みちのわくわくページ

○ 本 ハードボイルド(日本) 逢坂剛

カディスの赤い星  小説家・逢坂剛  大迷走  禿鷹の夜
<百舌シリーズ>百舌の叫ぶ夜 夜の翼 砕かれた鍵 よみがえる百舌 鵟(のすり)の巣
<アメリカ西部関連>アリゾナ無宿 逆襲の地平線 果てしなき追跡 墓石の伝説

カディスの赤い星
逢坂剛著
講談社(1986年)
登場人物:漆田亮(PR事務所所長)、大倉(漆田の事務所員)、那智里沙代(広告会社萬公PR局員)、河出(日野楽器広報担当常務)、槙村真紀子(全日本 消費者同盟書記長)、槙村優(日本列島解放戦線メンバー)、大野(太陽楽器取締役宣伝部長)、津川陽/パコ(ギタリスト)、清水/マノロ(ギタリスト)、 高井修三/サントス(ギタリスト)、佐伯/アントニオ(ギタリスト)、追分(フラメンコ歌手)、ラモス(スペインのギター製作家)、フローラ(ラモスの 孫、大学生)、サンチェス(スペインの治安警備隊少佐)、ロコ(スペインの右翼団体JEDRA攻撃隊長)、アンヘル(スペインの左翼過激派FRAPの闘 士)、ミゲル(マドリードの宿屋「メソン・デ・ミゲル」主人)
PRマンの漆田は、得意先の楽器会社日野楽器が日本に招聘したスペインのギター職人ラモスから、サン トスという名の日本人ギタリストの捜索を依頼される。サントスは、20年前、スペインのカディスにあるラモスの工房を訪れたことがあった。ラモスのねらい は、そのとき彼が持ち去った幻のギター、「カディスの赤い星」だった。
ライバルの広告会社との宣伝戦争、二十年前に存在したフラメンコ・バンドのメンバー捜し、そしてスペインの独裁者フランコ暗殺が絡むテロ活動の阻止と、物 語はさまざまな要素を抱き込んで展開する。
サントスを捜して、漆田は関係者から関係者へとつてをたどり、やがてバンドのメンバーだったアントニオとサントスの息子らしきギタリスト、パコを発見す る。が、アントニオは死に、彼が所有していたらしい「カディスの赤い星」は、パコが持ち去ってしまう。
一方、ラモスとともに来日した孫娘のフローラは、スペインの大学で学生運動に関わり、テロ組織の使いとして、日本の過激派「日本列島解放戦線」と接触をは かる。やがて彼女は何者かに襲撃され帰国するが、彼女を好きになったパコも行動をともにする。ギターをラモスのもとに取り返し、フローラをテロ活動から退 かせるため、漆田もスペインに飛ぶ。
スペインに渡ってからはギターの件はひとまずお休み。漆田は、フローラたちを追って、マドリード、グラナダ、カディス、と移動し、その都度、スペインの街 の様子や風景を楽しみつつ、物語は徐々に冒険アクション風になっていく。フランコ暗殺を阻止するため、漆田は、テロ組織FRAPのメンバーや、右翼団体の 攻撃隊長ロコらを敵に回して、それなりに活躍。地元警備隊少佐サンチェスとの間に信頼関係を築いて、フローラを助けだそうとする。
帰国してからは、フラメンコ・バンドの話の続き。入り組んだ人間関係が解き明かされ、真相が暴かれていく。結末は、思わぬ悲しいできごとが。
漆田は、何事にも臨機応変に対処し、一本筋の通っているヒーローだが、ちょっとかっこつけなとこがある。ライバル会社のPR局員里沙代に惹かれつつ、つい子どもみたいな態度に出るところなどなかなかかわいいいと言えなくもないが、里沙代の側からみればちょっと腹立たしい存在とも思える。彼の部下で、 剣道有段者の大倉がいい。スペイン勢では、サンチェス少佐と宿屋の主人ミゲルに好感を持った。(2008.5)


