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本 本  ミステリ(日本) あ行

<あ行作家姓あいうえお順>
逆ソクラテス、陽気なギャングが地球を回す(伊坂幸太郎)、 十二人の手紙(井上ひさし)、 屍人荘の殺人(今村昌弘)、 葉桜の季節に君を想うということ(歌野晶午)、 
探偵小説の「謎」、  乱歩の選んだベスト・ホラー (江戸川乱歩)、
カディスの赤い星
(逢坂剛)、 象と耳鳴り(恩田陸)

陽気なギャングが地球を回す
伊坂幸太郎著(2003年)
詳伝社ノン・ノベル 
銀行強盗を企む4人の男女。頭が切れ、他人の嘘を見破ることのできる公務員成瀬。おしゃべりでうんちく好き な喫茶店のマスター響野。動物好きでひょうひょうとしていて掏摸の腕前は一流の若者久遠。正確な体内時計を持ち、見事なハンドルさばきで車を駆るバツイチのシングルマザー雪子。
喫茶店で犯行の打ち合わせをして、計画通りに銀行強盗を決行。万事首尾良くいったはずが、別の強盗団にせっかくのあがりを盗られてしまう。犯人の一人から 久遠がすった携帯電話を手がかりに、彼らは一味の捜索を始めるが……。
おしゃれで軽快。知的で臆面もなくおっさんぽくて、伏線が気持ちよくびしびし決まる。(2004.10)


十二人の手紙
井上ひさし著(1978)
中公文庫(1980)

