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○ 本 歴史(日本) 〜江戸時代 

<作家姓あいうえお順>
玄治店の女、幻の声 髪結い伊三次捕物余話(宇佐江真理)、 天と地を測った男 伊能忠敬(岡崎ひでたか)、 
水の城いまだ落城せず、耳袋秘帖 赤鬼奉行根岸肥前、西郷盗撮(風野真知雄)、 
猫背の虎 動乱始末(真保裕一)、 コルトM1851残月(月村了衛)、 
用心棒日月抄、 孤剣−用心棒日月抄−(藤沢周平)、 
影武者徳川家康、風の呪殺陣(隆慶一郎) 

玄治店の女
宇佐江真理著
幻冬舎文庫(2007年)
母が好きな作家で、勧められて読んだ。たまにはこういうのもいいと思った。
文化・文政年間(1804〜1830年)、玄治店(げんやだな)と呼ばれる江戸、日本橋の小路が舞台。
20代後半のお玉は、元花魁で、小間物問屋の旦那藤兵衛に見受けされ、玄治店に家を世話され、旦那の店から品物を卸してささやかな小間物屋「糸玉」を営んでいた。が、やがて藤兵衛に縁を切られ、店の売上だけで生活しなくてはならなくなる。
店には、4人の女たちが出入りしている。
お玉が賄いに雇っているおまさ。武家に嫁いだが、わけあって離縁された。残してきた息子のことを気にかけていたが、成長した息子が訪ねてくるようになって、生きる張り合いが出てきた。
辰巳芸者のお喜代。ばりばりの江戸っ子で、気が強い。世話になっている三味線の師匠の妻が亡くなり、後添いとなる話が持ち上がっている。威勢のいい啖呵を切る。
お喜代の三味線の弟子の八歳の少女小梅。置き屋の娘。将来は家を継ぐということで、三味線や手習いなどのお稽古事で忙しい。お玉を慕い、お玉の店に寄っていっしょに湯屋に行くのが日課となっている。お玉も小梅が来るのを楽しみにしている。
隠居した薬種問屋の主人の世話になって近所の妾宅に住んでいるお花。旦那をじじいと呼び、若い役者の間夫(まぶ。愛人)がいる。間夫に一座の座長の娘との結婚話が持ち上がるが、間夫への未練を断ち切れない。
そしてお玉は、藤兵衛との縁をすっぱり切ろうと仕入先を新しく見つけ自立を図る。その矢先、小梅が通う手習い所の師範、青木陽蔵と知り合う。お玉は、若く姿がよくさわやかな青木に心ひかれ、青木もお玉を慕う。やがて、浪人だった青木に仕官の話が持ち上がる。仕官先は江戸から百里離れた伊勢である。遠地に赴く青木は、お玉に同行を申し出るが、お玉は逡巡する。
5人の女たちが、それぞれの事情を抱えて生きている様が、短編の連作形式で描かれる。語り口は、さらっとしているが、女たちの切なさややさしさが伝わってきて、適度に湿り気もあって、心地よい。
素麺や煮物など質素だがヘルシーでおいしそうな食事の献立や、年の越し方や正月の行事など、江戸時代の人々の暮らしぶりが描かれているのも味わい深かった。(2013.4)


幻の声 髪結い伊三次捕物余話
宇江佐真理著(1997)
文春文庫(2000)

