みちのわくわくページ

○ 本 古典・文学 西洋 

<著者姓あいうえお順>
自負と偏見(ジェーン・オースティン)
人間の土地(サン=テグジュペリ)
ロビンソン・クルーソー(ダニエル・デフォー)
罪と罰(ヒョードル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキー)
火を熾す(ジャック・ロンドン)

自負と偏見 Pride and Prejudice
ジェーン・オースティン著(1813年)
中野好夫訳(1963年) 新潮文庫(1997年)
著名な古典だが、読むのは初めて。邦題は「高慢と偏見」の方が知られているのではないかと思う。タイトルから、勝手にキリスト教的な道徳的な上流階級のお堅い話かと思っていたのだが、女性のおしゃべりのような一節から始まって、ほぼ全編、彼氏と恋愛と結婚に関するガールズトークとも言えそうな、肩の力の抜けた、豊かでおもしろい恋愛小説であった。
俗っぽくておしゃべりで5人の娘の嫁ぎ先のことしか頭にない母親と、思慮深いのだろうが事なかれ主義で覇気のない父のもとに生まれたベネット家の5人の姉妹。長女のジェーンは美人で気立てがよく、次女のエリザベスはそんなに美人ではないが頭がよくて自分の考えを持ち物事をはっきり言う性格、三女のメアリは器量はよくないが勉強家で学識があり、四女のキティは美人だが浅はか、末っ子のリディアはさらに浅はかで男のことばかり考えている。
物語は、エリザベスの目を通して、ジェーンと近所に越してきた好青年ピングリー氏との恋、その友人のダーシーとエリザべスとの恋を描いていく。当初は、高慢ちきなダーシーを嫌い、ダーシーもエリザベスを見下していたが、二人の心の変化とともに、恋の行方も二転三転していく。
他に、ベネット家の遺産を相続する慇懃無礼な牧師コリンズ氏や(限定相続といって、妻や娘でも女は財産を相続できず、もっとも近い血縁者の男子が相続するという不条理な法律があったらしい)、生活の安定を理由に彼と結婚するエリザベスの友人シャーロット、人当たりが良く一見非の打ち所のないイケメンに見えて実は借金まみれのふがいない男ウィカム、コリンズの支援者で物事をすべて自分の思い通りにしたがるキャサリン夫人、淑女の礼儀正しさと底意地の悪さを併せ持つピングリーの姉と妹たち、内気ゆえに誤解されやすいダーシーの妹、人が良く言動もしっかりしていて頼りになる叔父のガーディナー夫妻など、様々な人物が登場する。
エリザベスやほかの人たちが、関わった人々についてあれやこれやと評価を下したり、自分の言動を悔いたり好きになった男性の気持ちを推し量ったりする様子が頻繁に出てくるが、200年前のイギリスの上流階級の話とは思えないほど、女たちの男性に対するものの見方や、恋のライバルに嫉妬したり好きな男を手に入れるために画策したりする姿は、いま読んでも十分に理解できるというか、私たちも日々感じていたり、女たちが集まれば話題にしそうなことばかりなのであった。
これだけのことに、こんなに分厚いページ数が要るのかとも思うが、女のおしゃべりとはとりとめなく続くものであり、いろいろ回り道があってこその恋の成就かとも思うのだった。
タイトルは、恋する二人が、相手に対する思いを変化させたときの心の動きを表わしている。ダーシーに対する誤解が解けたとき、エリザベスは素直に自分の偏見を認めるし、また、彼女に拒まれたダーシーは自分のプライドの高さが人を不快にさせていたことに気づくのだった。
エリザベスの、はっきりとものを言う姿勢は気持ちが良い。ダーシーの求愛を拒んだときも、二人の間に入って邪魔をしようとするキャサリン夫人にまっこうから反論したときも、気持ちが変わってダーシーの気持ちを受け入れたときも、なかなか痛快だった。(2018.4)

