みちのわくわくページ

○ 本 ハードボイルド(日本)

<作家姓あいうえお順>
回想の「風立ちぬ」(伊集院透) 
<堀内・伊達シリーズ>果鋭悪巣、<疫病神シリーズ>破門(螻蛄)暗礁国境疫病神(黒川博行)  
行きずりの街(志水辰夫)  over the edge孤狼(堂場瞬一) 
少年と犬(馳星周)、 愚か者死すべしそれまでの明日(原ォ)  喝采(藤田宜永)
リンゴォ・キッドの休日真夜中へもう一歩THE WRONG GOODBYEロング・グッドバイ(矢作俊彦) 
孤狼の血(柚月裕子)

<堀内・伊達シリーズ>
果鋭(かえい)
黒川博之著(2017年)
幻冬舎文庫(2019年)
「悪果」「繚乱」に続く、堀内・伊達シリーズの3作目。
1作目で大阪府警今里署のマル暴担当刑事で相棒だった二人だが、堀内は2作目ですでに依願退職で府警を去り、伊達も本作では懲戒免職によって警察を追われ、二人とも警官ではなくなっている。2作目の「繚乱」は未読なのだが、どうやら暴力団と揉めたせいで堀内は左足に障害を負っている。
職もなく、一人うつうつと暮らしていた堀内は、伊達から仕事に誘われる。不動産競売のヒマラヤ産業に雇われている伊達は、営業部長の生野から、知り合いのパチンコホール店長がゴト師に脅迫されているので、なんとかしてほしいという依頼を受けたのだった。ホール店長による遠隔操作という不正から始まった脅迫事件の捜査を始めた堀内と伊達は、ジェットカウンター製造販売会社従業員やゴト師やその「ケツ持ち」をする暴力団員が絡んでいることをつきとめ、やがて、二人の捜査は関西遊戯協同組合の派閥争いに行きつく。
とにかく次から次へと新たな組織名とそれにかかわる男たちの名が出てきて、混乱する。食えないおじさんがいろいろ出てくるが、だれがだれで、どっち側なのか、すぐわからなくなるのだった。
堀内と伊達は二人で大阪のあちこちの店で飯を食っては、もと警官のときに身に着けた捜査技能を生かして動き回り、後ろ暗いところのある男たちから金をむしり取っていく。今回は、伊達の活躍が目立ち、堀内は控えめである。職を失い、足を引きずる堀やんは、どことなく哀愁が漂うが、人を脅していたぶるのは相変わらず得意なのだった。
タイトルをずっと「果悦」だと思っていたのだが、「果鋭」であることに読み終わってから気づいた。「果断で気性の鋭い」という意味だそうだ、(2020.1)


悪果
黒川博行著(2007年)  角川書店
大阪府警今里署の刑事堀内を主人公とした警察ハードボイルド。
堀内は、38歳のマル暴担当。以前は中央署に勤務していたが、不正を働いて依願退職となった上司のあおりを受けて今里署に異動、実質上の左遷だった。
出世を望めないと踏んだ堀内は、刑事という役職を利用した「シノギ」をして金を稼いでは浪費するという毎日を送っていた。ブランドのスーツに身を包み、ミナミ のクラブのホステスに援助し、酒を飲んではタクシーで帰宅。子どもはなく、妻はマルチ商法まがいの訪問販売にはまっていて、夫婦間の会話はほとんどない。
物語の前半は、カラオケボックスで開かれた遠出の盆(暴力団が自分のシマ以外の場所で賭場を開くこと)の手入れの様子が描かれる。
ネタ元から賭場開帳の情 報を得た堀内は、相棒の伊達とともに裏付けをとり、上司に報告する。綿密な作戦を立て、他の部署から応援部隊を呼んで、賭場に突入、暴力団側と参加客合わせて28名を現行犯逮捕する。この逮捕までの過程が細部まで丁寧に描かれ、まさにプロが仕事をしているという感じでとても読み応えがある。逮捕の後の関係者の取り調べも、組長の愛人や下っ端の組員など、それぞれの個性が出ていておもしろい。
後半は、この逮捕劇に端を発したできごとがやがて堀内の身に危機を招く事態へと発展する。
堀内は、賭場で逮捕された客の一人である学校法人理事長の森本をカモと見て、知り合いの業界紙編集者坂辺に森本のネタを売る。堀内は、仕事で得た強請のネタを提供しては、坂辺から分け前をもらっていたのだ。
が、やがて、坂辺が轢き逃げされて死ぬという事故が発生する。森本の本業は不動産業であり、独自に捜査を始めた堀内は、森本が買収した専修学校の古株の理事がやはり海で事故死していたことを知る。
大都市を舞台にした悪徳警官ものというと、エルロイのLA4部作を思い出す。
どちらも出てくる警官がみんな脛に傷を持っていて、気が滅入るような状況が次から次へと描かれるが、エルロイの暗くて重たい作風に比べると、こちらはかなり軽妙である。それは、大阪という土地柄と大阪弁の会話が大きく影響していると思われる。
堀内の相棒である伊達刑事は、堀内より一つ年下の巨漢で、外見は「極道より極道らしい」となっている。妻と娘があり、他の女に目移りしながらも、妻子との仲はいい。「堀やん」「誠やん」と呼び合う二人の関西弁の会話は、深刻な場合でも、どこかほんわかしていて味わい深い。相棒といえども本音は明かさず、互 いに相手の腹を探り合っていた二人だが、堀内の危機にあって二人の信頼関係は若干強くなる。完全に、ではなく、若干というところが、渋い。 (2008.10)