江戸で廻り髪結いを営む伊三次は、本業の傍ら、北町奉行所の定廻り同心不破友之進のお手先(使い走り)をつとめている。恋仲にある深川芸者のお文とのやりとりを交えつつ、彼が捜査に関わる事件を通して、江戸の人々の哀歓やしがらみを描く連作短編集。(2017.8)
☆幻の声
情夫の犯した誘拐の罪をかぶってお裁きを受ける元芸者の駒吉。下手人の彦太郎は、誰がどう見ても命を懸けてかばう価値のある男に思えないのだが、お白洲に出る前に駒吉の髪結いを引き受けた伊三次は、駒吉の思いを知る。彦太郎の声は、歌が特異だった駒吉の亡き父にそっくりだったのだ。
☆暁の雲
日本橋の塩魚問屋魚花の主人が、川に落ちて溺死する。船着き場で船を降りた直後の転落死に不破は、何者かに突き落とされたのではないかと疑いを抱く。魚花のおかみのおすみは、元深川芸者で、お文は新米のころ先輩のおすみにいろいろと面倒をみてもらっていた。おすみに探りをいれてほしいという不破と伊三次の頼みに気を悪くしつつも、お文はおすみを訪ねる。お文の目を通して、犯人捜しが行われる。
☆赤い闇
不破のところに、仕事仲間で幼馴染で隣人の村雨弥十郎が、妻のゆきの素行について、相談にやってくる。家事見物が好きで火事があるとすぐさま見に出ていくのだが、最近は付け火をしているのではないかと疑っていたのだ。不破は妻のいなみにゆきの様子を見るよう促す。いなみは、不破の剣の師匠の娘だったが、不幸が続いて両親を亡くし、吉原に身をやつしていたところを不破に発見され、妻となった過去を持つ。そうした不破の家庭の事情もまじえ、付け火の犯人探しが行われるが、思いのほか、暗く凄惨な展開となり、びっくりした。
☆備後表
伊三次の幼馴染喜八は畳職人で、その母おせいは、備後表と呼ばれる畳表をつくる技術を持っていた。備後表は、高級品として扱われ、武家屋敷や江戸城内に納品されていた。おせいは、これまでたくさんの畳表をこしらえてきたが、それがどのように使われているのが、死ぬ前に一度でいいから見てみたいという望みをもっていた。酒井雅楽頭のお屋敷のご正室のお化粧の間に使われているという情報を得た伊三次は、おせいの望みをかなえてやるべく、策略を練る。暗い話が続いてきた中で、心温まる人情話となっていて、ほっとする。
☆星の降る夜
お文と所帯を持つため、こつこつと金を貯めてきた伊三次は、大みそかの集金で店を構えるめどがたったので、年が明けた正月元旦、新調した紋付とかんざしをもってお文を訪ね、求婚するつもりでいた。が、何者かに長屋に押し入られ、床下の30両と真新しい紋付を盗まれてしまう。意気消沈した伊三次だが、湯屋を営む岡っ引きの留蔵が面倒を見ている下っぴきの弥八が怪しいと目星をつける。いきり立つ伊三次を、不破と留蔵がなだめる。結局、お文との結婚は先延ばしになってしまうのだが、二人のやりとりはよい。


水の城 いまだ落城せず
風野真知雄著(2000年) 詳伝社文庫(新装版2008年)
天正18年(1590年)、石田三成率いる2万の豊臣軍を相手に、籠城を続けた武州忍城の攻防記。
映画「のぼうの城」及びその小説化「のぼうの城」と同じ題材を扱っているが、別の作品。だが、映画の記憶がまだ新しく、つい比べながら読んでしまった。
父である成田肥前守(78歳)の後を継いで城代となった成田長親は、44歳、息子を水害で亡くし、妻はその後を追って自殺したという過去を持つ。
甲斐姫は17歳、味方の軍を鼓舞するために戦闘に加わる。戦闘のさなか自分に惚れたと宣言する敵方の若侍を射殺すが、真田幸村に一目ぼれするなど、なかなか強烈でいい。
城主成田氏長の後妻お菊さまは、長親を評価しており、正木丹波に城代を継がせよという成田肥前守の遺言を無視して、長親を城代に据える。
映画で活躍していた3人の武将は、あまり出てこない。正木丹波は目立たず、柴田和泉守は戦となる前に逃亡してしまい、酒巻靭負(ゆきえ)は出てこない。
塚原卜伝の弟子で剣客の竹ノ内十兵衛が戦いに加わる。機屋の栗吉は、商人として京阪に旅する事が多く情報通である。油屋の多助は、策略家としての才を持ち、粘土の弾丸を使ったり、逆茂木の間隔を不規則にしたりして相手の軍を惑わせる策を弄する。石田三成が築いた堤が自然決壊するしかけを思いついたのも多助である。そして、仲間の人望が厚く、農民のにわか兵を率いて武功を立てる農民の清右衛門など、城内の面々がみなそれぞれの技量を見せて活躍するのがいい。
石田三成、大谷吉継、長束正家らが2万の軍隊を率いてきて戦闘が始まる。しかし、水攻めをしても忍城は落ちない。やがて、浅野長政、木村常陸介、赤座直保、水谷入道、徳川家本多忠勝、平岩親吉ら武将が加わり、敵軍は3万を越す。さらに真田昌幸、息子の幸村も参軍してくる。それでも忍城は落ちない。
小田原から使者がやってきて落城を進めるが、長親は条件を聞き入れず、粘る。
長親は、おだやかでもの静かで動じないヒーローとして描かれている。田楽はやらないが、歌は詠むらしい。城を取り巻く水辺に立ち蓮の花を眺める長親の風情は、石田三成をいらつかせるのだった。
甲斐姫は、氏長が後に福井城主となったときに逆賊を退治し、その武勇伝を聞いた秀吉が側室に呼んだという。秀吉亡き後は秀頼の守役となり、秀吉の子を設け、その娘は千姫の口ぞえで命を救われ、鎌倉東慶寺に預けられ、同寺中興の祖、天秀尼となったという後日談が紹介されている。(2012.2)
関連映画:「のぼうの城」(2012年)

