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<著者姓あいうえお順>
イシ 北米最後の野生インディアン(シオドーラ・クローバー)
暗号解読(サイモン・シン)
銃・病原菌・鉄(ジャレド・ダイアモンド)

イシ 北米最後の野生インディアン 
ISHI IN TWO WORLDS  A Biography of the Last Wild Indian in North America
シオドーラ・クローバー著 (1961年)
行方昭夫訳 岩波現代文庫
1911年、突然アメリカの文明社会に顔を見せた野生のインディアン、イ シ。
彼は、白人に追われ、奥地に隠れ住んでいた部族の最後の生き残りだった。長い間五人の仲間だけで暮らしていたが、最後の一人になってからしばらくして、イシは白人の前に現れる。
死を覚悟していたイシだったが、やがて彼はサンフランシスコの文化人類学者に引き取られ、カリフォルニア大学の付属博物館に住居を得て、そこで残りの生涯を送ることとなる。
前半は、イシが所属していた部族(ヤナ族、さらにその中のヤヒ族)について 民俗学的見地からその生活や言語などについて解説し、また彼らがどのようにして白人に追われていったか、悲惨な歴史についても説明している。
後半は、イシが、サンフランシスコの博物館でどのような生活をしていたか。 彼がどのように話し、どのような人々とどのように接したかが、報告されている。(イシは1860年前後の生まれと推定され、1916年に結核で死去している。)
「わしとあんたたちは別物だ。これは宿命で避けられない。」という圧倒的な 孤独の中にあって、三人の白人のインテリ(二人の人類学者と医者)と親交を深め、博物館を訪れる客に石器時代の生活を紹介しながら雑用の仕事をしていたと いうイシの存在は、それだけで驚異である。
白人世界の便利さと多様さを高く評価しながらも、自然の真の理解においては、白人は幼稚で欠けるところがあると 見ていたというのは、なかなか胸のすく話である。

著者は、イシと親交を深めた文化人類学者アルフレッド・クローバー博士の妻 で、SF作家アーシュラ・K・ル・グィンの母親。シオドーラもル・グィン もイシに直接会ったことはない。
シオドーラは、よけいな推測や美化をくわえず、実際の記録や証言を頼りにたんたんとまとめていて潔い。
ル・グインはイシのことが好きで、91年の再版にあたって序文を寄せてい る。イシは、ル・グィンの代表作「ゲド戦記」 にも影響を与えたと言われている。映画しか観ていない時点で、「世界の均衡」や「真の名前」という概念にイシの影が見える気がした が、小説を読んでその思いは深まった。(2007.5)

このひと言(No.24):「あなたは居なさい、ぼくは行く。」

暗号解読 The Code Book
サイモン・シン著(1999年)
青木薫訳 新潮文庫(上・下)
秘密文書作成方法には、二つの方法がある。
一つは、ステガノグラフィーで、メッセージの存在を隠すタイプの秘密通信。
もう一つは、クリプトグラフィーといって、メッセージの存在でなく、内容を隠すものである。この内容を隠すプロセスを暗号化という。暗号化を行うには、発 信者と受信者が予め取り決めておいた暗号の規約(=プロトコル)にしたがってメッセージにスクランブルをかける(めちゃくちゃにする)。スクランブルをか けたときのプロトコルを逆にたどれば解読できるということになる。
文書の暗号化には、転置式と換字式がある。
転置式は、メッセージの文字を並び替えるもので、アナグラムと同様。
換字式は、文字の位置はそのままで文字を変更する。アルファベット2文字をペアにし、もとの文字をペアの相手と入れ替えるなど。このうち、ひとつの単語ま たはひとつまとまりのフレーズを単語や数や記号で置き換えたものをコードと言い、単語全体ではなく、個々の文字を置き換えの対象としたものをサイファーと いう。
暗号化される前の文を平文、暗号化された文を暗号文、暗号を解くために必要な単語または文章をキーワードという。
何世紀もの間、秘密を守るために使われたきた単アルファベット換字式暗号は、やがてアラブ世界で生まれた頻度分析の発達により、安全ではなくなる。
頻度分析とは、その言語において最も多く使われる文字をヒントに暗号を解いていくというもの。ポーの「黄金虫」やシャーロック・ホームズの「踊る人形」な ど有名な推理小説でも使われている。
やがて、換字の方法を何通りにも変えていく「ヴィジュネル暗号」が考え出される。キーワードを用いたこの暗号は、その後複雑に発達していく暗号の大元とな るのである。
以上のことを踏まえておくと、読みやすい。
16世紀のスコットランド女王メアリの生死がかかった暗号文書の解読から始まり、ルイ14世の時代のフランスの鉄仮面伝説、アメリカ西部開拓時代の未だ解 明されていないビール暗号など、様々な暗号の歴史、暗号作成者と暗号解読者の戦いが、語られる。
19世紀になり、無線技術が発達すると、傍受されても安全な暗号の必要性が高まる。やがて、ドイツのシェルビウスが暗号機エニグマ(謎)を発明する。エニ グマは映画などでもよく名前を耳にするが、実際にどんなものかは知らなかったので、大変興味深く読んだ。やがて、エニグマによる暗号解読に向けて、ポーラ ンドのレイェフスキが端緒を開き、イギリスのブッチレー・バーク(英国政府暗号解読班の本部が置かれた)でチューリングが数学者の立場から研究を重ね「ボ ンブ」という解読機械を作る。が、暗号解読は機密事項であったため、貢献した人々は日の目を見ることはなく、チューリングに至っては悲惨な状態で人生を終 える。
第二次世界大戦時は、ナヴァホ語がアメリカ軍の暗号として使用され、多くのナヴァホ族が戦地にかり出された。
知られざる言語は暗号になりうる。ということから古代文字への言及となり、有名なシャンポリオンによるロゼッタストーンの解読、古代ギリシャのクノッソス における線文字Bの解読の経緯が語られる。
そしてコンピュータの登場となる。第二次大戦後、暗号は、暗号機からコンピュータを使ったものへと移り、飛躍的に進化する。コンピュータによる暗号作成の 過程を説明した文章の中に、見慣れたIT用語が次々に出てきて驚かされる。(たとえば、ASCII(アスキー)とは、アルファベットの各文字を7桁の二進 法で表したコードのことであるなど。) コンピュータの出現によって進化しても、やはり鍵配送は問題となる。アリスとボブとイブの間のせめぎ合いを例に語 られる、公開鍵暗号のアイデアや、一方向関数導入の話は、読み応えがある。
量子の重ね合わせ状態を利用した量子暗号のアイデアなど、量子論が最後にちょこっと出てくるのも興味深い。(2008.7)