大迷走
逢坂剛著(2013年) 集英社
お茶ノ水署生活安全課保安2係の係長で警部補の斉木斉と、幼馴染の友人でありながら部下である巡査長梢田威の、凸凹コンビによる軽快で楽しい刑事小説シリーズの初長編。
怪しげな老人駿河から所轄の大学で女子学生の山本アンナが覚醒剤の売買を行っているようだという情報を得た2人。アンナを追ううち、古いビルの一室でペット・クリニックを経営する怪しげな獣医烏丸を知る。烏丸は、ぬいぐるみを使って、覚せい剤の取引を行っているようなのだった。
警視庁麻薬覚醒剤特捜隊の捜査員(マカク)も烏丸に目を付け、捜査を行っていたことから、斉木と梢田の行動は、彼らの捜査を妨害しかねない事態を招き、2人は警視庁生活安全部生活安全総務課の警視袋田サト管理官から注意を受ける。
そんな折り、かつて保安2係で面倒を見た研修生の「おぼっちゃまくん」こと立花信之助が生活安全課の新任課長としてお茶ノ水署に配属されてくる。立花は、さわやかに斉木らを応援する。
サトが本庁からお茶ノ水署に送り込んだ五本松小百合巡査部長も加わり、彼らは警視庁のマカクを出し抜いて、烏丸の犯罪を暴こうとする。
斉木と梢田、五本松に立花、サト、駿河、マカクの刑事田中と鈴木が、軽快な会話を交わし、もちゃもちゃと入り乱れる。子犬のぬいぐるみに隠された覚醒剤を巡り、腹の部分の糸をほどいて覚醒剤を見つけてまた縫い直して後から証拠の糸を拾ってという騒動など、コミカルな舞台劇を見ているようだった。
彼らが食事をしたり、お茶を飲んだりする飲食店(山の上ホテル、魚ふじ、さぼうる、カギロイ、ティシャーニなど)が、お茶の水・神田界隈に実際にある店なので、町探訪の趣も楽しめる。
百舌シリーズなどのハードな犯罪小説とは打って変わった、軽快などたばた喜劇風味のミステリである。(2013.8)

禿鷹の夜
逢坂剛著(2000年) 文春文庫
神宮署の刑事、禿富鷹秋(とくとみたかあき)を主人公とするシリーズ1作目。
マスダ(マフィア・スダメリカナ、南米マフィア)が渋谷の町に侵出し、地元暴力団渋六興業と対立、マスダは、渋六興業の組長碓氷に刺客を差し向ける。が、 謎の男の活躍により、碓氷は命びろいする。
男は、禿鷹と呼ばれる神宮署生活安全課の警部補禿富だった。
彼は、ヤクザに便宜を図る代わりに賄賂をふんだくる。
彼は、渋六興業とマスダとの戦いに介入するが、敵の放った殺し屋が恋人を襲うやいなや、鬼と化す。
三十代後半から四十代、「広い額と薄い眉の下に引っ込んだ目が洞窟にひそむ猛禽のよう」で、「細くとがった鼻梁と一本の線のよう に結ばれた薄い唇が酷薄な感じを与える。」という風貌の持ち主。さらにギャング映画「死の接吻」に出てきた殺し屋によく似ているというので、リチャード・ウィドマークに似ているということになり、「死の接吻」のウィドマークといえば、「ひっひっひ」という不気味な笑い声が「ハイエナの笑い」と言われる怪演で知られたそうなので、禿鷹でありハイエナである禿富は、いわば他者の死肉をむさぼる奴ということになる。
巻末の解説で 西上心太氏が書いているように、禿鷹の様子は常に誰かの目を通して描かれている。(2008.8)