<疫病神シリーズ>
喧嘩(すてごろ)
黒川博行著
角川文庫(2019)
疫病神シリーズ第6弾。
あいかわらずギャンブル好きで金がないコンサルタント二宮は、高校の同級生で議員秘書の長原から、小規模ヤクザの麒麟会とのもめ事の処理を依頼される。二宮は、破門されて二蝶会の後ろ盾を失くした桑原に話を持ち込む。麒麟会とのいざこざを調べるうち、議員の名を利用して金儲けを企む議員秘書黒沼が、構成員百人規模の暴力団鳴友会との間でトラブルになっていることがわかる。桑原は鳴友会の構成員と喧嘩してケガを負わせ、事態はどんどん収拾がつかなくなっていく。
二人の丁々発止はあいかわらず愉快だが、どうもマンネリ化してきた。どう見たって、この二人仲良しなのに、いちいち桑原にけちをつける二宮のぼやきがあざとく感じられてしまうのだった。
それと、このシリーズはたいていそうだが、次々に新たな組織とそれに属する男たちが出てくるので、だれがだれやらどっち側やら覚えきれず混乱する。かと言って仕事でも勉強でもないのにいちいちメモを取りながら読むのは煩わしいので、結局うやむやなまま読み進んですっきりしないで終わることに。人物相関図があると非常にありがたいと思う。
インコのマキがかわいかった。(2021.10)

破門
黒川博行著(2014年)
角川書店(2014年)

疫病神シリーズ第5作で、第151回直木賞受賞作。
第4作を飛び越して読んだが、「暗礁」とあまり印象は変わらない。
二蝶会若頭の嶋田と構成員の桑原は、プロデューサーの小清水が企画した映画製作に出資するが、小清水は集めた資金を持って逃走する。盗られた出資金を取り戻すべく、桑原は二宮とともに、小清水を追う。
やはり映画に出資していた滝沢組も小清水を追っていて、同じ川坂会系の枝である組同士がぶつかることに。
桑原が所属しているのは、川坂会の下部組織二蝶会。二蝶会の親分は森山という、欲得優先のあまり腹の据わっていない男で、桑原は評価していない。その若頭嶋田は、桑原の兄貴分で、亡くなった二宮の父親に世話になったため、何かと二宮に親切であり、普段は穏やかだがやる時はやる男で、桑原も一目置いている。二蝶会は、川坂会の直属だが、50人程度で規模は小さい。
滝沢組は、川坂会直属の亥誠組の下部だが、構成員は150人くらいで二蝶会よりはるかに多い。小清水の逃走は滝沢が裏で糸を引いていた節がある。桑原が直接話に行く亥誠組の若頭布施も130人の組持ちである。
同じく、玄地組という川坂の枝があり、規模は二蝶会と同じくらい。ここも映画に出資しているので、桑原は協働を図るが、玄地組は長いものに巻かれて滝沢に迎合する。
さらに、小清水の知り合いの不動産屋金本のケツ持ちをしている地元の小規模な組織外山組もちょとだけ絡んでくる。
桑原と二宮は、小清水とその愛人玲奈を追って、香港・マカオ、茨木(小清水の家)、昭和町(玲奈のマンション)、奈良(小清水の妹の家)、今治(玲奈の実家)と、あちこちに飛ぶ。その都度、滝沢組のチンピラと喧嘩して小清水を捕まえて金のありかを聞き、逃げられ、また追う。ということの繰り返し。
金を手に入れる方法も、銀行の通帳やら貸金庫やらカジノの口座やら株やらと様々である。
マカオのカジノでは、ルーレット、ブラックジャック、バカラの様子が詳しく描写されて、ギャンブル小説のようになるし、桑原はBMV、二宮はアルファロメロ、木下はアルトと、車の車種にも気が配られている。
入り乱れる男たちと、金の出し入れ、捕まっては逃げる小清水。状況設定は微に入り細に入りで、たいへん手が込んでいる。
桑原と二宮の関西弁の軽快な会話は相変わらず。二宮は、地の文では、桑原についてクソミソに言うばかりで絶対よく言わないのも相変わらず。(2015.3)

