みちのわくわくページ

○ 本 冒険 

<作家姓あいうえお順>
ゼロの迎撃(安生正)
大追跡(クライブ・カッスラー)
暗殺者グレイマン(マーク・グリーニー)
虎の目(ウィルバー・スミス)
A-10奪還チーム出動せよ、 サムソン奪還指令(スティーブン・L・トンプスン)
高い砦(デズモンド・バグリー)
戦士たちの挽歌、囮たちの掟(フレデリック・フォーサイス)
火を熾す(ジャック・ロンドン)

ゼロの迎撃
安生正著(2014年) 宝島社
某年7月、未曾有の大型台風が関東に上陸したその夜、正体不明の重武装部隊が東京を急襲する。錦糸町のビルが乗っ取られ、複数の誘導弾が羽田空港始め東京と近県各所に向けて発射される。
戦闘現場は惨状を極め、多くの警官や自衛隊員の命が失われる。緊急事態に際し、政府の要人らは、集団的自衛権始め様々な法的規制の解釈に捉われ、対応は後手に回る。
東京壊滅を目標に掲げる敵はテロ集団なのか、それとも国家か。自衛隊情報本部情報分析官の真下三佐は、敵の正体を探るべく、部下の岐部三尉、同総務部調整官寺沢曹長、東部方面隊第一師団レンジャー高城三曹とチームを組んで、調査に乗り出す。
やがて襲撃部隊のリーダーは、朝鮮人民軍で勇名を馳せる平壌防御司令部特殊旅団参謀長のハン・ヨンソル大佐であることがわかる。彼は両親が亡命を謀った罪で処刑されたため、自身も囚われの身となっていた。かねてより北と癒着していた中国瀋陽軍区の人民解放軍陸軍前司令崔中将は、ハンの妻子を人質にとり、彼に東京襲撃を命じたのだった。
敵が国内に核砲弾を持ち込んだという情報が流れ、日本政府側の危機感は高まるが、真下は彼らののねらいは他にあることを察知する。ハン大佐の動きを阻止するため、チームのメンバーは命がけの戦闘に臨まざるを得ない状況に陥る。
作戦はたまたま台風上陸と重なったのではなく、台風こそがハン大佐の狙いだった、ということで、台風はけっこう重要である。気象の専門家がでてきたらおもしろかったかもしれないと思った。
台風とテロ攻撃による東京壊滅。急襲にあわてふためく日本政府。タイトルは、手持ちの駒がゼロの状態でいかにして敵を迎え撃つかという意である。そのアイデアはタイムリーであり、秀逸で、とてもおもしろいと思った。
主要人物である真下とハンもそうなのだが、やたらと傲岸不遜な男たちが登場する。それは彼らの性格づけというよりも、ことあるごとに他人を、引いては世間を非難し見下そうとする作者の視線のようなものが感じられてしまい、わたしはそれが不快に思えた。また、そうではない男たち、ハンの部下である田舎出の若い兵士や、実戦を恐れながらも徐々に自衛官としての気概を見せて行くインテリの岐部や、退役間際で終始大人な対応でチームに安心感を与えるベテランの寺沢や、凄腕スナイパーで豪快な高城などは、型にはまりすぎていてあまり新鮮みが感じられなかった。あと5日で解散する「死に体」内閣の梶塚首相が、用意された演説の原稿を握りつぶし、自分の言葉で決断を表明するところは人間味を感じたし、すかっとした。(2014.12)

暗殺者グレイマン The Gray Man
マーク・グリーニー著(2009)
伏見威蕃訳 ハヤカワ文庫(2012)

