みちのわくわくページ

○ 本 ハードボイルド 新宿鮫ほか(大沢在昌)

漂砂の塔、 生贄のマチ、 北の狩人
<新宿鮫シリーズ> 暗約領域 新宿鮫Ⅺ、 絆回廊 新宿鮫Ⅹ、 狼花 新宿鮫Ⅸ、 風化水脈 新宿鮫Ⅷ、 灰夜 新宿鮫Ⅶ、 氷舞 新宿鮫Ⅵ、 炎蛹 新宿鮫Ⅴ、 無間人形 新宿鮫Ⅳ、 屍蘭 新宿鮫Ⅲ、 毒猿 新宿鮫Ⅱ、 新宿鮫

漂砂の塔
大沢在昌著
集英社(2018年)
★犯人は明かしてませんが、他のネタバレがいろいろあります!!★
直近未来の北方領土の離島を舞台に、三国合弁のレアアース生産会社で起こった日本人職員殺人事件の捜査のため、単身島に乗り込む警視庁捜査官の奮闘を描く。
2020年、歯舞群島、春勇留島(はるゆりとう)、ロシア名オロボ島には、ロシア、中国、日本の企業が参画する合弁会社オロテックが設立されていた。島の海域にある漂砂鉱床から採掘されるレアアースを生産するための会社で、事業の主体はロシアだったが、中国企業電白希土集団がレアアースを精製するためのプラントを、日本のヨウワ化学がレアアースから放射性物質を分離し原子力発電のエネルギーとして利用する技術を提供していた。職員のための商業施設の経営はすべてロシア人が行っていた。
ヨウワ化学から派遣されてきたばかりの社員西口が、ある日、「ビーチ」と呼ばれる海岸で、両目をえぐられた死体で発見される。
警視庁組織暴力対策二課の稲葉の指令により、国際犯罪捜査官の石上はヨウワ化学の社員を装ってオロテックに潜入し捜査を始める。石上はロシア人の祖母がいたため、ロシア風の容貌をしていて、ロシア語と中国語に堪能なのだった。が、島ではロシアが権限をもっているため、石上に逮捕権はなく、警察官であることもごく少数の幹部にしか知らされない。彼はそんな中で犯人捜しをしなければならないのだった。
島における最高責任者、エクスペールト(施設長)のパキージンは敵か味方か判然としない、国境警備隊隊長のグラチョフ大尉は若いが頭の固そうな軍人で融通がきかず、診療所の女医タチアナはたいへんな美人で石上にやさしく石上はけっこう彼女にめろめろとなるが、終始危ない雰囲気が漂っている(実はFSB(ロシア連邦保安庁)所属)、看護士イワンは石上に対し敵意を抱いている、死体の発見者である中国人のウーの上司ヤンは石上に親しみのある態度で話しかけてくるが、実は中国安全部の人間でロシアの秘密を探っている、島の飲食業・風俗業の元締めであるギルシュは小柄な見た目とはうらはらに腹の座った強者である。
西口の生前の行動を追う石上は、西口の祖先が島の出身者であり、彼が島の歴史を調べていたことを知る。90年前、島に日本人が多数住んでいたころ、大量殺人事件があったらしいという話が出てくる。日本にはなんの記録も残されていないが、ロシアの子孫たちには猟奇殺人事件として先祖から口伝えで伝わっていた。さらに、それより後の時代に、ソ連が島に軍事施設を設置していたらしいという話も出てくる。石上は、昔の島の住人を先祖に持つ人々、島に行商にやってくる「本屋」と呼ばれる老人パクや島のクラブに勤める女性など、また西口と親しかったヨウワ科学の社員荒木などから話を聞き、やがて、居住施設となっている建物の立つ崖の下にある洞窟になんらかの秘密があることを知る。が、一方で、何者かに命をねらわれるようになり、パキージンは丸腰の石上に護身用にとマカロフ拳銃を渡す。
西口の死は、90年前の大量殺人事件と関係があるのか。また、島にあったソ連の軍事施設とは何か。謎は深まるものの、捜査はなかなか進まない。ヤンの協力を得てやっと問題の洞窟探検を決行するが、石上はそこで意外な人物に遭遇する。
以前、石上の潜入捜査により危機に陥って東京から逃亡したロシアン・マフィアの一員ボリス・コズノフが島にやってきていたのだ。彼は、ユージノサハリンスクを牛耳るマフィアのボス、ピョートルの庇護の元、ギルシェを倒し自分がその後釜になるためにやってきたのだが、仇敵の石上と思いがけず再会し、復讐の炎を燃やす。
石上は、コズノフの襲撃から逃れるため一刻も早く島からの脱出を望むが、あいにくの悪天候で嵐が収まるまで島から出ることができないという事態に陥る。彼は、同じくコズロフに命を狙われているギルシュと手を組み、西口を殺した犯人を追いつつ、ロシアン・マフィアと対決することになるのだった。
ラストは、酒場での派手な銃撃戦が展開され、なかなか血沸き肉躍る。ぼやいてばかりの石上だが、結局は銃を手に、敵前に飛び込み、みんなから賞賛される。なんだかんだ言ってべたなヒーローで、なんだかんだ言っても痛快だ。気恥しいまでのギルシュとの数々の男同士のやりとりを始め、元KGBで殺しのプロとうわさされるパーキジンとのやりとりや、タチアナとのどきどきするようなやりとりや、クライマックスでの渋すぎるヤンの登場など、最近あまり見られないようなシーンがいろいろあってよかった。
日本食堂フジリステラーンに3つ子の女性(エレーヌ、サーシャ、ベロニカ)がいて、行くたびにだれかあてるというのも、しゃれていた。
ちなみに、実際の歯舞群島を構成する島々は、水晶島、秋勇留島(あきゆりとう)、勇留島(ゆりとう)、志発島(しぼつとう)の4島で、春勇留島という島は実在しない。(2019.4)

