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○ 本 アクーニン

<ファンドーリンの捜査ファイル>
アキレス将軍暗殺事件   リヴァイアサン号殺人事件

アキレス将軍暗殺事件 ファンドーリンの捜査ファイル
Смерть Ахиллеса
ボリス・アクーニン著(1998年)
沼野恭子・毛利公美訳 岩波書店
「悪人」という日本語からペンネームをつけたという、ロシアの日本文学者による歴史推理小説。
19世紀末の 帝政ロシアを舞台に、若き捜査官ファンドーリンが活躍するロシアでは大ヒットとなった人気シリーズの第4作。
1882年、日本赴任から数年ぶりに祖国に戻ったファンドーリンは、モスクワ総督直属の捜査官に任命される。
ファンドーリンは、貴族出身、金髪碧眼でおしゃれ、頭脳明晰で、並はずれた身体能力をもつというパーフェクトぶり。にも関わらず、印象は変人である。 シャイで会話に吃音があり、どこかぼっちゃんぽくて茫洋としている。本作で詳しいいきさつは語られないが、天涯孤独であり、恋人を目の前で惨殺されるという悲惨な過去を持つ。なぜか忍術を体得していて、精神統一のために氷風呂に浸かり、書道をする。戦いの場では、愛用のリボルバー「ゲルスタル」の他に、手裏剣やヌンチャクも駆使する。元ヤクザの日本人マサ(フルネームはシバタマサヒロ)を小姓として連れ歩いている。マサは、つり目でチビでがに股、何 かというと下ネタを口にする野卑な性格で抜けているところもあるが、闘いには滅法強く、ファンドーリンには至って忠実である。
ファンドーリンがモスクワに着任早々、「アキレス将軍」と呼ばれる国民的英雄ソーボレフ将軍が滞在先のホテルで死体となって発見される。検死の結果、心臓 麻痺と判断されたが、ファンドーリンは、その死に疑問を抱く。
彼の追及により、将軍は街で評判の高級娼婦ワンダと情交中に死んだことが判明。さらにドイツのスパイの暗躍や暗黒窟のボス、ミーシャによる強盗の疑いなどが生じてくるが、最終的に事態はクーデターを企む一味とそれを阻止しようとする政府側の暗躍という国家権力争いへと発展する。
第一部は、ファンドーリンとともに二転三転していく謎を追う構成になっている。表には出ない権力闘争に巻き込まれ、捜査官としての行動を規制されつつも、 彼は恐るべき暗殺者の存在をつきとめ、最後の決着をつけるべく対決の場に赴く。
というところで、第二部に入り、内容は一変してアキマスという少年の生い立ち話に変わる。聖書風に彼の血筋が語られ、山賊に家族を殺され、密売商の叔父に 育てられ、やがて非情な殺人者となっていく彼の半生が語られる。連続少女殺人犯の釈放における彼の仕事ぶりはその非情さを際だたせるエピソードとして語ら れる。彼の容姿については、水のように透き通った薄い眼の色のことが繰り返し語られる。少年のころには少女を装って難を逃れたということから、その美貌が うかがいしれるというものだ。
ともに容姿端麗、頭脳明晰、抜群の身体能力という三拍子そろった二人の男たちの行く手は、ついに交錯。どこかどんくさくて憎めないファンドーリンとは対象 的な圧倒的に クールなライバルの登場である。第二部の内容は、途中から第一部と重なり、事件の顛末とファンドーリンの捜査の様子が、アキマスの視点から繰り返し描かれ ていく。
全ての情愛を排除して生きてきたアキマスが、ワンダに出会い、始めて心を動かす。ワンダは、国民的英雄ソーボレフ将軍と、敏腕捜査官ファンドーリン、そし て闇の暗殺者アキマスを相手に、なんら臆することなく渡り合う。アキマスへの愛情の表現が心憎く、さすがのアキマスも心が揺らぐだろうという説得力があ る。
第三部で、両雄の対決となる。対決する二人の視点から物語が語られ、クライマックスでは、めまぐるしく二人の視点が入れ替わるという手法はよく見られるも のだが、本作ではこれがよく効いている。
昔の物語を読むようでいて、しっかり現代的なスピード感を持っている、不思議な魅力を持つ小説だ。第一部後半以降は、ページをめくる手が止まらなくなっ た。(2007.8)

