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本 本  ミステリ(日本) か行

<か行作家姓あいうえお順>
ジェネラル・ルージュの凱旋、ナイチンゲールの沈黙、チーム・バチスタの栄光(海堂尊)、 
ワイルドソウル(垣根涼介)、 
心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている、タイム・ラッシュ 天命探偵真田省吾(神永学)、 
藁の楯(木内一裕)、 OUT(桐野夏生)、 死ねばいいのに、嗤う伊右衛門(京極夏彦)、 
凸凹サバンナ(玖村まゆみ)

ジェネラル・ルージュの凱旋
海堂尊著(2007年)  宝島社
大学病院不定愁訴外来医師の田口と、厚生省役人の白鳥のコンビが活躍するシリーズ第3弾、と思ったのだが、田口と白鳥の二人がチームを組んで事件の謎を解くミステリというパターンはくずれつつある。今回の著者の主眼はミステリよりも、医療現場、それも救急医療におけるスタッフたちの奮闘と現場の実情を描くことにあるようだ。
で、主役は、タイトルロールのジェネラル・ルージュこと速見医師。東城大学医学部付属病院救命救急センターの部長である。患者の命を救うことを最優先する速見は、強引で大胆、なにかにつけて立ち居振る舞いが目立つ男である。そうした彼は若い看護師たちをはじめ院内スタッフに人気があるが、一方で敵も多い。ジェネラ ル・ルージュは直訳すれば口紅将軍、本文では「血まみれ将軍」とルビが振ってある。彼がそう呼ばれるようになったいきさつについても、派手な伝説が院内で語り継がれている。
殺人事件は起こらない。速見医師が医療器具業者と癒着しているという告発文をめぐって、彼を救おうとする田口と彼に反感を抱く精神科の沼田医師が率いるエ シックス・コミティ(倫理問題審査委員会)とのせめぎあいが話の中心となる。今回の白鳥はだいぶ控えめだが、前作で前振りのあった姫宮というユニークな顔ぶれが新たに登場する。
前作「ナイチンゲールの沈黙」の事件が起こっている時期に同時進行している出来事として描かれるため、そこここに前作の場面がちらちらと見え隠れするが、 「ナイチンゲール」では幾分おさまっていた大げさな比喩が、三人称語りのままであるにも関わらず復活、むしろ全開している。戦争や軍隊に喩える表現は引きもきらず、「将軍」に率いられる看護士たちは近衛兵、病院は戦場である(これはやっぱりちょっと苦手だ)。
速見医師が、こざかしい理屈ばかり並べ立てる倫理委員会で見せる傍若無人だが胸の空くような言動、ドクターヘリが舞い降りることのない病棟屋上のヘリポー トで上げる悲痛な叫びは、医療現場の実情を訴えて、心に響く。
が、速見の熱い訴えだけでなく、病院の経済を司る事務長や、倫理委員会の外部メンバーである弁護士などについても、ただ嫌な奴らというだけでなく、それぞれの立場からの考えを表明させているあたりが、大人だなと思った。(2009.3)

映画化:「ジェネラル・ルージュの凱旋」(2009年。監督:中村義洋、出演:田口公子(竹内結子)、白鳥圭輔(阿部寛)、速見晃一(堺雅人))