手紙や公的な届出文書などのみで語られる様々な事件や人々の生き様。読む者は、手紙から状況を推測しなければならず、それはミステリ小説の謎解きと同じように頭を使う。手紙からうかがえる切ない人生もあれば、最後で逆転するだましの構図もある。エピローグではこれまでの登場人物がひとところに顔をそろえてカーテンコールとなるのが奇抜だ。
★プロローグ 悪魔
就職のため、地方から都会に出てきた若い女性が弟や友人に宛てた手紙で構成される。希望を胸に都会に出てきた少女が、勤め先の上司の愛人となり、不幸な結果を招くまでが描かれる。
★葬送歌
女学校の生徒が劇作家に送った手紙。中に短い戯曲が挿入される。皮肉な結末で、劇作家は立つ瀬がないのではと思った。
★赤い手
手紙ではなく、出生届や死亡診断書、転入届、起訴状など役所や警察署や学校などへの様々な提出書類で示される一人の女性の生涯。読者は書類に記された内容と日付と提出者名で、なにが彼女に起こったかを想像力を働かせて読み解かねばならない。最後に満を持して女性の手紙が登場するが、ひどく切なくやりきれない思いが残る。
★ペンフレンド
文具卸業の事務所に勤める平凡な女性が、女友達に送る手紙によって語られる、恋人探しと思わぬところで生まれた恋の顛末。
★第三十番善楽寺
東京墨田区のホームレス一時宿泊施設の男性職員と、高知県の身体障害者施設の女性職員の間でやりとりされる手紙によって、一人の男の人物像が浮き上がる。
★隣からの声
新婚の妻が、オーストラリアに単身赴任している夫に宛てた手紙。夫を恋しく思う気持ちをつづっていたものが、徐々に隣家の異常な状況報告へと変っていく。それは、隣に越してきた主婦のところに家出していた息子とその恋人が訪ねてくるが、母の貯金をねらう彼らは自分の母親を折檻し、やがて手にかけてしまうというものだったが。
★鍵
初老の聾唖の画家は、山にこもり、山の風景を描くことに専念する生活を送っている。彼と都会の自宅で1人で暮らす妻との手紙のやりとり。一人暮らしは心配だからと画家は弟子たちに自宅に住んでもらうよう指示するが、やがて聾唖の弟子が盗みに入った暴漢に殺されるという事件が起こる。聾唖ゆえ、電話で事情を伝えられない妻は、もどかしくも手紙で事情を説明し、夫の帰宅を乞うのだが。
★桃
地方都市の上流階級の奥様たちによる社交クラブの代表者と児童養護施設園長との手紙のやりとり。一日母親の企画を申し出る奥様に対し、園長は自分の苦い経験を告げ、浅はかな善意のおしつけを諭すのであった。
★シンデレラの死
演劇学校に通って俳優を目指す若い女性が、高校時代の恩師に宛てた手紙。母子家庭で育った彼女が、継父の出現により不幸な目に遭って家を出た過去を明かしつつも、順調に俳優への道を進んでいる今の状況を明るく報告するが、実はスカウトの話は嘘だったことがわかり彼女を自殺をはかろうとする。しかし、実は、さらに、という話。
★玉の輿
若い女性から元恋人で恩師だった男性に宛てた手紙。アル中の父と二人で暮らす彼女は、定時制高校で教師をしていた男性と知り合い、卒業後は恋人同士となるが、父が病気を患ったため、彼との結婚をあきらめ、かねてより彼女を気に入っていた地方の酒造会社の若社長の後妻となる。嫁ぎ先は秋田県の旧家で、夫の愛人、父の病死、工場の火事と心労が続いた彼女は流産し、子どもを望めないからだとなって離婚を言い渡される。最初と最後の肉筆の手紙以外は、すべて印刷とカーボン複写によるもので、結婚のお知らせ、お見舞いのお礼、年賀状、同窓会欠席の返事、父の訃報、火災見舞いへの返事など、定例文的なものであるが、それらはすべて「手紙の書き方」についての既存の本の例文をそのまま引用しているという。夫の愛人に夫と手を切るよう依頼する手紙も例文があるという。たいへん実験的で興味深いものとなっている。
★里親
バーと喫茶店で働きながら学校に通う女学生が、故郷の父に宛てた手紙。老いた父に仕送りを断り、バーや喫茶店で働くようになっていくことや、バーの客の小説家とその弟子との出会い、弟子のひとりの青年との恋仲になる様子が語られていく。やがて、小説家殺人事件が起こる。青年が書いた小説「里親」を世に出すため、容疑者となった彼の罪をかぶろうとする女性だが、実は、その小説のタイトルが皮肉な勘違いを生んだのだった。
★泥と雪
文具輸入会社の社長が、友人の妻となっているかつての初恋の女性に宛てて書いた手紙。夫は愛人をつくり、離婚を望んでいるが、妻はがんとして拒んでいた。が、外国の高級文具のプレゼントとともに送られてくるラブレターに心が動き出し、妻は離婚して彼と再出発する決心をする。が、その手紙は夫がしかけた罠だったのだ。
★エピローグ 人質
冬、雪の積もる高原のホテルで、武器を持った若い男が宿泊客を人質に立てこもる事件が起こる。人質はすべて、これまでの手紙による物語に登場してきた人たちばかりで、かれらのその後を窺いしることができる。犯人は、エピローグで、手紙を書いていた若い女性の弟。彼は、愛する姉を不幸に追いやった男への復讐を丹念に計画し、実行したのだった。
この部分は、手紙ではなく、人質たちによる報告という形で書かれている。彼らが、ひそかに犯人の目を盗んで代わる代わるトイレの窓から中の状況を記した紙をまるめて投げるという取り決めをし、そのメモの内容が順々に記されるという趣向である。