生贄のマチ 特殊捜査班カルテット
大沢在昌著(2015)
角川文庫
久しぶりに大沢在昌を読んだ。
わけありの3人の若者が、わけありな車椅子の警視正のもとでチームを組み、警官が入れない場所での犯罪捜査を行う、というシリーズものの第1弾。
ライトノベル感覚なのだろう、どちらかというと劇画的で、横道のない、ストレートな展開だった。
○渋谷デッドエンド
両親と妹を何者かによって惨殺された過去を持つタケルは、独自に夜の街で悪人の粛清を行っていたが、ある夜、タケルの前にクチナワと名乗る車椅子の警視正が現れ、極秘捜査のチームに加わるよう誘ってくる。
麻薬売買が行われる音楽イベントに潜入したタケルは、クチナワが既に放っていたカスミと、イベントの中心となるDJリンの警護を務める中国残留孤児三世の若者ホウと知り合う。
リンは、イベントをしきる麻薬売買組織と袂を分かとうとしていたが、組織はそれを許さず、不穏な空気が流れている。
タケルは正体を気づかれ、混乱する会場にクチナワの放った警官隊が乱入する。
ホウは拠りどころを失い茫然自失となるが、やがてチームに加わることに。
○生贄のマチ
ミドリ町と呼ばれる中国人の町の周辺で幼い少女の死体が続けて発見される。
日本人が入ることのできない閉鎖された町に、ホウとタケルとカスミは中国人を装って潜入する。町のあちこちには治安を守るための警備隊員がいて、さらに「無限(ウーシェン)」と名乗る宗教集団が力を奮っていた。
3人がチームとなって人身売買の一味をやっつける。
ホウだけが中国語を話せるというところがポイントである。(2015.11)


北の狩人
大沢在昌著(1996年)
幻冬舎文庫 上・下巻(1999年)
梶雨人(東北から東京に出てきた謎の田舎者の青年。実は秋田県警捜査一課刑事)、佐江(新宿署刑事)、宮本(新陽会傘下本藤組若頭。元田代組)、近松(新陽会新宿事務局長。元田代組)、新島(青山の金貸し)、鴨下(印刷屋。実は元秋田県警水野刑事)、藤田杏(女子高生)、呉林(梶の祖父の知人。金融業者)、荘(台湾人地下銀行銀座店元締め)、吾一(梶の祖父。秋田の阿仁マタギのシカリ(頭領))

