みちのわくわくページ

本 本  ミステリ(日本) さたな行

<作家姓あいうえお順>
笑う警官(佐々木譲)、 罪の声(塩田武士)、
奪取、猫背の虎 動乱始末(真保裕一)
漂流巌流島(高井忍)、ウラジオストクから来た女(高城高)、
13階段 幽霊人命救助隊(高野和明)、 谷崎潤一郎犯罪小説集(谷崎潤一郎)
方壺園、諸葛孔明(陳舜臣)、 機龍警察、コルトM1851残月(月村了衛)、 傍聞き(長岡弘樹)、
DEATH NOTE アナザーノート  ロサンゼルスBB連続殺人事件(
西尾維新)、
生首に聞いてみろ(法月綸太郎)

笑う警官
佐々木譲著(2004年「うたう警官」改題) ハルキ文庫
容疑者となって追われる警官の無罪を信じる警部補が、独自の捜査チームを結成して真犯人を追う、かっちりとした警察推理小説。
北海道警察の巡査水村朝美が、札幌市内のマンションで他殺死体で発見される。
現場は、生活安全部がアジトとして使用していた部屋だったため、捜査の主導権はすぐさま所轄の大通署から本部の機動捜査隊の手に渡る。被害者と交際していた同部銃器薬物対策課の津久井巡査部長が容疑者として緊急指名手配され、しかも銃を所持し薬物を使用しているという理由から射殺許可が出される。
大通署の佐伯警部補は、この通達に疑問を抱く。津久井は、佐伯がかつて危険なおとり捜査を行ったときに生死をともにした相棒だった。津久井は、覚醒剤の密売に関わって不祥事を引き起こした郡司警部の部下だったが、警部の犯罪には関わっていなかった。追われる津久井は、佐伯に電話をして無罪を訴え、翌日の北海道議会の百条委員会に道警の裏金問題の証人として出席することになっていると告げる。それを聞いた佐伯は、津久井の射殺命令の裏に潜む本部側の意図を察知する。彼は、津久井の無罪を信じ、翌朝の議会開始時刻まで津久井をかくまい、真犯人を捜すという、困難な事態に立ち向かう。部下である植村と新人の新宮、総務課の小島百合、現場で捜査から外された強行犯係の町田警部補ら大通署の有志を集めて、捜査班を結成、知人が経営するジャズ・バーの2階の一室を借りて裏の捜査本部を設置し、独自の捜査を開始する。
郡司警部の不祥事以後、道警では警官を同一部署に長期間勤務させないという方針のもとに、大がかりな配置換えが行われた。そのため、それぞれの部署でベテランが少なくなり、警官たちは慣れない現場で慣れない職務を強いられていた。
佐伯は、千歳署総務課に配置されているかつての大通署窃盗係のベテラン諸橋警部補を呼びよせ、捜査班に加える。これにより、本部捜査員も所轄捜査員も見逃していた現場における窃盗の事実が発覚。盗まれたテレビの行方を追うことで捜査は意外な方向へ展開していく。
一方、小島百合は本部勤務の婦人警官から情報を集め、水村が隠していた最新の交際相手を絞り出していく。
刻々とタイムリミットが迫る中、指揮官の佐伯を筆頭とする裏捜査班の有能な面々による捜査は、きびきびと気持ちよく進んでいく。真犯人の正体は、割と早い時期に見当がついてくる。佐伯は犯人を説得し、翌朝の出頭を約束させる。
が、明けて議会当日、犯人は出頭せず、道警本部側は、警察内部事情を「うたう」ため議会ビルへ向かう津久井を阻止しようと機動隊を出動させる。自分の捜査班内にスパイがいることを知った佐伯は機転をきかせて相手を欺き、津久井を議会ビルに誘導する。このくだりが、実にスリリングで手に汗を握る。距離を隔てて相手を認め、うなづく。エピローグのない終わり方が、潔い。(2011.7)

映画化:「笑う警官」(2009年。監督:角川春樹、出演:大友南朋、松雪泰子、宮迫博之)

