みちのわくわくページ

○ 本  SF(海外)  2000〜

<作家姓あいうえお順>
異常(アノマリー)(ル・テリエ)、火星無期懲役(S・J・モーデン)、 紙の動物園(ケン・リュウ)、 
三体、三体U黒暗森林、三体V死神永生(劉慈欣 リウ・ツーシン)、

火星無期懲役 ONE WAY
S・J・モーデン著(2018) (サイモン・モーデンの別名義)
金子浩訳 ハヤカワ文庫
B級SF雰囲気満載の邦題に引かれて読んだ。
ちょっとチープなSF映画にあるような題材もいいと思った。
2040年代の近未来。
フランクは、工務店の経営者だったが、息子を薬物中毒から救うため麻薬の売人だった警官を殺して終身刑となり、刑務所に服役していた。ある日、彼はあるプロジェクトへの参加を提案される。
それは、民間の開発会社XO(ゼノシステム・オペレーションズ)社が火星に基地(研究施設)を建設するという一大プロジェクトで、フランクは建設技師としての技能を見込まれたのだ。XO社は経費節約のため、囚人による開発チームの結成を決めていた。フランクと、医師のアリス、ドライバーのマーシー、元ネオナチの巨漢で配管担当のゼウス、食糧を供給するための水耕栽培担当の若者ゼロ、コンピュータの専門家の少年ディー、後から加わった電気技師のデクランなど、老若男女の囚人によるチームが組まれる。彼らは、アメリカ中西部の砂漠での1年間の訓練の後、XO社のロケットで火星に旅立つ。旅の間、彼らはカプセルで冬眠状態にあったが、火星に到着すると、必要な人員から順に目覚めさせられた。XO社の監督官ブラックが彼らに同行するが、これが横暴でチームのメンバーを虫けらのように扱う、絵にかいたような嫌われ者だった。
前半は、フランクがチームの面々と、砂漠に建てられた急造施設で火星での作業を行うための過酷な訓練の様子が描かれる。後半は、火星に到着したチームが基地を築き上げていくが、到着時からハプニングが続き、基地建設中にチームのメンバーは、ひとりまた一人と死んでいく。当初は、事故や自殺に見えていたが、やがて、フランクは彼らの死が何者かの手による殺人ではないかと疑いを抱くようになり、物語は空気も水も食糧も不足がちな火星という巨大な密室での連続殺人事件というミステリの様相を呈してくる。だが、謎はそれほど込み入っておらず、むしろ、各章の最初に付けられているXO社など経営側の記録の断片によってこのプロジェクトがとにかく経費削減を第一とするケチくさい経営者によって進められていることが示されているので、会社側が想定しているであろう無慈悲で陰惨な結末は容易に予想がついてしまう。
空気がない火星での作業の困難な様子は、宇宙服やエアロックの描写が繰り返されることで強調され、バギーを駆っての資材の収集の大変さもわかるが、モジュール建設の様子などは、想像力とその方面の知識に乏しいためか、何がどのようになっているのかあまりピンとこなかった。マーシー、アリス、ゼウスとフランクが心を許したと思った相手が次々に命を落としていき、残された者たちは疑心暗鬼に陥っていく。フランクが、チームの誰かが犯人であると確信し、ブラックには全く矛先を向けないことやフランクと交わした約束をほかの連中ともしているかもしれないということに全く思い及ばないことにいら立ちさえ覚える。最後に残ったデクランと敵意を抱きつつ協働する様子はよかった。フランクがやっと会社の情無用の方針に気付き、ブラックを攻撃する際の鬼気迫る感じも、なかなかよかった。最後は、彼が優位な立場からXO社と交渉をする通信メッセージで終わるが、うまくいくのかどうかはかなり心配である。(続編があるらしいが、フランクが出てくるかは不明である。)(2019.9)
続編:“NO WAY”(2019)


紙の動物園 The Paper Menagerie And Other Stories
ケン・リュウ著(2015年)
古澤嘉通訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ(ポケミス)

