みちのわくわくページ

○ 本 ミステリ(海外) か行

<作家姓あいうえお順>
ビロードの悪魔(ジョン・ディクスン・カー)、 ノンストップ!(サイモン・カーニック)、
魔術師が多すぎる、 魔術師を探せ!(ランドル・ギャレット)、
エアフレーム−機体−、 タイムライン(マイケル・クライトン)、
ありふれた祈り、 血の咆哮(ウィリアム・K・クルーガー)
湖は飢えて煙る(ブライアン・グルーリー)、 容疑者(ロバート・クレイス)
九マイルは遠すぎる(ハリイ・ケメルマン)
月長石、 夢の女・恐怖のベッド 他六編(ウィルキー・コリンズ)

ノンストップ! Relentless
サイモン・カーニック著(2006年)
佐藤耕士訳  文春文庫(2010年)
<ねたばれ多少あり>
トム・メロンは、30代のソフトウェア企業のセールスマンで、2人の幼い子どもたちと大学講師の妻と平和に暮らしていた。ある日、旧友の弁護士ジャックからかかってきた1本の電話を発端に、とてつもないトラブルに巻き込まれていく。ジャックは電話の向こうで助けを求めながら何者かに殺害され、妻のキャシーは失踪し、トムは殺人事件の犯人の容疑をかけられ、さらに謎の男達に襲われる。
次々に襲ってくる危機から必死で逃げまくるトムの様子と、ベテラン刑事ボルトが自殺した首席判事の真の死因を捜査する様子が交互に語られ、やがてそこに残虐な殺し屋レンチの視点が混じって、はらはらどきどきのサスペンスが盛り上がっていく。
ジャックが押さえた何か重要な証拠品をめぐってのトラブルだとわかってくるが、犯罪者たちばかりでなく、被害者側の方も嘘をついたり隠し事をしたりしているので、あんまり感情移入できなくて猜疑心を抱いてしまう。敵は敵で一枚岩ではなく、レンチの仲間であるはずのダニエルズがトムを助けたりする。トムの妻のキャシーはうち明けてもうち明けても常に何か秘密を抱えている感じだし、トムも途中からあまりいい奴じゃないのかもと思えてくる。昔なつかしい巻き込まれものを楽しむ気でいると、ちょっと違う。終わりを迎えても釈然としないものが残る。
ボルトとその相棒モーのコンビに好感を持てるので、そのへんが救いとなる。(2011.4)


魔術師が多すぎる Too Many Magicians
ランドル・ギャレット著(1966年)
皆藤幸蔵訳 ハヤカワ文庫
登場人物:ダーシー卿(ノルマンディ公主任捜査官)、ロンドン侯爵(ダーシー卿の従姉妹)、ボントリオンフィ卿(ロンドン侯主任捜査官)、スモレット(海軍諜報部の大佐)、アシュレー卿(海軍諜報部の中佐)、バルブール(海軍諜報部が雇った二重スパイ)、ショーン・ロクレーン(ダノルマンディ公主任法廷魔 術師)、イーウェン・マカリスター(魔術師)、ジェームズ・ツウィング(ロンドン市の主任法廷魔術師)、サー・ライオン・グレー(グランド・マスター・魔術師、魔術師ギルド会長)、ジョン・ケツァル(ジャーネーマン[新人]魔術師、メシコー公の四男)、ティア・アインチッヒ(魔術師の研修生、アンジュバン 帝国出身)、メアリー(カンバーランド公爵夫人)、サー・トーマス・ルソー(魔術学博士)、ポール・ニコルス(ホテルの支配人)、アル・ナシール(ムーア人のクラブ経営者)
科学の代わりに魔術が発達した世界を舞台に、英仏帝国ノルマンディ公主任捜査官ダーシー卿の活躍を描くシリーズ唯一の長編作品。
ヨーロッパでは、英仏帝国とポーランド王国がニ大勢力となっていた。シェルブールで英仏帝国の二重スパイ、バルブールが殺された直後、ロンドンのホテルで主任法廷魔術師のマスター・ジェームズが自室で刺殺される事件が起きた。同ホテルでは魔術師の大会が開催されており、たくさんの魔術師が集まっていた。殺人現場の部屋のドアは内側から鍵がかけられた上、被害者によって本人にしか開けることのできない呪文がかけられていた。黒魔術による殺害が疑われるが、捜査の結果、黒魔術が行使された痕跡は発見できなかった。
話の中心は、魔術大会の最中に発生した密室殺人事件の捜査である。が、魔術を使った“仕掛け”に関する軍事的な情報を巡ってのスパイ同士の駆け引きや、敵国であるポーランド圏から逃亡してきた魔術師研修生の少女ティアの物語などが絡んでくる。
魔術師としての「タレント」は持たないが、捜査官としての腕は一流で国王の信頼も厚いダーシー卿と、彼の片腕として魔術の腕を存分に発揮してみせる法廷魔術師ショーンのコンビが捜査を進めていく。
魔術師同士の対決など、アクションシーンも楽しめる。
現代でありながら、19世紀さな がらに馬車が行き交う異世界の街の様子も興味深い。
特殊な設定にあって、謎解き自体は合理的でルール違反がなく、推理の過程を楽しめるが、国家の諜報合戦が絡むため、単に上流階級の推理ゲームにとどまらず、状況は込み入っている。(2007.5)


