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○ 本 ハードボイルド(海外4) クラムリー 

正当なる狂気 ファイナル・カントリー さらば甘き口づけ(ジェイムズ・クラムリー)

正当なる狂気 The Right Madness
ジェイムズ・クラムリー著(2005年) 
小鷹信光訳 早川書房
私立探偵C・W・シュグルーを主人公とするシリーズ三作目。モンタナ州メリウェザーに戻ってきたシュグルーが、別居した妻子との関係悪化に悩みながら、酒とドラッグにまみれ、錯綜した事件を追って、暴力と死の世界を行く。
シュグルーは、友人の精神科医マックから、診療所に侵入し患者のデータを奪った者を突き止めるため、何人かの患者の尾行と監視を依頼される。しぶしぶと依頼を引き受けたシュグルーの目の前で次々と患者やその家族が死んでいく。
ネットを使った横領詐欺仲間の暗証キーをめぐるいざこざと、美しい謎の双子による連続殺人事件をメインとしながらも、シュグルーの行く手には、直接本筋とは関係のない被害者や加担者などの個々の事情が絡む。猛女と青年のFBI捜査官コンビや、シュグルーを嫌う地元警察官レイモンド、魅惑的な女弁護士クラウディア、ウクライナ出身のこれまた猛女、不法入国者をこき使う怪物のような老農場主と両足のないその老妻など、特異な人々とそれに付随するエピソードがめまぐるしく登場する。物語は錯綜というよりはほとんど錯乱状態といっていいような混乱を招き、真相は、終わり間際で唐突に2段、3段構えで証される。
これでもかというほどすさまじく痛そうな暴力描写がぼんぼん出てきて、シュグルーはあいかわらず酷い目に遭いまくって、人がたくさん死ぬ。ハードな展開は情け容赦がないが、それでも、缶ビールを片手に猫の姉妹にじゃれつかれながら、西部の夕陽を前に、家のポーチの階段に座って過ごすシュグルーを思うと、まあいいかと思ってしまう。 (2010.2)


ファイナル・カントリー The Final Country
ジェイムズ・クラムリー著(2001年 アメリカ)
小鷹信光訳 早川書房
ミロ・ミロドラゴヴィッチ(探偵)、モリー(謎の女)、ベティ・ポーターフィールド(獣医)、トム・ベン(大牧場主・ベティのおじ)、トラヴィス・リー (ミロの共同経営者、ベティのおじ、トム・ベンの弟)、イーノス・ウォーカー(麻薬の売人、出所したての黒人の大男)、デュバル(故人、酒場の持ち主)、 シシー・デュバル(デュバルの妻)、ジョナス(牧師、イーノスの兄)、トビン・ルーク(地方検事)、タイ・ルーク(警官、トビンの双子の弟)、マンディ・ レイ・クワレルズ(麻薬売人の女)、キャシー(鍼師)、ジミー・フィッシュ(コメディアン)、ヘイドン・ローマックス(テキサスの大富豪)、シルヴィ(ヘ イドンの妻)、
ジェイムズ・ギャノン(テキサス州ガトリン郡保安官事務所刑事部チーフ)、ボブ・カルバーストン(ガトリン郡警官)、キャロル・ジーン[CJ](家出 妻)、
レンフロ(シシーの友人)、フレスノ(ラスベガスの私立探偵)、ロリー・モリノー(片腕の男)、レッド(ラスベガスの運転手)、マクレイヴィ夫人(レッド の母、元ディーラー)、ディッキー・オーツ(囚人)、
カーヴァー・D(元ジャーナリスト)、ハンガス(カーヴァー・Dの運転手)、フィル・サーズビー(弁護士)、ラロ(バーテン)
「酔いどれの誇り」「ダンシング・ベア」「明日なき二人」などに続き、私立探偵ミロ・ドラゴヴィッチが登場。モンタナからテキサスに移って酒場とモーテルを営んでいた彼は、再び探偵稼業にのり出すことに。
ミロは、出所したての巨漢イーノスが殺人を犯した酒場にたまたま居合わせた。なんとなく好感を抱いたイーノスのため、ミロは、イーノスが探していた人物を 追うことにした。が、謎の女モリーに出会い、それが原因でやがて警官殺しの犯人にされるはめに。
もっともらしい言動を残してはめまぐるしく入れ替わってい く無数の人物たち、次から次へとふりかかるトラブル。60歳のミロは文字通り満身創痍状態になりながら、おそろしいほどのバイタリティにあふれている。
物語は、過去の事件に冤罪が絡んでいたり、脇に猟奇的な連続殺人があったり、富豪の秘密が隠されていたりとかなり複雑。一人で頑張ってきたミロが若い者に 協力を求めたり、関係者一同を一箇所に集めての謎解きをしてみたりといったことが試みられる。一方、かなり控えめに走り書き程度で、「相棒」(シュグ ルー)についての記述も見られる。
数多くの登場人物の中では、モリーが秀逸。彼女への思い入れが強すぎて、前作からのなじみであるベティにはなんの魅力も感じられなくなっている。
ちょっとしか出てこない端役に対してミロがいちいち感じる心意気もおもしろい。(2005.2)