★ネタバレというか、筋や内容の説明あります★
中国生まれでアメリカ在住の作家による短編集。
直木賞作家でお笑い芸人の又吉氏推奨ということで話題になったらしい。
人種の違いや差別を絡めたものから中国の歴史、死生観や宗教などテーマは多岐に渡っている。日本人も何度となく出てくる。
趣味がよくて端正、適度に詩的で適度に辛辣でバランスの取れた作品が多い。個人的には、もっとパワフルで後先考えてない感じの方が好みではある。
と思って読んでいたのだが、ラストの2編が思いのほか強烈だった。少女の目を通していたり、メタリックなロボットSFの形を取ったりしているため、肌ざわりがよく入り込みやすいのだが、土足で異文化に踏み込んでくる先進国の人々に対する静かな怒りのようなものが伝わってきて、激し心が波立つような思いがした。
でもやっぱり個人的には、もっとどんくさい部分がある方が、好みだ。(2015.12)
(※以下、年代は初訳)
●紙の動物園 The Paper Menagerie (2011)
父にカタログで買われてきた中国人の母についての息子の回想。
母が包装紙を折ってつくってくれた虎、山羊、鹿、水牛などの動物たちが動く。息子は成長するに連れて母を避け、それとともに折り紙の動物たちは古びてぼろぼろになっていく。
ファンタジーとノスタルジーと、孤独な母の子への思いが入り混じった、なんとも切ない掌編。
●もののあはれ Mono no Aware (2012)
小惑星の衝突により危機に陥った地球から、わずか1000余名の人類を乗せた宇宙船が新天地を目指して永い旅に出る。旅の途中、宇宙船の太陽帆の一部に穴があく。両親を地球に残してきた大翔人(ヒロト)は、修理のため船外に出るが、想定外の事故により、同輩のため自らを犠牲にする決心をする。和歌や漢詩が引用され、静かに運命(さだめ)を受け入れる著者の日本人観が示されている。東北大震災において、日本人はパニクらず、暴徒化せず、配給の列に礼儀正しく並んでいたことが世界的に話題になったが、そのことも出てくる。
●月へ  To the Moon (2012)
中国社会の過酷な現状のもと、妻を共産党員に殺され、家を奪われ、土地を追われた男は幼い娘と亡命の申請をするが、アメリカの法律は厳しい規制を敷いて受け入れようとしない。新米の女性弁護士は自分の無力さに気付く。「月」へのイメージが、ファンタジー風味を添えている。
●結縄(けつじょう)  Tying Knots (2011)
山の奥深いところで昔ながらの生活を送る山間民族。彼らは、文字を持たず、縄の結び目による記録方法で伝統や技術をを受け継いできた。ある日、白人の医療コーディネーター(おそらくそんなような職業と思われる)のトムがやってくる。彼は、集落の長ソエ=ボが見せる鮮やかな結縄の技術に驚き、アミノ酸配列の自然な状態の予測という最新医療に利用することを思いつく。この着想がすごい。素朴な文明が、利益を追う先進文明の者たちに乗っ取られていく。
●太平洋横断海底トンネル小史  A Breif History of the Trans-Pacific Tunnel (2013)
第二次世界大戦が起こらなかった世界の話。日本は満州国を併合し、アメリカとともに、上海から東京を経てアメリカ大陸に続く海底トンネル建設の計画を立て実施する。10年に及ぶ工事の末、トンネルは開通するが、その完成は中国人工夫たちの犠牲の上にあった。工事に関わった台湾出身の元現場監督によって回想される架空の歴史の暗部は、アメリカ大陸鉄道横断の歴史と重なる。
●潮汐  The Tides (2012)
月が巨大化し、地球に近づいてくる。潮の満ち引きが日増しに激しくなる中、亡くなった母を思い、塔で暮らす父と娘の話。
●選抜宇宙種族の本づくり習性  The Bookmaking Habits of Select Species (2012)
さまざまな種族による、様々な本作りの紹介。
●心智五行  The Five Elements of the Heart Mind (2012)
宇宙船の事故により、AIとともに未知の星に不時着したタイラ。星には千年前に地球を飛び立った人類の子孫が生活していた。彼らは、自然の恵みを享受し、植物を研究して独自の薬学を身につけていたが、科学の進んだ文明社会に育ち、無菌状態に慣れていて、合理的な考え方をするタイラは、彼らの素朴さに好感を抱きつつも、未開人と見下していた。が、彼女は、自分の世話をしてくれる青年ファーツォンに魅かれ、文化の違いを越えて二人は恋に落ちていく。救助の船が現れ、星の所有権を主張する企業に対し、タイラは、星を守るための妙案をひねり出す。
●どこかまったく別な場所でトナカイの大群が  Altogether Elsewhere, Vast Herds of Reindeer (2011)
データの世界で生まれ育った少女は、古代人である母に連れられて、初めて「リアル」な旅をし、「物質」に魅了されていく。タイトルは、W・H・オーデンの詩「ローマの没落」(1940年)の一節から取ったそうだ。
●円弧(アーク)  Arc (2012)
一人の女性の生き方を通して語られる、人の死と生についての物語である。
リーナは、16歳のときに生んだ男の子チャーリーを捨てて家出する。やがてボディ−ワークスの仕事を得る。それは死体のポージングを含め、プロスティネーションという技術によって、死体を保存し、死者の姿を永遠に残す技術であり芸術でもあった。リーナは、不老不死の研究をするジョンと出会い、結婚する。ジョンの研究は成功し、事業もうまく行く。リーナは若さを保つが、しかし、ジョンは実験の失敗で急速に老いて、死んでしまう。リーナは、自分より年上の肉体を持つ息子のチャーリーと再会し、彼とともに、彼より百歳年下の、ジョンとの間にできた娘を育てる。やがて、リーナは不老不死をやめ、老いと死と向き合う決心をする。
●波 The Waves (2012)
これも「円弧(アーク)」と同様に、人の不老不死を扱った作品。
はるか遠い星への移住を目指して宇宙船で旅をする人々。目的の星に到着するのは何世代も後になるため、船内では、生と死が厳密にコントロールされていた。老いた者は安楽死を施され、死者が出ると出産が許可された。ある日、地球からの送信により不老不死の技術が伝えられ、船内の人々は、不死と死のいずれかの選択をしなければならなくなる。不死を選んだ者は、何歳のままでいるかを選ぶこともできるのだった。やがて、何百年か後、目的の星に着いた人々は、さらに人間のままでいるか、機械の体を得るかという選択を迫られる。
ほぼ意識だけの存在で永遠に生きることが「生」なのか、というSF的テーマは、ゼラズニーの「光の王」などを思い出させる。
●1ビットのエラー  Single-Bit Error (2009)
天使の降臨を体験した恋人リディアに惹かれつつも、神を信じられない男タイラー。
二人は原因不明の交通事故に見舞われるが、プログラマーのタイラーは、はるか遠い星の超新星爆発から飛散した宇宙線の一つである陽子が、二人が乗った車を制御するコンピュータの集積回路のコンデンサのシリコンにぶつかって電子を一個はじき出し、1を表すビットが0と解釈されたことによって起こったのではないかと推測する。さらに、人の脳においても、1ビットのエラーから神経接続が壊れ記憶がランダムにつながって、天使の降臨などといった信仰上の体験の記憶を得るのではないかと考える。というのは何となく興味を引かれたが、宗教やコンピュータ用語がたくさん出てきて、話の場面も錯綜していて、正直あまりよくわからなかった。
●愛のアルゴリズム  The Algorithms for Love (2004)
エレナは、娘を亡くした後、少女のロボットを作り続ける。彼女の夫ブラッドは、「ありきたりじゃない(Not Your Average Toy)オモチャ社」という玩具会社の経営者で、妻のことを気にかけている。アルゴニズムとは、「ある特定の問題を解く手順を、単純な計算や操作の組み合わせとして明確に定義したもの」(IT辞典e-Wordによる)だそうだが、ここでは、ロボットが人と会話をするためのプログラムのことを指すようだ。少女のロボットを作り続けるエレナは、会話中に相手が次に何を言うのかが予測できるようになり、人間も脳に組み込まれたアルゴリズムによる会話をしているだけなのではないかという不安を抱く。
●文字占い師  The Literomancer (2010)
1961年、父の仕事の都合で、アメリカから台湾に引っ越してきた少女リリーは、学校で女の子たちのいじめにあって辛い思いをしていた。
ある日、川辺で見かけた水牛に乗って遊んでいると、近くにいた男の子たちに襲われ、泥や石をぶつけられるが、通りがかりの老人甘と少年テディに助けられる。
リリーは二人と仲良くなる。甘は、マトンと魚のシチューをふるまい、「文字占い」をしてリリーに漢字を教えてくれる。ある日、甘はリリーに身の上話をする。中国の富裕な家庭に育った甘は、アメリカ留学中に日本が満州に侵攻し戦争となり、帰国して国民党軍に加わるが、逃亡して台湾に漂着した。小さな雑貨店で働くが、1947年の二・二八大虐殺事件(本省人と外省人の大抗争事件)に遭遇する。その後事件の余波で両親を亡くした孤児のテディとつつましく静かに暮らしていたのだった。
が、リリーが帰宅してその話を父親に伝えると、国家機密に携わる仕事をしていた父親は、甘を共産党の秘密機関員と思いこみ、甘とテディを監禁し、甘を拷問した末、二人を殺させてしまう。
落ち込みながらその話をする父と母の会話を、リリーは物陰で聞く。
アメリカへの帰国が決まり、川辺を父と歩くリリーは、メジャーリーグの選手になると言っていたテディが夢を果たしている姿を思い描く。
水牛と川辺、魔法の鏡、文字占いなど牧歌的なものの中に、突如として過酷な現実が介入する。
●良い狩りを Good Hunting (2012)
妖怪退治師の父とともに、男を惑わす妖狐退治に臨んだ少年梁(リアン)は、母を殺された妖狐の娘艶(ヤン)と出会う。
機械化が進み、妖怪がいなくなって妖怪退治師の仕事がなくなってくる。艶も妖狐としての魔力が弱くなり、狐に変身できなくなる。梁は、香港でケーブルカーを動かす仕事に就き、やがて腕のいいエンジニアとなる。
富豪の愛人となり、富豪から大金を奪って逃げた艶が梁の元を訪れる。艶は、異常な性癖を持つパトロンによって、下肢を機械に変えられていた。梁は自分の技能の限りを尽くして艶の全身を機械化する。
滑らかなクロム合金の妖狐と化した艶は、蒸気の固まりを吐いて咆哮し、富裕なイギリス人らが住むツインピークスの頂上へと狩りに向かう。幻想的で、心が痛む話だが、とても力強い。