罪の声
福田武士著(2016)
講談社

昭和59年〜60年(1984〜85年)に起こった「グリコ・森永事件」に題材を取ったミステリ。一度読もうと思って図書館で予約したのだが、やっと順番が回ってきたときにはいろいろ用事があって借りに行けず断念したのだが、映画化にあたり、読んだ。
犯人が脅迫に幼い子どもの声を使ったという一点から思いを馳せ、もし、その子どもの声が自分の声だったら、というところから出発して昭和最大の未解決事件の謎に挑む。
京都でテーラーを営む曽根俊也は、自宅にしまってあった亡き父の遺品箱から不審な黒革のノートとカセットテープを見つける。ノートには、英語でびっしりとメモが取られ、テープには幼いころの自分の声が入っていた。それは、31年前に世間を騒がせた「ギン萬事件」で、恐喝犯が被害者側に身代金を運ぶ際に場所を指定するために使った子どもの声の録画と同じものだった。その声は、ニュースを通じて一般に公開されていたのだ。ノートの字は行方不明の叔父のものらしかった。俊也は、父の友人堀田とともに、叔父と関わった人々を探し出し、自分がそうとは知らずに加担したかもしれない事件の謎を追い始める。
一方、大日新聞文化部所属の阿久津英士は、年末年始の過去の未解決事件を振り返る特集記事のため、ギン萬事件の取材を命じられる。
「ギン萬事件」は、製菓会社ギンガの社長誘拐に始まり、その後関西に本社や支社を置く菓子・食品メーカーが次々と脅迫された無差別の殺人未遂事件で、1984年3月から1985年8月まで1年半に渡って続いていた。
俊也らと阿久津は別々に事件を追うが、まるでちがう事件を追っている二者が思わぬところでクロスすのではなく、どちらも同じ方向を向いているのでどちらがどこまで進んだか、読んでいて混乱する。俊也が、事件の関係者らしいとはいえ会ったばかりの他人にあまりにやすやすと事情を話してテープを聞かせてしまうのが、うかつを通り越して不自然に思えた。しかも、俊也は途中で事件を追うのをやめてしまう。やめてしまった俊也を、阿久津が店に訪ねていくので、ついに二人が出くわした!という面白さはない。
グリコ森永事件の記録をよく調べて、経過をとても丁寧に再現しているのはすごいし、さらにそれを踏まえて犯人グループの内実や巻き込まれた家族の人生に話を広げていく展開は読みごたえがあった。俊也の他に犯行に利用された二人の子ども、望と総一郎の姉弟がどんどんかわいそうなことになっていくのだが、お涙頂戴になりすぎのようにも思えた。
そして、主人公の二人の男に魅力が感じられないのが難点だ。阿久津は好感の持てるいいやつらしいが、それは俊也がそう言っているだけで、読んでいるこっちがそのように感じられる描写はあまりない。阿久津がついにイギリスで見つけた俊也の叔父も、犯人が思想もなにもない卑小な人間だったということだとしても、ただいて真相を語るだけの味もそっけもない人になっていたと思う。
冒頭の、俊也が自宅で子ども時代の自分の声が録音されたテープを発見するところがもっとも衝撃的だった。あとは、現金受け渡しの途中、名神高速道路のサービスエリアで観光案内版のメモとは別に、滋賀県警の警官により出口付近のベンチにメモを貼ろうとしていたキツネ目の男が目撃されたことから、阿久津が、キツネ目の男は実はふたりいたのではないかと思いつき、そこから推論を導き出していくところがよかった。(2020.11)


奪取
真保裕一作 (1996年)
講談社
登場人物:手塚道郎/保坂仁史/鶴見良輔、雅人(ヒロ。道郎の友人)、水田鉱一(じじい。偽札作りの名人)、幸緒(水田の孫娘)
偽札づくりの話。一万円札をしおり代わりにして読んだ。ちょくちょく出てくる一万円札に関する細かい表記をその都度確認したかったからだ。波線のレインボー印刷とか、福沢諭吉の目の部分は黒塗りでなく1ミリに11本の線が入っているとか、お札の印刷の精密さには今更 ながら驚き感心させられた。
道郎は自販機相手にけちな犯罪で糊口をしのいでいる若者。
最初の偽札は、パソコンを使って機械をだますだけの簡単なものだったが、ヤクザに目をつけられ、親友の雅人は警察に捕まってしまう。
やがて、師匠となる水田と出会い、孫娘の幸緒も交えて本格偽札づくりが始まるが……。
二部と三部の間で、諸々の事情から一時読む作業が中断してしまい、その間に次の展開をいろいろと考える時間があった。雅人も水田もいなくなった後の主人公の孤独さや、裏の世界でものをつくる男の非情な生き方に思いを馳せたのだが、なんのことはない、話はゆかいな偽札づくりということであっけらかんと展開してゆくのだった。もちろん、それはそれで全然かまわないし、楽しかったのだが。
常に“躁”状態にあるような食えない若者という主人公は、日本の小説には珍しくなかなか新鮮だった。
(2003.4)

猫背の虎 動乱始末
真保裕一著(2012年) 集英社
★ねたばれあり!!★
1855年(安政2年)に発生した安政の大地震直後の江戸を舞台に、大柄で猫背の新米同心、太田虎之助の活躍を描く。
地震直後で江戸市中は混乱し、人手不足の奉行所は、虎之助を臨時の市中見り役に任命する。
3年前に亡くなった彼の父龍之介は、かつて「仏の大龍」として知られた見廻り役の同心だった。父の片腕だった岡っ引きの松五郎親分が、虎之助の為に再び十手を持ち、サポートすることに。
地震直後、籠に押し込まれたまま放置された男の死体が発見される。男の身元が判明し、妻と名乗る女が死体を引き取りにくるが、女は偽の妻であった。この事件を筆頭に、妻子の仇を討とうとして違う男を襲ってしまった板前、夫の妾が生んだ赤子をかどわかす商家の女房、地震の騒動に乗じて逃走した吉原の遊女と彼女をかくまおうとするなじみ客の若侍、将軍の世継ぎ争いが背後に絡んだ読売を書かされる戯作者などの話がつぎつぎに展開する。さらに、籾蔵に余分に所蔵された米俵の謎を追う虎之助は、亡き父の生前の行動に疑惑を抱かざるを得ない状況に行き当たる。一方で、恋の話もあり、虎之助は、日本橋の山吹屋の出戻りの娘佳代と深い仲になっていたが、彼女が実はまだ夫と離縁していないと知り、動揺する。
立ち回る先々で父の話をされ、家に帰れば母と出戻りの二人の姉に小言を言われ、でかい身体を猫背に縮めているが、細かいところに気を配り、いざとなれば猫背を伸ばして早い決断をする。茫洋としたヒーローの登場と言える。
が、著者も主人公も女性に対して気を使いすぎな感じがする。松五郎と伯父の植島正吾が、豪放な部分を担当しているようだが、主役にもう少しやんちゃなところがあっていいのではと思った。
非常時の貯蔵庫としての籾蔵の存在など興味深かった。 (2012.10)



