みちのわくわくページ

○ 本 ミステリ(海外) あ行

<作家姓あいうえお順>
フロスト始末、 夜明けのフロスト、冬のフロスト、フロスト気質、フロスト日和(R・D・ウィングフィールド)
夜の片隅で(ジョン・モーガン・ウィルソン)  訣別のトリガー(アーバン・ウェイト)
失踪当時の服装は(ヒラリー・ウォー) 女彫刻家(ミネット・ウォルターズ)  
ハリウッド警察25時(ジョゼフ・ウォンボー)
暗い森(アーロン・エルキンズ)  ブラック・ダリア(ジェイムズ・エルロイ)
ザリガニの鳴くところ(ディーリア・オーエンズ)
特捜部Q −檻の中の女−(ユッシ・エーズラ・オールスン)

<フロスト・シリーズ>
フロスト始末 A Killing Frost
R・D・ウィングフィールド著(2008年)
芹澤恵訳 創元推理文庫(上・下)(2017年)
イギリスの架空の町デントンの警察署で、天敵の上司の攻撃を交わしながら、同時多発する難事件に不眠不休で取り組む、フロスト警部のシリーズ最終作。
冒頭の腐りかけた人の足首が発見される件りから始まって、駐車場での少女暴行事件、13歳の少年少女失踪事件、スーパー毒物混入脅迫事件、児童ポルノ愛好会の秘密会合現場取り押さえ、行方不明の女性の死体の発見、怪しげな元肉屋と悪党カップルの容疑者浮上、看護師の失踪など、次から次へと事件や容疑者が涌いて出る。
新任の主任警部スキナーは、面倒でハードな捜査は部下にやらせて手柄だけかっさらっていくという嫌な奴、しかも所長のマレットとつるんで、フロスト警部を追い出すことを企んでいる。
腐乱死体が2つでてきて、その描写にけっこうな量が割いてある。2つ目の死体を巡っては、元肉屋の倉庫に侵入したフロストが、暗闇の中で汚物にまみれて犯人と格闘し、ぬるぬるどろどろのひどい状態になる。虐待され殺されていく少女を映したビデオについての描写は悲惨このうえなく、嫌われ者スキナーの末路についても笑えない展開となっている。
久しぶりの翻訳である。小説の風味がちょっと変わったのか、単に私が歳を取ったのか、このシリーズの印象にあった軽快さ、絶妙さが減って、ペシミスティックな空気が漂い、フロストの疲労感と哀切がより濃く感じられたように思う。
受付担当のビル・ウェルズ巡査部長との軽妙で気の利いたやりとりは変わらず。
スキナーから卑劣ないじめを受けつつもけなげに頑張る新米女性巡査ケイト・ホールビーの存在が救いとなっている。(2017.8)

夜明けのフロスト Early Morning Frost
R・D・ウィングフィールド著(2001年) 芹沢恵訳
光文社文庫 「『ジャーロ』傑作アンソロジーB夜明けのフロスト」所収
クリスマスの日の早朝から夜にかけてのフロスト警部の仕事ぶりを描く。
あいかわらず風采の上がらない格好で錯綜する複数の事件に振り回され る。デパートの金庫破り、乳児誘拐、少女失踪事件に、署に連行された酔っぱらいや、クリスマスの夜に壊れて使い物にならない電子レンジが絡む。 上官のマーフィをこきおろし、部下をこき使って、それでもなんとか解決にこぎつける。中編でもフロストが抱え込む事件の濃度と彼独特のペースは変わらない。 (2007.1)