三体
劉 慈欣著 (リウ・ツーシン りゅうじきん) (2008)
監修:立原透耶
翻訳:大森望、光吉さくら、ワン・チャイ
早川書房(2019) (キンドル版購入)

★物語の内容に触れています。注意!★
話題の中国SF。異星人とのファースト・コンタクトを扱っている。
ファースト・コンタクトものというと、カール・セーガンの「コンタクト」もそうだが、主人公の内面のことが出てきて哲学的心理学的な要素が多かったりして、わたしとしてはそうしたことにさほど面白みが感じられずにいた。しかし、「三体」は、かなりぶっとんでいて、好きである。
でも、この小説はどうも一気にたくさん読めなかった。通勤電車の20分で少し読み進もうとしても読めない。前に読んだことを忘れているので、思い出すために読み返しているうちに電車が着いてしまう。休みの日にじっくり読もうと思っても、1章読むともうお腹いっぱいになってしまう。「三体」というヴァーチャルゲームの世界を描いた章がいくつかあるが、それぞれで短編をひとつ読み終えたような気になって、その日はその消化だけで終わってしまうといった感じだ。それでも、ようやく読み終わった。おもしろくないのではない。理解力の問題だと思うが、とにかくすいすい読めないのだ。
話は、文化大革命の時代から始まって、主人公のひとりイエ・ウェンジエの境遇が描かれた後、時代は一気に飛んで現代へ、そのあとまたウェンジエの過去の話に戻るなど、時代を行ったり来たりする。
ウェンジエは、理論物理学者の父親が文化大革命で紅衛兵たちに糾弾され惨殺されるのを目の当たりにする。その後、彼女は天体物理学者としての能力を買われ、大興安嶺(だいこうあんれい)の山上にある謎の軍事施設紅岸基地でほぼ囚われの身となって仕事をすることとなる。巨大なパラボラアンテナがいくつも並ぶ基地は別名レーダー峰と呼ばれ、そこでは極秘裏にある計画が進められていた。それは宇宙人へのメッセージの送信であったが、宇宙からの返信はなかった。ある日、太陽のエネルギー増幅機能に気付いたウェンジエは、内緒で、強力に増幅されたメッセージを宇宙に向かって送信する。それから数年後、ウェンジエは、かつて自分が送ったメッセージに対する応答を受信する。彼女は、その応答に対し、すぐさま迷わずさらなる返答のメッセージを送る。この異星人からの応答とそれに対するウエンジエの返答が、そんじょそこらのSF小説にはみられないような、とんでもない内容で驚く。ウェンジエの異星人への返答は、文化大革命で惨劇を経験した彼女ならこうもするだろうと思わせるところもまたすごい。
一方、もう一人の主人公ワン・ミャオは、ナノマテリアルを開発する現代の科学者である。なにも知らない彼の視界に突然、謎の数字(ゴーストカウントダウン)が現れ出す。数字の正体を探る彼は、ある地球規模の危機について議論する国際会議に呼ばれ、科学境界(フロンティア)という学術協会への潜入を依頼され、境界の一員シェン・ユーフェイがプレイしていた謎のヴァーチャルゲーム「三体」にログインしてその世界を体感し、オフ会に呼ばれ、地球三体協会(ETO)の存在を知る。
タイトルの「三体」は、古典力学の「三体問題」から来ている。天体力学においては3つの天体が互いに万有引力を及ぼし合いながらどのように運動するかという問題で、18世紀中ごろから活発に研究されてきたが、超難問らしい。
メッセージを送ってきた異星人は三体人。三重太陽という非常に過酷な環境にある星の住人である。
ヴァーチャッルゲームの「三体」は、その三体世界の周知のためにつくられたものであるが、本小説においては、何よりも、このゲームの強烈なイメージに圧倒される。広大無辺の不毛の荒野を舞台に、ピラミッド、巨大な振り子、地球の球体モデル、飛び交う飛星といった不可思議な物体が配置され、周の文王、墨子、ガリレオ、ニュートン、ジョン・フォン・ノイマン(数学者)、アインシュタインなど歴史上の人物が次々に現れて太陽の動きを解明しようとする。「恒紀」「乱紀」「脱水体」など異様な用語が出てくるが、中でも際立つのは、始皇帝が叫ぶ「計算陣形!」だ。「コンピュータ・フォーメーション」とルビが振ってあったが、ここは日本人なら「けいさんじんけい」と呼ぶべきだろう。(個人的には、映画「シン・ゴジラ」の「無人在来線爆弾」と同じくらいツボにはまってしまった。漢字の文化がある国に生まれてよかったとつくづく思った。)名称も去ることながら、三千万の兵でつくる三十六平方キロメートルに及ぶ人力のコンピュータ・マザーボードという発想が、途方もない。(この「計算陣形」は、中国SFアンソロジー「折りたたみ北京」に所収されている、同作家による短編「円」にも出てきて、円周率を求めるために始皇帝がこの陣形を利用する様子が描かれている。)
後の方で出てきた「古箏作戦」もまためちゃくちゃである。動く第二紅岸基地である船「ジャッジメント・デー」号から、異星人のメッセージを奪取するため、パナマ運河の隘路で超強力なナノマテリアルの糸を使って、この巨大船舶を攻撃するのだが、これがなんとも情け容赦のない力技の戦法なのだ。
さらに、高次元のものを低次元にするとものすごい容量を得られるという、読んでもよくわからない「智子」の理屈。(「スフォン」とルビがつくが、どうしても「ともこ」と読んでしまう。)
とにかく、スケールがでかい。訳者の大森望氏は、あとがきで「カール・セーガンの『コンタクト』とアーサー・C・クラークの『幼年期の終わり』と小松左京の『果しなき流れの果に』をいっしょにしたような、超弩級の本格SF」と書いていて、それも重々納得だが、わたしとしては「完訳三国志」(「三国志演戯」の直訳)を読んで感じた大陸的な身も蓋もなさと、諸星大二郎の時空を超える伝奇マンガの不気味さと、量子論を扱ったいわゆるバカSFの荒唐無稽さなどが感じられ、さらに「沈黙の春」や地球温暖化などの環境問題も確かに絡んでいて、いろんな分野を知っていればいるほど楽しめそうだと思った。
三部作だが、ひょっとして第一作が一番おもしろいのではないかという危惧がある。それを裏切って、さらに思いもかけない展開があることを願って、二作目三作目の翻訳を待つ。(2019.11)
<関連作> ※未翻訳
三体II:黒暗森林(2008)
三体III:死神永生(2010)