螻蛄(けら) −シリーズ疫病  (※未読です。)
黒川博行著(2009年)
新潮文庫(2012年)

シリーズ第4作。読んでいないので、商品説明を掲載します。
<amazonn掲載の商品説明>
信者五百万人を擁する伝法宗慧教寺。その宗宝『懐海聖人絵伝』をめぐるスキャンダルに金の匂いを嗅ぎつけた、相性最悪の二人組、自称建設コンサルタントの 二宮とイケイケ経済ヤクザの桑原。巨大宗派の蜜に群がる悪党どもは、腐敗刑事、新宿系極道、怪しい画廊の美人経営者。金満坊主から金を分捕るのは誰か。東 京まで出張った最凶コンビの命運は?―。

暗礁
黒川博行著(2005年)
幻冬舎文庫 上・下巻(2007年)

「破門」を図書館に予約したので、その前にと思って、読んだ。
大阪で建設コンサルタントを営む二宮は、川坂会系暴力団二蝶会のヤクザ桑原が持ちかけてきた掛け麻雀の代打ちを引き受ける。割の良いアルバイトのつもりだったが、実は大手運送会社東西急便の子会社奈良東西急便が奈良県警交通課の警部柴田にトラックターミナル周辺における交通規制の緩和をお願いするための接待麻雀だった。収賄事件が明るみに出て、奈良県警の柴田と青木が罪に問われる。書類送検後、柴田は自殺し、青木は失踪する。さらに、奈良東西急便事務所が放火され、罠にはまった二宮に放火犯の容疑がかかる。桑原と二宮は、奈良東西急便から支払われた闇金を持って逃亡した青木を追って、沖縄へ飛ぶ。さらに、桑原は、東西急便本社から奈良東西急便に渡された巨額のマル暴対策費のうち、宙に浮いた闇の十億円に目をつける。奈良県警、東西急便本社、奈良東西急便、その子飼いの暴力団桐間組とその配下の花鍛冶組、沖縄の蘇泉会、桑原と二宮は、壮絶な裏金争奪戦に乱入する。
「疫病神」の二宮と桑原コンビのシリーズ3作目。2作目辺りから感じていたのだが、桑原はあいかわらずだが、二宮はちょっとへらへらしていないか。「疫病神」では、もう少しぴしっとしていたような印象があるのだが。桑原と二宮の会話は相変わらず漫才みたいでおもしろいが、勝手ながら少々マンネリ気味な感じがしないでもなく、おっ!というような斬新な切り返しがほしいと思ってしまった。二人の言動はけん制が利きすぎていて、個人的にはもうちょっとベタな侠気にすかっとしたいと思った。
二人のやり取りよりも、奈良東西急便の落合(元警官)、本社の中堂、大阪府警の悪徳警官中川、二人がこれらふてぶてしい3人の男と相対するときの方が、わくわくした。(2014.11)

国境
黒川博行著(2001年)
講談社
本が出た当時に読んだので、あまり内容を覚えていないのだが。
「疫病神」の二人、桑原と二宮が、なんらかの事情である男を追って、北朝鮮へ飛ぶ。統制の厳しい北朝鮮の様子はたいへん興味深かったが、いかんせん縛りが多すぎてさすがの桑原も大した動きがとれないのだった。活劇的には、日本へ戻ってきてからの方が、おもしろかったように記憶する。
二宮は、桑原を失くしたと思った後、男を見せたような気がするが、全体的には1作目に比べて影が薄くなった印象がある。本の紹介でも、「ヤクザとやさ男」と言われていた。1作目では「やさ男」ということはなかったように思う。(2014.11)

疫病神
黒川博行作 (1997年)
新潮社
大阪に事務所を持つ建設コンサルタントの二宮は、暴力団二蝶会幹部の桑原にちょっとしたもめ事処理を依頼し たことから、産業廃棄物処理場を巡るトラブルを追うはめになる。
ヤクザ、ゼネコン、企業舎弟、議員、水利組合長、産廃業者らが複雑に絡んでしのぎあう中、なんとか首をつっこんで金をせしめようとする桑原は、いいように 二宮を振り回す。
わずか 5、6日間の強行突破。その間ずっと寝不足の二宮の疲労は、読んでいるだけでもひしひしと伝わってくるが、一方、桑原はほとんど疲れを知らない。豪快な桑原と、ぼろぼろにされながらも意地を通そうとする二宮。二人の関西弁による丁々発止のやり取りは軽妙で愉快だ。あくまでもさりげなくみせる二人の仲良しぶ りがみどころ。(2003.4)



