みちのわくわくページ

○ 本 ミステリ(海外) まやらわ行

<作家姓あいうえお順>
殺す者と殺される者、 幽霊の2/3(ヘレン・マクロイ)
ある日どこかで、 深夜の逃亡者(リチャード・マシスン)
フランクを始末するには(アントニー・マン)、 殺人者の顔(ヘニング・マンケル)
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(スティーグ・ラーソン)、 ボストン、沈黙の街(ウィリアム・ランディ)、クライム・マシン(ジャック・リッチー)
その女アレックス(ピエール・ルメートル)

殺す者と殺される者 THE SLAYER AND THE SLAIN
ヘレン・マクロイ著(1957年) 
務台夏子訳 創元推理文庫(2009年)

★ネタばれあり!! この作品はネタばれが、読む意欲に大きく影響するので注意!!
マサチューセッツ州で大学に勤務している心理学者のハリーは、おじから多額の遺産を相続した直後、道端で転倒し頭部を打って意識を失う事故に遭う。
無事回復した彼は、大学を辞し、亡き母の故郷クリアウォーターに移り住む。
思いを寄せていた女性シーリアが、知人のサイモンと結婚したことを知ってショックを受けるが、彼女と再会し、乗馬や読書をして穏やかな日々を過ごす。
が、彼の身辺で異変が生じ始める。最初は、運転免許証が紛失したり、謎の手紙というかメモがいつのまにか机の上に置かれていたりといった些細なことだったが、やがて正体不明の徘徊者の噂が立ち、シーリアが侵入者と間違えて夫を射殺するという悲劇が起こる。
自分とそっくりな年上の従兄レックスに疑惑を抱き始めたハリーだが、やがてレックスも、自動車事故を装った殺人事件の犠牲者となる。
謎は募っていくが、しかし、ハリーの一人称の語り口により、ヒントはあちこちにちりばめられている。最初の事故後の年齢についての言及で、分かる人には、大体のからくりの予想がつくようになっている。
しかし、そうしたことがなぜ起こり得るのか、またそうした状況になった経緯についてどのような説明がくだされるのか、ということに興味が行くので、読む気が失せることはない。
起こり得るのかという疑問は、舞台となるのが1938〜48年であることで一応説明される。テレビはまだなく、ハリーは新聞を読んでいない。(それでも、10年のギャップには無理があるように思えなくもないが。)
昨今は、多重人格について多くの書物が出回り、小説や映画にもそうしたものを扱った作品が見受けられるが、それでも、副人格という真相は衝撃的だった。筆談による人格と人格のやりとりは、緊迫感に満ちている。
同じ人間でも、内部に共存する人格のどちらが出てくるかで、顔つきが大きく変わってしまうのだろう。ヘンリーが転倒したのはつい最近なのに、意識が戻ったときに出てきたのは10年ぶりに覚醒したハリー。ハリーにすれば、自覚がないまま10年が経っている。つまり実際は36歳なのに、自分は26歳だと思っている。鏡を見て、ショックを受ける。が、周りの人には、若返ったように見える。屈託だらけのヘンリーと、屈託のないハリーでは、別人のように見えるのだろう、と想像がつく。そうした描写がいちいち巧みだ。新訳を出すだけの価値がある、見事な一品だと思った。 (2013.9)

