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本 本  ミステリ(日本) まやらわ行

<作家姓あいうえお順>
魔神端艇脳噛ネウロ、世界の果てには蝶が舞う(松井優征、東山彰良)、
告白(湊かなえ)、 読めない遺言書(深山亮)、 ジョーカー・ゲーム(柳広司)、
運命の八分休符、小さな異邦人、戻り川心中、流れ星と遊んだころ(連城三紀彦)

魔人探偵脳噛ネウロ 世界の果てには蝶が舞う
松井優征、東山彰良著(2007年)
集英社
少年ジャンプに連載中の人気まんが「魔人探偵脳噛ネウロ」に 登場する刑事笹塚衛士を主人公にした小説。
ネウロは、謎を主食とする魔人で、大好物の謎を求めて魔界から人間界にやってきた。女子高校生桂木弥子を傀儡として私立探偵にしたて、自分は助手になりすまし事件の情報を集め真相を究明してはその謎を味わっている。
笹塚は、彼らが事件現場でいつも出くわす警視庁捜査一課の刑事。常に低いテンションでありながら、射撃の腕は一流、刑事としても有能であることのアンバラ ンスが人気のキャラクターと言ったところだろうか。世界的犯罪者である怪盗X(サイ)に家族を惨殺された過去を持つ。この小説は、その悲惨な事件の後失踪 した、彼の空白の1年間を描いたものである。警官になる前の、若き日の笹塚が南米でマフィア絡みの殺人事件に遭遇する。
家族の死から立ち直れず、悪夢に悩まされていた笹塚衛士は、南米の町をあてもなくバイクで疾走する日々を送っていた。ある日、ホテルの部屋の中に、羽に奇 妙なマークを描かれた蝶が舞い込んでくる。蝶は、一人の少女が、死者の霊を慰めるため、飛ばせていたのだった。
笹塚は、日系マフィアのボス、エンゾー・ナツメとその孫娘エマと知り合いになる。屋敷で起こった殺人事件の謎を解いたことから、一家に居候し、ボディガー ドのトガシから射撃を習うことに。殺人は、ナツメ・ファミリアに怨みを持った人間が復讐のために行っていたのだったが、やがて正体を現した犯人は、エマを 誘拐し、エンゾーに日系大 統領候補暗殺の指令を出してくる。
話は軽快にテンポよく進み、出てくる人物たちもなかなか愉快で魅力的。クライマックスは、蝶を頼りにエマの居場所をつ きとめ、暗殺を食い止めるまでのサスペンスが楽しめる。「蝶」のイメージが一貫して作品全体を貫いているのがいい。(2007.11)


告白 
湊かなえ著(2008年) 講談社
<構成>
聖職者(語り手:教師。某中学校1年B組の担任。被害者の母親) 
殉教者(語り手:1年B組の女子生徒。学級委員長。) 
慈愛者(語り手:少年Bの姉。少年Bの母の日記)
求道者(語り手:少年B。1年B組の生徒。犯人。)
信奉者(語り手:少年A。1年B組の生徒。犯人。) 
伝道者(語り手:教師。被害者の母親)
「〜者」というタイトルがついた章立てがされ、最初の「聖職者」では、4歳の娘を殺されたシングルマザーの中学教師が、娘を殺した犯人であり教え子である中学1年生の男子2人を、終了式の日に教室で糾弾する。
以後、章ごとに語り手が入れ替わり、それぞれの視点から、2年生に進級した後の犯人の少年2人の様子が語られる。
精緻で破れがなく、しっかりしたつくりの小説だと思った。
でもいい大人が中学生相手に鬼の首でも取ったようになるラストとか、個人的には好みではないなあと思った。(2012.11)