続編;「無防備都市」「銀弾の森」

<百舌シリーズ>
百舌の叫ぶ夜
逢坂剛著(1986年)  集英社文庫
登場人物:百舌(殺し屋)、新谷和彦(豊明興業系列パブ「リビエラ」店長)、新谷宏美(和彦の妹)、赤井秀 也(豊明興業企画部長)、野本(豊明興業専務 右翼暴力団)、明星美希(警視庁公安部公安三課巡査部長)、大杉良太(新宿中央署捜査一課警部補)、倉木尚 武(警視庁公安部特務一課警部)、松江(公安特務一課長)、室井(警視庁公安部長)、若松(公安三課課長警視)、津城(警察庁特別監察官警視正)、倉木珠 枝(倉木の妻)、筧(左翼団体「黒い牙」リーダー)
新宿の路上で爆破事件が発生する。
爆弾を所持していたのは左翼団体のリーダー筧で、死亡した被害者の女性は、警視庁公安部倉木警部の妻だった。
事件当時は、公安三課の明星美希が筧を追う殺し屋「百舌」を尾行していた。「百舌」は、右翼暴力団豊明興業配下の新谷和也が手配した殺し屋で、爆破の騒ぎにまぎれ、現場から姿を消したのだった。
事件後、豊明興業幹部の赤井らは、能登半島の孤老岬で新谷の殺害を謀るが、彼は記憶喪失者となって、再び赤井らの前に姿を現す。彼は、失った記憶を取り戻そうと、能登で発見される前の自分の足跡をたどり始める。
一方、倉木は、爆破事件の犯人を独自に追う。筧の所持していた爆弾は暴発したとの見方が有力となり、彼に爆弾を渡した謎の女の存在が浮上してくる。
倉木と、同じく爆破事件を追う新宿中央署の警官大杉、秘密の指揮系統で動く明星、新谷の命をねらう豊明興業の幹部たち、そして記憶をなくしたまま豊明興業と警察から追われる新谷らが入り乱れ、やがて、捜査は、来日するサルドニア国大統領暗殺事件へとつながっていく。
物語はひたすらハードに展開する。
クール・ビューティの美希と、痛々しいまでに孤高を保つ倉木、剛毅な大杉、ひょうひょうとした実力者津城警視、そして、 殺人者として躊躇いなく死体の山を築いていく「百舌」。
事件に関わる面々は、ユニークで危ない魅力に充ちていて、彼等が個々に 背負う事情はそれぞれが暗くて重たい。大杉とその娘とのエピソードあたりが唯一微笑ましいものとなっていてほっとできる。
ちりばめられた伏線がかちかちとはまって、謎が解き明かされていく様子は本当に見事で読んでいて快感を覚えるが、明かされる真相もまためちゃくちゃハードだ。
何の前触れもなく錯綜する時系列 と、めまぐるしく変わる視点に少々混乱するが、それも含めて読み応えのある硬質なダークサイド・サスペンス・アクションである。(2008.8)


幻の翼
逢坂剛著(1988年)  集英社文庫
「百舌の叫ぶ夜」の続編。
前作のラストで稜徳会病院において展開した壮絶な大量殺人劇は、百舌の死で幕を閉じた。
公安部長が絡んだ国際的な陰謀は、闇に葬られる形となった。
明星美希は、公安部外事課へ配置換えとなり、倉木は警視に昇進して警察庁警務局で津城と同じ特別監察官に任命されたが、大杉は警部補のまま本庁刑事部捜査一課から、新宿大久保署防犯課に左遷された。
倉木は、津城警視正に説得され状況を静観していたが、しかし、いっこうに進展しないことに不満を覚え、事件の真相を記した手記を書き、出版社に持ち込もうとする。
これが発端となり、倉木、美希、大杉らに魔の手が伸びる。
法務大臣を黒幕に暗躍する一派と、これを阻止しようとする倉木ら、そして、死んだ百舌のかたきを討つため、北朝鮮の工作員の顔を持って乗り込んできた新たな「百舌」。
血は血を呼び、息をもつかせぬ攻防が繰り広げられる。
倉木と美希のめんどうそうに見えて、実は思いの外ストレートに進展する恋愛の行方が興味深い。
豪快な大杉の見せ場も多い。
でも、百舌はちょっと出番が少な くて残念、それにやはり一作目の百舌が魅力的だっただけに、つい比べてしまう。(2009.10)


砕かれた鍵
逢坂剛著(1995年)  集英社文庫
「百舌」シリーズ3作目。
2作目のラストから2年後。美希は倉木と結婚し、子どもを授かっていた。
大杉は警官を辞め、小さな事務所を開いて私立探偵を営んでいた。
倉木が事務所を訪れ、二人 は久しぶりの再会を果たす。倉木は、現職警官による警察内部暴露本についての調査を大杉に依頼しに来たのだった。
美希と倉木の一歳になる息子真浩は生まれつき心臓に疾患があり、病院で長期療養をしていたのだが、ある日、病室で爆弾が爆発し、美希は実母と息子を一時に失うことになる。同病院に入院中の法務次官倉本真造をねらった爆弾が人違いで真浩の病室に持ち込まれたらしい。
遅々として進まない所轄の捜査にいらだつ美希は、倉木の制止を振り切って、自ら犯人捜査に乗り出す。
世間では、警察の不祥事による事件が相次ぎ、その陰に「ペガサス」と名乗る謎の男の存在が浮かんできていた。
やがて、美希の捜査は、めがねをかけたサラリーマン風の一人の男にたどりつくが、その男が「ペガサス」である可能性が高まっていく。
美希の身を案じつつも相変わらず素直に気持ちを出さずクールに振る舞う倉木と、復讐の念に燃える美希。見守る大杉の目は温かいが、二人のすれ違いが悲しい。
やがて、彼らは犯人が本拠とする新興宗教の本部に集結。ペガサスのねらいとその仲間の企てが明かされていく。
あらたな敵「ペガサス」の追求を軸に、物語は息をもつかせぬ勢いで突き進み、やがて悲劇的なラストを迎える。(2009.10)