ナイチンゲールの沈黙
海堂尊著(2006年)
宝島社文庫 上・下巻
大学病院不定愁訴外来の田口医師と、厚生省役人の白鳥のコンビが活躍するシリーズ第2弾。
院内食堂で忘年会が開かれた夜、人気歌手の水落冴子が、重度の肝硬変で救急搬送され特別病室に入る。当直をしていた田口は、彼女の主治医となるが、根強い ファンを持つ人気歌手の冴子は、極度のアル中で酒がないと病室で暴れ回る扱いにくい患者だった。一方、小児科には網膜芽腫を患っている二人の患者、中学3年生の牧村瑞人と5歳の佐々木アツシがいたが、眼の摘出手術を控えた彼等を不定愁訴外来に迎えるよう、要請が来る。
前半は、小児科看護士浜田小夜が物語の中心となる。彼女が看護士とは思えぬ歌唱力の持ち主であることや、その小児科での勤務の様子が描かれ、同時に小児科病棟のスタッフや患者の子どもたちが紹介される。瑞人の不幸な家庭環境が示され、小夜の中にある謎めいた暗さもほのめかされる。
事が起こるのは、後半になってからである。瑞人の父親が殺され、警察が動く。桜宮署の警官が、東城大学医学部付属病院に捜査をしにやってくる。高階院長に呼ばれてたまたま病院にきていた白鳥も首をつっこんできて、成り行き上、不定愁訴外来室が捜査の場として使われることになり、田口の身辺はにわかに慌ただしくなってくる。
第1作と違い、今回は、田口の一人称語りではないため、大仰な比喩や放埒な物言いはなりをひそめている。心の中ではさんざん周囲をコケ下ろしているのかも 知れないが、端から見れば田口はおとなしくて控えめな人間で、大学の同期である速見医師からは行灯と呼ばれている。それでいて、周囲からはけっこう好かれている、やるべき時にはちゃんとやる、こんな人なんだな という感じに描かれていて、この視点の違いは興味深い。
お馴染みの顔ぶれに加え、水落冴子とそのマネージャーで天才アレンジャーの城崎、小児科病棟の猫田師長、将軍(ジェネラル)と呼ばれる救命救急センター部長の速見、MRI研究の第一人者で放射線科助教授の島津、16歳の白血病患者杉山由紀、警察庁から桜宮署に出向している警視正加納と同署警部補玉村ほか、 魅力的な登場人物が続々登場して飽きない。が、あまりにたくさん出てくるので、ひとりひとりの出番が少ないのがちょっと残念だ。中で特に気を引かれたのは、悲運な孤高の王子様として描かれている牧村瑞人だ。中学生とは思えない頭のよさと冷静さを備え、熱いところも見せる。ということで、さすがの白鳥が今回は幾分控えめに見える。小さな子ども相手に戦闘ものの話に熱くなるところなどむしろ愛らしいと言ってもいい。
話の内容は、病院を舞台にした音楽ファンタジー・ミステリともいうべきもので、1作目の硬質な医療ミステリの謎解きを期待すると、違う。(2009.1)


チーム・バチスタの栄光
海堂尊著(2006年)
宝島社文庫 上・下巻
東城大学医学部付属病院が誇るバチスタ・チームは、天才医師桐生の卓越した手技により、困難なバチス タ手術を次々と成功させてきた。しかし、ある時期から術中死が連続して発生する。院長の高階は、院内のはぐれ者というべき不定愁訴外来(別名「愚痴外来」、患者の悩みを聞く部署らしい)の田口医師に内部調査を依頼する。
バチスタ手術とは、心臓移植の代替手術で拡張型心筋症により肥大した心臓を切り取って小さく整形し、心臓の収縮機能を回復させるもので成功率の低い極めて 困難な手術のこと。呼び名は、創始者であるバチスタ博士の名に由来する。
田口は、チームのスタッフのひとりひとりに会って聞き取り調査をしていくが、やがてまたも術中死が発生。調査に行き詰まった田口は、厚生労働省から派遣されてきた男、白鳥とともに調査を続けることになる。白鳥は、厚生労働省大臣官房秘書課付技官で、医療過誤死関連中立的第三者機関設置推進準備室室長という長ったらしい肩書きを持つ、小太りで下品で言いたい放題のロジカル・モンスター(論理怪獣)であった。彼は、術中死は医療過誤によるものではなく、殺人事 件であると言い切るのだった。
前半は、田口による聞き取り調査を通して、チームのメンバーと彼等の仕事ぶりや術中の様子が紹介され、後半は白鳥の登場によって一転、スタッフらの本質や 秘密が次々に暴かれ、たたみかけるように真相に迫っていく。白鳥のよくわからない用語を含めて専門用語は飛び交うものの、読んでいてわかりやすく、謎解き のプロセスも、登場人物たちの個性も楽しめる。
白鳥の特異なキャラが際立つが、彼のパートナーであり語り手でもあるワトソン役の田口が、これまたかなりクセのある人物である。40代前半、独身。出世街道から外れた自分を卑下しひねくれた物言いをしているが、院内に独自の聖域を築き、仕事には真面目で、患者や女性には親切、見た目もそこそこ男前らしい。 洞察力に優れ、言うべき事は言う。が、この田口の、ことさら悪ぶってる感じや、大仰な比喩の多用が、わたしはどうにも苦手だ。「気障を絵に描いたようなヤ ツ(気に障ると描いてキザと読む)。」と桐生を評しているが、語り口に限っては「おまえがな。」と突っ込みたくなる。ワトソンと言えば、人はいいけど推理 に関してはだいぶ鈍く、凡人を代表した疑問を投げかけ、名探偵の推理にひたすら感じ入るばかりの役回りというのが私のイメージだが、このワトソンはめんどく さい。(手術の記録映像については、信じられないマヌケぶりを見せるが)。極端で漫画的な分、むしろ白鳥の方が憎め ない。いずれにしろ、ユニークなコンビである。病院が舞台というのも興味深いので、シリーズの他の作品も読んでみたいと思う。 (2009.1)