幽霊の2/3 Two-Third of a Ghost
ヘレン・マクロイ著(1956年) 駒月雅子訳
創元推理文庫(2009年復刊)
コネチカットの田舎にある出版社社長宅で開かれた内輪のパーティで、人気作家エイモス・コットレルが毒殺される。会場に居合わせた精神科医のペイジル・ウェイリング博士が捜査に乗り出す。
エイモスの別居中の妻ヴィーラはハリウッドの女優だったが、仕事を止めてエイモスの元に戻ろうとしていた。エイモスは、アル中から立ち直った過去を持つ が、彼女と結婚し同居していた3ヶ月の間は再び酒を飲み、執筆作業を全く行わなかった。
そこでエイモスの出版元の社長トニー・ケインとエージェントのガス・ヴィージーは、ヴィーラをエイモスから引き離す算段をし、ヴィーラをトニーの自宅に招待することにしたのだった。パーティ会場では、二人の批評家、エイモスの作品を絶賛するレプトンと、痛烈に批判するエイヴァリーが期せずして顔を合わせるはめになった。一方、ヴィーラと再会したエイモスは、断っていた酒を飲み、泥酔した状態でパーティ会場に現れる。
ガスの妻ヴィジーが、エイモス宛の手紙を間違えてヴィーラに送ってしまう最初の1章で、それぞれの関係を一気に説明してしまう手際のよさに驚く。以後、前半はガスとメグ、トニーとフィリパ、エイモスとトラブルメイカーで憎まれ役のヴィーラ、ベイジルとギゼラという4組の夫婦と、二人の独身批評家といった主要人物らが入れ替わり立ち替わり登場し、伏線をばらまきながら話を進めてゆく。トニーの妻フィリパは、富裕階級出の、個性的ではあるが趣味のいい装いに身を包んだ、魅力的な女性として描かれている。外見よりも知的な男性に弱いというのも、なかなかユニーク。
後半は、ウェイリングの犯人捜しとなるが、彼が最初に直面したのは、文字通りエイモスの「知られざる」過去だった。彼は、わずかな手がかりからエイモスの秘密を突き止め、彼の著作の内容から謎を解き明かしていく。
小気味のいい、上質のミステリ。アメリカの出版業界の様子や、それに対する皮肉めいたユーモアも楽しい。
奇妙なタイトルは、作中に出てくるゲームの呼び名を指す。親が参加者一人一人にクイズを出していき、1問答えられないと「幽霊の1/3」、2問答えられな いと「幽霊の2/3」となり、答えられない問題が3問目になると、「幽霊」となって死ぬ、つまりゲームから外される、というもの。しかし、当然、このタイ トルには二重三重に意味が含まれているのである。(2010.1)


深夜の逃亡者 Fury on Sunday
リチャード・マシスン著(1953年)
本間有訳 扶桑社ミステリー
ある事件がきっかけで精神病院に入院していたピアニストのヴィンスは、愛する女性ルースを救うため、脱走を決行する。
男色の看護士ハリーの誘いに乗る振りをして病室から抜け出たヴィンスは、隙を見てハリーを襲い、夜警から銃を奪って深夜のニューヨークの街に出る。
ルースの夫ボブを殺し、ルースを自由の身にして二人でどこかへ逃げようと思い詰めていた彼は、ボブとルースの家へ行こうとするが、地下鉄で警備員と揉めて負傷し、乗客の目を気にしてとっさに下りた駅から、知り合いの音楽マネージャー、スタンとその妻ジェーンが住むマンションに向かう。
やがて、ボブが、スタンから電話で呼び出され、そのあとをルースが追う。マンションの一室で過去の因縁のある者たち全員が顔を合わせ、壮絶な駆け引きと命の奪い合いを繰り広げる。
登場人物たちがひとりひとり実にくっきりと描かれていてわかりやすい。同じ場面で視点はころころと変わるのに、混乱することがない。
広告会社に勤めるボブと清楚な妻ルースという理想的な夫婦と、気弱な中年男のスタンと夫を軽蔑し無視し続ける淫乱な妻ジェーンという壊滅寸前の夫婦。
映画やドラマであれば主人公となるのは善玉夫婦ボブとルースなのだが、本作では、彼ら以外の、破綻した性格の持ち主たちの方が、強烈な印象を残す。臆病者である自分を責め続け、愛する妻の気持ちをなんとか自分に向けようとあがくスタンと、いわゆる悪女(バンプというのか)でありながら最後にいいところを見せるジェーン。そして、一丁の拳銃を頼りに、たった一人で彼らと対決する狂気のピアニスト、ヴィンス。死してなお彼の心を支配する亡き父親ソールの存在もまた怖い。
午前1時から5時までの4時間の間に展開するドラマは、スピーディで緊張感に満ちていて、はらはらどきどきさせられっぱなしだ。(2010.7)