耳袋秘帖 赤鬼奉行根岸肥前
風野真知雄著(2007年)
だいわ文庫(大和書房)

肩に赤鬼の入れ墨を入れたお奉行、根岸肥前守鎮衛(やすもり)が、巷に流れる奇怪な噂の真相を探っていくという連作短編の形を取りながら、次の話に進むごとに、彼と対立する吉田監物という旗本の企みとその配下にある薬種問屋の闇商売が暴かれていく。
寛政の改革で知られる老中松平定信が出てくるので、そのころ(1780年代から1800年ごろ)の話と思われる。老練な根岸の落ち着いたお奉行ぶりとともに、一見優男でありながら剣の腕が立つ坂巻弥三郎と、武骨な同心栗田次郎左衛門など、脇役もなかなかよい。(2016.9)
第一話 もの言う猫
第二話 古井戸の主
第三話 幽霊橋
第四話 八十三歳の新妻
第五話 見習い巫女
※「耳嚢(みみぶくろ)は、江戸時代中期から後期にかけての旗本・南町奉行の根岸鎮衛が、天明から文化にかけて30余年間に書きついだ随筆。同僚や古老から聞き取った珍談、奇談などが記録され、全10巻1000編に及ぶ。耳袋と表記もされる。」とウィキペディアにある。これはその耳袋には、公にされなかった「秘帖」があったという話になっている。


用心棒日月抄
藤沢周平著(1978年)  新潮文庫
江戸の長屋で暮らしている二十六歳の浪人青江又八郎は、諸職口入れ業の相模屋吉蔵の口利きで用心棒や 人足の仕事をしながら糊口をしのいでいる。
彼は、東北の小藩の馬廻り役だったが、家老大富丹後による藩主暗殺の謀略に巻き込まれ、許婚である由亀の父を斬 り、脱藩して江戸に逃れているのだった。
時折大富が放つ刺客を迎え撃ちながら、いずれ由亀が仇討ちにやってきたときには、潔く討たれてやろうと悲愴な覚悟 を決めている。
本作は、そうした又八郎が引き受ける用心棒の仕事を描く連作短編集となっている。
時代設定が赤穂浪士討ち入りの時期(1702年、元禄15年)と重なっている。最初は 噂でしかなかった赤穂浪士らの動きが、次第に又八郎の仕事に関わり出し、最後はかなり近くまで迫ってくるので、読んでいて気持ちが沸き立つ。
清廉で、剣の腕が立つ又八郎はもちろん、業突く張りに見えて意外と人のいいところをみせる吉蔵や、同じく彼に仕事の口利きを頼んでいる子だくさんの浪人細 谷源太夫など脇役も魅力的である。

☆犬を飼う女
又八郎が引き受けた仕事は、町人の妾宅で飼われている犬の番。
江戸城中、松の廊下で浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかるという刃傷事件が発生。