12年前に父を殺した犯人を捜しに、秋田の田舎から新宿へやってきた青年梶。
刑事だった父と同じ職業についた彼は、警官であることを隠して、田代組という解散した暴力団の関係者を捜し回る。茫洋とした外見とは裏腹に腕っぷしが強く、刑事としての才覚もある彼は、歌舞伎町で知り合った、元田代組の宮本、新宿署の刑事佐江、女子高生の杏らを、あっという間に魅了する。
新陽会幹部にのし上がった元田代組の近松と同輩だった宮本、二人の間には隠された秘密があり、そこには、梶の父親殺しが絡んでいた。一方、新宿で飲食店を経営し、ポルシェを乗り回しては若い娘に声をかけるチャラい男鴨下は、杏から梶という男が上京してきることを知って、うろたえる。彼と組んででかいヤマを企んでいた青山の堅気の金貸し新島は、鴨下の頼みで梶を襲撃する。二人の格闘はなかなかすごい。新島が拳法を使うのが、香港映画みたいでよい。
やがて、中国マフィアと台湾マフィアも絡んで、近松、新島、梶の3者が対立、梶の身を思う宮本と佐江も混じって、物語は加速する。
宮本がなぜあれほど梶に思い入れるのか、ひょっとして沓掛時次郎的展開か(ヤクザもんが渡世の義理で殺した相手の妻子と後に知り合い、情が移っていくという話)と思ったが、それは違った。(2016.10)
余談:佐江が魚の話をする。でかい魚が小さな魚を餌食にする話。これに似た物言いはよく出てくるが、最初に本で見たのは、エリック・C・ホガートの「小さな魚」の冒頭に出てくるもので、小説のタイトルにもなっていて、印象深かった。
関連作品:狩人シリーズ
・砂の狩人(2002年)
・黒の狩人(2008年)
・雨の狩人(2014年)


<新宿鮫シリーズ>
新宿鮫シリーズは、全部読んでいるはずなのだが、細部どころか、どんな事件だったのか覚えていない巻もある。面白くなかったからではなく、とにかくすぐ忘 れてしまうのだ。とりあえずタイトルと印象だけでもと思い、列記してみました。