完訳ロビンソン・クルーソー  Robinson Crusoe
ダニエル・デフォー著(1719年)
増田義郎訳 中公文庫(2010年)
ウィルキー・コリンズによるミステリの古典「月長石」に出てくる老執事ペタレッジが座右の銘にしている書物である。何か困ったことがあると彼は、「ロビンソン・クルーソー」を開いて、文中の言葉に救いを見出すのだった。
古典的ミステリの登場人物が引用するさらなる古典ということで、初めてちゃんと読んでみた。「ロビンソン・クルーソー」と言えば、無人島に取り残されてサバイバル生活をする男、というイメージがすべてであったが、読み終えてもその印象は変わらなかった。
彼は、貧乏人にも大お金持ちにもなるな、人間中庸が一番しあわせだという父の教えに背いて船乗りになり、一時期はアフリカでムーア人の奴隷となるも脱出して南米に移り、農園主となる。なのに、そこでまた冒険の虫が湧き、航海に出て、嵐に遭い、遭難して、一人、無人島に漂着したのだった。
そのサバイバルの様子はなんとも面白い。たった一人、他に人間が一人もいない島で、彼は28年間生活する。幸い、島に獰猛な野獣はいなくて、穀物を栽培できる土地があって、ブドウの木があって、山羊がいたのだった。
難破した船からできるだけ多くの道具や食べ物、衣類を運び、テントを張り、洞窟を掘り、何重にも柵を巡らせて住居をつくりつつ、ヤギを撃ち殺して食べるとともに皮をはぎ、ブドウを収穫して干して貯蔵し、船から運んだ袋からこぼれ落ちて偶然目を出した麦や米を栽培する。木から板一枚を切り出すのに三週間かかるなど、気の遠くなるようなペースで、しかし着実に彼は、自分の生活環境を整えていく。
島は、絶海の孤島というわけではなく、近くの「本土」から時々人食い人種がやってきて、海岸で犠牲者を食しては帰っていく。だいぶ経ってから、ロビンソンは、フライデーという快活で人のいい原住民の若者を仲間に迎える。彼は食人種の部族間の争いで捕らえられ、犠牲者としてボートで運ばれてきたところを、ロビンソンに救われたのだった。そのあとは、難破した船の乗組員など急速に人がいろいろやってきて、一気に島から脱出の運びとなる。
しかし、遭難してきた船乗りたちを救った彼は、まるで王のように彼らの上に君臨する。私は、孤独な島の生活を送っていた、謙虚で信心深くて不屈で合理的で有能なロビンソンの方がよかった。(2018.3)
第1部『ロビンソン・クルーソーの生涯と奇しくも驚くべき冒険』(The Life and Strange Surprising Adventures of Robinson Crusoe) 1719年 ※本作品
第2部『ロビンソン・クルーソーのさらなる冒険』(The Farther Adventures of Robinson Crusoe) 1719年
第3部『真面目な省察』(Serious Reflections During the Life & Surprising Adventures of Robinson Crusoe, With His Vision of the Angelic World)1720年

罪と罰 Преступление и наказание
ヒョードル・ミハイロヴィッチ・ドストエフスキー著(1866年)
工藤精一郎訳 新潮文庫(1987年)
登場人物:
ロジオン・ロマーノヴィチ・ラスコーリニコフ:元学生
アヴドーチャ(ドーニャ)・ロマーノヴナ・ラスコーリニコワ:ラスコーリニコフの妹
プリヘーリャ・アレクサンドロヴナ・ラスコーリニコワ:ラスコーリニコフの母
ソーフィヤ(ソーニャ)・セミョーノブナ・マルメラードワ:娼婦
セミョーン・ザハールイチ・マルメラードフ:元官吏の飲んだくれ。ソーニャの父
カテリーナ・イワーノヴナ・マルメラードワ:ソーニャの継母
ドミートリィ・プロコーフィチ・ラズミーヒン:ラスコーニコフの学友
ピョートル・ペトローヴィチ・ルージン:弁護士。ドーニャの婚約者
アルカージィ・イワーノヴィチ・スヴィドリガイロフ:ドーニャの元家庭教師先の家の主人
マルファ・ペトローヴィチ:スヴィドリガイロフの妻、資産家
ゾシーモフ:医者。ラズミーヒンの友人
アンドレイ・セミョーノヴィチ・レベジャートニコフ:思想家。ルージンのペテルブルグの同居人
プラスコーヴィヤ・パーヴロヴナ:ラスコーリニコフの大家
ナスターシャ:ラスコーリニコフのアパートの料理女
アリョーナ・イワーノヴナ:金貸しの老婆
リザヴェータ・イワーノヴナ:アリョーナの義妹
ポルフィーリィ・ペトローヴィチ:予審判事
アレクサンドル・グリゴリーウィチ・ザミョートフ:警察署事務官
ニコージム・フォミッチ:警察署署長
イリヤ・ペトローヴィチ:警察署副署長