☆娘が消えた
又八郎は、油屋の娘が習い事に通う道中の付き添いの仕事を引き受ける。大富が放った刺客と対決している間に、娘は何者かに拐かされてしまう。
細谷源太夫は、吉良家の隣にある商家に雇われて夜回りの仕事をする。江戸城中の刃傷沙汰の後、浅野内匠頭は切腹、浅野家はお取り潰しの処分が下され、世間 では、浅野浪人が仇討ちのため吉良家を襲撃するのではないかという噂が流れ始める。

☆梶川の姪
松の廊下の事件で、浅野をとり押さえた旗本梶川与惣兵衛が赤穂浪士に狙われているという噂が立つ。又八郎は、細谷とともに梶川の用心棒を引き受ける。が、 又八郎は、梶川の姪千加が、元許嫁で今は浪人の身となっている男石黒と言い争っているところを目撃する。

☆夜鷹狩り
職にあぶれた又八郎は、食事をつくってもらうという条件で同じ長屋に住む夜鷹おさきの用心棒を引き受ける。おさきは、見知らぬ男につけ回されていたのだ が、ある夜又八郎が細谷と酒を飲んでいる間に何者かに殺されてしまう。悔やむ又八郎は、犯人を捜し始め、おさきが「大石が来る」という通りすがりの男たち の会話を耳にしていたことをつきとめる。

☆夜の老中
又八郎は、岩槻藩城主小笠原佐渡守の屋敷に雇われ、夜ごと外出する要人の警護を引き受ける。要人とは、小笠原佐渡守本人であった。一方、彼の妻は夫は愛人 宅に通っているらしいので証拠をつかんでほしいと秘かに又八郎に依頼する。が、殿様の外出の目的は、赤穂浪士に好意を持つ者による秘密の会合に参加するこ とであった。

☆内儀の腕
又八郎は、呉服問屋備前屋に用人棒として雇われる。病床についた老主人の徳兵衛は、委細を説明することなく、妻おちせが出かける際の警護を依頼する。又八 郎は、おちせが以前州崎の茶屋で働いていたことを知り、そのころの愛人がおちせを狙っているのではないかと考える。が、備前屋は、赤穂浪士たちに資金を提 供しており、彼女を襲ったのは、赤穂浪士の動きを封じようとする者たちが放った刺客だった。

☆代稽古
又八郎は、町道場の手伝いの仕事につく。道場主に代わって門下生たちに稽古をつける仕事は、お手当は安いがやりがいがあった。道場には、入れ替わり立ち替 わり様々な身分の男たちが出入りし、奥の部屋で何事か話し合っていることが多かったが、彼らは故主の復讐のために決起しようとしている赤穂浪士たちだっ た。

☆内蔵助の宿
又八郎は、川崎宿の北にある平間村まで出向いて、江戸にやってくる男の警備につく。江戸に住む山本長左右衛門の親戚というその男は、実は大石内蔵助その人 であった。

☆吉良邸の前日
仕事がなく、にっちもさっちもいかなくなった又八郎と細谷は、不本意ながら、吉良邸の用心棒を引き受ける。が、同郷の土屋清之進が又八郎を訪ねてきて、国 許の情勢の変化と、そしてある筋から得た赤穂浪士討ち入り決行の日時を伝える。

☆最後の用心棒
赤穂浪士の討ち入りの後。又八郎は、土屋を通じた中老間宮の要請を受けて、国に帰る決心をする。故郷では、家老大富丹後が藩主毒殺の疑いをかけられて苦境 に陥り、それまで劣勢だった反大富派の間宮が巻き返しを図っていた。細谷と吉蔵に見送られ、故郷に戻った又八郎は、自分の家で祖母と暮らしている許嫁の由 亀と再会する。大富の甥で腕の立つ不気味な剣士大富静馬と謎の女刺客(後に佐知という名であることがわかるらしい)も登場する。(2009.6)