暗黒領域 新宿鮫Ⅺ
大沢在昌著
光文社

★あらすじかなり書いてます! ★
新宿鮫第11作。10作目の「絆回廊」から7年経っているが、話の設定はそれよりあまり時間が経っていないにも関わらず時代背景はいまなので鮫島もスマホ持って地図検索を駆使したりするし、事件の発端は今はやりの民泊の一室で起こったりしている。
前作で新宿署生活安全課の課長桃井が殉職し、本作冒頭では鮫島が課長補佐となっているが、彼は課長に昇進することなく、新しい課長がやってくる。阿坂というノンキャリの50代の女性だ。矢崎という新米刑事も配属されてきて、鮫島の相棒となる。
話は前作の続編とも言っていいくらい、その登場人物やいきさつが絡んでくる。読んだのだが、内容をすっかり忘れていたので、こうだったかと推測するしかなくぴんと来ないところが多かったが、桃井課長の死が鮫島に重くのしかかっていることは理解しやすく、警官を辞したのち民間団体の東亜通商研究会(内実は内閣調査室の下部組織)に所属する香田との丁々発止はあいかわらず、そして中国と日本のハーフ陸永昌との因縁、金石(ジンシ)と呼ばれる組織の存在などが、思い出されてきた。
今回は、しゃぶ売買のための作業が行われているという密告により、鮫島はもぐりの民泊を張り込んでいたが、その一室で起こった殺人事件が発端となる。犯行はサイレンサーつきの32口径拳銃で一発でしとめるというプロのやり方で行われ、被害者は華恵新と名乗る男だったが、国籍も職業も民泊利用の目的も不明だった。民泊会社WTSを運営している権現は、暴力団田島組の元構成員でWTSは田島組のフロント企業だった。権現は民泊の部屋で華が何をしていたのか知らないというが、やがて彼は何者かに拉致されてしまう。やがて事件の捜査は公安に移され、さらに華の遺体を香田らが確認に来る。鮫島は、あくまでも違法民泊の調査ということで捜査を続けるが、行動を共にする新人の矢崎が公安ににらまれることを危惧し、思ったように動けない。一方、香田とつながる永昌は、幼馴染の華の殺人事件の連絡を受け、タイから日本にやってくる。彼は、知り合いの金石のメンバー高川(黄)や危険な女マリカとともに動き出す。
田島組の幹部浜川から情報を得た鮫島は、イサンゴンという韓国の工作員が出入りする古本屋「栄枯堂」をマークしているときに近くで香田を見かける。鮫島は店の主人である老人の黒井が元公安警察官だったことを知る。やがて、華は中国人で、保管場所を必要とするくらいかさばる何かを海外へ輸出しようとしてたことが分かってくる。それは、覚せい剤や麻薬や武器などではなく、日本では合法的に買えるが、外国では禁止されていたり手に入りにくいもので、その輸出には東亜通商が関わっていた。
華を殺した犯人、東亜通商、永昌とつながる金石のメンバー、栄勇会(金石と関わりがある関西の暴力団)がこぞって「なにか」の行方を追う中、「なにか」が何かつきとめた鮫島は(実は、北朝鮮に送るための大量のタミフルである)、香田と黒井とともにその隠し場所を知っている権藤の救出に向かう。
鑑識の藪、ケンカするほど仲のいい香田、鮫島を憎む永昌など従来の登場人物にくわえ、新たに阿坂課長、矢崎の新宿署の二人とともに、黒井老人や、権現・浜川など骨のあるヤクザ、永昌にとっての不二子ちゃんのような悪女マリカ、殺し屋ユンヨンチョルが登場する。
かなりのボリュームの本のほとんどが、会話と謎の解明の説明に割かれている。話は込み入っていて、上記以外にもいろいろな人物が次々に出てきて、しかも中国名と日本名の2つを持っている人たちもいて、読んでいて整理がつかなくなる。途中で、何度かまとめをしてくれるが、相関図がほしいところである。
地味な捜査と推測と確認が続き、アクションシーンは、権藤の救出劇とラストの保管場所での銃撃くらい。分厚い本の半分まではなかなか進まないが、後半3/4は一気に読めた。
警官であることを誇りに思いルールをきっちり守るお堅い課長が、死んだ桃井に敬意を表して公安との攻防において鮫島の申し出を受け入れたことに対して鮫島がじんとくるところや、矢崎が捜査中に襲われそれからの矢崎と阿坂・鮫島とのやりとりや、香田と鮫島の喧嘩を黒井老人が温かく見守る様子や、浜川と鮫島の敵味方の関係にある男と男のやりとりなどがいい。(2020.7)