屍人荘の殺人 
今村昌弘著(2017) 東京創元社
山奥や孤島の館に人が集まって、嵐や大雪などで交通が遮断され、孤立した状態の中、連続殺人事件が起こる。その場に居合わせた探偵が、トリックを見破り、犯人を言い当てる。といった、本格推理小説によく出てくる孤立した状態のことをクローズドサークルというらしい。
本作は、嵐でもなく大雪でもなく、バイオテロによるゾンビの大群の襲撃という、SFホラー的怪事件によってクローズドサークルが形成されるという点がひどく斬新である。
湖の近くの山荘「紫湛荘(しじんそう)」に集まったのは、神紅大学映研の部員(男子2名女子3名)とそのOBら(男子3名)、演劇部員(女子2名)、そして呼ばれたわけではないのに無理やり加わった同大学ミステリ愛好会の男子2名、彼らと行動を共にする探偵少女1名の計13名の若者と、館の管理人(男1名)である。
金持ちのドラ息子で映研OBの七宮は、一族が所有する山荘を貸し切って友人と後輩の学生たちを招待していた。OBたちは、映研部長の進藤に(レベルの高い)女子部員を連れてくるよう強要していた。一応撮影を名目としたこのような催しは1年前にも行われ、その後、参加した女子部員の一人が自殺し、一人が大学を辞めるという事態が起こっていた。
下心丸出しのOBたちの態度に、招待された美女たちの多くは嫌悪感を抱く。
やがて、近くで行われていたロックフェス会場で大掛かりなテロが発生、5万人の観衆にウィルスがばらまかれ、感染した者がゾンビとなって人々を襲い始める。ゾンビにかまれた者はゾンビになってしまうので、感染は急激に広がっていく。
その夜、嫌がる女子たちにお構いなく男女ペアでの肝試しを決行していた神紅大学の面々は、山を越えてくるゾンビの群れに遭遇、命からがら山荘内に逃れるが、仲間の何人かは襲撃に遭ってゾンビと化す。ゾンビたちは館の周辺を取り囲み中へ侵入しようとするも、知性がなく身体能力も極度に低い彼らは階段を上ることも満足にできないため、山荘内に閉じこもっていれば、当面は安全なのだった。
が、その夜、館内で、殺人事件が発生。映研部長の進藤が自室で惨殺死体となって発見される。そして部屋のドアの下には「ごちそうさま」と書かれたメモが。ゾンビは部屋には入ってこられないはずであり、メモを書くような知恵もないはずだが、死体はどう見てもゾンビに食い殺されたとしか思えない状態だった。
話は、ミステリ愛好会の葉村の目を通して語られる。ミステリ愛好会といっても部員は2人きりで、彼が師と仰ぐその名も明智恭介という先輩は、なんと事件発生直後にゾンビにやられて、あっけなく退場してしまう。明智を失った悲しみにくれる間もなく連続殺人事件が起こり、彼は、数々の事件を解決したことのある少女探偵剣崎比留子とともに、事件の謎を追うのであった。
どんくさい動きとはいえゾンビたちは、じわじわと迫ってきて、葉山たちの安全ゾーンは、徐々に狭まっていく。外部からの脅威を受けつつ、内部では連続殺人発生というダブルの危機にさらされる中、比留子は冷静に犯人を探り当てていく。
「フーダニット(誰が)」「ハウダニット(どのように)」にこだわる葉山に対し、比留子は「ホワイダニット(なぜ)」に強い興味を持つと言うが、この事件での「なぜ」と次に誰が殺されるかというのはすぐ明らかになり、比留子たちの謎解きは主に「どのように」に対して行われる。比留子の謎解きは、気持ちよく筋道が通っている。ヒントも前もってちりばめられ、ゾンビさえ受け入れられれば、きっちりした推理小説として楽しめると思った。
しかし、人間ドラマとしてはいまひとつで、犯人が殺人に至るいきさつも動機も通り一遍で、OBの立浪が語る自分の不幸な生い立ちや、葉山が突然見せる火事場泥棒への嫌悪も、取ってつけたようで深みが感じられなかった。ライトノベルっぽいノリがあって、わたしなんかが読むと少々気恥ずかしい部分もあり、特に比留子が髪をいじるしぐざの念入りな描写などは個人的な感覚でいうとキモいと思ってしまった。(2018.8)

葉桜の季節に君を想うということ
歌野晶午著(2003年)
文藝春秋
東京都目黒区白金に住む成瀬将虎は、警備員やパソコンインストラクターなどのバイトをし、フィットネスクラ ブに通って身体をきたえ、テレクラや出会い系サイトで知り合った女性とつかの間の情交を重ねる、という気ままなフリーター暮らしを楽しんでいた。
ある日、 自殺をはかろうとした女性麻宮さくらと知り合い、彼女のことが気になっていく。
一方、元探偵事務所調査員という経歴を持つことから、成瀬は、フィットネス クラブで知り合った良家の女性愛子から、不振な死を遂げた家族の調査を依頼される。久高隆一郎というその老人の死には、あくどい霊感商法を行っている謎の 組織「蓬莱倶楽部」が関わっているらしい。
軽妙な語り口で、あっちこっちと向きを変えながら話は進んでいく。
成瀬とさくらの出会いのシーンでのっけから受けた奇妙な違和感とあいまいさは、読み進む間ずうっと頭からぬぐえずむしろ暗雲のように広がっていって、唐突な話題転換とともにやけに落ち着かない気にさせられる。
え?なんでふぐなんて食べてるの? え?なんでこう言わないの? と思っていると、ラストの大暴露で胸のうちのもやもやは一気に晴らされる。
これまで頭の中に描いていた世界は崩れて、印象 は全く違うものになる。蓬莱倶楽部の商法にひっかかった被害者さながらにだまされたことを知って脱力する。
作者は決して嘘はついていない。それどころかそ こかしこにヒントを示してくれている。その周到さに脱帽する。(2005.1)