貧しさの中にあって大学を辞め職も失った極限状態の青年が、金貸しの老婆の殺人を計画・実行する。
物語は、この犯罪を主軸に進むが、他にいくつもの要素が絡む。
妹ドーニャの結婚話と、彼女を慕うかつての雇い主スヴィドリガイロフの来訪。元官吏マルメラードフ一家に起こる悲惨な出来事の数々。ラスコーリニコフは、 熱病を煩い、犯した罪に苦悩し警察の追及に怯えながら、妹の結婚を阻止し、マルメラードフ一家の不幸につきあう。
20歳そこそこで読んだときは、老婆の殺人事件のことばかりが気になって、途中でさしはさまれるもろもろの記述があまりに煩雑に思えておもしろくなかっ た。が、最近、なにかの本で、これぞミステリの原点みたいな紹介のされ方をしていたのを目にした。登場人物のほとんどが年下になった今、半信半疑で手に とってみたのだが、その面白さにびっくりした。読み返してよかった。
しかし、あまりクライムノベルを期待してはいけない。形式的に倒叙法ミステリということになり、ポルフィーリィ判事の追及の仕方が評価されているらしい。 たしかに3度にわたる二人の対決は空前絶後のおもしろさだが、それにしても、ラスコーリニコフは、謎解きものの犯人にしてはわかりやすすぎる。また、これ は若いときに読むべき小説だという意見を少なからず聞く。人類を凡人と非凡人に分け、後者が理想のために前者を殺しても構わないというラスコーリニコフの 思想は、作中でもすでに語られているようにこの時代においてすらことさら目新しいものではなく、傲慢で青臭い若者が考えがちな理想主義者の極論ということ になっている。ということで、年をとってから読むにはちょっとつらいということのようだが、なにも、ラスコーリニコフに同調する必要はないのだから、的を 獲ているとは言い難い。
主流の犯罪の行方を気にしつつ、いちいち差し挟まれるエピソードのひとつひとつ、登場する人物のひとりひとり、そして交わされる会話のひとつひとつを味わ う気持ちで読むと、おもしろさはつきない。そしてこうした登場人物の面白さは、年をとってからの方が理解しやすい。こんな奴がいる、こんな娘がいる、こん なおっさんまでいる、と思って、あっちやこっちへの寄り道覚悟で読むと楽しい。
ラスコーリニコフは癇の強い嫌なやつで、しかもずっと極限状態にあるためさらに変なやつになっているし、ソーニャの家族におこる出来事はあまりに悲惨で読 むのが辛くなる部分があるのも確かだが、それを越えてあまりある面白さがある。ラスコーリニコフとポルフィーリィとの対決はもちろん、そのまえに事務官ザ ミョートフに絡むほとんど自暴自棄なラスコーリニコフや、彼が卑劣な婚約者ルージンをやりこめる痛快さ、無骨な友人ラズミーヒンのラスコーリニコフ母娘へ の献身ぶり、懺悔の後互いに惹かれながらも相手におびえあうラスコーリニコフとソーニャ、マルメラードフ家の葬式での戯曲のような激しい一幕、好色な老紳士スヴィドリガイロフとドーニャの対決など、読み応えのある場面が次から次へと展開していく。(2007.1)


本インデックスへもどる
トップページへもどる