凄腕の暗殺者グレイマンの活躍を描くシリーズ第1作。主人公は人目につかない男という意味で「グレイマン」と呼ばれるが、コートランド・ジェントリーというかっこいい本名を持つ。
元CIAの特殊工作員だった彼は、民間の警備会社に所属し、仕事でナイジェリアの大臣を暗殺するが、兄の大統領はその復讐として多国籍企業のローラングループにジェントリーの抹殺を指令する。ナイジェリアと大きな取引を控えていた同社はこれを受け、法務部弁護士のロイドが手をつくしてジェントリーを追う。彼はジェントリーの依頼主サー・ドナルド・フィッツロイを拘束し、彼の息子夫婦と幼い双子の姉妹を人質にとってフランス、ノルマンディの城でジェントリーを待ち受ける一方、保安危機管理業務担当副社長のクルト・リーゲルの手を借りて、ジェントリーの行く先々に様々な国の暗殺チームを派遣する。
ジェントリーは、以前ともに過ごしたことのある双子の姉妹を救うため、罠と知りつつノルマンディに向かう。その途上、襲撃してくる各国の暗殺者チームと戦い、満身創痍となりながらも死体の山を築いていく。
ジェントリーの戦いぶりは痛快ではあるが、彼一人を殺すための殺人のプログループらによる待ち伏せや襲撃はあまりにも大げさで、そのくせ突破されてばかりなのでもっと他にやりようがないのかと思えてきてしまう。もうちょっと少人数でじっくり対決した方が、効率的で楽しめるのじゃないかなと思った。(2017.5)
<シリーズ作品>
2.暗殺者の正義 On Target 2010年(日本2013年)
3.暗殺者の鎮魂 Ballistic 2011年(日本2013年)
4.暗殺者の復讐 Dead Eye 2013年(日本 2014年)
5.暗殺者の反撃 Back Blast 2016年(日本2016年)
6.(未訳)   Gunmetal Gray 2017年



虎の目 The Eye of the Tiger
ウィルバー・スミス著(1975年)
飯島宏訳 文春文庫
登場人物:ハリー・フレッチャー(“ウェイヴ・ダンサー”の船長)、チャビー(同乗組員)、アンジェロ(同乗組員)、ジミー・ノース(ダイバー)、シェ リー・ノース(ジミーの姉、海洋学者)、マニー・レズニック(暗黒街の事業家)、スレイマン・ダダ(イギリス海軍少佐)、ゴドフリー大統領
ハリーは、モザンビーク沖の島セント・メアリーで、チャーター船の船長をして南国の生活を楽しんでいた。
ある日、不穏な雰囲気の男二人と気のよさそうな若者ジミーが船のチャーターを依頼、彼らは岩礁の島で何かを海中から引き上げる作業にいそしむ。
が、やがてハリーの正体に気づいた彼らはハリーに銃を向ける。銃撃を受けたハリーは、重傷を負いながらも敵を返り討ちにし、彼らが探していた「宝物」の謎を追う。
やばい過去を持つ凄腕の元兵士である船長が、死んだ若者の夢を果たすため、 地元の船乗り仲間の助けを借りて、暗黒街のボスと海軍の悪徳将校に立ち向かう。
彼らの目的は、海に沈んだ巨大な宝石。弟の足跡を追う海洋学者の姉と恋に落 ちたりもする。
この姉をめぐる状況がまた二転三転して最後まで飽きさせない。
海洋冒険小説の醍醐味が味わえる一遍。ハリーの戦いぶりは、豪快で頼もしく て読んでいて爽快。シンドバッドを思い出させてくれる「虎の目」という邦題もいい。(2006.9)



A-10奪還チーム出動せよ  RECOVERY
スティーブン・L・トンプスン著(1980年)
高見浩訳 
新潮文庫(1984年)、ハヤカワ文庫(2009年)
1982年、冷戦下の東ドイツ。ポツダムに駐在するアメリカ軍事連絡部の「奪還チーム」の活躍を描く。
アメリカの双発地上攻撃機A-10(そのずんぐりした外見からイボイノシシと呼ばれる)に脳波誘導装置(通称ジーザス・ボックス)を搭載したA-10Fは、パイロットの脳波と機を一体化して操縦することができる最新式の攻撃機であり、その画期的な新機能はアメリカ軍の最高機密とされていた。この秘密を手に入れたいソ連軍部は、ミグ25にA-10Fを襲撃させ、機を拿捕するという作戦を企てる。
最初の方は、冷戦下の東西ドイツの様子や、作戦の指揮者であるGRU(ソ連国防軍参謀本部情報総局)のコシュカ大佐と東ドイツ人民警察軍事諜報部長シュタッヘルとの作戦実行までのやりとりや、主人公のマックス・モスが「奪還チーム」に加わるまでの経緯と名士である父との確執や恋人との別れといった彼の個人的な事情など、状況説明が続いてけっこう退屈なのだが、作戦開始となってからは俄然おもしろくなってくる。
コシュカ大佐は、5機のミグ25からなる編隊に秘密訓練中のA-10Fを襲撃させるが、A-10Fは反撃して敵機2機を撃破、力尽きて東ドイツ領内に不時着する。この空中戦がすごい迫力である。A-10Fのパイロット、マカラックの奮闘がよい。
この後「奪還チーム」が登場する。高度にチューンナップされたフェアモント(車の名らしい)でパトロールしていた「奪還チーム」が先に不時着現場に到達し、マカラックと「ジーザス・ボックス」を収容し、ポツダムに向かう。これを阻止し、「ジーザス・ボックス」を奪おうとするソ連軍と東ドイツ人民警察が、フェアモントを追い、激しい攻防が繰り広げられる。
フェアモントには、ベテランドライバーのアイク・ウィルスンと、軍事連絡部にやってきたばかりのマックスが乗っていたが、不時着したA-10Fからマカラックを下そうとした際にアイクが重傷を負い、逃走はマックスが一人でハンドルを握ることとなる。元レーサーのマックスは、マカラックの死体と「ジーザス・ボックス」と負傷したウィルスンを乗せ、古い知り合いのドイツ人女性ヨハンナの道案内で、執拗な追手を交わしながらポツダムの軍事連絡本部を目指す。
コシュカ大佐は、ヘリに乗って空から襲撃してくるし、ソ連に反感を抱きつつ意地をみせようとすつシュタッヘルは部下の運転手が死ぬと、自らメルセデスを駆ってマックスを猛追する。
映画を見ているような迫力ある追撃シーンが休む間もなく次々と展開されるのだった。(2016.6)

