雑である。警察においてもユダヤ人刑事としての立ち位置を常に意識していて、イライジャに対する思いも、銭型警部がルパンを追うように単純明快なものではないことが描かれている。(2015.12)


消されかけた男 CHARLIE MUFFIN
ブライアン・フリーマントル著(1977)
稲葉明雄訳
新潮文庫(1979)

何年も前に買ってやっと読んだ。
英国情報部のチャーリー・マフィンは、上司が変わって新しい部長と若い情報部員二人に邪魔者扱いされている。チャーリーは、他の部員とちがって高学歴でなく、見た目も風采があがらない男だが、実は凄腕のスパイなのだった。彼はかつてKGBヨーロッパスパイ網を仕切っていたベレンコフを逮捕するという輝かしい業績を持っていたにも関わらず、旧態依然のスパイとして冷遇されるどころか、東側から脱出の際には、他の捜査員のおとりにされて命を落としかけたのだった。
そんななか、ベレンコフの友人でこれもソ連の大者であるカレーニン将軍が西側への亡命を望んでいるという情報が入る。
英国情報部内での摩擦、大物カレーニンの亡命という大事を巡る英国情報部とアメリカCIAとのせめぎ合い、そしてベレンコフとの面会、カレーニンとの接触と、駆け引きに次ぐ駆け引きの展開で、かなり中身が濃く、おもしろい小説のはずなのだが、緻密すぎて、一度読んだだけでは状況がよく呑み込めない。書き手の頭が良すぎて、置いてかれる感じだ。
マフィンがなぜか女にはもてて、金持ちの妻と、若くて美人の秘書の愛人がいて、クルーなはずの愛人が実はちょっとマフィンのことが好きだったりするのも、なんだかなと思った。
敵味方、駆け引きを超えたマフィンとベレンコフのやりとり、最初にマフィンがカレーニンに会うところなどは、読んでいてわくわくした。
ラストのドンデン返しもしてやったりとという思いだ。(2022.7)

ドライ・ボーンズ Dry Bones in the Valley
トム・ボウマン著(2014年)
熊井ひろ美訳 早川文庫(2016年)

アメリカ、ペンシルベニア州の田舎町ワイルド・タイムを舞台に、郡区の警察官ヘンリー・ファレルの捜査の様子を描く。
雪解けの季節、森の中で青年の死体が発見され、それから程なくして、ファレルの唯一の助手ジョージ・エリスが射殺死体となって発見される。身元不明の死体については死体が発見された土地に住む老人オーブ・ダニガンが、ジョージ殺しについては、ダニエル・スチュワードという男が容疑者となる。捜査の主導権は州警察の手に渡るが、ファレルは見回りをしながら住人たちへの聞き込みを開始する。
ワイルド・タイムはファレルの生まれ故郷である。山と森が大半を占める町で広大な所有地にすむ住人たちは、狩りをして馬に乗る生活になじんでいて、銃を持っている。オーブは、世捨て人のように暮らす孤独な老人であり、隣人らもファレルも彼が犯人とは思っていない。ダニエルの父はファレルの父のかつての狩り仲間だった。スチュワード家は代々密猟や強盗や麻薬売買などをしてきたとされ、評判はよくなかった。ダニエルは、ジョージと仲が悪く、ジョージの死後、行方がわからなくなっている。
アメリカ中西部の田舎町を舞台にした現代ミステリをカントリー・ノワールというらしい。ワイルド・タイムは東部の町だが、雰囲気はカントリー・ノワールである。広大な大自然に囲まれた、アメリカ西部を舞台としたミステリは西部劇ファンの私の気持ちをそそるのだが、本作にしても、C・J・ボックスのジョー・ピケット・シリーズにしても、大自然の厳しさと閉鎖的な地域社会の人間関係が前面に出され、からっとした開放感や爽快さに欠け、物語全体のトーンは暗く陰うつである。
捜査が進む合間に、ファレルがワイルド・タイムへ戻るまでと戻ってきてから今に至るまでの過去の話が挿入されるが、これがまたひどく暗い。彼は軍に入隊し、ソマリアで戦った後除隊し、結婚してワイオミングで妻と暮らしていたが、マイホームの近くで天然ガスの開発事業が始まり、妻はその影響で公害病に罹って病死してしまう。ファレルは企業相手の抗争に全財産を使い果たし、故郷に戻って一人暮らしをしていたが、ろくにものを食べず餓死寸前となっていたところを旧知のエドとその妻で医者のリズに救われたのだった。
次から次へと町の人が登場するのだが、多すぎて誰がどんな人物か把握できず、混乱する。山ではシェールガスの掘削が進められていて、その利権問題なども出てくるし、さらに森の中に隠された古い墓からミイラ状の女性の死体も出てきたりする。結局、犯人は容疑者の二人ではなく、かといってそんなに意外な犯人というわけでもなく、謎解きは割とどうでもいい感じであり、それはそれでいいのだが、訳文のせいもあるのか、どうにも読みにくい。暗いけどそこはかとなく味わいのあるハードボイルドな雰囲気があればいいのだが、それもそんなにはない。
ダニエルを追うファレルが、森の狩猟小屋でダニエルの兄アランと遭遇する。弟を逃がそうとするアランと争いになり、ファレルはアランを撃ってしまう。ダニエルが逃げおおせたことを知ったアランは自分の肩を撃ったファレルを山小屋に招く。ファレルを椅子に座らせ、自分で自分の銃傷から弾丸を取り出して傷口の手当てをしながら、アランが最初に口にする言葉が、「春になったら七面鳥狩りに行くんだろう?」。ファレルは「そんなことが訊きたいのか?」という。ここは大変よかった。(2018.9)