行きずりの街
志水辰夫著(1990) 新潮文庫
登場人物:波多野(塾教師、元敬愛女学院教師)、広瀬ゆかり(失踪した波多野の教え子)、角田(敬愛女学院経理部長)、神山(敬愛女学院学長)、池辺(敬 愛女学院理事)、金子英明(敬愛女学院理事長)、雅子(スナックのママ、波多野の元妻)、園田(波多野の友人)
地方で学習塾を経営している波多野は、失踪した教え子のゆかりを見つけるため上京する。
彼は、以前東京の私立大学敬愛女学院の教師だったが、教え子だった 雅子と恋仲になり雅子が卒業してすぐ結婚、それがスキャンダルとなって学校を追われるという苦い過去を持っていた。
ゆかりの行方を追ううち、波多野は彼女が敬愛女学院の経理部長角田と関わっていたことをつきとめる。が、角田も行方不明となっていた。
やがて、波多野は、敬愛女学院の経営の裏に潜む暗部と、過去の自分のスキャンダルにしくまれていた陰謀を知ることになる。
別れた妻との再会。自分を陥れた者たちとの対決。波多野は自らの名誉回復のために奮闘する。
波多野は、その描写から、おそらく自分なりの考えでちゃんとしたわかりやすい授業をしてくれるいい先生で生徒からも好かれていると思われる。若い頃不良 だったとか、格闘技の経験があるといった記述はなく、そうした男がその筋の者たちと渡り合ったらどうなるかという展開にはなんの強引さもなく、殴られっ放し。さらに女たちには言われっぱなしである。でも見せる意地。 
志水作品は、数多く読んでないが、牽制が効いている。効きすぎているくらいだ。ハードボイルドに限らず、「男にとって都合のいい女」が出てくるとちょっとなんだかなあと思うが、著者はいわゆる「かっこいい男」に対してなんだかなあと思っていて、そんなもんじゃないからってことでこうなるのかという気が勝手にしているのだが、それでもさらにこっちの勝手で言えば、やっぱりもう少し腕白な方がいいかなと思う。(2007.9)

over the edge
堂場瞬一著(2012年) 早川書房
ニューヨーク市警の緊急出動部隊(ESU)分隊長のモーリス・ブラウンは、警視庁に視察にやってくるが、彼の来日には他に隠された目的があった。彼は、視察の合間に、東京で行方不明となったかつての戦友ドナルド・ホワイトの捜索を行う。ホワイトは、IT企業「ラーガ」(フェイスブックのようなSNSの会社らしい)の営業担当上級副社長となっていて、日本支部立上げの責任者として東京で準備をしているさなかに失踪したのだ。しかし、大柄の黒人であるブラウンは、東京ではかなり目立ってしまい、聞き込み相手にも警戒され、捜査は難航する。ところが何もつかんでいないにも関わらず、正体不明の男たちに襲われる。
彼を助けたのは、元警視庁刑事で、現在は探偵の濱崎。汚職事件で全ての罪を一身に背負って退職に追い込まれた過去を持つ。
真面目一辺倒のブラウンは、野放図でだらしのない濱崎が気に入らないが、濱崎は、ブラウンと彼の捜査に興味を持ち、勝手に首を突っ込んでいく。
ブラウンと濱崎のバディものなんだろうが、著者の牽制が効き過ぎていて、丁々発止の凸凹コンビという軽快でおちゃらけた感じではない。ブラウンと濱崎の視点から交互に物語が展開していくが、ブラウンがアメリカ人であることやカタブツ過ぎて面白みにかける人物であることから感情移入しづらいし、なんかかなり迂闊なところもある。
捜査に加わる濱崎が、装備を整えるところ、スティーブン・ハンターのスワガー・シリーズだったら、銃器の名前がずらずらと並ぶであろうところで、「三百ミリの望遠レンズつきのキャノンのイオス。倍率十二倍のニコンの双眼鏡。ソニーのICレコーダー。富士通のノートパソコン」と一般商品が並ぶところが、新鮮だった。2009年型のランサー・エヴォリューションと車の説明が細かいのも、全然わからないけどプロっぽい感じでよかった。
後半、濱崎の仇敵、警察を追われる原因となった暴力団幹部石本がホワイト失踪事件に絡んでいることが判明してからは、一気に加速して面白くなってくる。それまで出し惜しんでいた濱崎の過去がどんどん明かされていく。石本の元愛人で、濱崎と恋仲にあったバーの経営者中嶋由里が出てくるあたりはとてもいい。再会したときに、昔の恋人がかつての符帳を口にする。
 「あなたは、警――会社を辞めさせられたのよ。」
警察は会社、警視庁本庁は本社、所轄は支社。「なつかしい符帳が今でも生きている」というのが実によくて、ぐっと来てしまった。
最後の最後。ブラウンの発するひと言。このために全編があるような小説なのだが、貯めすぎのせいか、私がひねくれているせいか、本当に申し訳ないのだが、幾分気恥ずかしさを感じてしまうのだった。(2015.1)