サムソン奪還指令 Countdown to China
スティーブン・L・トンプスン著(1982年)
高見浩訳 
新潮文庫(1983年)

冷戦下の東ドイツで、ポツダムに駐在するアメリカ軍事連絡部の「奪還チーム」の活躍を描くシリーズ第2弾。
今回は、マックス・モスとアイク・ウィルソンの奪還チームがスパイ衛星が撮影したフィルムの入ったカプセルを回収し、東と西の国境を強行突破する。
ソ連が最新鋭ミサイルをシベリアの仮設基地に移動しつつあることを察知した米軍事衛星偵察班の報告により、DIA(国防情報局)長官のルンドバーグ将軍は、大統領特別顧問ハワード・コレットとCIA長官ライスル・フリッキンガーの反対を押し切って新型スパイ衛星サムソンを予定より早く打ち上げる。サムソンはソ連のキラー衛星と交戦して損傷し、極秘情報を撮影したフィルムの入ったカプセルを地上へ放つ。カプセルは、東ドイツに落下する。モスとウィルソンはそれを回収するが、東ドイツは全区域が一時的軍事制限地帯となってしまう。西側に逃れるしかなくなったモスらは、地雷原のある東西国境へ向かう。その彼らに衛星を通して、アメリカ大統領から直接指令の電話が入る。公式の回線を通じて聞こえるその声は、テレビやラジオで聞きなれたものであり、相手が本物であることに疑いはないように思えたが、しかし、指令の内容はモスが納得できるものではなかった。大統領は、カプセルをソ連側に引き渡すよう、要請してきたのだった。
前半は、モスの今の状況、チームの一員として活躍し、ロンドンで元恋人と休暇を過ごしてきたことなどと、大統領顧問とCIA長官を敵に回し、孤軍奮闘するルンドバーグ将軍の様子が描かれる。大統領はソ連の中国攻撃に対し沈黙を守るという密約を交わしていたのだが、ルンドバーグ将軍はそれが意味するところを大統領よりもはるかに深刻にとらえていたのだ。有能で機転の利くルンドバーグの健闘は応援したくなる。が、軍事衛星偵察班のジュディス・ブリクストン少佐については、登場人物中数少ない女性だし、登場シーンから割と細かく説明しているのでけっこう活躍するのかと思ったら、銃撃に倒れてしまい見せ場なしで中途半端な感じだった。
後半は、カーアクションも去ることながら、大統領の指令を受けるべきかどうかと悩むモスの葛藤が大きなヤマ場。これがもとで、相棒のウィルソンと険悪になり、殴り合いまでしてしまうのだが、あまりの窮地にやがて二人して力を合わせることになっていくのがよい。塔を倒したり、地雷原に突っ込んだイ、チェロキーでの国境突破はどきどきはらはらする。が、見事突破したものの、西ドイツの兵に撃たれ、病院に収容されてからのくだりがけっこうだらだらと続く。どうせなら将軍と会ってほしかったと思う。(2016.8)


