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○ 本 古典・文学 モンテ・クリスト伯 

モンテ・クリスト伯(アレクサンドル・デュマ)

モンテ・クリスト伯  COMTE DE MONTE−CRISTO
アレクサンドル・デュマ著(1841-45)
山内義雄訳 岩波文庫 全7巻 キンドル版
復讐譚の古典を今更ながら初めて読んだ。青少年向けのものや漫画はけっこうあるが、オリジナルを全巻通して訳したものは意外とない。明治・大正時代の小説家、黒田涙香の「巌窟王」は、登場人物を日本名に置き換えた翻案小説というものらしく、また絶版である。
で、すぐに手に入るのが、今回読んだ岩波文庫のものだった。こういう大作こそ電子書籍向けと思い、キンドル版を購入した。訳文が古めかしくて、古典の雰囲気は出ているのだが、まだるっこしい部分もあることはある。今ではほとんど使われない言葉もけっこう出てきたが、キンドルなのですぐ辞書で調べられ、なかなか興味深く読めた。
船乗りのエドモン・ダンテスが、無実の罪で投獄され、獄中で知り合った賢者から知識と教養を授かり、脱獄して大金持ちの別人モンテ・クリスト伯となって、自分を陥れた者たちにあの手この手で復讐をする。その有名な本筋の物語だけでなく、それとともに様々な物語が盛りだくさんに組み込まれている。細部においても、あの話の原点はこれかと思うような箇所がいくつもあった。(2018.11)

○復讐までの経緯
船乗りのダンテスは、明るく心正しい好青年で、若くして、モレル商会の持ち船ファラオン号の次期船長の座が約束されていた。が、恋人メルセデスを妻に迎えようとした婚礼のときに、彼は突然警察に逮捕される。彼の待遇をねたむモレル商会の会計係ダングラールと、メルセデスを愛する漁師フェルナンが、エドモンがボナパルト派に内通していると密告したのだった。当時のフランスは、ナポレオンが敗退し、王党派が権力を握っていた。事件を担当した検事代理のヴィルフォールは、自分の父親ノワルティエが元ジャコバン党のボナパルト派であり、ダンテスがそうとは知らずに船旅の際に船長から託された密書が父宛てだったことを知ると、父親と自分の身を守るため、密書を焼き捨て、裁判を行うことなく、ダンテスを牢獄に送る。
それから14年間をダンテスは罪人として孤島にある牢獄シャトー・ディフで過ごす。その間、やはり囚人であるファリア司祭と知り合い、彼からさまざまなことを学び、また自分はだれにどのようにして陥れられたのか、ファリアの見事な推理によって知るところとなる。ファリアは病死し、ダンテスはその埋葬を利用して、決死の脱獄を図る。ファリアの遺言に従い、孤島モンテ・クリスト島に隠されていた財宝を見つけたダンテスは、モンテ・クリスト伯と名乗る大富豪となって世界を巡り、そしてついに復讐のためにパリを訪れるのである。

<年譜>
1815年 エドモン・ダンテス シャトー・ディフに投獄
1829年 エドモン・ダンテス シャトー・ディフから脱獄
1839年 モンテ・クリスト伯として登場

<ダンテスが扮する人たち>
・モンテ・クリスト伯:謎の大富豪。東洋に長くいたため、エクセントリックなところがある。
・プゾーニ司祭:司祭に扮装して、仇たちの前に現れることもある。
・ウィルモア卿:イギリスの紳士。モンテ・クリスト伯の友人ということになっている。
・船乗りシンドバッド:アルベールの友人フリッツをモンテ・クリスト島に招待したときにこの名を名乗った。手紙でこの名を使うこともある。

<ダンテスを取り巻く人々>
◆ダンテスの仇敵
○ダングラール

・元モレル商会の会計係。モレル氏がダンテスを評価し、ファラオン号の次期船長と決めたことが気に入らず、ダンテスを告発する文書を書いて見せ、フェルナンをけしかける。その後、フランスで有数の銀行家となり、貴族の未亡人と再婚して男爵の爵位を得る。
○フェルナン
・もとは、漁村の漁師。幼馴染のメルセデスを愛するあまり、ダンテスを恨み、彼を告発する密告文を警察に送る。ダンテスを失って失意にあるメルセデスと結婚する。兵役に出た際に戦功を上げて大佐に昇格し、帰国後は貴族院議員となってモルセール伯爵を名乗る。が、その戦功は、背徳によって得たものだった。彼は、ギリシャのジャニナ地方の太守アリ・パシャを裏切って彼と多くの民を破滅へ追い込んでいた。
○ヴィルフォール
・検事補から検事、検事総長へと出世する。護身のため、ダンテスが無罪と知りながら、有罪の判決を出して投獄する。
◆モルセール家
○フェルナン
○メルセデス