漂流巌流島
高井忍著(2008年) 東京創元社
若手シナリオライターとベテラン監督が、居酒屋で新作時代劇の打合せをしながら、有名な歴史上の出来 事の裏に隠された「真実」を推理していくという、歴史ミステリ連作集。
駆け出しのシナリオライターである語り手の「僕」は、演出家の三木から声を掛けられる。アクション、ホラー、コメディ、お色気もの、舞い込む仕事はなんで も引き受ける三木が今回手がけるのは、時代劇オムニバス。「実録チャンバラ外伝巻之壱」というビデオ映画で、歴史上の出来事を4つとりあげている。三木 は、最初はそのうちの1本だけを監督することになっていたのだが、他のエピソードを撮るはずだった監督たちが次々と降板し、早く安く作品を仕上げることで 定評のある三木に次々とお鉢が回ってくる。「僕」は、三木に命じられて、それぞれの出来事に関する資料を集め、使えそうなネタ捜しをする。二人はドラマ化 についての検討を重ねていくが、やがて、資料に残された記録から小さな疑問が生じ、意外な事実が浮かび上がってくる。人使いの荒い監督に振り回される新人 の「僕」と、いい加減そうでいていざとなると鋭い洞察力で核心を突く三木監督のコンビが愉快である。(2009.2)

☆漂流巌流島
 1612(慶長17)年の宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘をテーマとする。「僕」は、さまざまな資料 を集めて監督に報告する。が、巌流と円明流という二つの兵法の対立から始まったとされるこのあまりに有名な決闘の実際は、調べれば調べるほど、世間一般に 知れ渡っている「巌流島の決闘」の内容から遠ざかっていく。宮本武蔵は遅刻しなかったし、佐々木小次郎は刀の鞘を投げ捨てなかった。それどころか、決闘の 相手は、そもそも佐々木小次郎ではなく、さらに宮本武蔵という名の武士は何人もいたらしい・・・。慶長17年の潮の流れまで算出し、決闘の真相に迫る。
☆亡霊忠臣蔵
 1702(元禄15)年12月15日の赤穂浪士による吉良邸討ち入り。討ち入り後、浪士たちの身柄 は4軒の武家に預けられた。中でも最も多くの浪士たちを預かった細川越中守綱利は、討ち入りを支持し浪士らを厚遇した。が、やがて浪士たちは46人全員が 死罪となる。「僕」と三木監督は、この浪士たちの処分が当時における処罰として適切であったか否かを知るため、江戸城中で起こった他の刃傷沙汰を調べるこ とに。三木監督は、1747(延享4)年に起こった刃傷事件(旗本板倉修理が細川宗孝を襲撃、死に至らしめる)に注目、被害者細川の死に関わる陰鬱な「事 実」を導き出す。
☆慟哭新選組
 テーマは、1864(元治元)年の池田屋事件。池田屋に集まっていた長州や土州出身の尊皇攘夷の志 士たちを近藤勇率いる新選組が急襲、多くの死者を出した。これは、「何しろ明治維新を一年、二年、それどころか三年は遅らせた」あるいは「全く逆に歴史の 弾みをつけて、明治維新を一年、二年、いやいや三年は早めた」と論議されるほどの、幕末史上有名な事件である。池田屋にいた志士たちは28名ほど。これに 対し近藤側は、もろもろの事情があってその場にいあわせたのは、近藤、永倉新八、藤堂平助、沖田総司の4人のみ。近藤はたった4人で踏み込む決意をし、決 行する。このあまりに無謀な決断に三木監督は疑問を抱く。当時の状況と近藤の生い立ちや言動から、なぜ彼がこのような行為に至ったのか、その悲愴な真意を 探っていく。
☆彷徨鍵屋之辻
 曾我兄弟の仇討ち、赤穂浪士の仇討ちと並ぶ日本三大仇討ちの一つである鍵屋の辻の仇討ち。
1634(寛永11)年、旧池田家士渡辺数馬が、弟の仇敵河合又五郎を討った話で、助太刀した数馬の姉婿、荒木又右衛門の三十六人斬りで有名であるらし い。
数馬らの一行は仇敵を追って旅をしていたが、ついに江戸に向かう河合の一行を発見する。
彼等は伊賀の国上野の小田町にある辻で出会い、斬り合いとなっ た。
河合ら一行は実際には36人もいなかったのだが、この敵の一行の人数に三木監督は目をつける。
討ち手方の証言では敵の数は11人となっているが、関 係者を引き取った武家の記録では10人となっているのだ。荒木又右衛門が、処遇が決まって解放された後、たった2週間で死去していた事実も絡めて、三木監督が謎の11人目の正体を暴く。
参考:「荒木又右衛門」(長谷川伸著)