読めない遺言書
深山亮(みやまりょう)著(2012年) 双葉社
28歳の中学教師の竹原は、絶縁状態にあった父親の孤独死を知らされ、父の遺品の中に遺言書を見つける。そこには、遺産を小井戸広美に遺贈すると記されてあったが、小井戸広美という人物について、竹原には全く心当たりがなかった。
遺言書は公式証書として作成され、広美の他に、保証人として二人の男の名と住所が記載されていた。竹原は、遺言書にあった住所を手がかりに、保証人の一人が運営する教会が行っているホームレス支援活動に参加し、広美を見つける。広美が所属するNPOピースフロアを通して彼女との接触を図る。広美は遺言書や父については何も知らないと言うが、彼女に魅かれた竹原は、広美をデートに誘い、二人はつきあうようになる。
一方、広美を尾行中の竹原の姿が何者かによって盗撮され、教え子である引きこもりの中学生大洋の家が放火されるという事件が起こる。
竹原は、怪しげな行政書士兼司法書士江尻の助言を得て、NPOピースフロアの隠された裏の顔を暴いていく。
父が残した遺言書の謎、盗撮、放火、詐欺などの事件に加え、ホームレスや若者たちの貧困の問題や、広美との恋愛、同僚の福井への複雑な思い、大洋や市長の孫娘美羽花ら教え子たちとの関係など、いろいろな要素がちりばめられ、最後はさわやかなエンディングへと集結する。
気持ちの良い物語展開となっているのだが、しかし、主人公の竹原がどうしても好きになれない。
彼の一人称の語り口が煩わしい。他人の言動にいちいち評価をくだし、なにかにつけて蘊蓄をたれ、時に冗談めいた自虐的な突っ込みを入れる。気が利いたことを言っていると自分では思っているようだが、だらだらと続く独りよがりの言葉の垂れ流しを読まされるのは、つらい。西武ライオンズの辻のエピソードはよかったが、しかし、巨人ファンは俗物でパ・リーグ好きこそ洗練されているのだと言わんばかりの物言いも好きではない。
チーム・バチスタの栄光」を読んだときも主人公田口の一人称語りに(ここまで過剰ではないが)ちょっと感じたのだが、いまどきのインテリの働き盛りの男たちは、こんなふうに心の中でひっきりなしに他人を値踏みし、ごたくを並べたてているのだろうか。そう思うとなんだかぞっとする。ハードボイルド一人称語りのやれやれって感じのごたくとは、非なるものだ。(2012.9)


ジョーカー・ゲーム
柳広司著(2008年) 角川文庫
昭和12年(1937年)、日本帝国陸軍内にスパイ養成学校「D機関」が極秘裏に設立された。発案者は、元ベテランのスパイ結城中佐。「死ぬな、殺すな、とらわれるな。」という彼の戒律の下、厳しい訓練を受けた若きスパイたちの暗躍が描かれる。シリーズ第1作。
★ジョーカー・ゲーム
陸軍参謀本部とD機関との連絡係の任務を与えられた佐久間陸軍中尉の目を通して、D機関の訓練生と結城中佐の人となりが語られる。佐久間と訓練生らは、憲兵隊を装い、スパイの容疑がかけられた親日派のアメリカ人技師宅を急襲するが、その裏にはある企みが隠されていた。
★幽霊 ゴースト
駐横浜イギリス総領事にスパイの容疑がかけられる。D機関の蒲生は、近所の仕立屋として総領事の邸に出入りし、チェスの相手をしながら、彼の身辺を探る。
★ロビンソン
ロンドンに潜入中の伊沢は、正体がばれ、英国諜報機関に囚われの身となる。伊沢は、自白剤を飲まされ、何かを自白させられ、さらに二重スパイとして日本に偽の情報を記した暗号文を送るよう強要される。囚われたスパイは事態にどのように対処すべきか、スパイの間で暗号文はどのようにかわされるのか、といったことが興味深い。
★魔都
上海に派遣されてきた憲兵軍曹の本間は、上司の及川大尉から軍内部にいる内通者の正体を突き止めるよう指令を受ける。市内では、日本人及び日本人に協力する中国人をねらったテロ事件が頻発していた。知りあいの新聞記者から、D機関のこととそのスパイが市内にいるという話を聞いた本間は、その直後、スパイらしき男を街で目撃し、尾行する。が、その男草薙は実は本間をある現場に誘導しようとしていたのだった。
★XX ダブルクロス
ドイツとソ連の二重スパイと思われるドイツ人の新聞記者が、愛人のアパートで服毒自殺する。が、彼を監視していたD機関の飛崎は、かれは自殺でなく他殺であるとの見方をとる。訓練生は“地方人”(軍人以外の民間人)とするD機関にあって、結城中佐は、上官に逆らって謹慎中の身だった陸軍少尉の飛崎をD機関に誘った。飛崎は、中佐のアドバイスを得て、第一発見者の愛人のアリバイを再調査する。(2012.10)

運命の八分休符
連城三紀彦著(1983)
創元推理文庫(2020)