<登場人物>
葉文潔(イエ・ウェンジエ ようぶんけつ)天体物理学者 のちに地球三体協会総司令官
葉哲泰(イエ・ジョータイ ようてつたい)理論物理学者 ウェンジエの父
紹琳(シャオ・リン しょうりん)ウェンジエの母
葉文雪(イエ・ウェンシュエ ようぶんせつ)ウェンジエの妹 紅衛兵
雷志成(レイ・ジーチョン らいしせい)紅岸基地政治委員
楊衛寧(ヤン・ウェイニン ようえいねい)紅岸基地最高技術責任者 ウェンジエの夫
汪E(ワン・ミャオ おうびょう)ナノマテリアル開発者
楊冬(ヤン・ドン ようとう)ウェンジエの娘 故人
丁儀(ディン・イー ちょうぎ)楊冬の恋人 理論物理学者
常偉思(チャン・ウェイスー じょういし) 作戦指令センター陸軍少将
史強(シー・チアン しきょう)通称大史(ダーシー) 警官
申玉菲(シェン・ユーフェイ しんぎょくひ)中国系日本人 物理学者 地球三体協会救済派
魏成(ウェイ・チョン ぎせい) 数学の天才でひきこもり ユーフェイの夫 三体問題に夢中
潘寒(ファン・ハン はんかん) 地球三体協会降臨派
マイク・エヴァンズ 地球三体協会降臨派の中心人物
スタントン大佐 アメリカ海兵隊 古箏作戦指揮官



三体U 暗黒森林
劉 慈欣著 (リウ・ツーシン りゅうじきん) (2008)
監修:立原透耶
翻訳:大森望、立原透耶、上原かおり、泊功
早川書房(2020) (キンドル版購入)

★物語の内容に触れています。注意!★

やっと読了。1作目は、そこそこのスピードで読み進められたのだが、本作はなかなか読めなかった。つまらないわけではないが、動きが少なくて地味な頭脳戦が大半をしめるうえに、専門用語が多くて概念をつかむのに時間がかかったということが大きいと思う。また、主人公の羅輯(ルオ・ジー)の理想の女性との恋物語にほとんど興味をそそられなかったこともあったと思う。メモを取りながらの読書は勉強してるみたいでなかなかめんどうだった。どこかに書いておかないとまた忘れてしまうので、少々長くなってしまったが、内容を書き留めておく。
SF小説でめんどうなのが、その中だけでしか通用しない用語を覚えなければならないことだ。漢字表記にカタカナやアルファベット3文字(組織の略語など)のルビが振ってあったりするのだが、この小説に出てくる用語は漢字表記のものも多く、字面を見るだけで楽しいものも多い。表題の「黒暗森林」とか「精神印章」とか「星艦地球」とか味わい深い。