ウラジオストクから来た女−函館水上警察−
高城高著(2010年)
東京創元社
明治24年の函館が舞台。水上警察署の五条警部が解き明かす事件を集めた中編集。
明治24年の函館など見当もつかないが、建物や乗り物、人々の身なりやくらしぶりなどの描写が実に鮮やかで、わかりやすく、想像しやすい。時代考証も緻密で正確らしい。文章は、飾り気がなく、ごくあっさりとしている。(2011.3)
★ウラジオストクから来た女
ウラジオストクから、背の低い日本人男を護衛に従えて函館に上陸した毛皮のコートの女。人々の目を引く彼女は、ロシアの貿易商会社長の養女となった日本人女性だった。幼い頃両親を亡くし、ウラジオストクに渡ったという彼女のために五条はその過去を探っていく。20年前函館で発生した大火事の夜に何があったのか。封印されていた過去の犯罪が明らかになる。
★聖アンドレイ十字招かれざる旗
イギリスの密漁船アークティック号を巡って、ロシアの軍艦アゾヴァ号とイギリスの軍艦リアンダー号が函館港で対峙。一触即発の緊張した事態となる。水上署は税関と協力し、両者の面目を保ちつつ、穏便に解決するための方策を練る。タイトルの聖アンドレイは、白地に青の斜め十字(ソールタイア)を染めた旗のこと。聖アンドレイは十二使徒の一人でロシアの守護聖人。アゾヴァ号には、キャロネード砲という大砲が設置されている。68ポンド、先込めの滑腔砲(かっくうほう)で口径は20cmだが、砲身長が1.5と短く、軽い。が、射程が短く命中精度も低くて近距離向き。
★函館氷室の暗闇
函館貯蔵銀行へ現金を輸送中のバッテーラ(端艇)が、函館氷室前でボートの二人組に襲撃された。銀行職員1人が射殺され、現金を奪われるという事件が発生。バッテーラには、殺された職員の他に、請願巡査1名と水夫2名が乗っていた。(請願巡査は、明治14に内務省通達で設けられた制度で、会社や町村、個人が費用を負担して巡査を派遣してもらうというもの。開拓地が多く巡査をすぐに配置できない北海道で特に多用されたという。)五条は、手先として利用している喜平次に請願巡査加治屋と銀行頭取の堀田の身辺を探らせるが、やがて喜平次が首つり死体で発見される。嘱託医深瀬鴻堂が、喜平次の死体を検分する様子が、やけに生々しく細部に渡って描かれ、喜平次の死が自殺でなく、他殺の可能性が大きいことが示される。
★冬に散る華
博徒の一丁派と森田一家(通称マルモ)の間で争いが起こる。元士族である一丁派の博徒相馬は、襲撃を受けたマルモの連中を返り討ちにし、一人を死に至らせて逮捕される。室蘭から函館署に移送されてくる相馬の命を狙って、マルモの身内が続々と函館に結集し、襲撃を企てる。一方、時を同じくして、滝野組対ヤマ二岡林組という沖仲士の間でも争闘が起こり、本署の人員の多くがそちらに回されてしまう。手薄になった水上署で、五条たちは策を巡らして、400人のマルモの博徒たちを迎え撃つ。意外な幕切れに少々驚くが、これは作者の決意表明か。


13階段
高野和明(2001年)
講談社
殺人罪を犯し刑務所に服役していた三上純一は、仮釈放され一年八ヶ月ぶりに実家に戻った。
被害者の遺族に莫大な慰謝料を支払うため苦しい生活を余儀なくされ ている両親の姿を見て愕然とする彼だったが、そんな彼に刑務官の南郷から意外な仕事の依頼が来る。
ある死刑囚のえん罪を晴らすための調査を手伝ってほしい というのだ……。
元殺人囚、死刑執行の経験を持つ刑務官、殺人の被害者の遺族らそれぞれの苦悩が交錯する。重たいテーマだが、十年前の事件の謎を追っていく展開はあくまで もエンターティンメントとしてはらはらどきどきさせてくれる。(2003.8)


方壺園 ミステリ短編傑作選
日下三蔵編集 陳舜臣著
ちくま文庫(2018)

唐、清時代の中国やインドのムガール王国など、アジアの歴史を絡めて描かれるミステリ短編集。本格推理小説としてのトリックの謎解きとともに、事件の背後に様々な人間ドラマが展開する。1962年刊行の短編集『方壷園』全編と『紅蓮亭の狂女』(1968年)から抜粋した三編(後の3編)を収録。(2019.6)


ネタバレあり、注意!!