魔術師を探せ! The Eyes Have It And Other Stories
ランドル・ギャレット著(1964年)
風見潤訳 ハヤカワ文庫
科学ではなく、魔術が発達した世界を舞台に、英仏帝国ノルマンディー公直属の捜査官ダーシー卿が活躍するシ リーズの中編3作を収録。(2007.7)
☆その眼は見た The Eyes Have It
プレイボーイとして浮き名を流していたデヴルー伯爵が、城の寝室で射殺死体で発見される。
犯行当夜、城内には、秘書官サー・ピエル以下伯爵に仕える者のほか、伯爵の相続人である妹のアリス、客として招待されていたダンカン夫妻がいた。 が、城には秘密の抜け道があり、伯爵はそれを使って多数の女性と情交を重ねていた。
ダーシー卿は、部下の魔術師マスター・ショーンによる<接触感応の法則>を用いた魔術によって弾丸が発せられた拳銃と、犯人が着ていたと思われる女性用のローブを特定するが、さらにショーンに「映像テスト」を命じる(被害者が最後に見た映像を魔術によって再現するというものだが、これは法廷では証拠としてはとりあげられないことになっている)。その結果、伯爵は、その最後の瞬間に絶世の美女と会っていたことが判明する。が、周囲の者は誰一人として彼女が何者か知らなかった。好色で知られる伯爵が思いを抱いていた相手とは?
作品のトーンは彼の嗜好に否定的だが、今読むとちょっとほろりとする幕引き。

☆シェルブールの呪い A Case of Identity
シェルブールの港から新世界(アフリカ大陸)に向かう船が相次いで沈没し、「シェルブールの呪い」として水夫たちは航海を恐れるようになっていた。そんな中、シェルブール公が行方不明となり、やがて死体で発見される。捜査を命じられたダーシー卿は、その死に疑問を抱く。
消えた城主の行方を追うダーシー卿の推理に加え、敵国ポーランドとのスパイ合戦が絡み、卿は他人の部屋に侵入したり、倉庫で敵と対戦したりと、武闘派の面も披露する。
本作に登場する魔術はなかなかユニークだ。まずは、マスター・ショーンが、死体の身元を確かめるために行った<ジャコビィ移転法>と呼ばれる血液検査。魔術によって、死体とシェルブール公の兄である司教の血液を比べるもので、血液間の相似指数の大きさで兄弟であるか否かが判明できるというもの。DNA鑑定を思わせて興味深い。
<似姿法(シムラクラム)>による精神誘導は、わら人形の呪いのようなもので、本人とそっくりの蝋人形などを用いて、人の精神を遠隔操作する黒魔術である。本人と似ていれば似ているほど、支配力が強くなる。
そして、<ギース理論>による意志の抑制。ブロンドの司書官シーガー卿の正体が明らかにされる場面は切ない。