映画化:「チーム・バチスタの栄光」(2008年。東宝。監督:中村義洋、出演:田口公子(竹内結子)、白鳥圭輔(阿部寛)、桐生恭一(吉川晃司))

ワイルドソウル
垣根涼介著(2003年)
幻冬社
1961年、日本政府の南米移住政策によって、九州の農家出身の青年衛藤は、家族とともにブラジルに渡る。 しかし、豊かな農地を約束されていた彼らが送り込まれた先は、アマゾン奥地の未開のジャングル。過酷な自然条件の中で原始人同様の生活を強いられることに なる。やがて妻と弟が病にかかって命を落とすと、衛藤は親友の野口を残して入植地を離れる。十年後、サンパウロの市場の仲買人として成功した彼は、再び入 植地を訪れる。そこで彼は、野口の遺児ケイと出会うが、たったひとりジャングルで暮らしていた7歳のケイは、言葉を忘れ野生の獣のようになっていた。とい うところまでが長いプロローグ。
本作のメインは、現代の日本でケイと、コロンビア・マフィアのボスに育てられたケイの幼なじみノブが中心に なって企てる外務省への復讐劇。過去の出来事を織り交ぜながら、周到な準備と大胆な計画の実行、さわやかな収束に至るまでの手に汗握るスピーディな展開 に、身も心もわくわくさせられる。
第一作「午前三時のルースター」では、敢えて銃撃シーンを避けていたようで、活劇ファンとしてはやっぱりそれでも主人公たちには危ない場面に遭遇していて ほしかったなあと思ったのだが、今回はまっこう勝負に出ていて爽快。よく考えれば、撃ち返してくる相手はいないのでやっぱりそんなに危なくはないのだが、 命がけの大勝負であることにはかわりがない。
テレビ局のディレクター、貴子が花を添えているが、微妙に無理を感じる部分もある。本作に限らず、日本の若手作家の作品においては、「いい女」の造形に対してどう もなんらかの迷いがあるように思えてならないことがあるのだが、気のせいだろうか。(2004.7)