★方壺園
唐後期(818年)、富豪の屋敷の一画にある「方壺園」という特異な形の園庭内で殺人事件が起こる。四方を高い壁で覆われた、密室状態の四角柱状の建設物の中で、詩人高佐庭が殺されていた。翌年、書生の呉炎が殺害現場で自殺し、彼が犯人とされる。愛する女性と詩が絡んだ動機と、意外な殺人方法が明かされる。呉炎は石を高く投げるのが得意と書かれていたが、それって特技としていかがなものかと思い、伏線として示すにはちょっと露骨な気がした。
★大南営
日清戦争時(光緒20年、明治27年、1894年)の遼東が舞台。軍の営舎内で将校殺人事件が起こる。同じような建物が並ぶ中、方向感覚を利用してアリバイづくりが行われる。そっくりの屋敷が実は2つあったという江戸川乱歩の少年探偵団ものの1話を思い出した。
★九雷渓
1934年、国共戦下の中国、福建省。革命家であり詩人である史鉄峯は老いて国民政府に囚われの身となっていた。彼の詩を翻訳した日本人記者高見は、史鉄峯に会うため軍の支配下にある邸に潜入する(物語は彼の目を通して描かれる)。革命の英雄だった史鉄峯は、死を目前にしつつも復讐を果たそうとし、施設の医療スタッフである女医が手助けをする。高見がかつて翻訳した詩に出てくる女性と同様女医にも白い肌を際立たせる黒子があったというオチがロマンチックである。
★梨の花
日本、現代。大学の文化史研究所の一室で研究員が襲われ、負傷する。手がかりは被害者が見たフラッシュのような光のみ。倭寇の時代、賊の日本刀に対抗するために中国側が使用した対倭寇兵器のひとつ梨花槍(りかそう)。アマチュアの倭寇史研究家がこれにヒントを得た凶器を使ったという点で、ポイントが高いみたいだが、いきさつは勘違いによるかなり人迷惑な話。人のいい被害者は不問に付すつもりのようだが、釈然としない。
★アルバムより
1938年、日中戦争を終結させるための工作要員として中国の青年政治家鄭清群が日本に呼ばれてくる。が、彼が神戸に宿泊中に護衛の男が密室で殺される事件が起こる。殺人事件のショックで、鄭清群は心を病み、以後、忠実な女中の阿鳳(アフォン)と二人でひっそりと暮らしていた。それから二十数年後、当時居合わせた通訳の「私」は鄭清群の死の知らせを聞き、当時に思いをはせる。意外な犯人と意外な人間関係ということなのだろうが、幾分むりやりな気もする。
★獣心図
犯人当て懸賞小説として書かれた、17世紀のインドのムガール王朝の王宮を舞台にした歴史ミステリ。
ムガール王朝4代皇帝である父王ジャハーン・ギールに反逆し、盲目にされて軟禁状態にある王子フスラウ。弟のフッラムは後の5代皇帝シャー・ジャハーンであるが、小説は、終始兄のフスラウの方が人格者で王の器であるように描き、父王の妃ヌール・ジャハーンもなにかとフスラウを気にかけていて、フッラムは兄をねたましく思っている。ヌール・ジャハーンは、実兄のアーサフ・ハーンを要職につけ、二人は実質的に政治を取りしきるようになっていく。ある日、フスラウが何者かによって殺される。
美しい王妃の心のうちはいかに、ということなのだが、ミステリ部分よりもムガール王朝の歴史についての記述が多く、人名が覚えづらく(フスラウとフッラムで混乱する)、興味のない身にとってはちょっと辛い。なかなか意外な犯人ではあるが、がまんして読んだことが報われるかというと、そんなでもない。ちなみにフスラウたちの祖父は、世界史にもその名が出てくる第3代皇帝アクバルである。
★スマトラに沈む
中国の実在の作家郁達夫(いくたつふ)の半生を追い、その死の謎に迫る。
語り手の大津は、戦時中(昭和17年)、衛生兵としてスマトラに赴任していたとき、プキチンギという町に出張を命じられ、そこで小説家として知られた郁達夫を見かける。郁は18歳のときに日本に留学していて、そのときの下宿先の家の息子中村が、その場に居合わせたため、それと知ったのだった。中村は、小説家を目指していたので郁が日本にいたころに交流を望んだが、郁からことあるごとに無視されていて彼を恨んでいたのですぐそれとわかったのだった。
二十年後、仕事で再びプキチンギを訪れた大津は、終戦直後に失踪した郁の足取りを追う。
著名な小説家でありながら、酒好きで酒商人となり田舎に隠棲した郁の死は謎とされていた。中村も地元の人々も彼をよく思っていないが、数少ない理解者の話からは違う人物像が浮き上がってくる。ある夜、日本兵に連行されて行方不明になった彼の最期はどうなったのか、物語は終始大津の目を通して検証される。
当時の日本の文壇の面々の名前も出てきて、佐藤春夫と郁との交友が描かれている。
★鉛色の顔
明治26年(1893年)、広州。久しぶりに当地を訪れた日本国外務省の密偵村尾は、12年前に舞台を観た役者張阿火を居酒屋で見かける。かつて演劇界で名をはせた張阿火は、清仏戦争中に義勇軍を率いて活躍したが終戦後は海賊に身を落とし、ついには無一文となり、役者としてカムバックしていた。彼には、弟子の美青年許兆年が付き従い、彼の世話をしていた。一見、強い絆で結ばれたように見える師弟の間に潜む感情。すべては村尾の目を通し彼の推測として、あいまいに示唆されるにとどまるが、それがまた不穏な余韻を残す。
★紅蓮亭の狂女
清国、光緒11年(明治18年、1885年)。朝鮮における甲申事変(1884年)により清と日本の両国間に緊張が走る中、清国に潜入した日本人密偵古川は、政府の情報を探るため、中国人を装って政府関係者の親族知人に接触を図っていた。ある日、皇族のひとりで、放蕩三昧の所業で悪名高いツァイチェンに屋敷に呼ばれる。古川は屋敷の離れの紅蓮亭と呼ばれる部屋に通されるが、そこは紫と緋と赤で染められた異様な空間だった。古川はそこで虎女と呼ばれる、狂暴な色情狂の大女に襲われる。古川は、武術の腕を発揮して女を殺してしまうが、主人のツァイチェンは幾分惜しそうにしながらもわずかな埋葬代を求めるだけで不問に付す。その後、古川は、雑技団に交じって再び屋敷を訪れるが、そこでツァイチェンが密室で殺される事件が起こる。
天津条約締結後、日本に帰国した古川は、かつて知り合いだった雑技団の名物夫婦、力自慢の大女ヤオインと軽業師の小男ワンアンに再会する。そこで初めて二人は、紅蓮亭の虎女はヤオインの姉であり、ワンアンの師匠だったこと、二人は、虎女をなぶりものにしたツァイチェンに復讐をとげたことを告げる。小柄なワンアンは磁鼓燈(じことう)という中国の太鼓型の陶磁の腰掛けに潜んでツァイチェンの部屋に侵入したというトリックが明かされる。私は溝口正史の「壺中美人」という小説を思い出した。猛烈で哀れな虎女にやるせない思いが残る。