★ネタバレほのめかしあります!★
軍平は、メガネをかけ、20代にして髪がうすくなり始めた、見た目は冴えない青年だが、心優しく頭もいい。空手の試合で相手を死なせてしまった過去があり、定職につかないまま日々を過ごしているが、なぜか次々に美女と出会い、美女に好かれ、事件に巻き込まれる。軍平が、素人探偵として謎を解く連作ミステリ集。すべての物語に美女が登場し、そしてすべてがミステリ小説のルーティンを覆すある意味「逆転」の要素を持つ。それは見事な技巧であるのだが、美女たちにも軍平にもいまひとつ共感できなかった。
★運命の八分休符<装子>(1980)
 ライバル殺害の容疑をかけられた美人モデル装子の容疑をはらすため、軍平が活躍。もうひとりの容疑者であるイベント演出家の男には完ぺきなアリバイがあった。東京で犯行があったとき、彼は大阪にいた。大阪での空白の時間は東京まで往復して犯行を行うには2分足りなかった。覆るのは、現場とアリバイ。タイトルはそのまま、ベートーベンの「運命」の楽譜の最初にあるのが八分休符であることを指す。
★邪悪な羊<祥子>(1981)
 軍平の高校時代の片思いの相手だった美人歯科医祥子の患者の小学生の少女レイが、誘拐される。犯人は身代金を要求してくるが、レイは、スーパー・チェーンの社長剛原の娘美代子と間違って誘拐されたのだった。レイの父親曲木(まがりき)は、その系列のスーパーの駅前店の店長だったが、使い込みがばれて店を辞めていた。曲木は剛原に身代金を払ってくれるよう懇願するが、剛原は拒み続ける。隠された親子関係を軍平が暴き、被害者と加害者が逆転する。祥子は美人だけどおっちょこちょいという設定だが、度がすぎて笑えない。
★観客はただ一人<宵子>(1982)
 男性との奔放な遍歴で知られる女優青井蘭子は、かつて関わった男女を招いて、自分の半生を描いた一人舞台を上演するが、最後に彼女が撃ち殺されるシーンで実際に彼女が殺害される事件が起こる。彼女を尊敬する劇団研究生で男言葉の元気少女宵子とひょんなことから知り合った軍平は、女優殺人事件の真相にせまる。逆転するのは、演じる側と観る側。名作と言われる一編らしいのだが、ひとりよがりの女の自分勝手なふるまいがまいた種で迷惑な話だ。最後の宵子から軍平へのお別れの電話もわざとらしい。
★紙の鳥は青ざめて<晶子>(1982)
 軍平は、日本家屋にひとりで住む和風の美女晶子と知り合う。彼女は、夫織原と妹由美子に駆け落ちされてしまい、ペットの犬と寂しく暮らしていたのだった。由美子の婚約者夏木が二人の駆け落ち先と思われる金沢へ行き、そこで二人をみつけ、晶子も金沢に行って4人は顔を合わせたが、その後夫と由美子は再びどこかへ行き、夏木も行方不明となっているという。やがて金沢の山中で男女の死体が発見されたというニュースが報道され、軍平は晶子に頼まれて二人で死体確認のため金沢に行くが、死者は由美子と夏木だった。晶子は人探しのテレビ番組に出て、夫を探す。しかし、軍平は彼女の真意を見抜く。逆転するのは、失踪者と追う者
タイトルは、夫に去られた晶子が、小鳥が逃げてしまった鳥かごが寂しげなので青い折り紙の鳥を入れていることを指す。
★濡れた衣裳<梢子>(1983)
 クラブのホステスが明かりの消えた控室で何者かに襲われ、腕を負傷する。長いドレスの裾をひきずる影がおぼろげに見えたことから店のホステスの誰かが犯人と思われるが。軍平は、恩師の教授高藤に店に連れていかれて事件に遭遇する。逆転するのは、被害者と加害者