高い砦High Citadel
デズモンド・バグリー著(1965年)
矢野徹訳 ハヤカワ文庫
登場人物:ティム・オハラ(アンデス空輸の操縦士)、アギヤル(南米出身の観光客)、ベネデッタ(アギヤルの姪)、ミゲル・ローデ(輸入業者)、レイモン ド・フォレスター(工作機械会社販売担当)、ジェニファー・ポンスキイ(女性教師)、ジェームズ・アームストロング(歴史学者)、ウィリス(物理学者)、 ピーボディ(実業家)、グリバス(アンデス空輸の副操縦士)、ロペス将軍(コルディヤラの元首)、コエヨ大佐(コルディヤラ空軍戦闘機中隊隊長)、マグ ルーダー(医師)
南米の小さな航空会社のパイロット、オハラは、運行不能になった大航空会社の航空機の乗客を臨時で乗せることになった。
彼が操縦する古いダコタ機は、思わぬ事態からアンデス山脈の高地に不時着してしまう。
オハラと生き残った乗客たちは高山病と闘いながら下山を試みるが、彼らの前に謎の武装集団が立ちはだかる。
乗客の中には、南米の小国コルディヤラの元大統領がいた。帰国して政権を立て直そうとする彼は、共産主義者のグループに命を狙われていたのだった。
過酷な状況の中、乗客たちは生き延びるため敵に立ち向かう。
朝鮮戦争で兵士としての経験を持つオハラは、乗客たちのリーダーとしてみんなをまとめていくことに。
中世史を専門とするアームストロング博士の提案により、中世の戦争で使われた投石器を作って敵に対抗する作戦を進める一方、フォ レスターとミゲルとピーボディは山の向こうの町に救助を求めに行くため、不十分な装備のまま雪山の登攀に挑む。
突然、とんでもない状況に置かれた普通の人々が、それぞれの得意分野を生かして武装した敵に立ち向かっていく様子と、フォレスターらの困難に継ぐ困難の道中の様子が交互に描かれ、はらはらどきどき させられる。(投石器については、「ロード・オブ・ザ・リング」「タイムライン」などの映画を見ていたのですぐイメージできた。)
戦争で心に深い傷を負ったオハラと渦中の人物の家族であるベネデッタとの恋や、過酷な道行きにおけるフォレスターとミゲルの友情など、人々は絆を深めていく。
最初のダコタ機の不時着と最後に出てくる戦闘機の戦いでは、飛行機を操縦するパイロットの様子がくわしく描かれていて興味深い。(2007.4)


大追跡 THE CHASE
ライブ・カッスラー著(2007年)
土屋晃訳 扶桑社ミステリー文庫 上・下(2012年)

20世紀初頭のアメリカ。中西部のあちこちの田舎町の銀行で、残虐な強盗殺人事件が続発する。犯人は、現場に居合わせた人々を容赦なく撃ち殺し、痕跡を全く残さずに逃走していた。合衆国政府は、ヴァン・ドーン探偵社に捜査を依頼し、優秀な捜査員アイザック・ベルが捜査の担当者となる。ベルは、銀行を経営する財閥の出で、頭がよく身体能力に優れ、おしゃれで男前、非の打ちどころのないヒーロー然としたヒーローである。
「強盗処刑人」と呼ばれる犯人の正体は、読み手には早いうちに明かされる。これもまた、銀行関係者の資産家、サンフランシスコの銀行の頭取ジェイコブ・クロムウェルである。落ち目になりかけた銀行を救うため強盗に手を染めた彼は、自分の銀行を立て直してからも強盗殺人の刺激に取り付かれ、犯行を続けていたのだった。目撃者を避け、特注の貨物車に乗りこんで逃亡をしていたクロムウェルだが、ベルは執念の捜査で彼を目撃したという少年を見つけ、犯人は左手の小指がなかったという決定的な証言を得る。
ベルは捜査を進めるうちに、クロムウェルの妹のマーガレット、彼の秘書のマリオン、そしてクロムウェル本人と出会い、やがて彼を犯人と確信する。罠をしかけ、コロラド州テルロイドの町の銀行で彼を待ち受けるが、計画は失敗、ベルはクロムウェルに撃たれて負傷する。
ベルを殺したと思いこんだクロムウェルの欲望はさらに激しくなり、これまでは手に掛けなかった大手銀行ウェルズ・ファーゴのサンディエゴ支店を次の標的とする。ベルは、貨物列車でサンディエゴに向かったクロムウェルを追って、ロコモービルでサンフランシスコからサンディエゴまでを疾走する。再び対決する2人の男。ベルはクロムウェルを逮捕するが、しかし彼はサン・クエンティン刑務所を抜け出してしまう。
というところで、1906年4月18日が訪れる。この日付は、日本人にとっての1923年9月1日(関東大震災が起こった日)のようなもので、サンフランシスコ大地震を知っているアメリカ人にはすぐにピンとくるものなのだろう。
作者は、この時代を舞台とした物語を描くにあたり、この歴史上の出来事を入れたかったのかもしれないが、いきなり震災が割って入ってきたことに戸惑った。それまでの話がぶちっと中断されて、しばらく被災地の悲惨な状況描写が続く。
やがて話は再開、貨物車を機関車に連結してクロムウェルとマーガレットはカナダ国境目指して逃走し、ベルは機関車でその後を追う。サンフランシスコからシエラネバダ山脈を越え、ユタ州からモンタナ州のフラットヘッド湖沿岸に着いたクロムウェル兄妹は列車ごと船に乗って湖を渡ろうとするが、折しもチヌークと呼ばれるロッキー下ろしの暴風が襲来、無理を押して出航した船を大自然が襲う、という展開となる。
20世紀初頭の西部を舞台にした銀行強盗と探偵の追跡劇と訊いて読んだのだが、西部らしい風景や人物はあまり出てこなかった(テルライドの保安官はよかったが)。逃走や追跡に馬はまったく出てこなくて、バイクやロコモービルが活躍する。ラストの機関車同士の追跡劇になってようやくわくわくしてきた。機関士と助手、船の船長はプロっぽくてよかった。地震の後は湖上の嵐で、またも自然の脅威の介入かと思ったが、船から列車が滑り落ちて行くシーンは盛り上がった。マーガレットが、敵側の奔放な美女でありながら、男としてのベルに魅力を感じていて、最後に「ごめんなさい、アイザック」と言って貨車ごと波に飲まれるところはよかった。ベルと恋に落ちるマリオンにも好感がもてた。メインの男2人がどちらも金持ちのきどった奴で好きになれなかったが、女性の登場人物が魅力的なのがこうした冒険活劇には珍しくてそこはよかった。(2015.10)