前半の「面壁計画」については、これも名称はなかなかおもしろい(達磨の故事からきているらしい)。地球人の言動はすべて智子(ソフォン)を通して、三体人に筒抜けである。が、三体人はうそがつけない。発言イコール真実である。が、地球人はうそがつける。ということで、選ばれた「面壁者」が対三体人作戦を各々の胸の内に秘めたまま推し進めるという、全世界公認の作戦計画である。しかし、三体協会はそれぞれの面壁者に対して「破壁者」を送り込み、計画の中身を暴かれた面壁者の計画はそこで破綻する。
4人の面壁者たちは、それぞれ作戦を進めていく。元アメリカ国防長官タイラーの蚊群と呼ばれる水爆特攻隊計画や元ベネズエラ大統領ディアスの特大核爆弾を使った太陽系惑星連鎖爆発計画の真意は破壁者に見破られてしまう。
脳科学者ハインズによる脳の開発研究はそれを達成するための技術力が追い付かずにとん挫するが「精神印章」という意識改造マシンを生み出す。これは地球文明よりずっと進んだ技術を持ち圧倒的に優位な三体軍との戦いにあたって敗北主義や逃亡主義に陥る者が増える中、マシンによって人の意識を操作し、地球は勝つという信念を人々に抱かせるもので、自ら望んだ者のみが「信念センター」で処置を受け、処置を受けた者は「刻印族」と呼ばれる。ハインズは、科学技術の発展を待って長期冬眠に入る。
4人目の面壁者が社会学者の羅輯(ルオ・ジー)だが、彼は愛する女とともに北欧の森と湖に囲まれた別荘で優雅な田舎生活を楽しむ。やがて、何かに気付いた彼は、ある星に「呪文」をかけるが、彼の命を狙う三体協会が送り込んだDNA誘導式生物兵器によって重篤状態に陥り、こちらも長期冬眠に入る。(このDNA誘導式生物兵器がすごい。普通の人々には軽いインフルエンザのような症状を発症するだけだが、特定のDNAを持った人にだけ致命的な攻撃をするウィルスで、暗殺にはもってこいの秘密兵器なのだ。さらに冬眠から目覚めた羅輯(ルオ・ジー)は、はるか昔に仕込まれた暗殺プログラムによって様々な殺人現象によって命を狙われたりもする。)
物語が始まってから202年後、ハインズと羅輯は、200年の眠りから目覚める。それは三体艦隊の最初の探査機が木星に近づきつつあるときであった。

面壁者の言動と並行して、中国海軍の軍人掌北海(ジャン・ペイハイ)の半生も描かれる。中国海軍政治委員だった彼は、未来増援特別分遣隊として人工冬眠によって未来へ送られる。危機紀元200年代、地球は地上の国々からなる地球インターナショナルと、宇宙艦隊からなる艦隊インターナショナルのふたつの行政群に分かれ、艦隊はひとつの国家のような存在となっている。冬眠から目覚めた掌北海は、205年にアジア宇宙艦隊戦艦<自然選択>の艦長代理となって、敵探査機を迎えるべく、木星近くの待機域に向かう。精神印章を受けずに地球軍の勝利を信じて戦いに挑む彼は、生粋の古き軍人として205年には稀有な存在となっている。
宇宙船内部の部屋は、すべて球形になっているのが興味深かった。(これは宇宙は円運動からなるという中国の易の陰陽思想にある太極の概念を思わせる。)

ここにきて(全体の終わり3/4くらいで)、やっと壮大な宇宙戦が展開する。200年の間には状況も変わり、自分たちは優位にあると余裕しゃくしゃくとなっていた地球人だが、地球の宇宙艦隊は三体艦隊から先行して木星近くに到着したたった一機の小さな探査機から思わぬ猛攻を受ける。「水滴」と呼ばれる探査機は、水滴型の優美な形をしている小型機だが、あっという間に2000隻からなる地球の宇宙艦隊をほぼ壊滅してしまうのだが、そのすさまじさに度肝を抜かれる。密集して平らな長方形に並んだ艦隊への攻撃は、さながら、「三国志演戯」における赤壁の戦いでの呉軍の攻撃のようである。連環の計により、密集して互いにつながりあっていた曹操軍の船団は、散り散りに逃げることがかなわず、壊滅状態になるのだ。
逃げ延びた宇宙戦艦は、たった7隻、しかし、これらの戦艦の行く手にも残酷な未来が待ち受けている。この暗黒へまっしぐらの怒涛の展開に、漸く気持ちが沸き立ってくる。タイトルの「黒暗森林」の意味、これまで宇宙において他の知的生物がなぜ発見されなかったか、「猜疑連鎖」「文化爆発」という葉文潔が羅輯(ルオ・ジー)にほのめかした宇宙社会学の理論(彼女ならではの発想だ)が明かされる段になると、底なしの暗黒の渕が見えてくるようで、ぞくぞくする。(これは、これまで未来からきた人物など一度も見たことがないのでタイムマシンは存在しないのではないかという時間旅行の話の謎にも適用できそうな気がする。)
でも、それまでがとにかく長い。間に200年の時が流れ、あいかわらずスケールの大きさを感じさせ、細部にはもろもろの秀逸のアイデアが光るが、面壁者それぞれの計画や、掌北海(ジャン・ペイヘイ)の思惑や、羅輯(ルオ・ジー)の呪文など、撒いた種の芽が出るまでが長い。おもしろいが、わたしにとっては忍耐が必要な読書だった。(2020.10)

<年譜>
危機紀元(危機元年=西暦201×年)
1部 面壁者 危機紀元3年(三体艦隊到着まであと4・21光年)、
2部 呪文  危機紀元8年(同4・20光年)、12年(同4・18光年)、
20年(4・15年)ディアス、ハインズ冬眠からめざめる、ディアスの計画さらされ撲殺
3部 黒暗森林 危機紀元205年(同2・10年)、208年(同)2・07年)