フランクを始末するには Milo and I
アントニー・マン著(2003年)
玉木亨訳 創元推理文庫

気の利いたミステリ短編集かと思ったら、奇妙な味わいのしゃれたショート・ショート集という感じだった。こういうテイストは、最近はあまり見かけないのではないかしら。
★マイロとおれ Milo and I
「天真爛漫計画」というよくわからない当局の方針で、生後14ヶ月の赤ん坊を連れて捜査に赴く刑事の一人語りの事件記。赤ん坊のマイロは、殺人現場で、関係者の居室で、床を這い回っては、重要な手がかりを発見する。
★緑 Green
庭の芝生がきれいに刈られた閑静な住宅街で、唯一庭の手入れをしない「ぼく」は、屋根裏で密かに、「雑草」を育てていた。
★エディプス・コンプレックスの変種 The Oedipus Variation
プロのチェスの指し手を目指す「ぼく」は、新しく師事することになったチェスの師である博士から、勝負に勝つためには父親を憎めというアドバイスを受ける。父親とたいへんいい関係を保ってきた「ぼく」は、心の痛みを覚えつつ、父親につらく当たるようになり、チェスの腕はぐんぐん上達していった。
★豚 Pigs
主人公の「わたし」は妻とともに、風変わりな夫婦と知りあいになる。彼等はペットの豚をとてもかわいがる一方、「愛玩用」の若者を同居させていた。豚は心臓を患っていて、彼等は臓器移植を試みる。豚に心臓を提供したのは誰かという、ブラックな話。
★買い物 Shopping
独り暮らしの男の日々の買い物メモだけが続く一編。想像力をかきたてる、ブラックな実験的ショート・ショート。
★エスター・ゴードン・フラムリンガム Esther Gordon Framlingham
ミステリ作家を志望する「わたし」は、奇抜な探偵のアイデアを出しては、それはすでにある、とことごとくエージェントの女性に却下される。彼女は、「ルーファス神父」シリーズを書いている作家エスター・ゴードン・フラムリンガムが極秘のうちに死去したが、出版社はシリーズを望んでいるということで代筆者としての仕事を進める。「わたし」は気が進まないでいたが、やがてライバルらしき男が「わたし」の命をねらってくる。
★万事順調(いまのところは) Things Are All Right, Now
「わたし」は、かつて娘を死に追いやった麻薬中毒の男と偶然再会する。相手が誰か気づかないまま、男は他愛ない世間話を続ける。「わたし」は復讐のための行動に出る。
★フランクを始末するには Taking Care of Frank
スターのフランクは長生きしすぎて、みんなが困っていると、「わたし」のところにフランク殺しの依頼が来る。出版社もプロダクションもフランク追悼のための作品をこぞって用意しているのに、本人はいっこうに死にそうにないのだ。フランクのファンである「わたし」は気が進まないながらも、仕事をするためフランクの家に侵入するが、フランクの方が一枚上手なのだった。
★契約 The Deal
隣人のロン・クイントーンとその妻ジルは、入れ替わり立ち替わり「わたし」に契約の話をもちかけにやってくる。が、「わたし」は、がんとして受け付けない。事件を売り物にしようとするメディアとそれに抗する老人。殺人事件の被害者、こどもを殺された親の心情をたんたんと綴った、硬質な一遍。
★ビリーとカッターとキャデラック Billy. Cutter and the Cadillac
仲間うちでの賭の話。リーダー格でちょっと狡猾なビリーは、伯父から譲られたキャディラックを売りに出すという。仲間のひとり、でぶのカッターは、そんなに貴重な車を売ってはならないと訴える。ビリーは、カッターの持っている高価そうな時計に目をつけ、1週間のうちに5ポンド痩せたら、キャディラックをカーターにやる、だめだったらビリーがカーターの時計をもらう、という賭をする。どうしてもキャディラックを手に入れたいカーターは、驚愕の手段をとる。
★プレストンの戦法 Preston’s Move
チェスの解法を発見したという男の悲劇。「わたし」のチェス相手だったプレストンは、無名からどんどん勝ち進んで、チャンピオンを打ち負かすまでのプレイヤーになるが。
★凶弾に倒れて Gunned Down
七歳のとき堕胎医だった父を間近で殺された「ぼく」は、犯人の元狂信者カール・ヘンデンが、更正し、運動家として名を挙げていく様子を追い続けている。ある日、本のサイン会で、彼はヘイデンに再会する。(2012.11)