孤剣 用心棒日月抄
藤沢周平著(1980年)
新潮文庫

大分前に読んだ「用心棒日月抄」の第2作。
国元に戻った青江又八は、藩の存亡がかかる書類(謀反を企てた家老大富丹後の日記、手紙、謀反に加わったメンバーの連判状など)を持って逃走した大富静馬を捕まえるよう、間宮中老からの密命により、再び江戸へ出る。密命のため、経費も出ないので、生活費は自分で稼がなければならず、青江は再び寿松院裏の長屋に住み、相模屋吉蔵の口入で用心棒の仕事を請け負いながら、静馬の行方を捜す。
髭面の子だくさんの浪人細谷源太夫と再会し、新たに、米坂八内という空豆面の瘠せ浪人が仲間に加わる。米坂は見た目はみすぼらしいが、剣の腕は立ち、美人で病弱な妻がいる。
大富派も、公儀隠密も静馬を追っていて、3者入り乱れて静馬を追う傍ら、青江は、用心棒稼業として、攫われた子供の行方を追ったり、泥棒が来ると言う投げ文があった呉服屋の警備をしたり、両親を亡くした十三歳の娘に雇われたり、油屋の用心棒として凶悪な夜盗一味を細谷と米坂と3人で迎え撃ったり、商家のご隠居の別宅の番人をしたり(これは実は公儀隠密の罠であった)、警護中にさらわれた商家の娘を追って行方知れずになった米坂を探し出して加勢したり、高利貸しの銭屋徳兵衛に雇われて借金の回収について回るという意に沿わない仕事をしたりする。
第一作で敵方の間者として知り合った嗅足組(かぎあしぐみ)のくノ一佐知が江戸の藩屋敷に女中として潜入しており、本作ではなにかにつけて青江の力となる、というか、佐知に助けられっぱなしで、いささか不甲斐なくさえ感じられた。二人の交情もわりとあからさまに描かれている。(2017.12)


影武者徳川家康
隆慶一郎著(年) 新潮文庫(上・中・下巻)
登場人物:
世良田二郎三郎(野武士。家康の影武者)、
本多弥八郎正信(家康の家臣。一向一揆で知り合った二郎三郎に目をつける。)、
徳川秀忠(家康の三男。後二代将軍。)、徳川秀康(家康の次男)、徳川忠輝(家康の六男)
本多忠勝・井伊直政・榊原康政(徳川の三将)、本多正純(二郎三郎つきの家臣。弥八郎正信の息子)、
お梶の方(家康の側室)、阿茶の局(家康の側室)、
石田三成(関ヶ原で徳川家康に敗れる)、島左近勝猛(石田三成の家臣)、甲斐の六郎(島左近の家来。忍びであり刺客。家康を斬殺。成り行きから二郎三郎に 仕えることに。)、
風魔風斎(小太郎の父、先代頭領)、風魔小太郎(箱根山を本拠とする風魔一族頭領)、おふう(風魔の女忍び、小太郎の娘、六郎の妻)、
青蛙の藤佐(キリシタン忍び)、ソテーロ(フラシスコ派宣教師)、
柳生兵庫助(柳生新陰流正統第三世)、柳生宗矩(秀忠に仕える柳生忍び)
徳川家康は、関ヶ原の戦いで刺殺されていた、という設定のもと、影武者が家康に成り代わって徳川幕府を開き、次男秀忠と暗闘する様子を描く。
影武者は、短足胴長で顔が大きい異形の家康と風貌がよく似ている世良多二郎三郎という野武士。家康の忠実な部下であっ た本多弥太郎が、一向一揆の戦いの間に懇意になり、影武者にしたてた者である。
秀忠は、父から征夷大将軍の座を受け継ぎ豊臣家を滅ぼそうとするが、二郎三郎は、豊臣家存続のために動き、駿府に城を築いて、秀忠に対抗する。二郎三郎 は、大御所として駿府城を本拠に、金山の開発や朱印状による貿易を独占して富を蓄え、「公界」の建設を目指す。
目の上のたんこぶである二郎三郎を亡き者にしようとする秀忠との攻防が何度となく繰り返され、そこに生き残りをかけた豊臣家の思惑が絡んでくる。史料には こう記されているが、実はこうだったというふうに真相暴露形式で示されているのが、興味深い。
もともとは主人を持たない「道々の者」であった二郎三郎が、征夷大将軍の座につき、天下人としての力量を発揮していく様子は痛快である。二郎三郎は、様々 な人たちに直接、間接に自分の正体を明かすのだが、その際のやりとりがおもしろい。飾らない性格の二郎三郎と真実を知らされる側のそれぞれに立派な反応を 読むのが楽しい。
二郎三郎をとりまく多彩な人物たちにも魅力がある。
剛毅な武者振りを見せる石田三成の残党島左近。
彼に使える武田忍びの末裔甲斐の六郎は、その卓越した忍びの術と惚れ惚れする様な侠気を随所で見せ、読む者を魅了する。
風摩一族の長老風斉は、孫娘おふうの婿である六郎に惚れ込み、ひ孫ができてからは彼の背後を守るが、そのひょうひょうとした所作は味わい深い。
本多弥八郎は、策士である自分とは違って野放図な生き方をする二郎三郎に友情を抱きつつも、家康に忠誠を誓い、徳川家存続を第一とし、自ら憎まれ役を買っ て秀忠付き家臣となる。
側室お梶の方は、二郎三郎を愛し、彼によりそう。
さらに弥八郎の息子正純、秀忠の弟でさわやかな若武者ぶりを見せる徳川忠輝、両手足の指を失いつつも見事な腕を持つキリシタン忍び青蛙の藤左、彼が慕うど こか憎めない宣教師ソテーロ、柳生忍びの討伐を引き受けた剣士柳生兵庫助、島左近に拾われた浮浪人原田市郎兵衛など見応えのある登場人物が後を絶たな い。
敵役に当たる秀忠とその腹心柳生宗矩もかなりの奮闘をみせるが、ことあるごとにだめな人間とそしられ、二郎三郎らにしてやられてばかりで気の毒なほどだ。 (2008.6)