小さな異邦人 (※一部未読)
恋城三紀彦著(2014年) 文藝春秋
短編集。朝日新聞の書評で見て、図書館で予約してかなり待って読む。
「指飾り」「無人駅」「小さな異邦人」の3つを読んだところで、返却日になってしまった。予約が詰まっているので延長できず、気になればもう一度予約して待って借りても良いと思ったのだが、どうもそうまでして残りの作品を読みたいとは思わなかった。
これまで読んだ著者の作品は、技巧に優れつつも情感にあふれているところが魅力だったのだが、ここで読んだ3つの小説は、どれもいまひとつ乗れず。技巧の巧みさはかんじられるものの、あまり情感が伝わってこなかった。(2015.3)
☆指飾り(2000年)
離婚した妻らしき女性の後ろ姿を見つけ、後を追っていった男は、交差点で立ち止まった女がこれみよがしに指から結婚指輪を外して投げ捨てたように見えた。
離婚経験のある年配の上司と年下の恋人とうまくいかない部下の女性社員の心の交流の話なのだが、あまりおもしろくない。
☆無人駅(2001年)
田舎の町を訪れた一人の水商売風の女。女は男と待ち合わせをしているようであり、その男は都会で殺人を犯して逃亡中の指名手配犯のようだった。刑事の「私」は、女を監視する。
最初の方、駅員やタクシーの運転手の視点から書かれていると思っていたらいきなり「私」という一人称が割り込んできて、戸惑った。
☆蘭が枯れるまで(2002年)
☆冬薔薇(2004年)
☆風の誤算(2005年)
☆白雨(2005年)
☆さい涯てまで(2006年)
☆小さな異邦人(2009年)
8人の子どもを母親が女手一つで育てているシングルマザーの家庭。ある日、子ども8人全員がそろっているのに、子どもを誘拐したという不審な電話が家にかかってくる。電話の主は、身代金3000万円を要求する。母親も子どもたちもイタズラ電話と一蹴するが、「誘拐犯」はその後も電話をかけてくるのだった。
語り手は中学3年の長女の一代。彼女だけが、母と血がつながっていない。体調のすぐれない一代は、病院で診察を受け、脳に腫瘍があるから検査を受けるよう医師に勧められたが、心配をかけたくないと思って母には言わず、大好きな学校の男性教師に相談する。
冒頭から説明がどどどっと来て8人の子を持つ母子家庭の状況把握に頭を使い、妙に軽快な女子中学生の語りに違和感を覚え、文学的な表現やアイテム(ショパンの曲がタイトルになっていることなど含めて)はまあこんなものかと読み進み、誘拐の真相や真犯人が暴かれるからくりは見事と思いつつも、骨組みを追うことに終始してしまい、文を味わうという具合にはならなかった。


戻り川心中
連城三紀彦著 講談社文庫(1983年初版)
大正の終わりから昭和の初めにかけての時代を背景に、「花」にまつわる殺人事件を扱ったミステリ短編集。いずれも男女の愛憎が絡む、ねっとりとした話。暗くて気が滅入るようなんばっかりなのだが、不思議と読後感が悪くないのは、つくりがかちっとしていて、最後にこんぐらがった糸がするするとほどけるように気持ちよく謎が解けていくからだと思う。
☆藤の香
瀬戸内海の港町にある色街で起こった連続殺人事件。長屋の愛人宅で暮らす呉服屋主人の目を通して、病気の夫を抱える愛人や犯人として逮捕された隣人の代筆家の生き様が描かれる。
☆桔梗の宿
色街で起こった殺人事件。殺された男は、手に白い桔梗の花を握って死んでいた。刑事は、客を装って遊郭を訪れ、容疑者となじみのあった遊女に会う。16歳の遊女の切ない思いを描く。
☆桐の棺
大正末期、路頭に迷っていた次雄は、右手の不自由な侠客貫田に拾われる。弟分になった次雄は、貫田から一人の女のもとに通うように命じられる。理由がわからないまま情交を重ねるうち、女に対して一途な思いを抱き始める次雄だったが、やがて意外な殺人を強いられることに。タイトルは、次雄の組の親分が一度死にかけたときに作って以後大事にしている棺のこと。
☆白蓮の寺
燃えさかる炎の中、幼い自分の目の前で母が犯した殺人。水に映ったまっしろな自分の顔。蓮の花を地面に埋めていく母の姿。美しい母と二人で生きてきた息子の脳裏に残る異常な記憶の断片。彼は、母の死後、記憶の謎を解こうとする。
☆戻り川心中
二度の心中未遂の後、自殺した天才詩人苑田岳葉。二人の女を死なせ、心中を実行するまでの心情を詠んだ歌集には、岳葉の真意が隠されていた。
映画化:「もどり川」(1983年 監督:神代辰巳、主演:萩原健一)

流れ星と遊んだころ
連城三紀彦著 双葉社(2003年)
登場人物:北上梁一、秋場一郎、 柴田鈴子、花村陣四郎(花ジン)、野倉哲(監督)、小田真也(男優)
ベテラン俳優花村陣四郎にこきつかわれているマネージャー北上は、自分の手でスターを世に送り出したいという野望を持っていた。ある夜、自分を恐喝しよう としたカップル秋葉一郎と柴田鈴子と知り合った北上は、鈴子を女優として売り出す話をもちかけるが、彼の真のねらいは、秋葉をスターに育て上げることだっ た……。
三人の男女の裏と表が入り交じった駆け引きで、物語は二転三転、北上の一人称と地の文(三人称)とが入れ替わる語り口にも、巧妙な罠がしくまれている。し かしこの秀逸なトリックはあくまでも北上と秋葉の関係をより強烈に示すための技法であって、作品の主眼ではない。
気になるのは、中年男北上が放つ暗く妖しい魅力である。地味だ地味だといいながら、男色の映画監督を誘惑するシーンなど、ちょっとどきどきする。(2005.7)

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