谷崎潤一郎犯罪小説集
谷崎潤一郎著 集英社文庫(1991年)
大正時代に書かれた文豪谷崎のミステリを集めた。短いながら、ひとつひとつ違った読み応えがある。(2010.5)
★柳湯の事件(1918[大正7]年)
突然弁護士事務所に血相を変えて飛び込んできた青年が語る異様な殺人話。妖艶な愛人との退廃的な生活を繰り返す彼は、ついに彼女を殺してしまったかも知れないと訴えるが、彼が語る内容と現実に起こったことの間には大きなギャップがあった。彼が、立ち寄った銭湯(柳湯)の浴槽の底に漂うぬらぬらしたものに触れるときの描写は、実に生々しくぞっとするが、同時にこうした感覚は妙になつかしく、こどものころに読んだ江戸川乱歩の小説などを思い出させるのだった。
★途上(1920[大正9]年)
会社員が、帰宅途中の路上で突然私立探偵を名乗る男に呼び止められる。二人は歩きながら話をするのだが、いつしかプロパビリティの殺人という興味深い話題が持ち出され、ある犯罪が浮かび上がってくる。一方が一方を追いつめていく過程がおもしろく、ぐいぐいと引き込まれていく。
★私(1921[大正10]年)
ある男子校(一高)の寄宿寮で起こった盗難事件をめぐって、犯人として疑われる学生(「私」)と「私」に対する友人たちの様々な対応が描かれる。一人称語りによるトリッキーな一遍だが、タイトルが大きなヒントにもなっていて、今の読者は比較的容易に真相を見破るのではないかと思われる。解説によれば(以下ネタばれになるので白字にします)、アガサ・クリスティの「アクロイド殺人事件」の5年前に書かれたという。
★白昼鬼語(1918[大正7]年)
資産家の親の財産を受け継いだ変わり者の青年園村は、ひょんなことで手に入れた暗号文からある時ある場所で殺人が行われることを察知する。彼は、友人の「私」を連れてその場所に辿り着き、殺人を目撃する。殺人者の美女の妖艶な魅力に惹かれた彼は、彼女に接触し、自身の命も危機にさらされることに。
園村の友人である作家の目を通して語られる物語は、なんとも不可思議で危険な雰囲気を漂わせている。ポーの「黄金虫」の暗号や、劇薬を用いて浴槽で溶かされる死体、美しく色っぽい殺人者と彼女を「姐さん」と呼んで殺人に手を貸す謎の若者。園村と「私」が、殺人現場を部屋の外から板壁の節穴越しにのぞくという、限られた視野での「見物」の異様さが、実は真相を暗示する。

機龍警察  Police Dragoon
月村了衛著
早川文庫(2010)
知人に勧められて読む。
「竜騎兵」(ドラグーン)と呼ばれる最強の人型の兵装を駆る傭兵。警視庁は、彼らを要員とした特殊部隊として「特捜部」を設置するが、その存在は警察組織に軋轢を生む。竜騎兵を動かすのは、傭兵の姿俊之、元ロシアの警官ユーリ・オズノフ、そしてテロのスペシャリスト(元テロリスト)のライザ・ラードナー、特捜部を率いるのは元官僚の沖津部長である。
人型兵装で武装した一味が乗客を人質に地下鉄駅内に立てこもるという事件が発生。誘導作戦に気付いた姿らは難を逃れるが、SATの隊員が大勢犠牲となる。犯人は、姿の元傭兵仲間の中国人兵士と判明する。特捜部は、犯人を追うため必死の捜索を開始するが、そんな中、手掛かりを得るためかつて上官だった男に接触した姿が拉致される。
警察小説プラス人型ロボSFを合わせたような物語。警察内部の人と人との反目や認め合いを絡めつつ、事件解決へと話が進む。おもしろそうな内容なのだが(同作家の「コルトM1851残月」でも感じたが)、文章と登場人物がかっこよすぎる。
一見そっけなさそうに見えて実はいいやつというのをクールに描いているのだが、説明があることで却って気恥ずかしかったりする。「わかりにくい(やつ)」と書いてしまわずに、わかりにくいけどいいやつなんだなと読者に感じ取らせてほしい。それと、ガンダムやエヴァを見る機を逸しているので人型の戦闘兵器というものに対する思い入れが特にないということも乗れない原因かと思う。
近未来らしいが、都内の地名が出てくるのは親しみが湧いてよかった。
(※ちなみに立てこもりが起こる地下鉄有楽町新線千石駅は、今ある都営三田線の千石駅ではなく、有楽町の延伸計画が進んだ未来に江東区の方にできるかもしれない駅がすでにできているということらしい。)(2017.1.18)
<龍機兵3体>
・姿俊之警部専用龍機兵:コードネーム『フィアボルグ』。ダーク・カーキを基調とする市街地迷彩のボディ。筋肉質の人体に近いフォルム。近接戦闘における戦闘能力は、3体のうちで最も高い。フィアボルグはアイルランドに伝わる原始の巨人の名。
・ユーリ・M・オズノフ警部専用龍機兵:コードネーム『バーゲスト』。全身黒の塗装。風を切るような流線を生かしたシルエット、上半身に比してたくましい脚部。バーゲストは、イングランド北部及びコーンウォール州に出没したとされる黒い妖犬の名。
・ライザ・ラードナー警部専用龍機兵:コードネーム『バンシー』。純白のボディ、細身のフォルム。三号装備(白い蝶の羽のような形状をしている)というオプション装備あり。バンシーは、アイルランド民間伝承に云う「死を告げる女精霊」のこと。