探偵小説の「謎」
江戸川乱歩著(1956年) 社会思想社(現代教養文庫)
古本屋でみつけた。定価240円のものを400円で売っていたが、「希少本」というシールが貼ってあったので、つい買ってしまった。
江戸川乱歩による探偵小説の解説本。一人二役の犯人や人間以外の犯人など意外な犯人や、氷を始めとする意外な凶器、推理小説の王道である密室殺人など、様々なトリックを紹介している。
谷崎潤一郎の「途上」(「プロパビリティの殺人」の項。「谷崎潤一郎犯罪小説集」所収)が読んだことがあるなと思っていると、ヘロドトスの「歴史」(「顔のない死体」の例)まで出てきたり、コンタクトレンズという名称もまだないころ(本書の初版が出たのが昭和31年)に犯人の偽装(変装)の手段として“メガネ代わりに目の中に入れるガラス”について言及していたりなど、古今東西に渡り縦横無尽に触角を伸ばしているのが、すごい。
後半に進むにつれて内容はさらに濃厚になっていく。
「犯罪心理」の項では、犯罪者の心理や性格を描いたものとして、「男の首」(シムノン)、「僧正殺人事件」(ヴァン・ダイン)、「赤毛のレドメイン家」(イーデン・フィルポッツ)を例に出している。犯人は、ニヒリストで道徳蔑視者で超絶的性格の持ち主であるとする。
暗号の章では、暗号のしくみと種類、解読法について説明。戦争のおかげで暗号記法が非常な発達を遂げ、自動計算機械で複雑な組合せを作るようになり、暗号解読の妙味がなくなって小説の材料には適さなくなったというのは、わかる気がする。(暗号については「暗号解読」(サイモン・シン)参照。)
指紋の章では、最初に指紋による犯人判別が行われたのはいつごろで、それが推理小説に登場したのはいつかといった話。1880年、日本に住むイギリス人のフィールズ博士が、指紋を個人鑑別に利用してはどうかという論文を発表したそうだが、彼が、日本の石器時代の土器についた指紋や、日本に古くからあった爪印、拇印、手形などを研究してヒントを得たというのは、非常に興味深いことである。ちなみに、乱歩によれば、もっとも初期の指紋探偵小説は、マーク・トウェインの「ミシシッピ川の生活」(1883年)「抜けウィルソン」(1894年)、そして日本における帰化英人の講談師兼落語家快楽亭ブラックによる口述速記「幻燈」(1892年)だそうだ。

そして、「スリル」についての言及。推理小説のだいご味は、ただ、理屈を追って謎を解くだけでなく、そこに潜む「スリル」を堪能することにあるという。いまならサスペンスという言葉が適切なのだろうが、これこそあらゆるエンターティンメントの真髄ともいうべきもので、わが意を得たりといったところである。
「スリル」については、ドフトエフスキーの二つの主要作品から例を示している。1つは「罪と罰」のラスコーリニコフと書記官ザミヨートフとのくだり、もう1つは「カラマーゾフの兄弟」の長老ゾシマと殺人犯である紳士とのくだりである。つい、その部分だけでも読み返してみたくなるのだった。(2011.4)

象と耳鳴り
恩田陸(1999年)
詳伝社文庫
引退した元検事関根多佳雄が遭遇する12の事件を描く短編集。
静かで知的、じっくりと言葉を選んだ丹念な文章。断言せずに曖昧なまま、余韻を残す。
収録作品は、「曜変天目の夜」「新・D坂の殺人事件」「給水塔」「象と耳鳴り」「海にいるのは人魚ではない」「ニューメキシコの月」「誰かに聞いた話」 「廃園」「待合室の冒険」「机上の論理」「往復書簡」「魔術師」。(2003.6)


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