孤狼 刑事・鳴沢了
堂場瞬一著(2005年) 中公文庫
刑事鳴沢了を主役とするシリーズの第4作ということだ。
初めて読むので、過去の事件の詳細は分からないが、東京、青山署勤務の鳴沢はかつて新潟県警にいたこと、祖父も父も警官だったが、父が祖父の汚職を隠そうとした事を知り、父との関係は悪化していること、東京でなんらかの事件があり、親友を殺さざるを得ない状況に陥ったこと、その妹優美と今恋仲にあり彼女の幼い息子にも慕われていること、小野寺冴という元刑事はかつての同僚で恋人であるがなんらかの事件で互いに傷つき、冴は警察を辞めて今は探偵をやっていること、などが説明される。
今回は、鳴沢は、失踪した刑事を捜すよう特命を受ける。命令を出したのは、警視庁捜査一課の理事官沢登で、練馬北署の刑事、今が相棒となる。堀本という刑事がアパートの一室で自殺し、その直後に戸田という刑事が行方不明だという。はっきりした事情や目的を明かされないまま、鳴沢らは捜査を開始する。
次々に新たな名前が出され、新潟行きも含めて、様々な人と会って話をし、時に尾行され忠告されるので、誰が誰だか整理しないとこんがらがるが、すべての謎は「十日会」という警察内部の組織に関わっていることがわかってくる。
鳴沢は気張っていてかっこうつけであまり面白みが感じられなかったのだが、巨漢で大食い、いずれ実家の寺を継いで住職になるという型破りな相棒、今のおかげで、コンビになるとその対照がだいぶおもしろいのだった。(2016.4)