<用語>
・地球三体協会(Earth Three-body Organization, ETO)
・宇宙社会学:二つの公理
1. 文明は生き残ることを最優先とする。
2. 文明は成長し拡大するが、宇宙の総質量は一定である。
二つのキーワード 「猜疑連鎖」と「技術爆発」
・智子(ソフォン。一個の陽子で造られた三体文明のスーパーコンピュータ) 
・惑星防衛理事会(PDC)、
・面壁者、破壁者、
・ハッブル望遠鏡U(ハッブル望遠鏡が超高性能化された宇宙天体望遠鏡)、
・斑雪(「はだれゆき」と読む。地球に向かってくる三体艦隊の軌跡をその見た目からこう呼ぶ。)
・天梯V(ティアンティ。地上と宇宙空間の施設をつなぐ軌道エレベーター、3機あるうちの1機)、
・黄河(ファンフー)宇宙ステーション
・敗北主義、逃亡主義、
・DNA誘導式生物兵器、
・精神印章(メンタルシール)、信念センター、刻印族、
・大峡谷(羅輯(ルオ・ジー)らが人工冬眠中に起こったらしい大恐慌のような不景気時代)
・地球インターナショナル、艦隊インターナショナル(三大艦隊:アジア艦隊・北米艦隊・欧州艦隊)、太陽系艦隊連合会議(SFJC):SFJCは、艦隊インターナショナルにおける地球の国連のようなものである。
・深海状態(宇宙艦隊の戦艦が超高速に入る際に、乗務員は衝撃を和らげるため特殊な液体の中で眠った状態となる。「水滴」の攻撃により深海状態に入る前に超高速運転に入った艦内では、乗務員たちのむごたらしい死にざまが情け容赦なく描かれる。)
・星艦地球(地球に戻ることが叶わず、目的地となる久遠の異星を目指して宇宙旅行を続ける宇宙艦内の「地球」。乗務員たちは艦内を生涯生活の場とし、何世代も生きていくこととなる。)

○三体の探査機「水滴」の攻撃から逃れた宇宙艦隊戦艦
・<自然選択><藍色空間(ブルースペース)>:アジア艦隊、<企業(カンパニー)>:北米艦隊、<深空(ディープ・スカイ)>:アジア艦隊、<究極の法則(アルティメット・ロー)>:ヨーロッパ艦隊→<藍色空間>
・<量子><青銅時代>:アジア艦隊→<青銅時代>

<登場人物>
〇Tから登場
・葉文潔(イエ・ウェンジエ ようぶんけつ):天体物理学者。のちに地球三体協会総司令官
・史強(シー・チアン しきょう)通称大史(ダーシー):元警官。Uでは羅輯の警護官で、彼の唯一の友人兼理解者となる。
・常偉思(チャン・ウェイスー じょういし):作戦指令センター陸軍少将
・マイク・エヴァンズ:地球三体協会降臨派の中心人物。「主」と交信可能。
・丁儀(ディン・イー ちょうぎ):葉文潔の亡くなった娘楊冬の恋人だった理論物理学者。制御核融合技術研究者で、205年の「水滴」調査に加わる。
〇Uから登場
・羅輯(ルオ・ジー らしゅう):天文学から社会学へ転向した学者。面壁者。
・荘顔(ジュアン・イエン そうがん):中国画専攻の学生。羅輯の夢の恋人から妻となる。
・セイ:国連事務総長
・ガラーニン:惑星防衛理事会議長
・フレデリック・タイラー:もとアメリカ国防長官。面壁者。
・マニュエル・レイ・ディアス:前ベネズエラ大統領。面壁者。
・ビル・ハインズ:脳科学者、もと欧州員会委員長。面壁者。
・山杉恵子:ノーベル賞受賞の脳科学者。ハインズの妻。
・章北海(ジャン・ペイハイ しょうほっかい):中国海軍政治委員、未来増援特別分遣隊として人工冬眠。205年では<自然選択>艦長代理。
・呉岳(ウー・ユエ ごがく):中国海軍空母艦長
・常偉思(チャン・ウェイス じょういし):初代宇宙軍司令官
・張援朝(ジャン・ユエンチャオ ちょうえんちょう):退職した化学工場労働者。老張(ラオジャン)
・楊普文(ヤン・ジンウェン ようしんぶん):退職した中学教師。老楊(ラオヤン)
・苗福全(ミアオ・フーチュエン みょうふくぜん):山西省の石炭王
〇危機紀元205年・アジア艦隊
・東方延緒(ドンファン・イェンシー とうほうえんしょ):宇宙艦「自然選択」艦長
・藍西(ラン・シー らんせい):<自然選択>主任心理学者



三体V 死神永生
劉 慈欣著(2010)
大森望、ワンチャイ、光吉さくら、泊功訳 ハヤカワ書房(2021)
★後の方にあらすじを書いています。ネタバレしてます!★

中華SF三部作の最終話。
前2作は地球と三体世界との話だったが、第3作はもはや2つの星の間の戦争と平和の枠を大幅にはみ出し、文字通り次元を超えて宇宙の興亡にまで及ぶ、壮大なバカSFとなっている。

「三体T」を読み終わったときに、三部作ではあるが、ひょっとして一番面白いのはTかもしれないという予感がした。私の感想としてはそれは確かに的中してしまったのだが、だからといって後の2作が面白くなかったということではない。たとえて言えば、映画「ジュラシック・パーク」シリーズで、生きている恐竜をタイムトラベルでなく「今」この時代に復活させ、ゆうゆうと動く姿を初めて目の当たりにしたときの驚き、わくわく感が飛びぬけていたように、Tにおける突拍子もない異星人とのやりとり、壮大すぎる物語の規模など、「三体」シリーズ全体を貫く斬新さに度肝を抜かれたということだと思う。「黒暗森林」も「死神永世」もその稀有な物語を受けて、さらに予想外の強烈な事態が一転二転して展開していき、ついていくのが大変だった。

登場人物についていえば、やはり最も強烈なのは、「三体T」で登場した葉文潔(イエ・ウェンジエ)だろう。それに比べると本巻の主人公程心はだいぶ普通だ。彼女のような若い娘に地球の、ひいては宇宙の存在の責任を負わせると言う発想は、筆者は美女に恨みでもあるのかと思うくらい酷な話だが、それにしても彼女は常に受け身で精彩に欠ける。
程心のファンで、ずっと彼女に付き従うAAの方が個性的で愛らしく、また、ある時はたおやかな和服美人、ある時は非情な戦闘員(迷彩服に身を包み、騒ぎを起こす保留地の地球人を日本刀で袈裟斬りにぶった切る)として姿を現す智子(ソフォン)制御による人型ロボット「智子」(ともこ)の方がよほど魅力的である。
唯一成功した面壁者であり最初の執剣者である羅輯は、地球興亡の鍵を握ることから身を挺して地球を守っているにも関わらず人々から嫌われ、凡庸だけど若くてきれいな程心はみんなから好かれ愛されているというなんとも皮肉な事態が示されるが、世の中そんなものかもしれないと思わせ妙に説得力がある。百歳を超える白髪の老人羅輯は、すべてを受け入れ、仙人のようになっている。