絆回廊 新宿鮫Ⅹ 
大沢在晶著(2011年) 光文社 
★ネタばれあり!!
震災以後、世間での「絆」の大安売りには、少々辟易気味である。タイトルをみて、鮫島も「絆」かよと、だいぶがっかりしたのだが、実はこれは震災前についていたものだということを知った。本作品は、2010年2月から「ほぼ日刊イトイ新聞」(コピーライターの糸井重里が主宰し、株式会社東京糸井重里事務所によって運営されているウェブサイト。ウィキペディアより)で連載していたという。そうなると、逆にすごいなと思うのだった。
刑期を終え、22年ぶりに出所したかつての新宿の旋風児樫原は、出所するや否や恨みを抱く警官を殺そうとする。鮫島は、新宿で長年商売をしている薬の売人の露崎と会ったことから、そのことを知り、警官殺し阻止のため樫原を追う。
樫原は、拳銃を入手するため、知人の暴力団栄雄会の幹部吉田を通して在日中国人からなる犯罪グループ「金石」(ジンシ)と接触していた。が、このことからトラブルが発生し、複数の殺人事件を招いてしまう。
樫原を慕うバーの経営者トシミや、中国マフィアの若きボス陸永昌(ルーヨンチャン)と樫原との関係も明らかになっていく。やがて、橿原の狙いは、鮫島の上司である、新宿署生活安全課の桃井課長であることが判明する。
一方、鮫島の恋人晶のバンド「フーズ・ハニィ」のメンバーに薬物使用の疑いがかけられ、晶にも警察の捜査の手が伸びる。鮫島との関係がマスコミで騒がれると、晶の有罪無罪に関わらず、鮫島の警官生命は危うくなる。晶との関係に危機が迫る中、鮫島は、橿原から桃井を守ろうと奮闘する。
前半は、捜査が淡々と進み、人や集団がいろいろ出てきて入り組む。後半は、一気にたたみかけ、トシミの店へと関係者が集中する。
巨漢の樫原は、こうと決めたら有無を言わせぬ一徹で危険な男として描かれている。が、桃井への恨みは誤解だし、これまでこのシリーズに出てきたような自分なりに筋を通す渋いヤクザというふうでもなく、かと言ってしっちゃかめっちゃかな外道というのでもなく、いささかインパクトに欠けるように思った。
また、日本人でも中国人でもない、在日中国人による、結束が固く過激でクールな殺人者集団「金石」が今回の事件の一方の主体なのだが、彼らについては、主に捜査による外からの描写に留まり、メンバーの一人一人の顔はあまり明らかにされない。
中国マフィアの年若いボス永昌は、これといった見せ場がなく物足りないまま登場が終わる。
樫原に義を感じている暴力団幹部の吉田はいい。
鮫島に何かと協力していた露崎は気の毒だった。
ラスト、新宿署の人たちが実はいい人たちだったということがわかるが、こうなると鮫島はもはや孤高の刑事ではないのではとも思った。
苦く切ない結末である。ぶちっと切れた感じは嫌いではないが、次作でどうなっていくのか、気になるところだ。(2012.4)

<鮫島の恋人晶について>
このシリーズの最初から感じているのは、晶への違和感である。いくら「愛しく思った」とか書いてあっても、この二人がつきあっているのが、いまだにぴんとこない。晶がでてくるたびに、「ステイタス恋愛」という言葉が頭に浮かぶ。未読だが、スタンダールの「恋愛論」に出てくる語である。つまり、その女性とつきあっていることが男のステイタスになるというような相手を恋人にしているということで、若くて一途でかわいくてかっこいい、ロッカーの少女と愛し合っているということが、新宿鮫の一つのステイタスになっているのだと思われる。毎作読むたびにそのことを受け入れようと思って読むのだが、二人のやりとりになじめないまま10巻まで来てしまったのだった。


狼花 新宿鮫Ⅸ
大沢在昌著(2006年)  光文社カッパノベルス
新宿中央公園で薬物が絡むナイジェリア人同士の強盗窃盗事件が発生。盗まれたハシッシュの行方を追う 鮫島は盗品を扱う裏市場の存在を知り、その実態を探り始める。市場に持ち込まれる品物の鑑定をしているのは、若くてきれいな女性バイヤーであるという情報 を得た彼は、彼女の居住マンションをつきとめ、監視を始める。やがて市場を仕切る人間として仙田が浮上してくる。仙田は以前ロベルト村上と名乗り、もっと 小規模な闇マーケットを動かしていたことがある男で、鮫島とは少なからぬ因縁があった。当事暴力団とは一切関わらなかった仙田が、今回は関西の広域暴力団 陵地会と契約を交わしているらしい。
一方、犯罪の国際化に対応するため本庁には組織犯罪対策部が新設され、公安部外事一課の香田が理事官として異動してきていた。香田は鮫島の同期だが、エ リート志向が高く警官としての生き方が大きく違っているため関わるたびに衝突する。が、お互いに力量を認め合っているようなところがあり、鮫島は、そんな 香田が自ら希望して組対に移ったことに違和感を覚える。
運び屋や故買商など地道に手がかりを手繰っていく鮫島の捜査の様子と、大学へ行く資金を稼ぐため東京にやってきた中国人女性呉明蘭の話が交互に語られる。 明蘭はマッサージ嬢やクラブのホステスを経て、泥棒市場のスタッフとなる。勤めていた店の客である深見(実は仙田)に誘われたのだが、彼女は深見を敬愛し ながらも、客の一人である毛利(実は石崎)に心を引かれていく。
鮫島は、捜査を進めていく中、何度となく仙田に遭遇し、また香田と対立する。外国人犯罪者を市場から締め出すために、非常手段に踏み切る香田。そして、明 かされていく千田の過去。千田はその昔警察のスパイ養成所であった中野学校で訓練を受けた公安の潜入調査官(通称「サクラ」)だったのだ。本シリーズでこ れまでたびたび魅力を放ってきたこの二人の登場(実はあまり細かくはおぼえていないのだが)で話はじわじわと盛り上がり、鮫島との三つ巴の対決を期待し て、わくわくしながら読み進んだ。
しかし、どちらかというと結果は消化不良だった。香田については、そこまで考えていたのかと脱帽したかったし、仙田についてはもう少しむちゃくちゃな決着 の付け方をしてほしかったのだが、横浜中華街中華料理店でのクライマックスにおける二人の言動に特に新鮮な展開はなかった。むしろ、明蘭と、彼女と仕事の 双方を得ようと気張る領地会の幹部石崎の方が生き生きとして見えた。
鮫島は、依然として小物から大物に至るまで悪党たちの間に名前が知れ渡っていてすごい(さすがに関西のやくざは知らなかったが)。特殊警棒とナンブを振り 回しての立ち回りも見せてくれる。しかし、言動は至ってまっとうだし、捜査のしかたなどは、一段と地味で地道になってきているような気がする。彼にはこの ままでいってほしい。鑑識の藪も回復して今後も専門家ぶりを発揮してほしい。(2009.3)