ドーヴァー1 DOVER ONE
ジョイス・ポーター著(1964年)
田口正吉訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ
★ねたばれちょっとあり(犯人はバラしてません)★
スコットランド・ヤード(ロンドン警視庁)犯罪捜査課の主任警部ドーヴァーを主人公とするシリーズ第一弾。身長6フィート2インチ(185cm)、体重110キロ、二重あごで猪首の巨漢にして気難し屋のドーヴァー主任警部が、若くてイケメンの部長刑事マクレガーを引き連れて、失踪事件の捜査のため、片田舎のクリードンにやってくる。
失踪した娘ジュリエット・ラッグもまた体重100キロの大柄な若い女性。主に引退した老人たちが住む静かな住宅地アーラム・オールド・ホールの住人ジョン・カウンター家の住み込みのメイドだった彼女は、午後の休暇のあと家に戻らず、そのまま行方不明となっていた。
ドーヴァーとマクレガーは、アーラム・オールド・ホールの住人たちに聞き込みを始める。
近隣の住人たちのあいだでのジュリエットの評判はひどかった。巨体に派手な衣装をまとい、多数の男たちと性交渉を持つ彼女は、ジョン・カウンターの使用人というよりは、愛人だったのだ。
ジュリエットの雇い主の老人カウンターとその娘イブ、土地と建物の所有者であるキティ・チャップ=スミスとその息子夫婦のマイクルとマクシーン、元婦人部隊陸軍大佐のピングとそのメイドで同居人のミス・マクリントック、引退した牧師のベージル・フリール、その妹で探偵小説好きのアミー・フリール、著名な女探検家で人類学者のユーラリア・ホッポルド、ポーランドとユダヤのハーフで戦時中収容所に収監されていた麻薬中毒の美青年ボリス・ボゴレポフ、元軍人の管理人ウィリアム・ボンディ、そしてまた別にジュリエットを愛人とする婦人用下着のセールスマン、ゴードン・ピレー、ジュリエットの母親などなど。多種多様の人たちが、ジュリエットのことや自分のことやまるで関係ないことなどを口々にしゃべりたてるのを、ドーヴァーは苦虫をかみつぶしたような顔をして聞き、マクレガーは、忍耐強く、彼らの言ったことをノートブックに記録していく。
失踪した日の夜11時に住宅街のゲートを入ってくるジュリエットを見たという目撃証言の後の彼女の手がかりがないまま、やがて誘拐犯から手紙が届く。誘拐犯の指示通りに婦人用公衆トイレに現金を置き、ドーヴァーらは地元の警官とともに張り込む(この際、現場の向いのカフェでの張り込みや地元婦人警官の一般人を装った奇抜な変装の様子などがコミカルに描かれていて可笑しい)が、犯人は現れず、やがて誘拐はフェイクだったことがわかる。ジュリエットが指に塗っていた緑のマニキュアという小さな手がかりを追い、犯人からの手紙の投函のからくりを解き、ドーヴァーとマクレガーは、犯人を絞り込んでいく。
ラストの真相暴露は、なかなか強烈だ。死体の状態や在処もさることながら、アミーがドーヴァーに送った謎ときの手紙では人肉喰いまでほのめかされる。一貫してユーモラスでのんびりした雰囲気を漂わせつつもそこここに皮肉のこもった作風は、ここへきて一気に毒を増すのであった。(2012.9)