心霊探偵八雲 赤い瞳は知っている
神永学著(2004年)
文芸社
タイトルは聞いたことがあるが、何の予備知識もなく図書館で衝動借り。
赤い左眼を持って生まれてきた斉藤八雲は、その眼で幽霊を見ることができる。そのため、世間の人々から忌み嫌われ、実の母親に殺されかけるという辛い過去を持つ。僧侶である叔父は八雲を引き取り、愛情を持って接しているが、死者が見えてしまう八雲は寺では暮らしづらく、大学の一角に名ばかりのサークルで部室を確保し、そこに寝泊まりをして活動の拠点としていた。
大学2年生の小沢晴香が、ハプニングに巻き込まれた友だちのことを相談するため、八雲を訪ねたところから物語は始まる。
晴香は、すなおで明るく、うかつすぎるところもあるが、概ね好感のもてる女子大生で、なにより八雲の赤い左目をみて「きれい」と言った希有な人物。八雲は、部室では眠そうにけだるそうに人の話を聞き、ぶしつけでデリカシーのない応対をしながらも、幽霊と相対してその思いを受け、真実を追究していく。事件が警察がらみになると、八雲が母親に殺されそうになったときに助けてくれた刑事後藤が登場してくる。
晴香や後藤は、ひねくれた奴、失礼な奴と気恥ずかしいくらい八雲批判を連発するが、実は八雲は心正しいいい子だということである。
巻が進むに連れ、両目の赤い男や、八雲の母親だの父親だの兄弟だのどろどろとした因縁話が絡んでくるようで、本書はシリーズにおいては、ほんの導入部分らしい。(2011.4)

ファイルT 開かずの間
大学の裏手にある建物の奥に位置する開かずの間。晴香の友達の美樹が、ある夜、彼氏とその友達と3人で、開かずの間の探検に行く。そこで彼らは「幽霊」に遭遇し、彼氏は失踪、もう一人の男子学生は鉄道で飛び込み自殺を図り、美樹は苦し気な眠りから目覚めない状態が続く。八雲に相談にいった晴香は、八雲の能力に半信半疑だったが、幼いころに亡くした双子の姉のことを言い当てられ、姉の霊が晴香を見守っていると訊かされ、八雲の異能を信じるようになる。開かずの間で展開された事件には、ある女子学生の霊が関係していたが、やがて生身の犯罪者の存在が浮上してくる。
ファイルU トンネルの闇
ある夜、合コンで知りあった軽率な男達也の車に同乗するはめになった晴香(このへんがうかつな娘だ)は、あるトンネルで恐ろしい体験をする。トンネルを出たところで、達也は「子どもを轢いてしまった」と取り乱し始め、晴香は血だらけのスーツ姿の女性の姿を見る。そのトンネルは、事故が多く多数の死者を出していた。後藤刑事が決死のカーアクションを展開。八雲は死んだ子どもの無念をはらす。
ファイルV 死者からの伝言
疎遠になっていた晴香の友人詩織がある夜、突如晴香のアパートを訪れ、そして姿を消す。不安になった晴香は、着の身着のままで近所の詩織のアパートを訪ねるが、詩織は引っ越したあとだった。オートロックの部屋に鍵を忘れてきた晴香(ここでもうかつな娘だ)は、朝っぱらから八雲の部室を訪れるのだった。一方、後藤は、火事の現場で発見された女性の焼死体の身元を調べていた。友人に危険を知らせる霊の思いを、八雲が解き明かす。

タイム・ラッシュ 天命探偵真田省吾
神永学著(2010年) 新潮文庫
殺人の予知夢を見る車いすの少女と、両親を亡くし探偵事務所で調査員として働く青年が、予知された殺人を阻止しようとする、軽快で陽気なクライム・ミステリー活劇。
輸入会社社長令嬢の中西志乃は、12歳のとき交通事故で母を亡くし、自身は車いすの人となる。彼女は、それから7年もの間、殺人の夢をみるようになり、直後に夢は現実の事件となるということが続いていた。
ある日、事故現場に居合わせた探偵真田省吾の介入により、事件に巻き込まれて死ぬはずだった少女が死を免れる。志乃は、従者長谷川に命じて真田を探しだし、他の夢の犠牲者の保護を依頼する。
省吾は志乃の言葉を信じて殺人を阻止しようとするが、志乃の夢にはある共通項があり、それは省吾の過去にも大きく関わっているのだった。
志乃は孤独な少女で、仕事人間の冷徹な父と対立し、従者の長谷川が唯一の理解者である。夢で見た他人の死の重みを一身に背負って生きている。
一方、バイクを駆り、軽口を叩きつつ、調査に奔走する省吾は、かっこよくて人好きのするキャラである。彼の雇い主の山縣は、見た目もしゃべり方も茫洋としているが、実はもと警視庁の敏腕刑事。頭の回転が速く、できる奴である。同僚の公香もなかなかいい。
志乃が夢に見る一連の殺人事件は、警視庁で麻薬の密売組織を追う組織犯罪対策課刑事柴崎の捜査と交錯してくる。後半は、スピーディな展開にはらはらどきどきする。一件落着と思ったあとにさらにもう一段階あるのは、今風である。(2013.7)