風化水脈 新宿鮫Ⅷ
大沢在昌作(2000年)  光文社カッパノベルス
新宿署の刑事鮫島は、高級自動車窃盗団を追っていた。一味は、日本人と外国人の混成グループらしい。 鮫島 は、彼等が「洗い場」として利用していると思われるガレージを突き止めるが、そのガレージを持つ古い家屋には、もうひとつ、遠い過去の秘密が隠されてい た。
一方、出所したばかりの暴力団藤野組の真壁は、舎弟分の矢崎から与えられる閑職に甘んじていた。矢崎は、金儲けのために、かつて対立していた中国人グルー プと手を組んでいたのだが、頭領の王に真壁の存在を知られることを極力避けていた。王にとって真壁は、ボスを殺し自分の声帯を奪った憎むべき仇敵だったの だ。
ヤクザのしがらみに捕らわれて生きる真壁と、彼との幸せを願う愛人の雪絵、野望と復讐に燃える王、金のために危ない橋を渡ろうとする矢崎、そして過去に犯 した罪を胸に秘めて生きる年老いた者たち、様々な人々の思いが、やがて一点に集結する。
鮫島の大江老人に対する並々ならぬ思い入れはわかるが、やはり私は真壁との関係の方が興味深い。クライマックスはいきなり盛り上がってびしっと決着がつく ので、気持ちがいい。(2003.7)


灰夜 新宿鮫Ⅶ
大沢在昌著(2001年) カッパ・ノベルス(光文社)
登場人物:鮫島(警視庁新宿署警部)、古山(地元の実業家)、上原(所轄署の警部補)、須貝(地元公安、県警警備部警部)、諸富(地元暴力団鹿報会幹 部)、諸富寛治(その弟)、井辻(福岡の暴力団十和会幹部)、今泉(古山の仕事での片腕)、栞(古山の妹)、マリー(古山の愛人)、寺澤(福岡の麻薬取締 官)、木藤(精密機械製造会社社長、古山と宮本の友人)、李(北朝鮮の工作員)
鮫島は、7年前に自殺した同期警察官宮本の法事のため九州の地方都市を訪れる。
法事の席で、宮本の幼馴染みである古山と知りあう。古山は、水商売の店を多数経営する在日朝鮮人で、「北」との関係から地元公安の監視対象者となってい た。法事の夜、古山と飲んでホテルに戻った鮫島は、何者かに拉致され、放棄された牧場の片隅に監禁されてしまう。
やがて解放された鮫島は、古山が、彼を助けるため地元暴力団鹿報会に乗り込み、鮫島の身代わりになったことを知る。東京へ帰れと脅され時間を限定される 中、鮫島は、古山の救出を試みる。
古山とその友人を監視する地元県警の公安、それとは別にやはり古山をマークする福岡の麻薬取締官、地元暴力団鹿報会と福岡の暴力団十和会の取引の仲介をす る所轄署警部、不穏な空気を漂わせる北朝鮮の工作員らが入り乱れ、鮫島が暴力団の麻薬取引の影に潜む大きな謎の存在を感じ取っていくなか、やがて殺人事件 が発生する。
見知らぬ土地で単身真相を追う鮫島は、行く先々で公安刑事、悪徳警官、暴力団幹部らと対決する。鮫島がいかにして彼らと渡り合うかが、本作のおもしろいと ころ。中でも、身内を殺され逆上している鹿報組の幹部諸富と彼と通じている所轄署警部補上原のところに乗り込む場面がいい。上原の真意を見抜いた鮫島が、 銃をつきつけられながらも諸富にそのことを伝えようとする。高まる緊張感にはらはらどきどきさせられる。
古山は、死んだ親友宮本に重ねて鮫島に厚意を寄せ、鮫島は一度会って酒を飲んだだけの彼に対し友情を抱く。ラストはほろ苦い。(2007.8)