火を熾す 
ジャック・ロンドン著 柴田元幸訳・編(2008年)
(株)スイッチ・パブリッシング
「野生の呼び声」「白い牙」で知られるアメリカの作家ジャック・ロンドン(1876〜1916年)の短編小説集。極限状況にある男たちのハードな戦いを描いたものが多い。(2011.7)
★火を熾す To Build a Fire (1908年)
昼間であっても太陽は地平線の上に姿を見せない極地(ユーコン川、ベーリング海峡と出てくるので、アラスカではないかと思われる)を行く男が、体温を奪 い、手足の感覚を麻痺させる寒気と戦いながら、雪原で火を熾そうとする話。
思いの外の強力な寒さの中、次第に最悪の事態に陥っていく男の様子を淡々と描 く。連れの犬が一匹いるが、彼等の間にあるのは単なる主従関係のみで愛情はない。終始、男の動作を見ているだけの犬がクールだ。

★メキシコ人 The Mexican (1911年)
メキシコ革命軍の本営にふらりと現れた18歳の少年フェリペ・リベロ。
革命のために働きたいという彼に、リーダー、ベラは、窓や床の掃除を命じる。暗く冷 たい眼をしたリベロは、無口で自分のことは一切話さず、誰にも心を開かなかった。黙々と掃除をし、そして、革命軍の窮状を聞くと、どこからともなく必要な 金を持ってきたが、彼はそのたびに唇が切れ、体には傷を負っていた。革命軍のメンバーらは、そうした彼を嫌い恐れてもいた。
蜂起を間近に控えながら資金不足のため行動に出られないと聞くと、リベロは「5000ドルはおれがなんとかする」と言って出ていく。
彼は、アメリカで行われているボクシングの試合に出て金を稼いでいたのだった。チャンピオンの対戦相手が欠場となり、リベロは臨時の相手となる。関係者た ちは、誰もが試合にならないと言い、プロモーターはせめてしばらく持ちこたえてくれと言うが、リベロは勝った方が5000ドルもらうという条件を持ち出す。誰もがチャンピオンの勝利を確信していたが、リベロは生まれついてのボクサーとしての素質を発揮して、不利な試合に挑み、次第にチャンピオンを追いつめていく。
彼は、工場労働者が起こしたストの後の制裁で両親の無残な死を目の当たりにしていた。
凄惨な過去を持つ少年が、自分以外の全員が敵という過酷な状況の中で戦う様が胸を打つ。徹底的に硬質。