殺人者の顔 MORDARE UTAN ANSIKTE
ヘニング・マンケル著(1991年)
柳沢由実子訳 創元推理文庫
スウェーデン南部のスコーネ地方の小都市イースタの警察署に勤務する中年の警部クルト・ヴァランダーを主人公とするミステリ・シリーズの第1作。
農村に住む老人夫妻が、自宅で惨殺される事件が起こる。瀕死の老婦人が遺した「外国の」という言葉から、警察は犯人は外国人である可能性が高いと見て捜査を進める。が、極秘のはずの情報が漏れてしまい、移民逗留所の近くを散歩していたソマリア人が射殺されるという事件が新たに起こる。ヴァランダーらは、移民排斥運動家の犯行と見て、捜査を始める。
ヴァランダーは、二つの殺人事件の捜査に忙殺される一方で、家出した娘の心配をし、ぼけの症状が出てきた一人暮らしの偏屈な老人である父の心配をし、離婚を言い渡された妻に未練を残しつつ、新任の美人検察官に心惹かれたりもする。家庭の崩壊に悩み、酒を飲んで酔っ払い運転をしているところを部下の警官にみつかるが、部下は彼を見逃してくれる。家庭では不遇で、勤務は過酷だが、同僚や部下には慕われているようだ。彼が絶対的な信頼を寄せている鑑識のリードベリは、哀愁が漂っていていい。
派手なアクションも、胸のすくようなどんでん返しも、意外な真相の暴露もない。地味なおじさんが地道に捜査をするだけで、この釈然としない感じ、伏線だと思ったことが放置されたままの感じは、イギリスやアメリカのミステリだと消化不良になりそうだが、なぜか北欧の田舎町という背景にはしっくりくるようで、不思議な余韻を残す。(2012.12)


ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 Millennium MAN SOM HANTAR KVINNON
スティーグ・ラーソン著(2005年)
ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳 早川書房(上・下 2008年)
ベストセラーとなったスウェーデン製のミステリー三部作の第一作目。ハリウッド映画化にあたって、原作を読み、スウェーデン版の映画を見た。
失意にある中年男性ジャーナリストと、背中に龍の刺青を彫った若い女性調査員が、スウェーデン、ノールウェイ地方の孤島で40年前に起こった美少女失踪事件の謎を追う。
経済ジャーナリスト、ミカエル・ブルムクヴィストは、大物実業家の不正を訴えた記事を書き、名誉毀損で訴えられ、有罪となる。彼は、禁固3ヶ月の実刑執行を控え、共同経営していた経済誌「ミレニアム」の編集部を退く。
ミカエルは、ノールウェイ地方の孤島ヘーデビー島に住む、大企業グループの前会長ヘンリック・ヴァンゲルから、ある仕事を依頼される。表向きは、ヴァンゲル一族の家族史の執筆だが、真の狙いは、40年前に失踪したヘンリックの甥の娘ハリエットの行方を改めて調査することにあった。島へ渡る橋で事故が起き、密室状態にあった島で、彼女は忽然と姿を消した。ヘンリックは、ハリエットは何者かによって殺害されたと考え、40年間、調査を続けてきたのだった。
ミカエルが、裁判で有罪判決を受け、「ミレニアム」の共同経営者であり愛人であるエリカと今後のことを話し合い、ヘンリックの依頼によってヘーデビー島に滞在し、調査を開始する様子が、比較的のんびりと描かれる一方、セキュリティ会社で非常勤の調査員として働く風変わりな若い女性リスベット・サランデルが置かれている孤独で過酷な事情が示される。彼女は、身体のあちこちに刺青を入れ、ピアスをつけ、革ジャンを着てカワサキのバイクを乗り回す。パソコンを自在に使うハッカーでもあるが、何か相当辛い過去を持っていて、後見人制度によって後見人をつけられている。
調査において新たな手掛かりを得て、助手を必要としたミカエルは、ヴァンゲルの弁護士フルーデが、自分を雇う際に身上調査を依頼したリスベットの報告書を見てその有能さを認め、彼女に調査の協力を依頼する。
前半は、40年前の事件の説明と遅々として進まないミカエルの調査の様子に加えて、エリカとのちょっとうっとうしい愛人関係や島にきてから一族の一人セシリアとすぐさま深い仲になるといったミカエルの女性関係がえんえんと描かれたり、中途半端なところで3ヶ月弱の収監が差し挟まれたりなど、割ととりとめなく進む。
後半、リスベットとチームを組み、40年前の写真からハリエットが「見たもの」を探りあて、ハリエットが書き記した謎の番号から極悪な連続殺人を解き明かしていく段になると、ミステリの醍醐味が出てきて、犯人との対決まで一気に読み進める。
謎や謎ときの方法としては、さほど目新しくはなく、真相も途中から予想できないでもないのだが、リスベットとミカエルの、水と油のようでいて、意外としっくりいくチームがなかなかよく、楽しめる。
スウェーデンのノールウェイ地方という、あまりなじみない北欧の田舎の風景や雰囲気の描写が、新鮮でもあった。零下20〜30度という極寒の季節に調査が始まり、暖かい季節の訪れとともに、謎が解けていくというのもいい。(2012.2)

おまけ:ミカエルは、その取材力から「カッレくん」というあだ名をつけられていて、本人はこれを嫌っているということになっている。「名探偵カッレくん」は、子どものころ、夢中で読んだ。たいへんおもしろかった記憶があるが、娘が小学生のころ図書館で借りてきたので、読み返してみたのだが、おもしろさは全く色あせていなかった。私は、極上の娯楽ミステリのひとつであると思う。
映画化:「ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女」(2009年 スウェーデン/デンマーク/ドイツ)
ドラゴン・タトゥーの女」(2012年 アメリカ)


ボストン、沈黙の街 Mission Flats
ウィリアム・ランディ (アメリカ2003年)
東野さやか訳 ハヤカワ文庫
湖岸の小屋で殺された検事補の事件を追って、ボストンを訪れた田舎町の若き警察署長ベン・トルーマン。
殺人事件に不慣れなベンは、元ベテラン刑事ケリーの助けを得ながら、大都市の無法地帯で、海千山千の刑事たちを相手に犯人を追及していく。
という謳い文句に誘われて小気味のいい警察小説を期待して読むと、ちがう。
読んでいるあいだじゅう、気になっていた思わせぶりな一言一言が周到な伏線になっていて、途中から他の登場人物だけでなく読んでいるこっちもベンが信じられなくなってくる。この居心地の悪い、不安定な状況は、法には限界があるということを身を以て知っている元検事補である作者の主張を如実に表しているのかも知れない。が、やっぱり納得できない。エンディングのサプライズをどうとるかが問題と「このミス」には書かれていたが、頭が固いといわれても、私はフェ アじゃないと思う。(2004.2)