上:関ヶ原の戦い。二郎三郎、家康に成り代わる。島左近が二郎三郎側につき、六郎、二郎三郎つきの忍びとな る。二郎三郎、風魔一族と手を組む。
中:千姫、大阪城へ。秀忠、柳生宗矩に命じ、二郎三郎、兄秀康、弟忠輝などの暗殺を謀る。柳生忍び、甲斐の六郎を襲撃。伝道師ソテーロ、二郎三郎の面会を 申し出る。
下:大阪和平。六郎、片腕を失う。加藤清正暗殺。キリシタン禁令。大阪冬の陣。大阪夏の陣。二郎三郎、倒れる。

風の呪殺陣
隆慶一郎著(1990年)
徳間文庫(1992年)
元亀二年(1571年)7月の織田信長による比叡山焼き討ちと、その大殺戮を逃れて生き延びた3人の若者のその後の生き様を描く。簡潔で容赦のない描写が潔い。天下統一のために大量殺りくも辞さない信長のイメージが強烈である。
比叡山の焼き討ちという凄惨な事件で始まる。
回峯修験道の行の最終日に焼き討ちに会い、行を終えることができなかった修行僧の昇運は、信長を呪い、仏門から外れ、呪殺術に身を捧げる。道教の山人から「長嘯(しょう)」という呪法(声を長く高低差をつけて発するものらしい)を教えられ、亡者を蘇らせる術を会得する。その術で信長に亡者の幻を見せて呪い殺そうとするが、強硬な意志を持つ信長は、亡者を見ても笑い飛ばすのだった。信長に術が通じないことを知った昇運は、矛先を明智光秀に向ける。信長が天下統一を果たした後は天皇をも手にかけるつもりだと呪術で吹き込まれ、光秀は謀反を決意するのである。
一方、山門公人衆(山の麓にいて、山中の庵にいる僧たちに物資を届ける人々)の知一郎は、比叡山焼き打ちで両親と妹を失い、傀儡子(くぐつ。自由の民。)のお蘭と恋仲になり、傀儡子一族と共に一向一揆に身を投じる。長巻(ながまき)を振り回す巨漢知一郎の戦いぶりは豪快である。
さらに、昇運の弟弟子で比叡山にいたころはいけすかない嫌な奴だった好運は、巡礼として村々を巡る。キリシタンの美少女と知り合うが、彼女は信長軍の襲撃で惨殺される。好運は、やがて比叡山に戻り、昇運のために祈り、修行を続ける。(2015.3)

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