★ 水の子 The Water Baby (1918年)
ハワイの老いた漁師コホクムが語る「水の子」の伝説。
ポリネシア生まれの私(ラカナ)は、海に浮かぶカヌーの上で、コホクムのとりとめのない話を延々と聞 いている。ハワイの神マウイの神話や、古い歌、胡蝶の夢そっくりのコホクムの夢の話(ここでは彼は蝶でなくヒバリである)。最後は王に献上するロブスター を捕まえるため、四十匹のサメをだまして共食いさせた少年ケイキワイ(水の子)の伝説。
哲学的でもあり寓話的でもある、海を舞台にした、不思議な味わいを 持つ一遍。

★生の掟 The Law of Life (1901年)
イヌイットにも姥捨て山のような風習があったようだ。
一族の長として一生を送った老人が、雪原の中、わずかな薪と火を残して、移動していく家族に置き去り にされ、死を迎える。狼の群れに襲われるヘラジカを目撃した少年時代の記憶が蘇り、やがて狼の群れに囲まれ、自分もヘラジカと同様の運命にあることを知る。

★影と閃光 The Shadow and the Flash (1903年)
少年時代からライバル関係にあり、常に競い合ってきた二人の男、ロイドとポール。
彼等の共通の友人の目を通して描かれる、長年にわたる二人の闘争が描かれ る。
二人はともに大学で自然科学の道に進み、卒業後は、不可視性、物体を目に見えないものとするための研究を続ける。ロイドは、光を通さない完璧に黒い物 体を追求し、ポールは、あらゆる光線を通過させる透明性を追求する。それぞれのやり方で不可視性を手にいれた二人は、人の目には見えない死闘を繰り広げ る。
SF的な要素を交えた異色作。

★戦争 War (1911年)
戦闘中、敵の所在を確かめるため、一人森の中を行く偵察兵。
カービン銃を携え、敵を警戒しながら森を行く若い兵士は読んでいても息苦しいほど張りつめた状態にある。やがて一軒の農家で敵に遭遇した彼は、愛馬とともに逃走を図るが、彼が森の中で見逃した兵士が彼を狙撃する。

★一枚のステーキ A Piece of Steak (1909年)
かつてのヘビー級チャンピオン、トム・キングと若い売り出し中のボクサー、サンデルの試合を描く。
老いたトムは、妻と子供を抱え、食費にも事欠く生活をしていた。十分なトレーニングどころか、食事もとれずにいるまま、3キロの道のりを歩いて試合場へ向かう。
若さとパワーで押してくる新進気鋭のボクサーと、力は衰えたが長年の経験で培った知恵と技術を駆使して試合に臨むベテランポクサーとの死闘が、延々と熱く描かれる。その壮絶な戦いに、圧倒させられる。苦く切ない幕切れも強烈な印象を残す。

★世界が若かったとき When the World Was Young (1910年)
ある夜、泥棒をするため実業家の山荘に忍び込もうとした男は、広い敷地内に茂る森の中で、野人とも言える奇態な男に遭遇する。
その男は、巨体で赤褐色の肌 をしており、腰に巻き付けた革と鹿革靴以外は何も身につけず、残忍な表情で襲いかかってきたのだ。
やがて、その謎の野人は、屋敷の主人、富裕な実業家とし て知られるウォード氏その人であることがわかる。彼の中には、別の男、大昔のチュートン人(彼は大昔のドイツ語であるチュートン語の歌を歌う)が存在して いた。昼は現代アメリカの実業家として働き、深夜になると野人となって、森を駆け、コヨーテ尾追いかけ回す二重生活をしていたのだった。
山荘に大勢の客を招いた夜、脱走したハイイログマが敷地内に入ってきた。ウォードが押さえていた野人が顔を出し、ハイイログマと対決する。不思議なテイストの一遍。

★生への執着 Love of Life (1905年)
極北の地をさまよう金鉱堀りの男が、飢えと寒さと疲労に苛まれ、生死の境をさまよいながらも、生に執着する様を描く。
彼の後を追ってくる病気のオオカミと いう存在がまた不気味だ。互いに弱っていながら、互いの死を待ち、食料にありつこうとしている。瀕死の状態にありながらも、濁った目の病んだオオカミのえさにはなりたくないと、男は意地を見せる。
海岸に出て、遠くに停泊する船が見えてからがまた長い。
壮絶な道行きの様子も、船に救われてからの様子も、描写はひたすらたんたんとしている。

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