冬のフロスト WINTER FROST
R・D・ウィングフィールド著(1999年)
芹沢恵訳 創元推理文庫(2013年)
★6行目以降ある程度のネタバレあり!! 注意!!★
フロスト警部が、デントン署所轄内で同時多発する事件の捜査を行うシリーズ長編第5作。
冬のデントン市。連続少女殺人事件と連続娼婦殺人事件という2つの悲惨な事件が起こる中、さらに盗んだものを枕カバーに入れて持ち去るためベッドにむき出しの枕を置いていく枕カバー窃盗犯や路上とコンビニで老人が犯人に銃撃される強盗事件、住宅地の裏庭から発見された何十年も前の男の白骨死体から暴かれる殺人事件などが持ち上がる。
しかも酔っ払いのフーリガンの集団をデントン署に収容するはめになって、署内はてんやわんやの状態。内勤で受付業務担当のビル・ウェルズ巡査部長はより愚痴っぽくなり、フロストが「はりきり譲ちゃん」と呼ぶリズ・モード部長刑事は警部代行となってますます張り切っているが、堕胎手術をしたり、おとりとなって危険な目にさらされたりといろいろ気の毒である。今回は、さらにドジでスケベで憎めない小男、フロストが「ウェールズの芋にいちゃん(タフィ)」と呼ぶモーガン刑事が加わって、フロストと読者をなごませたりいらつかせたりする。
2件の連続殺人事件には、次々と容疑者が現れ、というかフロストが容疑者とみなした人間をひっぱってきては空振り、しかしなにかしら次の捜査へのヒントを残していくという展開でめまぐるしく迷走する。
連続少女誘拐暴行殺人事件では、前科のある小児性愛者、二番目の被害者の母親のボーイフレンド、最初の被害者の死体の在りかを言い当てた超能力者、幼児写真愛好家などが犯人候補として登場。
連続娼婦暴行殺人事件では、売春の元締めの用心棒、被害者の一人の恋人の男、歯科医、娼婦を暴行した前歴のあるタクシー運転手、おとりとなったリズのバッグを拾った男などが、容疑者として浮かび上っては消えていき、最後はまさに意外な犯人にたどりつくが、それもちゃんと前振りはしてあるのだった。
よれよれのレインコートにえび茶色のマフラーといういつものいでたちで、いつものように睡眠不足のフロストは、いつもよりさらにお下劣なジョークを飛ばして絶好調、あいかわらず上にへつらい下に厳しい厄介な所長のマレットをけむに巻くが、容疑者のひとりが自殺したり、なんともやりきれない長年に及ぶ母子の話があったり、死体となって発見された少女の母に抱き締められてほろりとしたり(多分。ここは例によって行為の描写のみ。フロストの心情は描かれない)、最後は犯人の手に落ちたリズを助けるため必死の救出を試みたりと、印象はこれまでよりハードである。(2014.1)

フロスト気質 Hard Frost
R・D・ウィングフィールド著(1995年)
芹沢恵訳 創元推理文庫
冬のデントン警察署。
休暇中のフロスト警部は、マレット署長の部屋から高級葉巻を拝借しようと署に立ち寄ったがために、休暇返上で少年殺人及び誘拐事件を始めとした、複数の事件の捜査に当たるはめに陥る。
愚痴ばかりこぼしている受付のビル・ウェルズ巡査部長、陽気なハンロン部長刑事、有能なバートン刑事というデントン署の顔触れに、自動車事故で入院したアレン警部の代わりに急遽レクスフォード署から招集されてきたキャシディ警部代行と、配属されて間もないやる気まんまんのリズ・モード部長刑事が加わる。
キャシディは、かつてデントン署に勤務していた警官で、4年前、14歳の娘をひき逃げ事故で亡くしていた。捜査にあたったのはフロストだったが、ひき逃げ犯を捕まえることができず、キャシディは、そのことでフロストの警官としての資質を低く評価し、恨みを抱いてもいた。上昇志向の高いキャシディは、何かとフロストを目の敵にし、マレット署長に取り入るのだった。
フロストは、7歳の少年殺人事件、同時に発生した7歳の少年誘拐事件、幼児の肌に軽い傷を負わせて欲情する異常者による連続幼児刺傷事件、15歳の少女が誘拐されて親が身代金を払った後に裸で解放された少女誘拐事件、窃盗・恐喝の前科がある男レミー・ホクストンが腐乱死体で発見された殺人事件、14歳の少女失踪事件などに挑む。
よれよれのレインコートにえび茶色のマフラーというお馴染みの出で立ちで、ろくな睡眠時間も取らずに、同時発生した複数の事件を追うというパターンも、ちょっと嫌な奴がチームに加わったり、生意気な新人がやってきたりというのもいつものことであるが、それにしても、このシリーズは、読むたびにおもしろい。
今回は、メインの少年誘拐事件の捜査が何度も空振りを繰り返し、そして遂にフロスト警部が真犯人に辿り着くまでのいきさつが、かなり凝っていて読み応えがある。
人のいいハンロン部長刑事が、キャシディのフロストに対するあまりに不遜な態度にたまりかねて、ひき逃げ事件の真相を証すあたりも、胸がすく。
総じて、フロストのだめな面は丁寧にしつこく説明されているが、フロストの言動に人々が「ほう」と感心し、彼に対する悪印象を覆して彼を見直すはずの場面においては、人々の反応は全く描かれない。「フロスト警部、やったじゃん」とこっちが思った時点で、その場にいたリズ・モードや、あれだけ嫌な奴役のキャシディだって感じるところはあったはずだと、読んでいる側が勝手に判断するに任せているのである。この辺りは、けっこうハードボイルド、というか相当シャイで、そこがまたこのシリーズの魅力でもある。(2010.7)