☆藍色の死体 The Muddle of The Woad
ケント公爵が亡くなった直後、城の作業室に置かれた公の柩から真っ青に塗られた死体が発見された。死体は、ケント公爵未亡人の主任捜査官カンバートン卿の ものであった。死体が藍で染められていたことや、被害者が秘密結社アルビオン教会の会員であったという噂があったことから、同協会の犯行への関与が疑われ る。
国王の勅命を受けたダーシー卿は、ケント公の死が早まったことや未亡人の知られざる過去や、マスター・ショーンが魔術によって復元した証拠品(何者かによって焼却されたと思われる布の切れ端から、燃やされる前の布の姿を復元する)などから、犯人の正体や、なぜ死体が青く塗られ柩に入れられていたかのかという謎を解明していく。
知られざる過去を持つケント公爵未亡人マーガレット、情報提供をするダーシー卿のファンである令嬢レディ・アン、スパイとしてアルビオン教会に潜入している理論魔術師のサー・トーマスなど、関わる人物が多彩で、細かい伏線が効いた謎解きも楽しい。



ありふれた祈り Ordinary Grace
ウィリアム・ケント・クルーガー著(2013)
宇田川昌子訳 早川文庫(2016)
1961年夏、ミネソタの田舎町ニュープレーメン。13歳の少年フランク・ドラムの目を通して描かれる悲しいできごと。
若いころ弁護士を目指していたフランクの父ネイサンは、第二次世界大戦に出征し復員後は志を変えて牧師となる(戦場で大きな心の傷を負ったようだが、最後までその内容は明かされない)。ばりばりの弁護士と結婚するつもりでいた母のルースは、牧師の妻として合唱隊を指揮して自分の芸術的欲求を満たしていたが、こんなはずじゃなかったという思いはぬぐえない。姉のアリエルは口の横に兎唇の手術の後が残っているが、美しくやさしい兄弟思いの娘で、母と同様音楽的才能を持ち、近くに住むプロの音楽家エミール・ブラントにピアノを習っていた。弟のジェイクは、吃音をからかわれることもあったが、兄のフランクの前ではどもることなく話ができ、頭がよかった。フランクは、冒険心が強くてちょっと向こう見ずな男の子だ。3人は仲の良い兄弟だった。
その夏、フランクはいくつかの死と遭遇する。町の外れを流れるミネソタ・リバー川に架かった線路の構脚橋(この略語にはどうにもなじめない)で知り合いの少年ボビーが事故死する。そのあと、その橋の真下で行き倒れの男の死体を発見する。
そして、同じ橋の上から、3つ目の死を発見する。
独立記念日の式典の一環として教会の聖歌隊でアリエルが作曲した歌が披露される。その夜の河原での若者たちのどんちゃん騒ぎの後、彼女は行方が分からなくなっていた。
フランクは、川面にアリエルの赤い服の色を見つけたのだった。
はぐれ者のインディアン、レッドストーンにアリエル殺しの嫌疑がかかる。彼は、フランクの友達ダニーの大叔父だった。スー族(厳密にはダコタ族)であるダニーの一家は苦しい状況になるが、やがてアリエルのボーフレンドのカールや、エミールにも犯人である可能性が出てくる。カールは、地元の資産家ブラント家の長アクセルの息子、エミールはアクセルの兄でブラント家の跡取りだったが、ベトナム戦争で負傷して失明したため、屋敷から離れたロッジで、彼を慕う聾唖の妹リーゼと二人でひっそりと暮らしていたのだった。アリエルは、その家に頻繁に出入りしていた。
田舎の濃密な人間関係は、疎外と表裏をなす。障がい者やインディアンへの差別や偏見の問題も含みながら、家族や友人や周囲の大人たちとのつながりとともに、少年フランクの心に深い傷跡を残した夏のできごとが語られていく。ミステリということになっているが、謎解きや犯人捜しにあまり重きは置かれていない。アリエルが実は妊娠していたなど、それこそもありふれた展開過ぎてまるで新鮮味がないが、それよりは、フランクの家族やプラント兄妹のそれぞれの思いや、田舎町の人間関係や人々の苦悩を丁寧に描いた、人間ドラマとして読むとよい。戦場でネイサンの部下だったガスなどなかなかいい味を出している。
孤高のインディアン、レッドストーンの存在感が大きい。スー族の反乱についてインディアン側の立場を説いてフランクにものごとの二面性に気づかせ、再会のときにも趣深い言葉を発するなど、出番は少ないのに強い印象を残す。(2018.4)