銃・病原菌・鉄
ジャレド・ダイヤモンド著(1997年)
倉骨彰訳 草思社文庫(2012年)
単行本が出た時から気になっていた本。文庫化されて買ったはいいものの、積んどく状態だったのをやっと読了。
銃と病原菌と鉄が、人類史上においてどのように機能してきたかが書いてある本だと思っていたのだが、ちょっとちがった。
銃や病原菌についての記述は、第一部第3章「スペイン人とインカ帝国の激突」におけるスペインのピサロ将軍によるインカ帝国の征服に関する部分に出てくる。ピサロは、200人に満たない軍隊で、何百万もの臣民を持ち、8万もの兵士に警護されたインカ帝国皇帝アタワルパを捕え、処刑したという。銃と鉄剣と鉄の甲冑と馬を持った168人の兵が、石や青銅や木の棍棒と槌と矛と手斧と投石機と刺し子の鎧しか持たない8万の兵に勝つ。「戦国自衛隊」を思い出させる。
銃器と馬は、ヨーロッパ人によってアメリカ大陸にもたらされ、インディアン部族の社会を変容させた。疫病は、病原菌が家畜動物からうつることで人にもたらされた。家畜とともにいたヨーロッパ人は免疫ができていたが、家畜を持たない土地の先住民は免疫がなく、疫病が持ち込まれると、感染により大量の死者が出たという。
これ以外の大部分は、「銃・病原菌・鉄」についてというよりも、世界を圧倒したこれらのものを、なぜユーラシア大陸の白人たちは得ることができ、東南アジア、南北アメリカ、アフリカ、オーストラリアの人々は持つことができなかったのかという、その疑問を起点として、地球規模で人類史をたどっている。
13000年前、氷河期が終わって人類が定住生活を始めたスタート地点の時代に遡り、どのようにして、こうした差がついていったのかを検証する。
当初は、ほとんどが狩猟採集民であった人類は、やがて定住し、食料生産を行うようになる。食料に適した育てやすい植物を栽培し、飼いやすい動物を家畜とする。すると、余剰食物ができ、人口が増え、耕作しない者を養えるようになる。生業が分業化する。ものを発明する者も出てくる。文字や道具や技術や文化が生まれる。政治を執り行う者が出てきて、国家が形成される。
さて、そうした現象が起こるには、それにふさわしい環境が必要である。早い時期に耕作が始まったユーラシア大陸の肥沃な三日月地帯や中国などでは、周辺に栽培可能な野生植物が生育し、家畜化可能な野生動物が生息していた。また、横に長い大陸の形状は、技術や文化の伝播に有利だった。緯度が同じであれば、植物の生育状態も似たようなものであるのだ。
が、これに対し、南北アメリカ大陸とアフリカ大陸には、栽培に適した野生植物や家畜に適した野生動物が少なかった。また、縦に長い大陸の形状は、伝播に不利に働く。緯度が違うと、植生も違ってくるし、これらの大陸には、砂漠や密林があって、伝播の障害となった。さらに南北アメリカは中央部が狭隘になっている。
オーストラリアは、海によって他の世界と隔てられ、さらに大半が不毛な土地であった。
以上のことから、著者は、差は、人種の優劣ではなく、環境によって生じたと主張する。
文庫上下巻の上巻は、ほぼ食料生産についての話。下巻は、文字の話に始まり、様々な発明と技術の伝搬、国家の形成、そして言語の系統の分布状況から人々がどのような経緯でどこからどこへ広がっていったかという話になる。
ということで、タイトルは「文字・食料生産・言語」とでもした方が、内容に合っていると思うのだが、それでは地味過ぎてあまり読む気がしない。「銃・病原菌・鉄」の方が、人の気を引くというものだ。
細部だが、日本語に関する記述が気になった。著者は、アルファベットを母国語とするからなのか、どうも表意文字より表音文字の方が、効率的で優れているという価値観を持っているようだ。日本人が、「日本語の話し言葉を表すには問題がある中国発祥の文字の使用をいまだにやめようとしていない」のは、ブランド志向の一種というべきステイタス保持のためであり、中国文化の威光のためだと書いている。これに対し、「朝鮮半島において独自のすばらしいハングル文字が使われるようになった」とハングルを賞賛している。漢字が便利で大変味わい深いものだと思うのは、漢字とともに育ってきたからなのだろうか。しかし、ひらがなだけのにほんごのぶんしょうは、かさばるうえにひどくよみにくい。
民族についての話など、微妙な点でずれていることは他にもきっとあるような気がするが、これだけ壮大な規模のものを書きあげるには、あまり細部にこだわっていては、先に進めないのだろう。快挙には、大雑把で無神経であることも必要なんだろうなと思うのだった。(2013.7)

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