フロスト日和 A Touch of Frost
R・D・ウィングフィールド作(1987年)
芹澤恵訳 創元推理文庫
イギリスの地方都市デントン(架空の都市)を舞台に、風采のあがらない仕事中毒の警部ジャック・フロストが、市中を右往左往して事件を解決していくシリーズ2作目。
デントン警察署にやってきたウェブスターは、暴行事件を起こして警部から巡査に降格され、左遷された身の上。フロスト警部と行動をともにすることになった が、いきあたりばったりでマイペース、眠ることを知らないフロストに否応なく振り回される。
今回は前回(「クリスマスのフロスト」)以上に事件が盛りだくさん。
連続婦女暴行事件を始め、実業家の娘失踪事件、ホームレス殺人事件、議員の息子による引き逃げ事件、ダンサー・パブ強盗事件、ソブリン金貨窃盗事件、警官殺人事件、質店強盗事件が、次から次へとフロストのもとに持ち込まれ、事件に絡む人々があちこちで入り乱れる。捜査の行く手には必ず邪魔が入るが、逆に思わぬところで思わぬ手がかりが得られることもある。
そうしたすべてのことが、火曜日の夜から金曜日の朝までという短い間に、せわしなく展開していく。しかも、そのどたばたの中で、フロストは警官魂を垣間見せてこっちをほろりとさせてくれたりもするのだ。(2003.4)


フロスト・シリーズ一覧
★フロスト始末  A Killing Frost(2008年)
★夜明けのフロスト Early Morning Frost(2001年)短編(「ジャーロ」傑作アンソロジーB所収)
★冬のフロスト WINTER FROST(1999年)
 ファックスで失礼 Just the Fax(1997年)短編(「ミステリマガジン」98・6月号掲載)
★フロスト気質 Hard Frost(1995年)
 夜のフロスト Night Frost(1992年)
★フロスト日和 A Touch of Frost(1987年)
 クリスマスのフロスト Frost at Christmas(1984年)


夜の片隅で  Simple Justice
ジョン・モーガン・ウィルソン著 (1996年アメリカ)
岩瀬孝雄訳 ハヤカワ文庫
なんの予備知識もなく、本の後ろの紹介にハードボイルドと書いてあるのを見ただけで手にとったのだ が、冒頭の献辞で作者が「人生のパートナー」として挙げた人物が男の名であったので、ひょっとしてこの?と思ったら、やはりホモセクシュアルを主人公とするいわゆるゲイ小説だった。
記事の捏造がばれて新聞記者を辞めたジャスティスは、かつての上司ハリーから、ある殺人事件の記事を書くよう依頼を受ける。被害者は有名人の息子でゲイと 噂されていたビリー・ラスク。犯人として逮捕された黒人青年の犯行に疑問を持ったジャスティスは、独自の捜査を開始する。
物語が進むとともに、ジャスティスの性生活や過去の出来事が明かされていく。ジャスティスが美しい男を見るとすぐ欲情するのが興味深く、男同士のセックス 描写は生々しい。一方、有能で美しい女性記者アレックスとのやりとりはぎこちなく、彼女がジャスティスに関心をもち彼の過去を暴いてみせるあたりなど、 ちょっとぶしつけすぎる気がした。
わずかな手がかりを追って、ジャスティスは、事件に関わる人々と会っていく。大柄な黒人のジムのインストラクター、被害者のゲイの同居人、息子の死を悼む富豪夫人など、一人一人が丁寧に描かれ、他人の人生に足を踏み入れざるを得ない主人公の悲哀が感じられる。真犯人の設定も、ハードボイルドの定石をゲイの立場から置き換えたらこうなる、という点でものすごく正統的だ。(2005.1)