血の咆哮 Thunder Bay
ウィリアム・K・クルーガー著(2007年 アメリカ)
野口百合子訳 講談社文庫(2014年)

★あらすじの説明あります★
ミネソタ州を主な舞台とした、コーク・オコナー元保安官が主人公のシリーズ。コークは、アイルランドとオジブワ族とのハーフである。最新作らしいのだが、このシリーズを読むのは初めて。
コークは、知り合いである超高齢のオジブワ族のまじない師メルーから息子探しを依頼される。メルーが一度も会ったことのない息子で、手掛かりになるのは、73年前に生まれたということと、母親の名前がマリア・リーマということと、彼女の写真が入った懐中時計のみ。到底見つからないだろうと思っていたコークだが、しかし、息子は有名な富豪実業家だったため、インターネットで検索したらあっさり見つかったのだった。
その息子ヘンリー・ウェリントンは、引退し、孤島で隠居生活を送っていた。コークは、島に彼を訪ねるが、ウェリントンはコークの話を信じようとしない。その後、メルーは家にいるところを襲撃され、反撃する。メルーが撃ち殺した犯人は、ウェリントンのボディガードだった。
メルーはコークに73年前のできごとを語る。カナダで、金鉱を探す白人2人組のガイドをしたとき、白人の一人であるリーマについてきた娘のマリアとメルーは恋に落ちた。いろいろなことが起きて二人は離ればなれになり二度と会うことはなかったが、メルーは彼女に子どもができたことを幻視で「知って」いて、その子がいま危ない状況にあることも「知った」のだという。
メルーの壮大な昔語りが本作のまんなか1/3を占める。野で育ったメルーと文明人だが自由な心を持つ少女マリアとの、大自然の中での出会いと恋愛が初々しい。
コークは、大学入学間際に妊娠を知って悩む長女の行く末を案じていて、二組の親子の話がシンクロするのだった。
メルーは、70余年の歳月を経て、最愛の女との間に生まれた息子と、初めて会う。富豪の息子も、幼少のころ、母から、オジブワ族の若くたくましいハンターの話を聞かされていたのだった。感慨深い。(2015.12)


湖は飢えて煙る  Starvation Lake
ブライアン・グルーリー著(2009年) 青木千鶴訳
ハヤカワ・ミステリ
アメリカ、ミシガン州北部の田舎町を舞台に、10年前に事故死したとされる町の伝説的なアイスホッケー・コーチの死の真相が明かされていく。
ある冬の夜、ウォールアイ湖のほとりに古いスノーモビルが打ち上げられる。それは、かつて町の少年ホッケーチームを率いた名コーチ、ジャック・ブラックバーンのものであることが判明する。が、彼は10年前に町にある別の湖スタヴェイション湖でスノーモビルごと氷の裂け目に落ちて死んだものとされていたのだった。
地元の新聞社「パイロット」の編集長ガス・カーペンターは、部下の記者ジョーリーとともに、ブラックバーンの死の謎に挑む。ガスは、かつてブラックバーンのチームでゴールキーパーをしていたが、チームが州大会の決勝まで勝ち進みながら、試合終了直前に敵にゴールを許したことで優勝を逃したという、苦い過去を持っていた。ガスは、町を出てデトロイトの新聞社で敏腕記者として活躍するが、欠陥商品を出した自動車メーカーとトラブルを引き起こし、新聞社を追われ、故郷の町に戻ってきていたのだった。二重のトラウマを抱えて生きるガスが、不屈のジャーナリスト精神で、それまで知らなかったブラックバーン及び町の人々の影の部分を追及していく。
ホッケー選手として優れた能力を持つガスの親友スーピー、ボスであるガスに反発しつつも次第に彼を認めていく跳ねっ返りの記者ジョーリー、10年前の事故の捜査に疑問を抱き今度こそ真相を突き止めたいと望む保安官のディンガス、豪快な性格のディンガスの元妻バーバラ、ガスのかつての恋人で捜査の大詰めにおいてガスの力となる保安官助手のダーリーンなど、ガスを取り巻く人物たちはなかなか魅力的である。
ガスは、ホッケーによって心の傷を負いながら、なおも町のホッケーチームでキーパーをしている。そのため、ホッケーの試合の様子がところどころで差し挟まれるのだが、スピーディな試合の描写が物語のほどよいインターミッションの役割を果たしていて、いい感じだった。(2011.8)