この一言:「あなたの目って、なんて透きとおってるの。小川の水みたいね。」(ワンダ、イヴゲネイア) 

リヴァイアサン号殺人事件 ファンドーリンの捜査ファイル
Левиафан
ボリス・アクーニン著(1998年)
沼野恭子訳 岩波書店
サロン“ウィンザー”の面々:ファンドーリン(ロシアの大使)、ゴーシュ(フランス、パリ市警警部)、レニエ(上級航海士)、ドクター・トルッフォ(船 医)とその妻、アンソニー・F・スイートチャイルド(考古学者)、サー・レジナルド・ミルフォード=ストークス(准男爵)、ギンタロー・アオノ(日本の軍 人)、クラリッサ・スタンプ(イギリスの独身女性)、レナーテ・クレーバー(スイスの銀行家の妻)、
19世紀末の帝政ロシアを舞台に、若き捜査官ファンドーリンが活躍するロシアでは大ヒットとなった人気シ リーズの第3作。
1878年、イギリスのサウザンプトンを発ち、スエズ運河を経てカルカッタに向かう豪華客船リヴァイアサン 号船上において、パリで起きた殺人事件の犯人を 追う推理劇が展開される。ファンドーリンは、大使として日本に向かう途上である。
フランス、パリのグルネル通りにある屋敷で大量殺人が発生した。幼い子どもを含む使用人ら9名が1階の食堂で毒殺され、2階では、インドの宝物の収集家と して知られる主人のリトルビー卿が撲殺、コレクションの一つである黄金のシヴァ像とそれを包むための古いスカーフが盗まれた。現場には犯人のものと思われ るクジラの形の金のバッジが残されていた。
そのバッジは、処女航海にでる客船リヴァイアサン号の上級航海士と一等船客に配られたものであった。「犯人は乗船する」と目星をつけたパリ市警のゴーシュ 警部は、バッジをつけていない乗客を同じサロン(食事をするための個室。一等船客は大食堂でなく、グループに分かれて決まったサロンで食事をすることに なっている)に集め、犯人捜しを始める。
物語は、ゴーシュ警部とバッジを持たない4人の容疑者、ミルフォード男爵、アオノ、クラリッサ、レナーテらの視点で章毎に区切られて語られていく。アオノ は日記、ミルフォードは妻への手紙というように、語り口の形式もバラエティに富んでいる。
サロンでは、世間話やお互いの身の上話や問題の殺人事件やそれに絡むインドの太守の莫大な財宝についての話題が出され、犯人捜しは徐々に盛り上がってい く。やがて、船上でも盗難や襲撃や殺人事件が発生、ゴーシュ警部が自分の推理を披露すると、ファンドーリンは、第一、第二と根拠を列挙する得意の物言い で、その間違いを指摘する。
謎自体はさほど難解でなく、ミスリードもすぐわかってしまう程度のものである。本作のおもしろさは、容疑者たちの多様な個性や身上にあると思う。
サロンに居合わせる人々の人種国籍はさまざまである。イギリス人、フランス人に対するロシア人の作者の目は、なかなか皮肉っぽく、読んでいて目新しい感じ がする。日本人であるアオノに対しては、好意的であり、幕末から明治初期にかけての名家の三男とはこのようなものだったのかもしれないと思わせるような人 物像になってはいるが、あくまでも「日本人はこうゆうもの」という概念の体現化という感じである。ファンドーリンは、日本人の考え方が、西洋人と異なって いて、その言動が奇異に見える理由を順序立てて説明していく。が、それはあくまでも日本人についての説明である。西洋人たちのくせのあるキャラクターに比 べ、アオノには一人の人間としての個性や魅力がほとんど感じられず、それが残念だ。どうせならもっと破天荒でおもしろい日本人を登場させてほしかったと思 う。
ファンドーリンは、容姿端麗、頭脳明晰な青年として女性陣から厚意をもたれ、ゴーシュ警部からはそこそこ頼りにされている。が、今回は、大して動かずに事 態を受け流し、全てが終わった後で真相を語るという、ちょっと間抜けな探偵という役回りに甘んじている。(2007.9)

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