訣別のトリガー The Carrion Birds
アーバン・ウェイト著(2013年)
鈴木恵訳 新潮文庫(2013年)

アメリカ、中西部の町を舞台に、久しぶりに故郷に戻ってきたヒットマンが、窮地に立たされ、最後の戦いに挑む。
ヒットマンのレイ・ラマーは、足を洗って家族と暮らすことを望み、最後の仕事を引き受ける。彼は、かつて仕組まれた自動車事故で妻を失い、ろうあとなった幼い息子ビリーとかつて石油業を営んでいた父ガスを残し、故郷コロナドを出た。が、最後の仕事は、そのコロナド。顔見知りの運び屋の老人とその仲間の若者から麻薬を奪還することがレイの仕事だった。が、雇い主であるメモから聞いていたようにはことが進まず、彼の甥ジム・サンチェスを同行したことからも誤算が生じる。
一方、町の元保安官トム・エレーラは、エドナ・ケリー保安官の捜査を手伝ううち、行方不明だった従兄のレイが、事件に関わっていることを知る。
どんどん状況が悪化していき、窮地に立つレイ。
かつてレイのせいで職を追われつつも、従兄であり幼馴染である彼に対し複雑な思いを抱くトム。
二人の男の思いはしかし、いまいちわかりにくく、ほろ苦く切ない男同志の話には至っていない。トムだけでなく、サンチェス、ビリー、ガス、メモなどとの関係や、女性保安官ケリーの悩める心情もあまり興味を引くように描かれていない。
不運な男が殺し屋となり、ついに暴走するバイオレンス・アクションの醍醐味は、最後のところで若干感じられるが、レイに対して感情移入ができず、かといって壊れた危ない奴の凄みもさほど強くは感じられない。
雨や風景などについてやけに細かい描写があったり、レイやトムの心情をくどいくらいに説明しているかと思うと、レイの言動の肝心な部分が端折られて伝聞のみになっているなど、ちぐはぐな感じが否めなかった。(2014.10)


失踪当時の服装は Last Seen Wearing
ヒラリー・ウォー著(1952年)
山本恭子訳 創元推理文庫
アメリカ、マサチューセッツ州。白昼、女子大学から、女子学生マリリン・ロウセル・ミッチェルが忽然と姿を消した。
警察署長フォードとその部下が捜査に乗り出す。
ロウエルの日記や友人の言葉を頼りに、警察は彼女の交友関係をしらみつぶしに追うが、ミッチェルには浮ついたところが全くなく、友人や家族との関係も良好だった。
フォードは、最後の手段として、ダムの水門を開け学校の近くの湖を干すが、湖中からも何も発見されなかった。行き詰まった彼は、ロウエルの日記に戻り、彼女のつづった文章の中に隠されたサインに気づく。 明記されていない事実を割り出していくと、やがて、一人の男が浮上してきた。捜査が少しずつ真相究明につながっていく過程は、地道だが興味深い。
たたき上げの警察署長フォードと大学出の巡査部長キャメロンが対照的。 フォードは、インテリの部下を馬鹿にしてすぐどなり散らすが、静かにそれを受け止めあるいは受け流すキャメロンは、フォードを深く信頼している。
タイトルは、警察の失踪人手配書の中にある項目のひとつ。(2006.12)