容疑者 SUSPECT
ロバート・クレイス著(2013)
高橋恭美子訳 創元推理文庫(2014)
ロサンジェルス市警の警官スコット・ジェイムズは、相棒のステファニー・アンダースとパトロール中に、激しい銃撃事件に遭遇する。犯人一味は、ベントレーに乗った二人の男を襲撃し、居合わせたスコットらにも銃口を向ける。ステファニーは殺され、スコットは重傷を負う。
一方、軍用犬のマギーは、アフガニスタン・イスラム共和国で、海兵隊の爆発物探知チームの一員として、指導手(ハンドラー)のピート・ギブス伍長と任務にあたっていたときに爆撃に遭う。ピートは爆死し、マギーは狙撃手に後ろ足を撃たれる。
相棒を喪った警官と軍用犬が出会い、警察犬隊チームとなっていく様を描く。
スコットは、銃撃事件の捜査チームから情報を得ながら、独自に自分とステファニーを撃った犯人一味を追う。最初は、人と話さないですむからということで警察犬隊に入ったスコットだったが、やがて、一人と一匹は心を通い合わせ、互いに大切な存在になっていく。
なんといっても心身共に傷ついた30代の若い警官と、ジャーマン・シェパードの牝犬との絆がだんだん深まっていく様子が泣かせどころの読みどころなのだが、犯人に辿り着くまでの経緯もミステリーとして読み応えがある。腕時計のバンドの切れ端から事件の目撃者を見つけたり、紛失した防犯ビデオの映像が決め手になったり、陰謀によってスコットが殺人犯の容疑者として追われたり。しかめ面で口は悪いが、実は人情家の警察犬隊主任指導官リーランドやベテラン・ハンドラーのバドレス、スコットに協力的な強盗殺人課刑事のジョイスなども感じがよかった。窃盗犯のマーシャル・イシも、弟思いでなかなか憎めない奴である。(2015.3)

九マイルは遠すぎる The Nine Mile Wa
ハリイ・ケメルマン著(1967年)
永井淳・深町眞理子訳 ハヤカワ文庫
ニッキィ・ウェルト教授が、友人の郡検事から情報を得て、事件の真相を暴く 推理小説短編集。
もと学者である検事の「わたし」が語り手となって、「ワトソン君」を彷彿とさせる、昔なつかしい名探偵ものを思わせる。(2007.3)

☆九マイルは遠すぎる
「九マイルもの道を歩くのは容易じゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ。」
「わたし」が、レストランを出るとき、他の客とすれ違いざまにふと耳にした言葉。この言葉が発せられるまでの状況を推理していくというゲームを楽しんでいたニッキーと「わたし」は、それと知らずに殺人事件の謎を究明していたのだった。「九マイル」をヒントに、理屈を重ねていく推理の過程が興味深い。