少年と犬
馳星周著
文芸春秋(2020年) ※各作品タイトル後の()はオール読物掲載号

163回直木賞受賞作。
著者の小説は「不夜城」以来である。犬が主人公の連作短編集だが、初出年を見ると、一番最後の話が一番最初に書かれている。遡って前日談を書き上げたということだ。
「多聞」という名のシェパードと和犬の雑種の犬が、岩手県から九州熊本まで旅をし、その間に出会った人たちの事情や多聞と彼らとの関わりを描く。
多聞は、人でいえばかなり男前である。物事に動じず、思いやりがあり、信念を貫きとおす強さを持つ。彼は、時に南、時に西南とその場所で方角は変わるが、常に九州熊本に顔を向けている。そこが目指す場所なのだ。ハードボイルド犬版だと思った。
さすらいのシェパード(多聞は和犬との雑種だが)というと、わたしは子どものころに見て印象に残っている「名犬ロンドン」という海外のテレビドラマを思い出す。小学生のころに見たと思っていたら、ウィキペディアによると「名犬ロンドン物語」は1963〜65年(昭和38〜40年)にテレビ放映したとある。そうすると私は就学前の幼児だったのだが、よく覚えているものだと思った。町から町へさすらうロンドンは、行きずりの人間たちと関わり、彼らのトラブル解決に一役買ったのち彼らが幸せそうに微笑む様子を見て、そっと口でドアを開けて去っていく。
しかし、多聞の場合、関わった人間たちの多くは幸せにならない。死ぬのは男ばかりというあたりがまたハードボイルドのセンチメンタルっぽさを感じさせる(けなしているのではない)。多聞を「守り神」という者は多いが、「死神」と言えなくもない。それも含めて宗教がかっているところがあって、最後の話では少年と多聞が並んで寝る姿は「宗教画のよう」だと言い切ってさえいる。そこはなんだかなと思った。(2021.6)
○男と犬 (2018年1月号)
・場所:仙台、一時的な飼い主:中村和正、多聞の呼び名:カイト
 痴呆症の母とそれを介護する姉を経済的に助けるため、犯罪まがいの仕事に手を出していた和正は、道で多聞と出会い、世話をするようになる。和正は、ついに強盗一味の送迎というヤバい仕事を引き受けてしまう。
○泥棒と犬(2018年4月号)
・場所:仙台から新潟へ、一時的な飼い主:ミゲル、多聞の呼び名:ショーグン 
 強盗を犯したミゲルは、仲間や運転手の和正を置いて逃走する。彼は、警察だけでなく、ヤクザにも追われている。和正が連れていた多聞を気に行った彼は多聞を連れて新潟に向かい、国外逃亡を図る。多聞が西南へ行きたがっていることを感じ取りながらも、「守り神」の多聞を手放したくないと思うのだが。
○夫婦と犬(2018年7月号)
・場所:富山市、一時的な飼い主:中山大貴、中山紗英、多聞の呼び名:トンパ、クリント
 トレランに夢中の大貴は、ろくに仕事もしないで趣味のスポーツばかりしている。妻の紗英が畑でつくった野菜をネットショップで売ってなんとか生計をたてている。大貴は、ある日、山の中で多聞と出会う。痩せてガリガリになった多聞を連れ帰り、紗英に世話をさせる。大貴は、多聞をスキーヤーのアルベルト・トンパにちなんでトンバと呼び、紗英は、子どものころ飼っていた犬の名を借りてクリントと呼ぶ(クリン・イーストウッドのファンだった父がつけた名前である)。仕事も家事もすべて一人でやっている紗英は大貴に愛想がつきていて、夫婦仲は冷えている。多聞が二人の仲を修復するのかと思いきや。
○娼婦と犬(2019年1月号)
・場所:大津市、一時的な飼い主:美羽、多聞の呼び名:レオ 
 甲斐性なしでダメ男の彼氏晴哉を養うため娼婦にまで身を落とした美羽は、ある夜、林道を車で走っていたときに多聞に会う。彼女にはある秘密があったが、それはすぐに察しがつくものである。彼女が多聞を乗せて琵琶湖の周辺をドライブするところがいい。
○老人と犬(2020年1月号)
・場所:島根県の里山、一時的な飼い主:弥一、多聞のの呼び名:ノリツネ
山の中腹の家にすむ弥一は、猟友会でも腕の立つ猟師だったが、病気を患い、猟を辞めようと思いつつも愛用のライフルM1500を手放せずにいた。ある夜、家の庭先に焦燥した多聞が迷い込んでくる。弥一は、頑固な性格のあまり、病死した妻にやさしい言葉をかけることもできず、一人娘とも疎遠になっていた。かつて飼っていた猟犬も今はなく、彼は多聞を引き取って飼うことにする。付近に熊が出没し、猟友会から熊退治への協力を要請された弥一は病の身体を推して猟に加わる。
○少年と犬(2017年10月号)
・場所:熊本県益城町、新しい飼い主:内村徹、久子、光、名前:多聞 
・多聞の元の飼い主:岩手県釜石市に住んでいた出口春子(震災で死亡)
 おそらく、前話で弥一に多聞のことを頼まれた猟友会のメンバーが、多聞を島根から九州大分の山中まで連れてきて放したと思われる。いよいよ多聞のかつての飼い主の名が明かされ、多聞が再会を切望していた相手である少年が登場する。それまで、多聞の身体に埋め込まれたマイクロチップによって飼い主の名前や連絡先がわかったとはされていたが、実際に名前が出るのはこの話でだけである。多聞と少年の関わりが、関係者の証言によって解き明かされていく様子はミステリっぽい。
しかし、感動の再会で話は終わらない。
2011年の東日本大震災から5年後の2016年の熊本へ、という時点でさらなる震災が起こることを、しかも第一波でなく第二波が惨劇を起こすことを誰もが知っている今だからこそ、読む者は不穏な空気を感じざるをえず、不安は的中するのだ。ラスト、少年は力強く希望を感じさせるが、一貫してハードな物語である。


愚か者死すべし
原ォ著 (2004年)
早川書房
新宿の私立探偵沢崎が活躍するシリーズ最新作。
新宿署の地下駐車場で護送中の容疑者が狙撃される。容疑者は軽い怪我ですむが、護送に当たっていた刑事が弾丸を受けて死亡。現場に居合わせた沢崎は、依頼人もないまま事件に関わっていく。
やがて老富豪誘拐事件が絡んできて、 沢崎は、政界暗部の鍵を握ると言われる「三日男爵の孫」の存在を知り、巨額の現金を運ぶ手伝いをすることに。
沢崎が出てくる作品は、とにかくかみしめながら読むので、読み終えるま で時間がかかるという印象がある。今回は著者が後書きで述べているように「短期間で書くことができた」ものであるせいか、比較的すいすい読めた。それはそれでちょっと快感。
登場する人物は多種多様だが、みんなあっさりしすぎていて印象が薄い。 そんな中で、事務所にやってくるたびに氏名と肩書きが違う謎の男がノリのよさで生彩をはなっている。さりげなく灰皿を押しやったりすることをきちんと チェックしているあたりに、沢崎の彼に対する好感が窺われる。
引きこもりの青年の部屋にむりやり押し入る件りも適度にユーモアが効いていて好き。(2006.3)