女彫刻家 The Sculptress
ミネット・ウォルターズ作(1993年)
成川裕子訳 東京創元社
フリーライターのロズは、不本意ながらも殺人囚オリーブについての本を出す仕事を引き受けた。オリーブは、 母と妹を殺害し、死体を切り刻んで並べたことから「彫刻家」と呼ばれていた。
最初の取材でオリーブの知性の高さを意外に思ったロズは、彼女に関わる人々に会って話を聞く内に、その犯行に疑問を抱くようになる。
ロズが少しずつ新しい事実をつかんでいく過程は、ミステリーの王道をいく手堅さ。 果たしてオリーブは本当に母と妹を殺したのか?という謎解きとともに、ロズとオリーブ両者の人間像も明確さを増していく。

ロズが出会うハルという男の存在も大きい。ハルは、警察を辞めレストランを経営していたが、運悪くトラブルにぶつかって最悪の状態に陥っていた。 彼を主人公にすれば、やっかいなことに巻き込まれた元刑事のハードボイルドものということになり、ロズは彼に救いの手を差しのべるヒロインといった役どころなんだ ろうが、それが全く逆の視点から描かれているところが興味深い。
離婚や娘の死で傷ついていたロズが立ち直っていく様子や、ハルとの恋愛がきちんと描かれているのがうれしい。(2003.4)


ハリウッド警察25時 Hollywood Station
ジョゼフ・ウォンボー著(2006年) 小林宏明訳
ハヤカワ・ミステリ
著者は、1974年までロサンジェルス市警で警察官をしていた経歴を持ち、1970年の「センチュリアン」という警察小説がベストセラーとなった。
本作は現在を舞台にした、ロサンジェルス、ハリウッド署の警官たちの仕事ぶりを描く、複数事件同時多発警察署もの。
ジ・オラクル(神託)と呼ばれる勤続46年のベテラン巡査部長を要に、サーファー警官コンビのフロットサムとジェットサム、出産直後のシングルマザーの バッジー・ポークと筋金入りのベテランで大男のファウスト・ガンボア、俳優になることを夢見る映画狂いのハリウッド・ネイトと大金持ちの親の反対を押し 切って警官になった新米のウェズリー・ドラブ、小柄な日系女性のマグ・タカラと病気の心配ばかりしているB・M・ドリスコルと黒人のベニー・ブリュース ター、イラクに派遣された陸軍兵士の息子を持つシングルマザーの刑事アンディ・マックリアと内部監査課から移ってきた男前のブラント・ヒンクル、ウクライ ナ人の礼儀正しく真面目な刑事ヴィクター・チェルネンコ、なにかにつけ気の利いたコメントを残さずにはいられないコメント・チャーリーなど、人種も性別も 性格もヴァラエティにとんだ警官たちが登場して、雑多な事件に取り組む。
個々の件案は、とりとめなく起こって処理されていくように見える。ひとつの話が始まったと思うと、話題は横にそれてしばらく過去のエピソードやらこれまでの経緯やらが挿入される。警官同士のおしゃべりもとめどなく、特に女性警官、マグとバッジーのとってつけたようなガールズ・トークに至っては辟易しないで もない。話題も登場人物もやたら多く、ころころ変わるので、前半は、読んでいてけっこう疲れる。
が、やがて、初の武装強盗を決行したアルメニア人のコズモ・ベトロシアンと胸の大きなロシア女性イリアのカップルと、ドラッグを手に入れるためけちな犯罪を繰り返す薬中のファーリー・ラムズデイルとオリーブ・オイルのカップルが、交錯しながら描かれていくと話に筋が通ってきて読みやすくなってくる。最後 は、登場人物の多くがナイトクラブに結集して、一応の決着をみることとなる。
下ネタや暴力沙汰など、「卑しい街」で日々起こる出来事や、登場する小悪党やホームレスらの言動には気の滅入るところも多いが、2組の犯罪者カップルに対 しては次第に愛着を抱いてしまうから不思議だ。特に、イリアとオリーブ、最初はどうしようもないやつらと思っていた二人の女がだんだんよくなってくる。 (2010.1)