「死神永生」は、上巻だけでめまぐるしく「紀元」が変わり、読む方も、程心と同様に百年単位のタイムスリープをして、変貌する時代の要所要所を垣間見るだけなので、二転三転する展開とその都度出てくる新しい概念になかなかついていけない。語り口も歴史の教科書のような筋立てだけの文章が続き、合間に語られるものとしては、危険な男トム・ウェイドと程心の会話や、和服美人のときの智子(ともこ)とのお茶会や、「藍色空間」と「万有引力」の不可思議な異次元体験、オーストラリア移民計画の悲惨な状況などが印象に残る。下巻は、最初に天明と程心との面会があり、そのあとけっこうな分量で天明のおとぎ話が語られ、下巻後半は、掩体世界の様子や冥王星の「博物館」での羅輯と程心との最後の会話、宇宙空間に出現した小さな「紙」から始まる突拍子もない宇宙の二次元化、DX3908星系への旅、さらにそこからの1890万年未来への旅、そして宇宙の終焉と、ダイナミックな展開が駆け足で語られる。
天明と程心は、結局直に再会することがかなわなかった。三体人がどんなビジュアルだったのかもわからずじまいである。
どうも小説としてのバランスはうまく取れてないように思えるのだが、そんなことは大した問題ではないと思って読み進めてしまうのは、やはり、この身も蓋もないとも言える、はかりしれない壮大なスケール感のせいだろう。

<あらすじ> 
第2作「黒暗森林」のラスト、羅輯(ルオジー)の活躍によって、地球は三体人の襲撃を回避したが、本作はそれよりちょっと前の時代から始まる。
以下にざっと流れを記す。
(※覚えていることを書いたので、抜けている部分もいろいろあるかと思います。大雑把なところとやけに細かいところがあるのは、自分で覚えておきたい細部にこだわったためです。)
●階梯計画
プロローグ的なビザンチン帝国の崩壊の際に現われた空間移動する謎の女性についてのエピソードの後、時代は危機紀元初期、面壁計画と並行して進められた「階梯計画」についての経緯が語られるところから「死神永生」は始まる。
PIA(国連惑星防衛理事会戦略情報局)長官のトム・ウェイドは、三体艦隊に地球人のスパイを送り込むための計画を進め、技術企画センター室長補佐となったばかりの新米女性アシスタント程心(チェン・シン)の提案を受け入れる。しかし、人ひとりの重量を送ることは技術的に不可能なことから、トム・ウェイドは「脳」だけを送ることを思いつく。脳を選ばれたのは、不治の病に罹り余命いくばくもない青年、雲天明(ユン・ティエンミン)。
程心にとって彼は大学時代の知り合いの一人だったが、天明はずっと程心に片思いをしていた。人づきあいが苦手で孤独な青年だった彼は、過去のアイデアを買われ思いがけない大金を手に入れると、匿名で程心に恒星(DX3906)をプレゼントする。程心は贈り主不明の巨額のプレゼントをなんの抵抗もなくありがたく受け取ったが、それが天明であることを知るのはずっと後になってからのことだ。ただ知り合いだということで程心は深く考えもせず天明を階梯計画の候補者に推薦し、天明は異星人たちに捕獲された脳だけの自分がどんな目に遭わされるのだろうという深い恐怖を抱き、自分を推薦した程心の真意を測りかねつつも、愛する程心の意向を受け入れ、階梯計画への参加を承諾する。が、天明(の脳)を乗せた階梯探査船は宇宙に送り出された後、事故で軌道を外れ、行方不明となってしまう。程心は、階梯計画を知る人物として未来で必要とされるときまでタイムスリープすることとなる。
●執剣者の交代と抑止紀元の終わり
それから260余年後の抑止紀元61年、程心はタイムスリープから目覚める。時代は「抑止紀元」に入り、三体人との文化交流が進み、人類は平和な時代を送っていた。程心のファンだという若い女性艾AA(あい・えいえい)が、彼女の世話をして抑止世界を案内する。彼女はこのあと永きに渡ってずっと程心に寄り添うこととなる。平和な世界では、男性は女性化して美しくやさしくなっていた。程心の知る「男」は、タイムスリープから目覚めた彼女と同時代の男たちだけだった。が、その平和は、羅輯が「執剣者」となり、「三体」の位置を全宇宙に向かって送信するための重力波装置のスイッチをいつでも押すことができる立場にいるからという、危うい均衡の上に成り立っていた。ボタンを押せば三体世界は暗黒森林攻撃によって破壊されるが、同時に地球の位置も全宇宙に知られることとなり、いずれ地球も破壊されることとなる。長い目でみれば共倒れだが、そうなるのは何百年も先のこと、少なくとも今生きている人々は平和な時代に一生を終えることができるのだ。
その羅輯も百歳を超え、「執剣者」の交代の時期に来ていた。程心はトム・ウェイド他旧世代の男性の候補者たちを退け、地球の人々から望まれて新しい執剣者となる。が、彼女が執剣者になるやいなや、三体世界は襲撃を開始する。羅輯は抑止解除の重力波送信ボタンを押す可能性が大きかったが、若く心優しい程心に(260年のタイムスリープを経たとはいえ彼女は実年齢20代後半の女性である)ボタンは押せないだろうという可能性に、三体人は自分たちの運命を賭けたのだった。その決断は功を奏し、程心はボタンを押せないまま、三体人の攻撃が始まり、地球上と宇宙空間に配備された重力波送信装置は「水滴」により、破壊されてしまう。三体人は地球を支配下に置き、艦隊到着までにほとんどの地球人をオーストラリアに移住させ、地球人保留地とする計画を進める。
●万有引力と藍色空間、四次元世界との接触、重力波の送信
一方、宇宙空間には2つの宇宙戦艦が存在していた。終末決戦で生き残り暗黒戦争を経て地球を捨て、新たなる居住星を求めて宇宙を行く<藍色空間>とそれを追う<万有引力>の2艦だ。2つの宇宙船は四次元世界との接触という稀有な体験をする。
程心が執剣者となり、2艦に向けて発射された「水滴」はしかしその進路がわずかに逸れ、2艦は破壊を免れる。<万有引力>には重力波送信装置が組み込まれており、唯一残った装置から三体世界の位置が全宇宙に向けて送信される。
●送信紀元
送信紀元3年に三体世界は暗黒森林攻撃によって破壊される。
送信紀元7年、雲天明と程心はリモートで会合する。階梯計画で宇宙をさまよっていた天明の脳は、三体艦隊(故郷の星を発ち地球に向かっていたため破壊を免れた三体人たちが乗っている)に収容された。天明は、彼らによってクローンの身体を与えられ、程心が階梯探査船に入れておいた小麦などの植物の種から食料を得て、個体の人間として再生していた。
三体人による厳しい検閲の中、天明は人類が生き延びるための方法を伝えようとして、程心にあるおとぎ話を語る。それは「王宮の新しい絵師」「饕餮(とうてつ)の海」「深水王子」の3つの物語からなり、「ホーアルシンゲンモスケン」という奇妙な響きの国の名が何度も繰り返し出てきた。専門家による解読は難航したが、程心は、天明が程心との思い出の紙の船から、曲率推進(空間を折る技術)を利用した光速宇宙船の開発を示唆していることを悟る。人類は、将来起こるであろう「攻撃」に対し、生き延びるため3つの対策、暗黒領域計画、光速宇宙船プロジェクト、掩体計画を検討していた。暗黒領域計画は、ブラックホールの中に地球自ら立てこもり、外界との接触を断ってその中だけで生きること、光速宇宙船プロジェクトは、光速航行技術を開発し選ばれたものが宇宙船で地球から遠く離れて程心の星DX3906の星系を目指す計画で天明が示唆したものである。トム・ウェイドはこの計画を進めるが、程心はこれを阻止する。結局、人類は掩体計画を選択する。掩体(えんたい)とは敵の攻撃を防ぐ突起物のような設備のこと。地球、火星、木星など惑星の陰となる宇宙空間に宇宙都市を建設し、暗黒森林攻撃をかわす計画である。
●掩体紀元
掩体紀元には、それぞれの掩体エリアにいくつもの華やかな宇宙都市が作られていた。
しかし、三体世界を破壊した方法と違い、太陽系の破壊に使われた暗黒森林攻撃は、「低次元化」だった。3次元世界はぱたぱたと2次元世界に折りたたまれていく。程心とAAは、冥王星近くの宇宙空間で宇宙船「星還」から太陽系が「二次元崩潰」によって壊滅していく様を目にする。
●DX3906
二人は、「星還」で天明が程心にプレゼントしたDX3906恒星系に飛ぶ。天明との面会の際、二人はそこでの再会を約束したのだ。しかし、二人がDX3906の2つの惑星のひとつプラネット・ブルーに降り立ったとき、そこにいたのは<万有引力>の乗組員で宇宙研究者の関一帆(グァン・イーファン)だった。監視惑星がアラームを発したため、程心と一帆はAAを残して、光速宇宙船ハンターでもう一つの惑星プラネット・グレイの偵察に飛び立つ。すぐ戻るつもりが、これがAAとの永遠の別れとなる。プラネット・グレイで二人は、「帰零者」(ゼロ・ホーマー、あるいは再出発者(リセッター))が作り出した巨大な真っ黒な5本の柱、デス・ライン(光速航行の航跡)を見つける。<ハンター>でブルー・プラネットの軌道上に戻った二人は、地上のAAから天明の来訪を知らされる。シャトルに乗って降下しようとしたとき、デス・ラインの乱れが二人を取り込む。シャトルの外では時間が一千万倍の速さで進み始める。
二人はシャトルの中で冬眠し、目覚めたとき、シャトルの時間数値は18906416年を指していた。
デス・ラインの乱れは天明の乗った光速船がDX3906を訪れたために生じたものだった。AAと天明の二人はそこで命を全うした。程心と一帆は1890万年後に、プラネット・ブルーの地中に埋まった岩に彫られた文字によってそれを知る。AAが遠い未来の程心に向けて送った手紙、AAと天明は、石に刻んだ文字という最も耐久性のある伝達手段を選んだのだった。
やがて、膨大な種類の言語による「通信」が全宇宙に向けて送られる。宇宙の終焉を告げるメッセージだった。