クライム・マシン The Crime Machine
ジャック・リッチー著 
好野理恵他訳 河出文庫(2009)
<※ネタバレ多少あり!>
犯罪絡みのちょっとひねった展開が楽しめる、粋でブラックな短編集。
☆クライム・マシン The Crime Machine(1961)  好野理恵訳
殺し屋の「おれ」は、タイムマシンで殺人現場を目撃したという男の訪問を受け、口止め料を要求される。タイムマシンの存在など全く信じない「おれ」だったが、男が「おれ」の犯行現場の詳細を知っている理由が他に考えられないのだった。一方で「おれ」は、美しい妻の行動が気になり、監視のため、探偵を雇っていたのだが、そのことがタイムマシンの謎とつながってくる。
☆ルーレット必勝法 Where the Wheel Stops(1958)  好野理恵訳
カジノで勝ち続ける男。店のオーナーは、男の必勝法を探ろうとするが、そこで意外な事実を発見する。男は毎回勝っていたのではなく、勝ったようにみせかけていたのだった。
☆歳はいくつだ For All the Rude People(1961) 藤村裕美訳
癌の宣告を受けた男が、町で出くわす礼儀知らずの人間どもをやっつける。邦題は、男が無礼な相手に声をかけるとき、最初に問う言葉。
☆日当22セント Twenty-Two Cents a Day(1966)  好野理恵訳
冤罪で刑務所に入っていた男が出所する。彼は、役に立たなかった弁護士や、嘘の証言をした証人たちを訪ねる。男の復讐を案じた刑事は、彼を監視するが。タイトルは、刑務所の労働は日割り計算すると日当22セントという意味。
☆殺人哲学者 The Killing Philosopher(1968) 谷崎由依訳
小屋に一人で住む男をスーツ姿の男たちが訪ねてくる。男は、刑事らしき二人に、生活の心配もなく誰にも邪魔されずに思索に耽るには、死刑判決を受けて刑務所の独房に入るのが一番ということで、通りがかりの少女を殺したのだと、自分の計画実行の様子を得意げに語るが。
☆旅は道づれ Traveler’s  Check(1962) 谷崎由依訳
飛行機で隣同士に乗り合わせた二人の婦人は、おしゃべりをするうちに、二人の夫が同一人物であることに気づく。夫は、やっかいな女を同時に消す計画を立てていたのだった。
☆エミリーがいない The Absence of Emily(1981)  好野理恵訳
妻のエミリーが失踪したという夫の怪しげなそぶりに、エミリーの姉は、妹は夫に殺されたのではないかと言う疑いを抱く。妻殺しの犯人らしき夫の一人称で描かれる、小粋なミステリ。
☆切り裂きジャックの末裔 Ripper Moon(1963) 藤村裕美訳
妻がやがて相続すると思われる財産を目当てに結婚した精神科医の男。が、財産は妻の妹が相続することが判明する。彼は、自分を切り裂きジャックの末裔だと信じる患者を利用して、妻殺しを企む。
☆罪のない町 Lily-White town(1960) 谷崎由依訳
噂話の会話だけで、平和な町に隠された犯罪を見事にほのめかすショート・ショート。
☆記憶テスト Memory Test(1965)  谷崎由依訳
動物虐待をする人を何人も毒殺した罪で服役していた老婦人が出所する。仮釈放審議委員の博士は彼女を自宅の使用人として引き取るが、そこには隠された目的があった。
☆記憶よ、さらば Good-by, Memory(1961)  好野理恵訳
記憶喪失の男は、召使いだという男から自分が妻を殺したと知らされる。口止め料を要求してくるその召使いを殺してしまうが、妻は生きていたのだった。男は、プライドが高く、馬鹿にされるとその事実から逃避するため一切の記憶を失うという都合の良い習性を持っていた。
☆こんな日もあるさ Some Days Are Like That(1979)  藤村裕美訳
身元不明の男の死体を自分の叔父と認めて引取りにきた姪。後から死体は、違う男であったことが判明する。ヘンリー・S・ターンバックル部長刑事は、そこに殺人事件の臭いをかぎつける。名推理をしたつもりが、自分の思惑とは全く関係ないところで事件解決に重要なヒントを与えていた、というちょっとずれた刑事の迷走がおかしい。
☆縛り首の木 The Hanging Tree(1979) 藤村裕美訳
捜査の帰り、寂しい村に紛れ込んだ二人の刑事。村の小学校の校庭の木には、絞首索結びのロープがぶら下げられていた。1847年、村の人々によって処刑された魔女によって、村には呪いがかけられていた。ミステリというよりは、恐怖譚。
☆デヴローの怪物 The Deveraux Monster(1962) 藤村裕美訳
古い屋敷にまつわる怪物の伝説。屋敷の主人ジェラルドは、祖父から父を経て一通の手紙を受け継いでいた。それには毛むくじゃらで黄色い歯をもつ怪物のことが記されていた。殺人事件は、本当に怪物が犯人なのか。ホラーの様相を呈した時代を超えたミステリ。