それまでの明日
原ォ著(2018年) 早川書房
登場人物:沢崎(探偵)、望月晧一(ミレニアム・ファイナンシャル新宿支店長)、海津一樹(就職・求人ネット「バンズ・イン・ビズ」代表)、平岡静子(赤坂の料亭「業平」の先代女将)、成田誠一郎(日本画家)、嘉納淑子(「業平」現女将)、嘉納(「業平」の板前長)、河野(強盗主犯)、佐竹(強盗従犯)、進藤由香里(新宿西口不動産事務員)、佐伯直樹(ルポライター)、土門(ホームレス)、橋爪(清和会幹部)、相良(清和会組員)、坂上(一ツ橋興信所主任)、萩原(一ツ橋興信所所員)、錦織(新宿署警部)、田島(新宿署警部補)、紳士

14年ぶりの探偵沢崎ものである。
このシリーズは好きなので欠かさず読んでいた。しかし、私事だが、以前別訳で読んでかなり好きだったチャンドラーの「さよなら、愛しいひと」をつい最近村上春樹訳で読んで、昔ほどいいと思わない自分にけっこうショックを覚えたところに、同様なことが沢崎に対しても起きてしまった。主要となるゲストの二人の人物がどうにもいいと思えなかったのが大きいと思う。
14年経っているが、沢崎は携帯を持たず、電話代行サービスを利用している。探偵として機動力に欠けないかと心配になるが、本人は至って平気そうである。
そして、この時代なのに、とにかくみんなよくたばこを吸う(どちらかというとこれは痛快)。
ある日、金融会社ミレニアム・ファイナンシャルの新宿支店長の望月と名乗る紳士が事務所を訪れ、赤坂の料亭の女将のことを調べてほしいと依頼してくる。
が、女将は既に病死していることがわかり、望月に連絡するため、ミレニアム・ファイナンシャル新宿支店を訪れた沢崎は、そこで二人組の強盗の襲撃に遭う。強盗現場に居合わせた青年海津が、沢崎の協力を得て従犯の佐竹の説得に成功したこともあって強盗は未遂に終わるが、望月支店長は行方不明となり、社内の大型金庫にはないはずの巨額の現金が所蔵されているのだった。
沢崎は、ミレニアム・ファイナンシャル新宿支店における裏金隠しと、失踪した望月の捜索を続け、それが話の主流となるが、その間いろいろ細かい話や多数の人々が出てくる。
上記の登場人物のほかにも、思わせぶりな電話代行サービスのハスキーな声の女性オペレーターとか、沢崎の事務所と同じビルに部屋を借りていて行方不明のカメラマンとか、ミレニアム・ファイナンシャルの社員たちとか、小料理屋「むらさき」の支配人と店長とか、貴金属店経営者の女性とその知人など、雑多な人々が顔や名を出してはすぐ退場していく。謎を追う際にいろいろな人物と会って話を聞いていくというのは、ハードボイルドの王道なのだが、とても覚えきれず、何度も前のページをめくり返した。
中でも、作者が思い入れを持って描いているのは、常連では、錦織警部と新和会の相良。錦織警部とのやりとりは相変わらずの仲良しぶりで、相良は、橋爪の大柄な用心棒で以前沢崎とよさそうなやりとりがあったらしいのだが、いかんせん、全く覚えていなくて残念である。それでも親の介護に専念しているヤクザというのは狙い通りなんだろうけど、なかなかいい感じだった。
そして今回のゲスト、依頼人の紳士と青年の海津は別格に扱われている。のだが、この2人がぴんと来なかったのだ。紳士については、登場するとすぐ沢崎が先手を打って「紳士」と表現してしまうので、彼のどういうところがどう「紳士」なのか、読み手にはいまひとつ具体的にわからない。そして彼について、もう最初の方で「会ったのは、その日が最初だった。そして、それが最後になった。」と断じているので、今後沢崎は彼に会わないことが前提となってしまう。結果、電話で延々と種明かしをするという事態になるのだが、それくらいなら前言を翻してもいいからちゃんと会って話をしてほしいと思ってしまった。
海津は、最初から好青年として描かれていて、沢崎も好感を持っていることはあからさまにわかるのだが、私がひねくれているせいか、この好青年ぶりがどうにもあざとく感じられてしまい、後半、唐突に沢崎に対して発した例の言葉には、驚くというよりあっけにとられてしまった。
今回は、むしろ、田島警部補や興信所所員の萩原など、沢崎のことを程よく理解している地味な二番手の存在に心が和んだ。
「それまでの明日」の「それ」は、おそらくラストの災害を指すのだろうが、このラストとそれまでの物語は特につながっているものではない。(2018.9)