☆わらの男
ニッキーが、指紋だらけの脅迫状から、誘拐事件の犯人を推理する。
☆10時の学者
博士論文審査試験を受ける学生が試験直前に殺害された。容疑者が一転二転する中、ニッキーは、理論的に凶器と犯人の動機を割り出していく。
☆エンド・プレイ
自宅で友人とチェスをしていた教授が、射殺された。落第を言い渡された学生が容疑者として浮上するが、ニッキーは、チェス盤に置かれた駒の様子から真犯人を推理する。
☆時計を二つ持つ男
海辺の小さな町の資産家が自宅で転落死した。超常現象による死だという説がささやかれる中、ニッキーは、死者が日頃から時計を二つ持っていたことに注目する。
☆おしゃべり湯沸かし
コーヒー好きで普段はパーコレー ターを使う男が、ある日お湯を沸かしていた。いつもと違う人の行動を追うことで、ニッキーは、ある盗難事件を防ぐことに。
☆ありふれた事件
大雪が降った日、道路脇に積もった雪の中から男の死体が発見された。一見ありふれた殺人事件に見えたが、ニッキーは、犯人はなぜ雪が溶ければすぐ発見されてしまうところに死体を置いたのか、という疑問をつきつめて真犯人を割り出していく。
☆梯子の上の男
梯子をかけて屋根にアンテナを取り付けていた男が転倒して死亡した。遠くからその様子を見ていたニッキーたちが事故の目撃者となったが、彼はその事故に疑問を抱く。事件の影には、チェスの名手たちの駆け引きがあった。


月長石
ウィルキー・コリンズ著(1868年)
中村能三訳 創元推理文庫(1970年)
ミステリの古典。文庫本の幅が3センチくらいある大長編である。
たまたま買ったコリンズの短編集がおもしろかったので、挑戦してみた。
1799年、ーンカスル大佐によってインドから月長石、別名イエロー・ダイヤモンドと呼ばれる巨大な宝石が持ち去られた。
1848年、大佐の姪にあたるレイチェル・ヴェリンダーにその月長石が贈られる。しかし、その夜、レイチェルの寝室から月長石が紛失する。
誰がどうやって盗んだのかという謎を追う話であるが、謎解きに真に必要な部分はたぶん全体の10分の一にも満たないかもしれない。いろいろな話が付随して、大容量の読み物となっている。
語り手が何人もいるのも面白い趣向である。事件のあらましは、大方、レイチェルの母親であるジュリア・ヴェリンダー未亡人に長年仕えてきた老執事ガブリエル・ペタリッジによって語られる。この人が、とにかくいろいろ話したがる。誰かが登場するたびにその人となりについて語り、場所が出てくれば場所の説明となり、困ったことが持ち上がると愛読書の「ロビンソン・クルーソー」を開いてアドバイスとなる言葉を探し求めたりするので、本題に入るまでがいろいろ回りくどい。この寄り道を楽しめれば、おもしろく読める小説であると思われる。
盗難事件があったヴェリンダーの屋敷から場面がロンドンの家に移ると、物語も、事件編から解決編といった体をなし、語り手も変わる。2番目の語り手は、ジュリアの親戚のドルシーラ・クラックという女性なのだが、これが狂信的なキリスト教の信者で信仰の押し売りをする大変人迷惑な輩である。3番目は弁護士のマシュウ・ブラッフ、4番目はフランクリンという重要な男性、ダイヤモンドを運んできた男であり、レイチェルと恋仲にあり、そして容疑者でもある。5番目は医師キャンディの助手エズラ・ジェニングス。キャンディは、盗難のあった夜、ヴェリンダー家に泊まった客の一人であり、実は事件にかかわる重要な行為を行っていたのだ。6番目は再びフランクリン、7番目はカッフ部長刑事、8番目はキャンディ医師、そして最後にべタリッジがまとめる。
月長石が盗まれると、警官がやってくる。だが、盗まれた当人のレイチェルは捜査に非協力的である。高名なカッフ部長刑事は、塗りたてのドアの塗料が一部こすれていることから、塗料のついたナイトガウンを持っているものが犯人だろうと推理する。このナイトガウンを巡って、屋敷の使用人のロザンナ・スピアマンが重要参考人として浮上するが、彼女は行方不明となっている。
で、真相は、意外な犯人というより、ちょっとびっくりするくらい行き当たりばったりである。

★以下ネタバレ!!