<紀元と西暦>
地球:危機紀元 201X年〜2208年
抑止紀元 2208年〜2270年
抑止紀元後 2270年〜2272年
送信紀元 2272年〜2332年
掩体紀元 2333年〜2400年
銀河紀元 2273年〜不明
DX3906星系:暗黒領域紀元 2667年〜18906416年
宇宙♯647時間線:18906416年〜


<登場人物>
程心(チェン・シン):航空宇宙エンジニア。PIA技術企画センター室長補佐・航空宇宙技術アシスタント、2代目執剣者。
羅輯(ルオジー):唯一成功した面壁者。執剣者。
トム・ウェイド:PIA長官。2代目執剣者の候補のひとり。犯罪者。光速宇宙船プロジェクト推進者
ミハイル・ヴァデイモフ:PIA技術企画センター室長
雲天明(ユン・ティエンミン):程心の大学時代の同級生。階梯計画要員。
フレス:アボリジニの老人
艾AA(あい・えいえい):天文学博士課程大学院生 → 星環グループCEO 
ジョゼフ・モロヴィッチ:<万有引力>館長
ウェスト:<万有引力>精神科医
関一帆(グァン・イーファン):<万有引力>民間の宇宙論研究者
ジェイムズ・ハンター:<万有引力>調理管理官
猪岩(チュー・イェン):<藍色空間>艦長
曹彬(ツァオ・ビン):執剣者候補。理論物理学者。
アレクセイ・ワシリンコ:太陽系連邦宇宙軍中将。<啓示>第一探査分隊指揮官
白Ice(バイ・アイス):理論物理学者。<啓示>第一探査分隊技術責任者
高Way(ガオ・ウェイ):環太陽加速器ブラックホール・プロジェクト最高科学責任者
智子(ヂーヅー、ちし、ともこ):三体世界から送り込まれた、智子(ソフォン)に制御される人型ロボット

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