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○ 本  SF(海外)  2000〜

<作家姓あいうえお順>
紙の動物園(ケン・リュウ)

紙の動物園 The Paper Menagerie And Other Stories
ケン・リュウ著(2015年)
古澤嘉通訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ(ポケミス)

★ネタバレというか、筋や内容の説明あります★
中国生まれでアメリカ在住の作家による短編集。
直木賞作家でお笑い芸人の又吉氏推奨ということで話題になったらしい。
人種の違いや差別を絡めたものから中国の歴史、死生観や宗教などテーマは多岐に渡っている。日本人も何度となく出てくる。
趣味がよくて端正、適度に詩的で適度に辛辣でバランスの取れた作品が多い。個人的には、もっとパワフルで後先考えてない感じの方が好みではある。
と思って読んでいたのだが、ラストの2編が思いのほか強烈だった。少女の目を通していたり、メタリックなロボットSFの形を取ったりしているため、肌ざわりがよく入り込みやすいのだが、土足で異文化に踏み込んでくる先進国の人々に対する静かな怒りのようなものが伝わってきて、激し心が波立つような思いがした。
でもやっぱり個人的には、もっとどんくさい部分がある方が、好みだ。(2015.12)
(※以下、年代は初訳)
●紙の動物園 The Paper Menagerie (2011)
父にカタログで買われてきた中国人の母についての息子の回想。
母が包装紙を折ってつくってくれた虎、山羊、鹿、水牛などの動物たちが動く。息子は成長するに連れて母を避け、それとともに折り紙の動物たちは古びてぼろぼろになっていく。
ファンタジーとノスタルジーと、孤独な母の子への思いが入り混じった、なんとも切ない掌編。
●もののあはれ Mono no Aware (2012)
小惑星の衝突により危機に陥った地球から、わずか1000余名の人類を乗せた宇宙船が新天地を目指して永い旅に出る。旅の途中、宇宙船の太陽帆の一部に穴があく。両親を地球に残してきた大翔人(ヒロト)は、修理のため船外に出るが、想定外の事故により、同輩のため自らを犠牲にする決心をする。和歌や漢詩が引用され、静かに運命(さだめ)を受け入れる著者の日本人観が示されている。東北大震災において、日本人はパニクらず、暴徒化せず、配給の列に礼儀正しく並んでいたことが世界的に話題になったが、そのことも出てくる。
●月へ  To the Moon (2012)
中国社会の過酷な現状のもと、妻を共産党員に殺され、家を奪われ、土地を追われた男は幼い娘と亡命の申請をするが、アメリカの法律は厳しい規制を敷いて受け入れようとしない。新米の女性弁護士は自分の無力さに気付く。「月」へのイメージが、ファンタジー風味を添えている。
●結縄(けつじょう)  Tying Knots (2011)
山の奥深いところで昔ながらの生活を送る山間民族。彼らは、文字を持たず、縄の結び目による記録方法で伝統や技術をを受け継いできた。ある日、白人の医療コーディネーター(おそらくそんなような職業と思われる)のトムがやってくる。彼は、集落の長ソエ=ボが見せる鮮やかな結縄の技術に驚き、アミノ酸配列の自然な状態の予測という最新医療に利用することを思いつく。この着想がすごい。素朴な文明が、利益を追う先進文明の者たちに乗っ取られていく。
●太平洋横断海底トンネル小史  A Breif History of the Trans-Pacific Tunnel (2013)
第二次世界大戦が起こらなかった世界の話。日本は満州国を併合し、アメリカとともに、上海から東京を経てアメリカ大陸に続く海底トンネル建設の計画を立て実施する。10年に及ぶ工事の末、トンネルは開通するが、その完成は中国人工夫たちの犠牲の上にあった。工事に関わった台湾出身の元現場監督によって回想される架空の歴史の暗部は、アメリカ大陸鉄道横断の歴史と重なる。
●潮汐  The Tides (2012)
月が巨大化し、地球に近づいてくる。潮の満ち引きが日増しに激しくなる中、亡くなった母を思い、塔で暮らす父と娘の話。
●選抜宇宙種族の本づくり習性  The Bookmaking Habits of Select Species (2012)
さまざまな種族による、様々な本作りの紹介。
●心智五行  The Five Elements of the Heart Mind (2012)
宇宙船の事故により、AIとともに未知の星に不時着したタイラ。星には千年前に地球を飛び立った人類の子孫が生活していた。彼らは、自然の恵みを享受し、植物を研究して独自の薬学を身につけていたが、科学の進んだ文明社会に育ち、無菌状態に慣れていて、合理的な考え方をするタイラは、彼らの素朴さに好感を抱きつつも、未開人と見下していた。が、彼女は、自分の世話をしてくれる青年ファーツォンに魅かれ、文化の違いを越えて二人は恋に落ちていく。救助の船が現れ、星の所有権を主張する企業に対し、タイラは、星を守るための妙案をひねり出す。
●どこかまったく別な場所でトナカイの大群が  Altogether Elsewhere, Vast Herds of Reindeer (2011)
データの世界で生まれ育った少女は、古代人である母に連れられて、初めて「リアル」な旅をし、「物質」に魅了されていく。タイトルは、W・H・オーデンの詩「ローマの没落」(1940年)の一節から取ったそうだ。
●円弧(アーク)  Arc (2012)