<シリーズ作品>
「スナイパーズ・アイ 天命探偵真田省吾2」
「ファントム・ペイン 天命探偵真田省吾3」
「フラッシュ・ポイント 天命探偵真田省吾4」


藁の楯
木内一裕著(2004年)
講談社文庫(2007年)

2013年の同名映画の原作小説。著者は、「BE-BOP-HIGHSCHOOL」で知られる漫画家きうちかずひろ。
財界の大物の老人が孫娘を惨殺した犯人に10億円の懸賞金をかける。福岡で自首した犯人の清丸を警視庁と福岡県警の警護チームが護送する。何者かにより清丸の位置情報がネットに流され、一般人や警官や暴力団員などが入り乱れて次々と清丸を殺そうと襲撃してくる。SPの銘苅(めかり)らは必死の警護をするが、情報源はだれか、清丸は守るに値する人間なのかということで、チームの面々は次第に疑心暗鬼に陥り、殺気づいていく。
という設定と展開は、映画と同様。白岩は、映画では松嶋菜々子演じるシングルマザーのベテランSPだったが、こちらではどちらかというと軽い感じの若者となっている。
章ごとに、「一億二千万人」(日本全国民)、「三百五十人」(移送部隊の機動隊員)、「五人」(警護チーム)、「三人」(二人脱落して残った、銘苅、白岩、警視庁捜査一課警部補の奥村の3人)、「一人」(銘苅)と、清丸を殺す可能性を持つ人数が減じていくのはおもしろい。話もハードできびきびしていて、飽きない。銘苅が死んだ妻に抱く未練も、こういう設定には珍しく、真摯な思いに好感が持てた。
が、箇条書きのような、改行だらけのぶつ切りの文体にはどうもなじめなかった。小説というより、プロットづくりのためのメモを読んでいるようだった。(2013.10)
映画化:「藁の楯」(2013年)


OUT
桐野夏生作(1997年)
講談社
香取雅子、山本弥生、吾妻ヨシ江、城ノ内邦子は、弁当工場に深夜勤務しているパート仲間だった。邦子以外は、みな家庭の主婦だったが、それぞれに問題を抱えていた。
ある夜、弥生が女とギャンブルに狂った夫を殺してしまい、雅子はその死体処理を引き受ける。ヨシ江と邦子が死体解体に参加することになり、けちなマチ金業者 の十文字は邦子への借金の取立てから彼女たちの犯行をかぎつけた。彼は、雅子を死体処理のビジネスへと引き込んでいく。
一方、新宿のカジノのオーナー佐竹は、弥生の夫殺しの嫌疑をかけられ、それがもとで過去の殺人が暴かれる。店を失った彼は、真犯人への復讐へと燃える。
登場人物がめまぐるしく入れ替わり、同時に物語の視点も変わる。
おぞましい内容にもかかわらず、勢いで一気に読ませる暗黒小説。

個人的に唯一気になった点は、雅子が息子のお古のポロシャツを着ていること。崩壊した家庭の酷薄な主婦で、自分のファッションになど全く関心がないということを表しているのだと思うのだが、息子のお古という点に微妙に母親の甘えを感じてしまうのだ(でも書いているうちにわざとそ うしてるのかもとも思えてきたけど)。 (2003.4)