ゴーストマン 時限紙幣 GHOSTMAN
ロジャー・ホッブス著(2013年)
田口俊樹訳 文春文庫(2017年)

登場人物:私(ジャック・モートン)、マーカス・ヘイズ(ジャグマーカー。立案者)、レベッカ・ブラッカー(FBI捜査官)、ウルフ/ハリハール・ターナー(麻薬密売人)、アンジェラ、シウ・メイ(クアラルンプール襲撃の管制官)、アルトン・ヒル(同ホイールマン)、ジョー・ランディス(同ボックスマン)、ヴィンセント(同ボタンマン)、マンシーニ(同ボタンマン)、 リボンズ(カジノ襲撃犯)、モレノ(カジノ襲撃犯)、スペンサー・ランドル(ホイールマン)
アトランティック・シティでカジノに運び込まれようとしていた紙幣120万ドルが強奪される。2人の犯人のうち一人は何者かに狙撃されて死亡し、残されたリボンズは金を持って逃走する。
犯行の計画の立案者(ジャグマーカー)マーカス・ヘイズは、「私」にリボンズを見つけ金を取り戻すよう依頼してくる。ジャック・モートンと名乗っている「私」は、裏社会でゴーストマンと呼ばれる犯罪行為の後始末屋である。5年前にやはりマーカスが企てたクアラルンプールの銀行強盗チームに加わるも失敗を犯して計画は破たんし、マーカスとは袂を分かっていた。が、今回奪われた紙幣は、48時間後に爆発する仕掛けが施された連邦準備銀行のものであり、麻薬密売人ウルフとの取引を控え、何としても爆発前に紙幣を回収する必要があったマーカスは、「私」に仕事を依頼してきたのだった。
物語は、「私」がリボンズの行方を追う様子と、5年前のクアラルンプールでの銀行襲撃の様子が、交互に描かれていく。クアラルンプールのチームには、アンジェラという女性のゴーストマンがいるが、「私」は、若いころ、アンジェラに会ってゴーストマンとしての技を仕込まれる。クアラルンプール以来、彼女とは会っていないが、回想の端々に「私」の彼女に対する思慕の情が窺える。
犯罪のプロ同士の駆け引きや、犯罪計画実施にあたってのチームのメンバーのそれぞれの役割分担が興味深い。ホイールマンは逃走車運転手、ボックスマンは金庫破り、ボタンマンは荒事担当すなわち戦闘員である。リボンズの足取りを追う「私」が呼びよせたスペンサーというホイールマンが、リボンズが乗り捨てた車とその場から去った車のタイヤの跡から様々なことを判明させていく様子はプロっぽくていい。彼がその場面にしか登場しないのもよい。
結局、ゴーストマンは、ラストのウルフとの対決で無敵の強さを見せるのだった。
本編の後に、短編「ジャック ゴーストマンの自叙伝」が特別収録されていて、ゴーストマンが自らの生い立ちを語っている。(2017.8)


猟犬  JAKTHUNDENE
ヨルン・リーエル・ホルスト著(2012)
猪股和夫訳 ハヤカワ・ポケット・ミステリ(2015)