一人の女性の生き方を通して語られる、人の死と生についての物語である。
リーナは、16歳のときに生んだ男の子チャーリーを捨てて家出する。やがてボディ−ワークスの仕事を得る。それは死体のポージングを含め、プロスティネーションという技術によって、死体を保存し、死者の姿を永遠に残す技術であり芸術でもあった。リーナは、不老不死の研究をするジョンと出会い、結婚する。ジョンの研究は成功し、事業もうまく行く。リーナは若さを保つが、しかし、ジョンは実験の失敗で急速に老いて、死んでしまう。リーナは、自分より年上の肉体を持つ息子のチャーリーと再会し、彼とともに、彼より百歳年下の、ジョンとの間にできた娘を育てる。やがて、リーナは不老不死をやめ、老いと死と向き合う決心をする。
●波 The Waves (2012)
これも「円弧(アーク)」と同様に、人の不老不死を扱った作品。
はるか遠い星への移住を目指して宇宙船で旅をする人々。目的の星に到着するのは何世代も後になるため、船内では、生と死が厳密にコントロールされていた。老いた者は安楽死を施され、死者が出ると出産が許可された。ある日、地球からの送信により不老不死の技術が伝えられ、船内の人々は、不死と死のいずれかの選択をしなければならなくなる。不死を選んだ者は、何歳のままでいるかを選ぶこともできるのだった。やがて、何百年か後、目的の星に着いた人々は、さらに人間のままでいるか、機械の体を得るかという選択を迫られる。
ほぼ意識だけの存在で永遠に生きることが「生」なのか、というSF的テーマは、ゼラズニーの「光の王」などを思い出させる。
●1ビットのエラー  Single-Bit Error (2009)
天使の降臨を体験した恋人リディアに惹かれつつも、神を信じられない男タイラー。
二人は原因不明の交通事故に見舞われるが、プログラマーのタイラーは、はるか遠い星の超新星爆発から飛散した宇宙線の一つである陽子が、二人が乗った車を制御するコンピュータの集積回路のコンデンサのシリコンにぶつかって電子を一個はじき出し、1を表すビットが0と解釈されたことによって起こったのではないかと推測する。さらに、人の脳においても、1ビットのエラーから神経接続が壊れ記憶がランダムにつながって、天使の降臨などといった信仰上の体験の記憶を得るのではないかと考える。というのは何となく興味を引かれたが、宗教やコンピュータ用語がたくさん出てきて、話の場面も錯綜していて、正直あまりよくわからなかった。
●愛のアルゴリズム  The Algorithms for Love (2004)
エレナは、娘を亡くした後、少女のロボットを作り続ける。彼女の夫ブラッドは、「ありきたりじゃない(Not Your Average Toy)オモチャ社」という玩具会社の経営者で、妻のことを気にかけている。アルゴニズムとは、「ある特定の問題を解く手順を、単純な計算や操作の組み合わせとして明確に定義したもの」(IT辞典e-Wordによる)だそうだが、ここでは、ロボットが人と会話をするためのプログラムのことを指すようだ。少女のロボットを作り続けるエレナは、会話中に相手が次に何を言うのかが予測できるようになり、人間も脳に組み込まれたアルゴリズムによる会話をしているだけなのではないかという不安を抱く。
●文字占い師  The Literomancer (2010)
1961年、父の仕事の都合で、アメリカから台湾に引っ越してきた少女リリーは、学校で女の子たちのいじめにあって辛い思いをしていた。
ある日、川辺で見かけた水牛に乗って遊んでいると、近くにいた男の子たちに襲われ、泥や石をぶつけられるが、通りがかりの老人甘と少年テディに助けられる。
リリーは二人と仲良くなる。甘は、マトンと魚のシチューをふるまい、「文字占い」をしてリリーに漢字を教えてくれる。ある日、甘はリリーに身の上話をする。中国の富裕な家庭に育った甘は、アメリカ留学中に日本が満州に侵攻し戦争となり、帰国して国民党軍に加わるが、逃亡して台湾に漂着した。小さな雑貨店で働くが、1947年の二・二八大虐殺事件(本省人と外省人の大抗争事件)に遭遇する。その後事件の余波で両親を亡くした孤児のテディとつつましく静かに暮らしていたのだった。
が、リリーが帰宅してその話を父親に伝えると、国家機密に携わる仕事をしていた父親は、甘を共産党の秘密機関員と思いこみ、甘とテディを監禁し、甘を拷問した末、二人を殺させてしまう。
落ち込みながらその話をする父と母の会話を、リリーは物陰で聞く。
アメリカへの帰国が決まり、川辺を父と歩くリリーは、メジャーリーグの選手になると言っていたテディが夢を果たしている姿を思い描く。
水牛と川辺、魔法の鏡、文字占いなど牧歌的なものの中に、突如として過酷な現実が介入する。
●良い狩りを Good Hunting (2012)
妖怪退治師の父とともに、男を惑わす妖狐退治に臨んだ少年梁(リアン)は、母を殺された妖狐の娘艶(ヤン)と出会う。
機械化が進み、妖怪がいなくなって妖怪退治師の仕事がなくなってくる。艶も妖狐としての魔力が弱くなり、狐に変身できなくなる。梁は、香港でケーブルカーを動かす仕事に就き、やがて腕のいいエンジニアとなる。
富豪の愛人となり、富豪から大金を奪って逃げた艶が梁の元を訪れる。艶は、異常な性癖を持つパトロンによって、下肢を機械に変えられていた。梁は自分の技能の限りを尽くして艶の全身を機械化する。
滑らかなクロム合金の妖狐と化した艶は、蒸気の固まりを吐いて咆哮し、富裕なイギリス人らが住むツインピークスの頂上へと狩りに向かう。幻想的で、心が痛む話だが、とても力強い。

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