死ねばいいのに
京極夏彦著(2010年) 講談社
マンションの自室で27歳の派遣社員の女性が絞殺された。被害者の鹿島亜佐美について関係者に聞き回る若い男、渡来(わたらい)健也。亜佐美の知り合いだという彼の訪問を受けた事件の関係者たちは、渡来との会話を通して亜佐美のことを語るうちに、彼女との意外な関係を暴かれていく。
一人目は、亜佐美の派遣先の上司で、40代の中小企業の部長。二人目は、亜佐美のマンションの隣人で、高学歴30代の派遣社員の女性。三人目は、亜佐美の愛人の暴力団構成員。四人目は、亜佐美の母親。五人目は、事件担当の刑事。六人目は、殺人犯の国選弁護士。
一人目、二人目と、それぞれが一章をなし、関係者の一人称で語られる。亜佐美との関係もあいまいで、「まじ、○○っす」といった今どきの若者言葉でだるそうに話しかけてくる渡来に対し、不快感と不審感丸出しで対応していた彼らは、しかし、次第に亜佐美のことはそっちのけで、日頃から自身の中に鬱積している不満を口にし始め、怒濤のように愚痴を垂れ流す。読んでいてうんざりするが、そこでタイトルにある決め台詞が渡来の口をついて発射される。彼らは驚き、渡来はだるそうな口調のまま、説教に転じる。というつくりの連作短編のような形になっている。
★以下多少ねたばれあり(犯人は名指ししてません)
犯人は、割と早い時期に察せされるが、興味はやはり、なぜ、なにがあって殺したんだろうというところに行くので、渡来のまだるっこしい口調とうだうだと続く人々の愚痴の部分に閉口しつつも、最後まで読まないと踏ん切りがつかないので、途中で止められない。亜佐美の人となりが徐々に形をなしていって、最後はスリリングである。(2010.6)

凸凹サバンナ
玖村 まゆみ著(2012年) 講談社
風采の上がらない弁護士田中貞夫は、知人のキャバクラ経営者原口の口利きで、ビルの一室に法律事務所を開いたが、経営は苦しかった。
彼は、浮気が元で妻に離婚を言い渡された健康食品会社社長、芸能人になることを親に反対されている美少女小学生、労働条件の改善を訴える原口のキャバクラのロシア人女性従業員たち、自宅前の駐車スペースのことで隣人とトラブルになっている主婦、ずっと世話してきた高名な学者の遺品処理で大学側ともめる便利屋夫婦、訪問販売で怪しげなものばかり売りつけられる資産家の老婦人などの相談に乗る。
田中は、離婚騒ぎの社長が飼っていた豚のボニ―タを預かるはめになる。原口はシマウマが好きで、田中の事務所に来てはシマウマがサバンナを疾走するDVDを見ている。犬を飼っている老人もいるし、田中が訪れた資産家夫人の家には、亡父が残した動物の剥製がたくさん置かれている。というふうに、動物がなんとなく絡んでくる。
田中に事務所を世話した原口は、こすからい小悪党のようだが、すぐに人のよさを見せ始める。
下町人情風のしがない弁護士ほのぼの話かと思って読んでいると、そうでもない。
田中は小太りで不器用で、ドジである。隣人トラブルの件でつきあうはめになった老人に気に入られようと、無理に重い荷物を持っておっことしたり、大工仕事に慣れてもいないのに雨樋を直そうとして却って壊したり、犬の散歩を引き受けときながら犬を見失ったり、迂闊もいいところで、笑えるというよりはイラッとくる。しかも、何かとんでもなく暗い過去を抱えている。
田中の過去と同時に彼の秘密が後半明かされていくのだが、なぜこんなになるのか、こんなんにしたのか、よくわからない。小太りはいい。ハメットのコンチネンタル・オプも小太りだった。しかし、書道、硯、弁護士バッジ、レタス、不運な母の死、悲惨な父親の死、自分勝手な兄など、田中にまつわるものと田中という人が私の中でまとまらず、まとまらないまま、最後はなんで走るのかわからないまま、豚を抱えて走って終わってしまった。(2013.2)

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