コルトM1851残月
月村了衛著(2013年) 講談社
★ネタばれあります!!
嘉永六年(1853年)。
江戸の商人郎次(通称残月)は、表向きは廻船問屋の番頭だが、実は江戸の裏社会を仕切る札差祝屋の親分儀平に仕えていた。自身で苦労して切り開いたルートにより、儀平から抜け荷を扱う仕事を一任され、またある「筋」とつながりを持ち目障りな人間がいれば容赦なくその筋に始末させていることから、若いながらも一目置かれていた。
が、あるとき、払いをごまかした船宿の女将おしまを手に掛けたことから、郎次の立場は急転、抜け荷の采配の仕事から下ろされてしまう。しかも自分を蚊帳の外に置いて祝屋の連中がある新商売に向けて着々と準備を進めていることを知る。それは幼い子どもを誘拐して売り飛ばす人身売買であった。ヘイコラへつらっていた者たちも敵にまわり、郎次は孤立無援となる。坂を転がるように急速に悪化していく状況の中、祝屋の番頭邦五郎の妾お連という思わぬ味方を得、郎次は反撃を試みる。
かっこいい文章はドラマの内容に合っていてよいと思うのだが、好みの問題で、ちょっと苦手である。
前半の郎次の羽振りのよさを示す豪遊の場面など正直退屈だったのだが、後半のたたみかけはおもしろくてわくわくした。
郎次は、幼い頃、父が一家心中を図り家族で一人だけ生き残ったという過去を持つ。鉄砲屋に生まれたお連は、病気の父を殺した過去を持つ。儀平は、一家心中を図り家族を殺して自分だけ生き残った過去を持つ。家族を殺した者と殺されかけた者との愛と対立のドラマであるとも言える。
が、主役はやはりタイトルロール(と言っていいだろう)の銃である。
郎次の持つ「筋」とは、謎の殺人集団ではなく、一丁の拳銃、コルト1851ネイビーというリボルバーである。当時日本には連発銃がほとんどなかったようで、彼の襲撃を受けた男たちは、続けざまの銃撃に度肝を抜かれる。6発撃つと弾が切れるので、弾込めをしなければならないが、先込め式なので時間がかかる。郎次は急いでも数えて二百十かかる。
彼は、抜け荷のルートを切り開いているときに知り合った中国人の闇商人灰から、その銃を譲られた。灰から銃の使い方を習い、早撃ちも教わった。1発撃って相手の男たちが怯んだすきに、すかさずファニングで連射というのが、郎次の戦法である。ファニングとは、引き金を引いたまま撃鉄を手のひらで煽ぐように連打するもので、西部劇でよく見かける。そんなに正確に当たりそうに思えないのだが、動作としてはたいへんかっこいい。
ということで、郎次は、バックに恐ろしい殺人集団がいると思われていることで安全を確保していたので、実は拳銃一丁のことだったとばれてしまうと大変まずく、しかも数の限られた弾丸はことあるごとに減っていく。この辺のはらはら感がいい。
以下に銃についての描写を引用する。
「黒色火薬と弾丸を前から押し込む前装式、即ち先込め式による最後の発射機構にして、点火に雷管を使う雷管式−パーカッション・ロックを取り入れたパーカッション・リボルバー。一九四七年に開発された四十四口径のM1848ドラグーンを経て、海軍用に小型軽量化された三十六口径のパーカッション・リボルバーが、M1851ネイビーである。もっとも、そうした来歴まではさすがに灰も知る由はない。
八角形の細長い銃身。先端上部に真鍮の突起。闇にわだかまるすべてを鋭く裂くその美しさに、郎次は魅入られたように立ち尽くした。」

 たまたま、西部劇ファン仲間で銃好きの知り合いが手に入れた現物(骨董品扱いなので違法ではありません)を見せてもらう機会があった。銃口はたしかに細身で八角形の銃筒がなんとも美しい。手にすると、ずしっと、しっとりと、くる感じだった。(2014.4)


傍聞き(かたえぎき) 
長岡弘樹著(2008年)  双葉文庫
☆ネタばれあり!!☆
救急隊員、刑事、消防士、更生保護施設長といった職業の人たちを主人公に、大きな事件ではなく、日常に起こる出来事の謎を解くミステリ短編集。
短い作品の中であちこちに伏線を配し、それらが最後にぽんぽんと実を結ぶ快感が味わえる。登場人物に関するデータが、「実は」「実は」と次から次へと提示され、それにくわえて出来事が淀みなく展開し、タイトルと内容との複合的な合致もあり、無駄がない。
登場人物については、職業、年代、性別、及び家庭の事情など、彼らの属性は示されるが、個性はあまり描かれていないように思えた。言動で人々の性格が垣間見られ、疑われた人物も実はいい人だとわかりはするのだが、強烈な魅力を持った人物は出てこない。あっさりしていていいのかもしれないが、私は薄味すぎるように感じた。(2012.10)

★迷走
患者を乗せたまま、病院の周囲を道を変えてぐるぐる回るよう指示を出す救急隊のリーダー室伏。
救急車に乗り合わせた、彼の部下である蓮川は、室伏の行動に対し疑惑を抱く。
患者は検察官の葛井という男だった。室伏の娘であり、蓮川の婚約者である佳奈は、自動事故で足を負傷し、車いすの人となったが、葛井は、加害者の医師を不起訴にした検事だったのだ。

★傍聞き
夫に先立たれ、小学生の娘菜月と暮らす羽角(はずみ)啓子。
刑事である彼女は、以前逮捕したストーカーで傷害犯だった横崎が出所し、自分の家の最寄り駅でホームレスとなっていることを知る。やがて、横崎は、近所でイアキ(空き巣ではなく、人のいる家に盗みに入る窃盗犯)を働いた容疑で拘置される。被害者は、啓子の知り合いの老女羽角フサノだった。啓子に面会を求めてくる横崎を、啓子は警戒する。
一方、娘の菜月は、啓子に不満があると口を利かなくなって、怒った理由をはがきに書いて出すという、めんどうくさい子どもだ(思春期だかなんだか知らないが、私はこういう子はきらいだ)。しかも、そのはがきは、たびたび近所の同姓のフサノの家に誤配される。
こうした事情があって、真の窃盗犯が誰かという話と、菜月の行動の真意はどこにあったかという話が、交錯する。