氷舞 新宿鮫Ⅵ
大沢在昌作(1997年)
光文社カッパノベルス
晶との仲がぎくしゃくしてきた鮫島が、謎の芸術少女に心奪われる話だったような気が。どんな事件だったかについては、記憶がない。(2007.10)

炎蛹 新宿鮫Ⅴ
大沢在昌作(1995年)
光文社カッパノベルス
連続放火の捜査をしていた鮫島は、植物防疫官甲屋から、フラメウス・プーパ(火の蛹)と呼ばれる害虫 が海外から日本国内に持ち込まれたことを知らされる。(2007.10)

無間人形 新宿鮫Ⅳ
大沢在昌著(1993年)
読売新聞社
アイスキャンディと呼ばれる新種の覚醒剤をめぐる事件を鮫島が追う。
地方都市に住む兄弟が覚醒剤の製造元。
前半は、製造元の弟が東京に出てきてヤクザと取引を行う様子が描かれ、後半は、鮫島が、製造元の兄弟が済む地方都市を訪れる。兄弟の友人が、たまたま晶の 元バンド仲間だったせいで、晶も来ていて昔の仲間ともども事件に巻き込まれ、クライマックスとなる。
が、本作は、とにかく前半がおもしろかった。覚醒剤の取引のため、なりふり構わず動く東京のヤクザ、角が、かなり印象深い。彼の出番が途中でなくなってし まい、気が抜けた。(2007.10)


屍蘭 新宿鮫Ⅲ
大沢在昌著(1993年)
光文社カッパ・ノベルス
植物人間となった女性の治療費を出し続けるエステ会社かなんかの女社長。眠り続ける女性とは、根深い 因縁がある。その女社長には、影から見守り、彼女のためなら犯罪も辞さない孤独な老女と、献身的に仕える元警官の部下兼ボディガードの男がいた。鮫島は、ある事 件を追ううちに、この3人に辿り着き、やがて元警官の男と対決するんだったような 気がする。(2007.10)

毒猿 新宿鮫Ⅱ
大沢在昌作 (1991年)
光文社カッパ・ノベルス
「新宿鮫」という異名を取る孤高の刑事鮫島を主人公としたシリーズ第2作。
台湾からやって来た殺し屋「毒猿」と、彼を追って来日した台湾の刑事。
今回は魅力あふれるこの二人が主役で、鮫島はほとんど脇役である。シリーズ2作目にしてこれほど脇へ引くヒーローは珍しく、その謙虚さが潔い。
クライマックス、新宿御苑での死闘は盛りあがる。(2003.4)


新宿鮫
大沢在昌著(1990年)
光文社カッパ・ノベルス
シリーズ第一巻。新宿署防犯課に勤務する孤高の警部鮫島が、銃密造犯を追う。
死んだ同僚の手紙を預かったため警察内で特殊な存在となっていることや、恋人であるロックバンドのボーカリスト晶との出会いなども語られている。 (2007.10)

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