・ダンテスの元恋人。幼馴染のフェルナンがダンテスの仇とも知らず、彼と結婚する。モンテ・クリスト伯として現れたダンテスの正体を、一目見て見抜いた唯一の人物。
○アルベール
・フェルナンとメルセデスの息子。ダンテスはイタリアで、まず彼の友人のフランツに近づく。アルベールはタングラールの娘ユージェニーと婚約しているが、結婚に乗り気でない。ダンテスにとって仇の息子であるともしらず、ダンテスに惹かれ、敬意を抱くが、父フェルナンの失脚をダンテスの陰謀によるものと思い込み、ダンテスに決闘を申し込む。が、母メルセデスに真実を告げられ、決闘を思いとどまる。
◆タングラール家
○ダングラール
○エルミーヌ

・タングラール夫人。ヴィルフォールと不倫していた過去を持つ。
○ユージェニー
・タングラールの娘。結婚や男性に興味がない、芸術家肌のクールなお嬢さん。
◆ヴィルフォール家
○ヴィルフォール
○ノワルティユ

・ヴィルフォールの父。元ジャコバン派でボナパルト派の自由人。老いて、中風のため全身不随となるが、眼光は鋭く、瞬きで意志表示をする。尽してくれる孫娘のヴァランティーヌを愛し、彼女とは意思の疎通ができる。マクシミリアンとヴァランティーヌの恋を応援し、フランツとヴァランティーヌの婚約を解消するため、王党派だったフランツの父を暗殺した過去を告白する。
○エロイーズ
・ヴィルフォール夫人。ダンテスに毒薬の効能を聞く。メラン老侯爵と夫人の死は彼女が毒を盛ったためかと思われる。さらにノワルティエ、ヴァランティーヌの毒殺を試みる。
○ヴァランティーヌ
・ヴィルフォールと先妻の間にできた娘。心優しく、献身的にノワルティユの世話をし、彼と意思疎通ができる。マクシミリアンと恋仲になる。
〇エドゥワール
・ヴィルフォールとエロイーズの間にできた、幼い、わがままな、できの悪い息子。
○サン・メラン侯爵
・ヴィルフォールの最初の妻の父親で、ヴァランティーヌは血のつながった孫娘なので、彼の遺産相続人である。
◆モレル家
○モレル氏

・モレル商会代表。実業家。善人である。船乗りとしてのダンテスの実力を評価し、ダンテスが姿を消した後も、メルセデスとともにダンテスの老父の面倒を見てやり、最後も看取った。その後商会の経営が悪化し、自殺を図ろうとするが、正体を隠したダンテスに窮地を救われる。
○マクシミリアン・モレル
・モレル氏の息子。軍人、大尉。ヴィルフォールの娘ヴァランティーヌと恋仲となる。
○ジュリー
・モレル氏の娘
○エマニュエル
・ジュリーの夫。モレル商会社員。
◆アルベールの友人たち
○フランツ・デピネー

・アルベールの友人。モンテ・クリスト島で船乗りシンドバッドと名乗るダンテスの招待を受ける。ヴァランティーヌと婚約しているが、結婚に乗り気でない。王党派だった父親のケネル将軍は、ナポレオン派に暗殺されたとされ、仇を探している。→ノワルティエが自分が手を下したことをのちに告白する。
○ドブレー
・アルベールの友人。内閣秘書官。タングラール夫人エルミーヌの愛人。
○シャトー・ルノー
・アルベールの友人。男爵。アフリカでマクシミリアンに命を救われる。
○ボーシャン
・アルベールの友人。新聞記者。

○ベネディット(アンドレア)
・ヴィルフォールとエルミーヌとの不倫により生まれた。産み落とされた直後、仮死状態にあるところをヴィルフォールはひそかに不倫場所であるオトウティユの屋敷の庭に埋葬するが、それを物陰で目撃していたベルツッチオが救い出す。が、素行が悪く、育ての母親であるベルツッチオの義姉を焼死させ、家を飛び出す。ダンテスは、彼を見つけ出し、イタリアの貴族カヴァルカンティ大佐の子息アンドレアとして社交界にデビューさせる。ユージェニーと婚約するが、獄中仲間だったカドルッスに正体を知られ、ゆすられたため、彼を待ち伏せして殺し、追われる身となる。根っからの悪人だが、ユージェニーに入れ込んだり、逃亡中もひょうひょうとしていたりと、なかなか魅力的に描かれている。
○ベルツッチオ
・コルシカ人。密輸業者からモンテ・クリスト伯の従者となる。ヴィルフォールは兄の仇であり、ある夜、仇をうつため、オトウティユの家でヴィルフォールを待ち伏せするが、ヴィルフォールが愛人との間にできた赤ん坊を埋める現場を目撃する。掘り起こすと子どもはまだ息があり、義姉とともにベネディットと名付けて育てる。
○カドルッス
・ダンテスのかつての隣人の仕立て屋。タングラールとフェルナンが悪だくみをしたときにその場に居合わせたが、仲間にくわわることも、二人を止めることもせず、飲んだくれていた。脱獄したダンテス(僧侶に扮装)に真相を話し、ダイヤモンドをもらうが、欲を出して宝石商を殺害し、投獄される。獄中でベネットと知り合い、出所後アンドレアとして暮らすベネデットをゆすり、彼に殺害される。
○ファリア司祭
・ダンテスが牢獄で知り合った囚人。モンテ・クリスト島に隠された宝のありかを知りながら、無実の罪で収監され、獄死する。
○ジャコボ
・脱獄したダンテスが救助された密輸船のコルシカ人船員。友人となり、ダンテスがモンテ・クリスト伯となってからは忠実に仕える。
○エデ
フェルナンの裏切りにより殺されたアリ・パシャの娘。一族を殺され自身は奴隷の身に落ちる。ダンテスは、フェルナンへの復讐の道具とするため、彼女を奴隷市場で買い取ったと思われる。人には「女奴隷」と言うが、高貴な女性として扱う。エデは貴族院でフェルナンの罪を告発し、失脚に追いやる。エデはダンテスを愛するようになり、復讐を終えたダンテスも彼女に安らぎを見出すのであった。
○カヴァルカンティ大佐
・ダンテスがどこからか連れてきた偽者の貴族。
○ルイジ・ヴァンパ
・イタリアの山賊の頭。元は羊飼いだったが、24歳で悪名高い山賊の首領ククメットを殺して自分が首領になり替わる。羊飼いだったときにモンテ・クリスト伯と知り合い、信頼関係が続いている。