盗難のあった夜、キャンディ医師は、フランクリンにちょっとした恥をかかされ、その腹いせとしてごく軽い気持ちで彼の飲み物にアヘンチンキを入れる。何もしらずにアヘンを飲んだフランクリンは、アヘンでふらふらした頭で急に夜中に月長石のことが心配になり、レイチェルの寝室に忍び込んで月長石を持ち出し、ゴドフリーというやはり客の一人で篤志家の男に月長石をロンドンの銀行に預けるよう託す。が、アヘンにやられていたフランクリンは自分がそんなことをしたことをすっかり忘れてしまう。立派そうな人に見えて、実は金に困っていたゴドフリーは、フランクリンが何も覚えていないのをいいことに宝石を自分のものとしてしまう。レイチェルは、夜中に物音で目を覚まし、フランクリンが宝石を盗むところを目撃してしまう。また、ロザンナは、泊まり客のナイトガウンを洗濯する際、フランクリンのナイトガウンにドアの塗料がついているのを発見してしまう。レイチェルは公然とフランクリンに好意を抱いており、またロザンナは陰ながらフランクリンを慕っていたため、二人の女は、フランクリンを犯人だと思い込むとともに身を挺して彼をかばうのだった。

こうした真相から読者の目ををはぐらかすように、謎のインド人3人組が屋敷の周辺にたびたび姿を現す。さも不気味で恐ろしいもののように描かれているが、彼らは聖地から強奪されたご神体のダイヤモンドを取り戻そうとしているだけなのだ。結局、彼らは殺人を犯してダイヤモンドを取り戻すのだが、彼らにすれば、悪魔に魂を打ってでも果たさなければならない使命だったのだ。

ペタリッジが、「ロビンソン・クルーソー」を座右の銘としているとか、アヘンチンキが公然と使われたりとか、インド人が不気味な存在として扱われたりとか、時代ならではの描写もあるが、それも含めて、ゆったりした気持ちで読むといいものである。(2018.3)


夢の女・恐怖のベッド 他六篇
ウィルキー・コリンズ作
中島賢二訳 岩波文庫(1997)