★899
消防士の諸上は、自分のアパートの隣の平屋に住む新村初美に恋をしている。
初美は近所の蕎麦屋で働きながら、生後4ヶ月の娘あいりを育てているシングルマザーだ。
職場では、諸上の後輩の笠間が配置換えになって、諸上のいる出張所にやってくる。
笠間は、事故で一人息子を亡くしていて、諸上はそんな笠間を気遣っている。
初美の家の隣が火事になり、初美の家にも延焼する。現場に出動した諸上らは、家の中に残されたあいりの救出に向かう。
が、あいりの姿は見当たらず、諸上はあせる。
実は、それは笠間がとった不可解な行動のせいだった。
キーワードは、「レンチ」。タイトルの899は、消防署の無線で使われる符牒で、「要救助者」の意味。

★迷い箱
犯罪歴のある者たちを、一時的に世話する更生保護施設の施設長設楽結子は、還暦を過ぎ、辞職を考えている。
彼女は、施設を出て勤務先の寮に入ることになった、碓井のことを心配していた。
彼は、自転車事故で少女を死なせてしまった前科を持つ。
彼は、遺族から被害者の命日に「死んでください」という強烈な言葉をたたきつけれていて、その命日が近づきつつあったのだ。
碓井は、少女の命日ではなく、その数日後に自殺を図る。彼はなぜ日にちをずらしたのか。
キーワードは、「テレビ」。



DEATH NOTE アナザーノート ロサンゼルスBB連続殺人事件西尾維新著(2006年) 原作漫画:大場つぐみ、小畑健
集英社
映画化もされた少年ジャンプの人気まんがの人気キャラ、Lが登場するミステリ小説。
Lは、世界各地で難事件を解決し、世界中の警察に一目置かれている正体不明の名探偵。まんがでもおなじみのFBI捜査官南空(みそら)なおみが、Lの指揮のもとで連続殺人事件の捜査にあたる様子が描かれる。
パソコンと携帯電話を通しての南空とLとのやりとりと、事件現場に現れた謎の探偵「竜崎」と南空の推理くら べとで物語は展開していく。
アメリカ、ロサンジェルスで、年齢も性別も職業もまちまちの3人の男女が、自室で他殺死体で発見される。いずれの場合も部屋は密室状態で、壁にわら人形が 打ち付けら れていた。が、3人の接点は不明である。
第一の殺人は、7月31日に発生。被害者は、ビリーブ・ブライズメイドという44歳の男性フリーライター。死因は絞殺。部屋の壁には4体のわら人形が打ち 付けられていた。
第二の殺人は、8月4日に発生。被害者は、クオーター・クイーンという名の13歳の少女。死因は撲殺。わら人形の数は3体。
第三の殺人は、8月13日に発生。被害者は、バックヤード・ボトムスラッシュという28歳の女性銀行員。死因は刺殺。わら人形の数は2体。
南空と竜崎が、以上の事件現場を訪れ、それぞれの場所に隠されたメッセージを発見し、次の犯行を予測する過程は、事件の捜査というよりは、パズルの解きく らべといった感じ。途中でLが指摘する犯人の名は、ビヨンド・バースデー。登場人物の名前の奇妙さが、本編のまんがを思わせる。
Lの後継者候補として育てられ、Lに対して複雑な思いを抱くメロことミハエル・ケールが語り手となっているせいか、語り口はちょっと投げやりでかなりかっ こつけである。(2007.11)
関連漫画:「DEATH NOTE デスノート
関連映画:「デスノート」 「デスノート the Last name」「L change the WorLd

生首に聞いてみろ
法月綸太郎著 (2004年)
角川書店
ミステリー小説家で、警視庁の警視を父親に持つ探偵法月綸太郎が活躍するシリーズのひとつ。
著名な彫刻家川島伊作の遺作となった彫刻像から頭部が喪失。何者かが切断し て持ち去ったらしい。川島の弟で翻訳家の敦志と知り合いだった綸太郎は、犯人捜しを依頼される。
やがて、彫刻のモデルとなったひとり娘江知佳が行方不明と なり、悲惨な事件が起こる。
かつての代表作「母子像」に続く彫像には、過去の出来事に絡む川島伊作の強 い思いがこめられていた。
彫刻における「目」の表現が大きなポイントとなっている。 脇でよけいなことをする人たちのせいもあって、首をめぐる展開はめまぐるし く入れ替わる。敦志、江知佳、伊作の元妻で江知佳の母である律子、出版社編集員国友、美術評論家宇佐見、恐喝屋のカメラマン堂本、審美歯科医各務など、関 わりのある人間は、多種多様。描写はあっさりしているが、内実はだいぶどろどろしている。
伊作の自宅で捜査を進める綸太郎の言動に不信感を隠さない国友の 冷淡な対応がけっこう笑える。

アメリカの彫刻家ジョージ・シーガルの名が出てきてなつかしかった。東京で 行われたシーガルの作品展に行ったのは20年以上前のことだと思うが、型どりをした石膏像には、服の布地の質感まで見事に表れていて、そうしたことに新鮮 な感銘を受けたことを思い出した。(2006.2)

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