よみがえる百舌
逢坂剛著(1996年) 集英社文庫
「百舌」シリーズ4作目。
来迎会事件でのペガサスとの一件で息子の正浩と母に続き、夫の倉木までも失った美希は、心の痛手からなんとか立ち直り、警部に昇進し、警察庁、長官官房の特別監察官として津城警視の元で働 いていた。
美希は、ある夜、電車の中で知り合った青山署の刑事紋屋の姿に倉木の面影を見て動揺する。
そんな中、稜徳会事件の関係者である元刑事があいついで殺されるという事件が起こる。
犯人は、いずれも被害者の後頭部を千枚通しで一突きにし、現場に百舌の羽を残していた。
死んだはずの殺 し屋百舌の再来を思わせる手口に美希は慄然とするが、津城はいまいち反応がにぶい。
美希は、大杉に会い、独自の捜査を依頼する。
時折、「百舌」の視点からの場面が差し挟まれ、「百舌」は、バードウォッチャーと呼ばれる謎の男によって殺人の指令を受けていることが示される。
紋屋と、もうひとり警官のカジノ賭博関与の真相を追う雑誌記者残間という新たな人物が登場し、美希にまとわりついてくる。
大杉との不器用な熟年の恋も展開する中、美希は「百舌」に襲われる。
クライマックスは、佐賀県鷲ノ島のモンゴルランドでの対決。パオと呼ばれるテント型宿泊施設が建ち並ぶレジャー施設で壮絶な戦いが繰り広げられる。
サスペンスとスピード感と力強 さ満載で、手に汗握りながら一気に読んでしまった。五十絡みのずんぐりむっくりした大杉も大いに活躍するが、巻き込まれた感の残間はちょっと気の毒。苦痛をこらえて百舌に立ち向かう美希がりりしい。(彼女の反撃の戦法は、痛くてこわい。)
百舌の正体にひとひねりあるのはさすが。「今度の相手は手強い。」とは、そういう意味だったのかと、溜飲が下がる。(2009.11)


鵟鵟(のすり)の巣
逢坂剛著(2002年) 集英社文庫
「百舌」シリーズの、倉木美希(警視となっている)と私立探偵大杉良太が活躍するが、「百舌」は出てこない。代わって登場するのは、「ノスリのだんな」と呼ばれる謎の男と、美貌の女刑事、洲走かりほ。
暴力団員が殺され、密売用の銃や麻薬が盗まれる事件が相次いで起こった。
大杉は、本郷署の刑事小野川の妻から夫の浮気調査を依頼される。が、小野川は、尾行先の倉庫で銃の撃ち合いになり、命を落としてしまう。相手は、密売用の銃を盗まれた暴力団の幹部で、小野川は強奪に関わっていたのだった。
一方、美希は、公安特務一課調査第八係の洲走かりほをマークしていた。32歳で警部補となったかりほは、刑事としての腕は優秀だが、その派手な異性関係が 問題視されていたのだった。
美希と大杉は、やがて、かりほと小野川が知り合いだったことを知る。
真実を追う美希と大杉は、かりほのバックにいるキャリア警察官にたどり着き、さらにその後ろに政界の大物の影が見えてくる。
美希と大杉の関係は、恋人同士でありながら、いまいち進展がなさそうである。
セクシーで自信家で剛胆なかりほと、警視となり女性警官の憧れの的となった美希との対決は、見応えがある。「ノスリのだんな」の正体についてはまたも一ひ ねりあるが、かりほの迫力に比べると影が薄い。平凡な主婦に思えた小野川の妻通代もなかなか毅然としたところを見せ、女性たちが目立つ一方、男たちはあまり元気がなかったように思う。人はあいかわらずよく死ぬ。ラストの銃撃では、美希と大杉はまたも大変な格闘を繰り広げることに。(2010.1)

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