長編ミステリ「月長石」で知られるコリンズの短編集。「月長石」を読もうかと思って検索していて、目に留まり、いっしょに衝動買いしてしまった。ミステリともホラーともアクションともつかぬ、不思議なテイストの小品が並んでいて、おもしろい。(2017.11)
●恐怖のベッド A Terribly Strange Bed (1852)
怪しげな賭場で大勝ちした青年は、その場で知り合った古参兵と酒を飲んで酔い、彼の勧めるままに酔い覚ましのコーヒーを飲んで賭博場の二階にある寝室に泊まる。4本の柱に支えられた天蓋つきの旧式なベッドに横になった彼は、しかし、邪悪な罠にはまったことを知る。コーヒーには薬が盛られており、高熱を発して苦しむ彼の上に、ベッドの天蓋が静かに降りてくるのだった。壁の肖像画の見え方が変化していることから、殺人ベッドの恐ろしい仕掛けに気付くあたりがなんとも怖い。
●盗まれた手紙  A Stolen Letter (1854)
エドガー・アラン・ポーのとても有名な小説と同じタイトルのミステリ。
語り手は、弁護士。その友人である名家の青年が、親の反対を押し切って、妹の家庭教師の女性との結婚を決める。相手の女性の家系も悪くはなかったのだが、父が事業に失敗して貧乏になっていたのだった。既に亡くなっていた父が事業が悪化したときに書いた手紙が何者かに盗まれてしまう。それは、父がかつて犯した過ちを謝罪する手紙で、盗んだ犯人はその手紙をネタに青年を脅迫してきたのだった。
弁護士は、手紙を盗んだ男を追い、男からさらに手紙を盗み返す。下僕を使って犯人を尾行し、宿泊先の知り合いのメイドの協力を得る。犯人のメモから手紙の隠し場所を探り当てるあたりが推理小説っぽい。
弁護士が画家に肖像画を描いてもらっているときに、自分が関わった事件の話をするという形を取っているのだが、その語り口がどうにももったいぶっていてまわりくどいところがある。
●グレンウィズ館の女主人 The Lady of Glenwith Grange (1859)
田舎の大きな館にひっそりと暮らす独り身の婦人アイダ・ウェリン。彼女の悲しみに満ちた過去が語られる。
彼女は、亡き母に託され、歳の離れた妹ロザモンドの母親代わりになってきた。ロザモンドは、フランスの貴族フランヴァル男爵と相思相愛となって結婚する。彼は、長い間外国暮らしをしていてしばらくぶりに帰国したのだった。物腰は柔らかでハンサムな彼は妹の夫として何の問題もないはずなのだが、アイダななぜか彼が好きになれなかった。やがて、フランスから刑事が訪れ、アイダに恐ろしい事実を伝える。妹の夫は、脱獄囚が成り済ましたフランヴァル男爵の偽物だという疑いがかかっていたのだ。アイダと刑事が、男爵の寝室に忍び込み、彼の肩にあるTF(トラヴォー・フォルセ。「懲役」の意味)の焼き印を確認するところなど、クラシカルな小説ならではのスリルが満載。妹の幸せだけを考えて生きてきた淑女の悲しみが胸に迫る。
●黒い小屋  The Black Cottage (1857)
荒野にポツンと立つ石づくりの黒い小屋で石工の父と二人で暮らす18歳の娘。ある日、父が仕事で町に出て、娘は一人で留守番をすることになったのだが、近くに住む貴族の夫婦が大金の入った財布を娘に預けていく。そのことを知った二人の男が、嵐の夜にやってきて小屋を襲う。娘は、頑丈な小屋のつくりを頼りに果敢に暴徒を迎え撃つ。ついに小屋のドアが打ち破れそうになると、財布と銀のスプーンを胸に逃走する。
悪党二人を相手に、機転を聞かせて戦う娘の姿が感動的である。読んでいて、まるで、リリアン・ギッシュ主演、D・W・グリフィス監督による、秀逸なサイレント・アクション映画を見ているような気になり、財布を持って小屋を飛び出し、嵐の中を走るリリアンの姿が目に浮かぶような思いがした。
娘が助けを求めた農場の長男が、彼女の勇気と責任感の強さに感動し、周囲の反対を押し切って結婚したというエピローグもさわやかである。
●家族の秘密  The Family Secret (1857)
医者一族からのけ者にされてきた叔父。一族の秘密として隠されてきた叔父の消息を追う「私」は、悲しい事実を知る。叔父が誰もやりたがらない美しい姪の手術を引き受け、失敗して姪を死なせてしまったのだ。「私」はかつて親しんだ叔父の悲痛な生涯をたどっていく。
●夢の女  The Dream Woman (1855)
ちょっととろいけど人のいいアイザックは、仕事に恵まれない不運な男だった。ある夜ベッドサイドに立ち、ナイフを持って切りかかってくる美女の幻を見る。それから数年後、元貴族の女と結婚するが、彼女こそ以前目にした幻の女なのだった。
●探偵志願  The Biter Bit (1858)
文具屋店主の家から、なけなしの貯金だった200ポンドが盗まれる。なんらかのつてで、探偵志願の青年シャーピンが調査を任される。シークストン主任警部とブルマー巡査部長は探偵きどりのシャーピンの捜査報告書から真犯人を割り出す。書簡のやりとりのみで展開する推理劇。うぬぼれ屋の素人探偵による見当違いの捜査報告書に手がかりが隠されており、そこから警官が捜査のプロフェッショナルぶりを発揮して犯人を探し当てるという手法は、斬新で痛快である。
●狂気の結婚  A Mad Marriage (1874)
厳格な父親と遺産目当ての親戚らにより、正常な精神状態にあるにも関わらず、長い年月狂人として精神病院での入院生活を強いられてきた青年。彼と恋に落ちた女性は、青年と結婚するため、兄の力を借りて彼を病院から脱出させ、新天地のアメリカに逃れる。女性が友人に書いた手紙の形式を取って語られる。コリンズがイギリスの法に対する不信感をあらわにした作品というが、恋人を思う若い女性の一途さがなんともけなげである。

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