暗い森 The Dark Place
アーロン・エルキンズ著(1983年)
青木久恵訳 ハヤカワ文庫
登場人物:ギデオン・オリヴァー(人類学教授)、ジュリー・テンドラー(ワシントン州、オリンピック国立公園の公園保護監視官)、ジョン・ロウ(FBI捜 査官)、エイブ・ゴールドスタイン(ギデオンの恩師)、ブラックバス(人類学専攻の大学院生)
わずかに残された骨のかけらから、生前の身長、体重、性別、年齢、病歴までを言い当てる、形質人類学者のギデオン・オリヴァーを主人公とする、スケルトン探偵シリーズの2作目。
2作目と言っても、あとがきによると、1作目はギデオンが主役ではなく和訳もされていないので、日本語に訳された第1作目は本作ということになるらしい。
彼に骨の鑑定を依頼してくるFBIのジョンは、陽気でいい人そうで、好感が持てる。
後に、ギデオンの妻になるというジュリーが登場、事件の真相を追う傍ら、二人が恋に落ちる様子が描かれるが、いちゃいちゃし過ぎのような気がしないでもな い。
アメリカ、ワシントン州のオリンピック国立公園の森の中で少女が行方不明となる。雨林と呼ばれる深い森では、6年前にも男性ハイカー二人が行方不明になっていた。捜査中、人間の骨の一部が発見される。ジョンの依頼で骨の調査を引き受けたギデオンは、その骨が男性ハイカーのうちの一人のものであるらしいと判 断するが、その脊椎(正確には第七胸椎)には骨で作られた矢尻が突き刺さっていた。驚くべき事に、それは石器時代に使われていたものに酷似していて、しか もそのような形で突き刺すには超人的な力が必要とされるのだった。
ビッグフットによる殺人だという噂がたち、ギデオンはインタビューを受けた記者によってその噂を支持したかのような記事を書かれ、さらにビッグフットの研究家と会って不快な思いをする。
が、やがて、森の中に隠れ住むインディアンの話が浮上してくる。ギデオンは、森の中でインディアンのキャンプ跡らしきものを発見し、若い頃、インディアンに遭遇したという老人に会って話を聞くが、そのとき、以前にもブラックバスという人類学専攻の大学院生が調査にやってきたことを知る。ギデオンは、少人数の野生のインディアンのグループが森の中に隠れ住んでいることを確信し、彼等に会うため、単身、森の中に入っていく。
野生のインディアンということで、「イシ」の話が出てくる。(「イシ 北米最後の野生インディアン」 参照。)人類学者の話だから別に不思議ではないのだが、全く予期していなかったので、びっくりした。
ここに至って、「イシ」の話を小説でやってもなあ、しかも殺人事件と絡めてなあと思っていささかテンションが落ちたのだが、そこはさすがにひねりが きいていて、ひと味違う展開となっている。ラストは、「彼と彼等」の行く末を思い、感慨に浸ってしまった。
でも、謎解きミステリってのとは、ちょっと違う気がする。(2008.11)

参考:「イシ 北米最後の野生インディアン
シリーズ:「古い骨」(1987年)、「呪い!」(1989年)などが有名らしい。


ブラック・ダリア Black Dahlia
ジェイムズ・エルロイ著(1987年 アメリカ)
吉野美恵子訳 文春文庫
エルロイのLA四部作の第一作。
1947年にLAで実際に起こった娼婦惨殺事件の謎解きを縦軸に、ロサンジェルス市警の二人の警官の生きざまを描く。
リー・ブランチャードとバッキー・ブライチャードは、ともに元プロボクサーという経歴を持つ警官だが、ボクサーのタイプも性格も火と氷と言われるほど対象 的だった。(リーは強烈なパンチを繰り出す殺し屋タイプ、バッキーは軽いフットワークで冷静に相手の動きを見るタイプ、リーはハンサムで目立つ性格、バッキーは自分の容姿にコンプレックスを持つ地味な性格。)市警の宣伝を兼ねて行われたボクシングの試合で対決した二人は、その後友情を深めていく。
「ブラック・ダリア」と呼ばれる娼婦エリザベス・ショートの殺人事件をきっかけに、過去に受けた心の痛手が蘇り徐々に変貌していくリー、そんな彼を気にかけるバッキー、リーの恋人でありながらバッキーに思いをよせるケイ、三人の男女の関係のもつれと、市警上層部の思惑が絡む中、バッキーはブラック・ダリア 事件の真相を究明していく。
警官が当然のように悪徳を働き、上層部の人間は出世しか眼中になく、主人公のバッキーもスネに傷を持つ身である。物語全体のトーンは暗く陰鬱だが、バッ キーの、リーへの思い、ケイへの思い、死後知ったエリザベス・ショートへの思いが、真摯に伝わってきて後味は悪くない。(2005.1)