その女アレックス  ALEX
ピエール・ルメートル著(2011年)
橘明美訳 文春文庫(2014年)
★ダイレクトではないけれど、なんとなくわかってしまうかもしれない感じでネタばれあり★
「週刊文春2014年ミステリーベスト10」などで1位を獲得した、話題のフレンチ・ミステリ。
猟奇的な内容あり、作者による画策ありで、賛否両論、駄目な人は駄目らしい。アクションやハードボイルドは好きだけど、猟奇殺人や監禁ものにさほど興味があるわけではないので読もうかどうかちょっと迷ったのだが、これはこれで面白かった。アレックスが強烈だった。
一部では、アレックスという30歳の美女が突然誘拐され、窮屈な木製の檻の中に監禁される事件が起こる。警察は、目撃情報をもとに捜査を進めるが、犯人はおろか被害者の身元をつかむこともできない。やがて犯人が特定されるが、被害者のアレックスは自力で脱出を図ったあとだった。
二部では、一部の内容を受けた、猟奇的連続殺人の様子が、犯人側と警察側との両方から交互に描かれる。
三部では、警察により、一連の犯行の謎解きが行われる。
語り口は一方的で、作者のやりたい放題である。これを公明正大さに欠くということで批難するミステリファンもいるようだが、本格推理とは捉えず、小説は作家のもの、錯覚やミスリードを招くのもねらいのうちと思って読めばいいかと思う。本の紹介文やアマゾンなどの書評を読めば、騙しがあることはわかるので、最初から地の文を鵜呑みにせず警戒しながら読み始めたのだが、途中から勢いに押されてほぼ流れに身を委ねてしまった。例えば犯人は、なぜ、トゥールーズへ行き、パリに戻り、ドイツ行きトラックに乗り、そしてまたパリへ戻ってきて、スイス行きの航空券を買ったのか。読みながら感じた違和感をきちんと突き詰めれば、途中で真相は予測できるかもしれない。痛いのや苦しいのが苦手だと辛いかもしれないし、酷い話ではあるが、勢いがあって力強かった。善悪とか道徳観念とかお構いなしに、強烈なキャラクターとサスペンスでぐいぐい押していく感じがよかった。
ただ最後は、捜査陣がああいう人たちだったからいいものの、身も知らぬ警官に大事な結果を委ねすぎではという気がする。
そのパリ警視庁犯罪捜査部の捜査陣が個性的。班長のカミーユ・ヴェルーヴェン警部は、有名な画家を母に持ち、しかもその母が妊娠中に禁酒しなかったせいで発育不良となり身長が145センチしかない、さらに最愛の妻を誘拐殺人事件で亡くして心に傷を負っている。その彼を気遣う部長のジャン・ル・グェンは肥満の巨漢、部下はおしゃれで人好きのするイケメン富豪刑事ルイ・マリアーニと貧乏人根性丸出しの刑事アルマン。この4人の組み合わせはマンガみたいだが、そのおかげで話の悲惨さが緩和されているように思う。カミーユが最後に「正義」を口にすることに異議を唱える声があるようだが、いやいや、ここで正論を持ち出すのは野暮な話、してやったりの感情論で構わないだろうと私は思った。(2015.4)

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