さらば甘き口づけ The Last Good Kiss
ジェイムズ・クラムリー著(1978年)
小泉喜美子訳 ハヤカワ文庫
C・W・スルー(メリウェザーに事務所を持つ探偵)、エイブラハム・トラハーン(コールドロン・スプリングスに家を持つ作家)、メリンダ(トラハーンの妻)、キャサリン(トラハーンの先妻)、エドナ(トラハーンの母)、ロージー(ソノマの酒場のママ)、ベティ・スー・フラワーズ(ロージーの娘)、セルマ(更正施設の所長)、ステイシー(更正施設の滞在者)、ハイランド(ポルノ映画制作者)、ランドール・ジャクソン(男優、アダルト書店主)、トーレス(ハイランドの用心棒)、ロイ・バーグランド(保安官)、ファイアーボール・ロバーツ(ブルドッグ)
ベトナム帰還兵で飲んだくれでマリファナにも手を出す私立探偵C・W・シュグルー(本書の訳ではスルーとなっている)を主人公とするシリーズ第1作。
「正当なる狂気」を読み終えた勢いで再読した。
家出した作家トラハーンの行方を追って、モンタナ、ワイオミング、オレゴン、ユタ、アイダホ、と、アメリカ西部の各州を転々としていたシュグルーは、カリフォルニア州ソノマの近くの酒場でようやくトラハーンを見つけるが、ちょっとしたトラブルがあってトラハーンは臀部に銃傷を負い短期入院するはめになる。
この冒頭の発砲騒ぎからクレムリーらしくて泣けてくる。酒場の常連レスターとオーニイも憎めない。
シュグルーは、トラハーンが退院するまでの間の仕事として、酒場のママ、ロージーから10年前に疾走した娘ベティ・スーの捜索を依頼される。
彼は、ベティ・スーの写真を手に彼女の行方を追って、愛車のピックアップ・トラック、エル・カミノでアメリカ西部を駈けめぐる。
ティーン・エイジャーの頃のベティ・スーは、どうやら知りあう人間をことごとく夢中にさせる魅力的な少女だったらしい。捜索を進めるうちに、シュグルー自身もベティ・スーのことが気になり始める。
トラハーンとその相棒である飲んだくれのブルドッグ、ファイヤーボールが強烈な印象を残す。
また、シュグルーの前には、次から次へといろいろな女性が登場する。
トラハーンを探しだし家に連れ帰ることをシュグルーに依頼した彼の先妻キャサリン、現在の妻であるメリンダ、彼の母親で地元の実力者エドナ、ベティ・スーが一時身を寄せていた更正施設の所長セルマ、そこの滞在者で、連れ去られたベティ・スーを取り戻すためシュグルーとともに敵陣に乗り込むステイシーなど。(ポルノ映画に関わったベティ・スーは、映画制作者の金を持ち逃げしたため、その筋の男たちに追われていたのだ。)
女たちのひとりひとりとシュグルーはそれなりに話をし、場合によっては関係を持ち、傷つけたり傷つけられたりする。以前読んだときは、関わってくる女たちが何人もいることが煩わしかったのだが、今読み直すと、それぞれの立場と性格の違いが興味深く、シュグルーとのやりとりも読み応えがある。が、好感を抱けるのはロージーとステイシーで、トラハーン絡みの女たちにはどうにも違和感が残る。
シュグルーは若く(30代後半くらいか)、当時はまだ生々しいベトナム戦争の記憶は、彼の心に大きな影を落としている。
父親がインディアンのような生活をしていて少年時代それにつきあわされたとか、女と話していて唐突にジョン・ウェインの台詞(「謝るな。謝るのは弱虫のしるしだ。」というやつ)を引用したりとか、西部の男ぶりをかいま見せてくれる。
このころから、ポーチに座ってビールを飲むのが好きだったようで、それもうれしい。(2010.2)

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