映画化:「ブラック・ダリア」(2006)

ザリガニの鳴くところ Where the Craawdads Sing
ディーリア・オーエンズ(2018)
友廣純訳 早川書房(2020)

当時人物など:
カイア(キャサリン・ダニエル・クラーク)
ジェイク(父)、マリア(母)、ジョディ(兄)、ミッシー(姉)、マーフィ(長兄)、マンディ(次兄)、
テイト・ウォーカー、ジャンピン(船着き場の燃料店<ガス&ベイト>店主)、メイベル(ジャンピンの妻)、
スカッパー(漁師。テイトの父)、サリー・カルペッパー(無断欠席補導員)、サラ・シングルタリー(食料品店の店員)、パンジー・プライス(雑貨店店主)、ロバート・フォスター(書籍編集者)、
チェイス・アンドルーズ、サム(チェイスの父)、パティ・ラブ(チェイスの母)、エド・ジャクソン保安官、ジョー・パーデュ保安官補、ヴァーン・マーフィー(医師)、トム・ミルトン(弁護士)、シムズ(判事)、チャスティン(検事)
ビッグ・レッド(かもめ)、サンディ・ジャスティス(猫)

1950〜60年代のアメリカ、ノース・カロライナ州の海岸地方に広がる湿地と田舎町バークリー・コーブが舞台。家族に捨てられ、湿地に建つ粗末な小屋に取り残された幼い少女カイアは、ごく少数の周囲の人たちに助けられながら、生きていくすべを見出し、心身ともに成長していく。彼女が23歳のとき、湿地で殺人事件が起こり、カイアに犯人の容疑がかかるが、という話。
カイアは、湿地の小屋で両親と姉、3人の兄とともに極貧のうちに暮らしていたが、1952年、母親が家を出ていくと、相次いで姉と2人の兄がいなくなり、カイアが最も仲のよかった3兄のジョディも別れを告げて出ていく。カイアは父と二人残される。父は富裕階級の出だが、恐慌で家が破産し、戦争で足を負傷して復員してからは、仕事につかず酒を飲んでは家族に暴力を振るっていた。6歳のカイアは料理と掃除をし、ボートでの釣りを覚えたいと父に言い、父もだいぶおだやかになって二人でうまくやっていたが、ある日母から届いた手紙を読んでから父は再び酒におぼれて留守がちになり、ついに帰ってこなくなった。
カイアは、湿地の水辺で掘り集めた貝や釣りをして得た魚の燻製を売って収入を得ることを覚える。カイアを学校に行かせようとして無断欠席補導員(役場の関係者か)が何度か尋ねてくるが、カイアはそのたびに姿を隠して逃れるため、公的な保護の手は彼女には届かない。船着き場にある燃料店を営んでいる黒人のジャンピンとその妻メイベルは彼女を気にかけ、魚の燻製が売り物にならないと知りつつも引き取ってくれたり、教会の寄付で集まった衣類を分けてくれたりした。ジョディの友だちだった漁師の息子のテイトもカイアを気にかけ、読み書きを教えてくれる。カイアは、湿地に棲む鳥の羽などを集めて小屋の壁に貼り、独自のコレクションをつくっていたが、テイトも湿地にいる動植物が好きで話が合うのだった。
が、やがて、テイトは大学で生物の研究をして学者になる夢を果たすため、町を出ていく、休暇には戻ってくるといいつつ、彼はカイアとの約束を破り、研究を優先する。
カイアは、「湿地の少女」と呼ばれ、町の人たちから蔑まれ、好奇の目で見られながらも、独学で動植物について学んで知識を深め、美しく成長する。家が裕福でスポーツマンでイケメンで女好きのチェイスが、カイアに接近してくる。テイトに裏切られたカイアは、チェイスとつきあい結婚の約束をするが、チェイスにとってカイアは数あるガールフレンドの一人、ものめずらしさからつきあっているだけの存在だった。
1969年、そのチェイスの死体が、湿地にある火の見櫓の下で発見される。墜落死と思われたが、その死には不審な点があり、やがてカイアが殺人の疑いで逮捕される。後半は裁判劇となる。
1952年から1969年までのカイアの生活と1969年の殺人事件の捜査の様子が交互に描かれるが、あまりミステリという感じではない。
前半は、帰らない母を待ち、なんとか父とうまくやろうとする幼いカイアが不憫である。字が読めないのに、父が焼き捨てた母からの手紙の燃えカスを集めてビンに入れてとっておくところなど読んでいて胸がいたむ。児童文学のような感じが強い。
が、テイトが大学を卒業して町に戻り、湿地の近くにできた研究所勤務となり、カイアの生きものコレクションを見て出版社に話を持ち込み、カイアが湿地の生物の専門家として本を出すにあたっては、話があまりに都合よく進み過ぎてなんだか絵空事めいて見えてきてしまった。
ジョディとの再会はよかった。ここで、ジョディの顔の凄惨な傷跡とともに、父の暴力がどれほとひどかったかが明かされ、カイアは、母が戻れなかった理由に改めて気づく。ジョディから家の電話番号を渡され、電話をかける兄弟がいることに新鮮な喜びを覚えるカイアが健気である。
殺人事件とカイアとの関わりは読者に真相が知らされないまま裁判となるが、結末は意外でも何でもない。ということからも、これはミステリというよりは、湿地に生きる少女の稀有な生き様を追う小説だと思った。
タイトルは、カイアの母がよく口にしていた言葉で、そういう物言いがあるのかもしれない。テイトの説明によれば、「茂みの奥深く、生き物たちが自然のままで生きている場所」のことだそうだ。(2021.12)