ノルウェーの警察ミステリ。
オスロ・フィヨルドの東岸南部に位置するラルヴィク市の警察署に長年勤務する警部ヴィスティングが主人公。彼は、17年前に担当した少女誘拐殺人事件における証拠捏造の責任を問われ、停職処分となる。有罪の判決を受けて服役していたリュードルフ・ハーグルンは、弁護士を立て、有罪の決め手となった、煙草の吸殻が警察内部の何者かによってすり替えられたと訴えてきたのだった。
ヴィステングは、当時の捜査に関する書類一式を密かに自宅に持ち帰り、事件の見直しを図る。
一方、大手新聞社VGの記者である彼の娘リーネは、自分の父親が一面に載って糾弾されるのを遺憾に思いつつ、ラルヴィクの対岸にあるフレドリスクで発生した殺人事件の取材を担当するが、思わぬところで、17年前の事件との関わりが出てくる。
ヴィスティングは、リーネの協力を得ながら、証拠を捏造した警察内部犯と、少女誘拐殺人事件の真相を追っていく。ヴィスティングは、警察署に忍び込んだりもするが、そのやり方は地道で真面目である。一方、リーネには無謀なところがある。コテージで捜査記録をじっくり吟味するヴィスティングと、フィヨルド湾のこちら側とあちら側を行ったり来たりし、スウェーデンまで足を延ばして情報を集めるリーネとの、静と動の対比はおもしろかった。
未解決の18年前の少女失踪事件、17年前の少女誘拐殺人事件、そして新たに起こった少女失踪事件と、対岸の町で起こった中年男性殺人事件。当初からそれらが関わり合っていることはほのめかされており、証拠捏造の犯人も、少女誘拐殺人犯もさほど意外なものではないが、段階を追って細部をつなげていく捜査の進め方は、地味に楽しめた。
ヴィスティングが、殺人事件の被害者が遺したビデオを見るため、古いデッキを父親に持ってきてもらった際に、亡くなった最愛の妻や子どもたちの幼いころの映像を見て感慨に浸るところは、なかなかよかった。ビデオやカセットテープなど、事件当時に使われた古い機器が出てくるのも歳月を感じさせてよかった。
タイトルは、事件を追う警官のこと。有力な容疑者が出てきたら、その人間に的を絞って証拠を固めていく捜査のやり方が、まるで猟犬のようだとヴィスティングが思ったというくだりがある。(2015.7)

カタリナ・コード  THE KATHARINA CODE
ヨルン・リーエル・ホルスト(2017)
中谷友紀子訳
小学館文庫(2020)

ノルウェー南部の小都市ラルヴィクを舞台に、ベテラン警部ヴィスティングを主人公としたシリーズ第2作目。
24年前に起きたカタリナ・ハウゲンという女性の失踪事件。彼女は、自宅に暗号めいた数字の列を記したメモを残し、姿を消した。メモの意味は解明されず、数字の列はカタリナ・コードと呼ばれていた。ヴィスティング警部は、カタリナの夫マッティンと友人になり、毎年カタリナが失踪した日にマッティンを訪ねて二人で過ごしていたが、その年、マッティンは自宅にいず、行方が知れなかった。
同じころ、オスロの国家犯罪捜査局(クリポス)未解決事件班の捜査官アドリアン・スティレルが、ラルヴィク署を訪れる。彼は、カタリナ失踪の2年前に起きたナディア・クローグ誘拐事件の再捜査を始めていたが、事件は殺人事件と見なされ、あらたな証拠が出てきたことでマッティンが被疑者として浮上してきたのだ。
ヴィスティングの自宅近くには、彼の娘でシングルマザーのリーネが暮らしている。リーネは新聞記者で、スティレルの取材をすることになる。
スティレルは、アメリカの警察小説などであれば嫌味ないやな奴でヴィスティングと対立しそうな役回りだと思われるが、そんなことはなく、真面目な捜査官なのだった。
地味な話で、真相は意外でもなんでもない。カタリナコードの正体も突飛なことはない。ヴィスティングとマッティン、二人の男が森の小屋で過ごす、スリリングでありながら趣深い時間にそこはかとない物悲しさが感じられた。(2022.3)


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