<盛り込まれた様々な物語> (これらのほかにもいろいろあったと思う)
○山賊ククメットとルイジ・ヴァンパの話
・山賊の首領ククメットは、手下の恋人である娘をそれとしらず誘拐してきて暴行を加える。手下はククメットには何も言わず、恋人を殺し、悲しむ娘の父は娘を殺した手下に感謝の意を告げた後自殺する。手下はククメットを殺そうとするが、それを察したククメットに殺されてしまう。というマカロニ・ウエスタンのような話により、ククメットの残虐非道な所業が紹介されるが、若い羊飼いのルイジ・ヴァンパは、そのククメットをあっさり殺し、後釜となる。 
○ファリア司祭の宝探しの話 
・「スパダの手紙」に宝のありかが記されている。ファリア司祭は、暗号化された手紙の内容を解読する。
○ノワルティユの目のサインの話
・全身不随の彼は、目の動きで意志を示す。目を閉じたらイエス、瞬きをしたらノーである。これを読んで、わたしはすぐさま、アイリッシュの「黒いカーテン」の車いすの老人が瞬きでモールス信号を送り、意思表示をしていたことを思い出した。
○モレル商会救出の話
・モレル商会破産の危機を、正体を隠したダンテスが救う。モレル氏の娘ジュリーは、船乗りシンドバッドからの手紙で、かつてダンテスが父と暮らしていた家へ赴き、そこでお金がいっぱい詰まった緋絹の財布をみつける。この金によってモレル商会は救われる。財布は、モレル氏がかつてダンテスの父を救うためにあげたもの。モレル氏はそれを覚えていて、臨終の際に、「あれはダンテスだった」と口にするのだった。
○ヴィルホール夫人エロイーズの毒薬話
・エロイーズは、遺産相続をめぐり、毒薬を用いて邪魔者をことごとく排除しようとする。ダンテスは、彼女に毒についていろいろとアドバイスをし、彼女をけしかけているように見える。老侯爵と夫人は不可解な死を遂げる。ノワルティユを狙った毒の入ったレモネードをたまたま執事ヴァロワが飲み死亡する。その死の様子がだいぶ生々しく描かれている。ダヴリニー医師は、毒殺を見破り、ヴァランティーヌを犯人と疑うが、彼女もまたエロイーズの標的とされていたのだった。
○フェルナンの裏切りの話
・父であるアリ・パシャを裏切り、多くの死者を出した殺戮の様子が、エデによって、法廷で語られる。
○ヴァランティーヌとマクシミリアンの恋の話
・二人は、ヴィルフォール家の屋敷の垣根ごしに会い、互いの思いを告げる。ノワルティエは二人の恋を応援する。
○オトウティエの家と不義の子ベネディットの話
・唐突に語られる、ベルツッチオの、オトウティユの屋敷でのできごとから不義の子の失踪についての告白。そしてやはり唐突にイタリアの貴族としてダンテスが連れてきた青年。落ちぶれたカドルッスの登場。すべてがつながって、ベネディットという若い悪党の実像が見えてくるのが見事。
・ダンテスは、オトウティユの家を買い上げ、晩餐会を開き、ヴィルフォールに忌まわしい過去を思い起こさせる。
○ユージェニーとルイーズの逃避行の話
・結婚を嫌うユージェニーは、友人で音楽の教師であるルイーズ・ダルミィとともに家を出る。このとき、ユージェニーは男装し、ルイーズとカップルを装う。タングラールの家庭が崩壊していく一要素なのだが、自分で道を切り開こうとする女性ユージェニーの存在は小説中で異彩を放ち、女二人の部屋に逃亡中のベネディットが飛び込んでくるなど、けっこうドタバタな展開も興味深い。

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