特捜部Q −檻の中の女− KVINDEN I BURET
ユッシ・エーズラ・オールスン著(2008年)
吉田奈保子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫(2012年)

デンマーク、コペンハーゲン警察の警部補カール・マークは、捜査中に何者かの銃撃を受け、自身が負傷するとともに、仲間の一人は殉死し、もう一人の若い捜査員ハーディは首から下が麻痺状態となって病院暮らしをするはめに陥る。
仕事に復帰してもやる気が出ず、もともと人づきあいが苦手なカールは職場で浮いていたが、刑事としての彼の手腕を買うヤコブスン課長は、過去の未解決事件の再捜査を行う新部署Qに彼を配属する。イスラム教徒の風変わりなシリア人アサドを助手に、彼の新しい仕事が始まる。
彼は、最初に議員失踪事件を取り上げる。5年前、航海中の客船から民主党副党首のミレーデ・ルンゴーが忽然と姿を消した。ミレーデは、魅力的な30代の女性で人気があったが、男性との浮いた噂はなく、障害を持つ弟ウフェの世話をしながら、激務をこなしていた。甲板から投身自殺を図ったのだろうという見方が有力だったが、証拠はなく、自殺の動機もはっきりせず、遺体も発見されていない。
アサドの熱心さに引きずられるように、カールは重い腰をあげる。秘書、仕事関係の知人、施設で暮らす弟のウフェ、施設のスタッフ、家政婦など、ミレーデの周囲にいた人々を訪ね、地道な捜査を続けていく。
それと並行して、2002年に遡り、ミレーデ・ルンゴーが何者かに拉致され、とある部屋に監禁される様子が描かれる。犯人は、ミレーデに対する憎悪をむき出しにしつつも、正体や理由を明かすことなく、部屋の気圧を変え、長期に渡って監禁を続ける。
犯人の正体は、なんとなくこの線かなとわかってくるが、カールとアサドがいかにしてそこにたどり着くか、ミレーデは救出されるのか、といったことがサスペンスフルに描かれていて、おもしろい。捜査の話を聞いて、寝たきりのハーディが適切なアドバイスをするのもいい。
最後は、まんまと乗せられたと思いつつも、感動的。(2014.6)

本のインデックスへ戻る

トップページへもどる