喝采
藤田宜永著(2014年) 早川書房
1972年の東京を舞台に、新宿に事務所を持つ青年探偵浜崎順一郎が、自身も事件に巻き込まれつつ、元女優殺人事件の犯人を追う。
順一郎は1940年の生まれ。実の父は太平洋戦争の出征先で戦死し、東京大空襲で母と妹を亡くす。浮浪児となり、車の窃盗罪で少年院に収監されるが、退院後は警視庁一課刑事浜崎の養子となる。大学を出て不動産ブローカーをしていたが、退職後私立探偵となった父が急死したため、事務所を継いだ。気障で饒舌で食えない青年だが、純なところもあって、腹は据わっている。昔なつかしい、日活アクションに出てきそうなヒーローである。
仕事の依頼で元女優神納絵理香の所在をつきとめた順一郎は、彼女が何者かによって殺されているのを発見する。事件の捜査が進む中、1年前に有楽町で起こった現金輸送車襲撃事件や麻薬売買の話も絡んでくる。さまざまな人物も登場する。順一郎を事件に巻き込むきっかけとなった女学生の松浦和美、絵里香のライバルだった女優で歌手の福森里美、女スリの島影夕子、元日新映画社長の斉田、映画監督で里美の元夫の南浦、絵里香とつながりを持つ商事会社社長の馬場などである。斉田と順一郎との対決は、なかなかわくわくする。大物曲者親父の斉田はすぐさま、順一郎が気に入ったようで、彼と話をするのが楽しそうである。女性たちは、和美も夕子も順一郎に気があるようだが、順一郎は里美に魅かれ、やがて二人は恋仲になる。が、二人の行く手には悲しく切ない結末が待っているのだった。
本作の舞台となる1970年代の風俗、東京の町に実際にあった店や当時流行った楽曲、映画などが丁寧に描かれている。懐かしい人にはひどく懐かしいだろう。個人的なことをいうと、わたしが大学進学とともに上京したのが1979年だから、この小説の時より7年後になるのだが、それでも、記憶にある名前がいくつも出てきた。例えば、新宿コマ劇場とアシベホール、早稲田松竹(映画館)と名曲喫茶らんぶるなど。里美が店で歌った「スターダスト」から、「シャボン玉ホリデー」のエンディングに使われていた話になり、フォギー・カーマイケルの話になり、ついでに彼が出演したことがあるということで「ララミー牧場」にまで言及があったのはうれしい。
絵里香や南浦や斉田の関わった映画会社は日新映画となっていて日活は他にあるのだが、調布に撮影所があるとか、B級アクションぽい映画のタイトルとか、どうも日活っぽい。映画製作が事件に絡んでくるのは興味深い。
基本的には、昔懐かしい気障でおセンチなハードボイルド路線と思われる。順一郎も里美も夕子も往年の日本映画に出てくる俳優のように、早口でセリフをしゃべる様子が目に浮かぶ。が、ぼかぼか煙草を吸っても、女性に対してセクハラまがいの言動をしても、やはり平成に生きる人が描くものはどこか洗練されているように思える。あの時代(といっても、後追いの私はそれほどくわしいわけではないのだが)の大雑把さや身も蓋もなさは、再現しようとしてもなかなか難しいのかもしれない。(2015.1)

リンゴォ・キッドの休日
矢作俊彦著(1978年)
角川文庫(2005年)
神奈川県警捜査一課刑事二村永爾を主役にしたシリーズ第1弾。中編二編を所収。
「ロング・グッドバイ」を先に読んでしまったが、どうやら本シリーズは、警察官にそぐわない風貌の二村が非番の時に遭遇する事件を扱う、というのが共通の コンセプトらしい。
「警官はにおいで分かる」とか「見れば分かる」という犯罪ドラマの一般常識を破り、素人ばかりかその道のプロが見ても警官には見えない警官のヒーローとい うのが面白い。

☆リンゴォ・キッドの休日
横須賀を舞台に、非番の二村が、男女射殺事件の謎を追う。高級倶楽部に勤め ていた女が自宅の洋館で殺され、偽のパスポートを持ったフランス帰りの男が米軍基地の港内に沈んでいた車の中で発見された。二人は同じ拳銃で撃たれてい た。公安が絡み、神戸の広域暴力団とつながりのある地元の暴力団が絡み、米軍将校が絡んで、事件は複雑な様相を呈するかのように見えたが。
ひょうひょうとした老情報屋ヤマト、米軍相手の娼婦高城由(より)、石原裕 次郎の映画の役名バルガスを名乗っていた死体の男などメインの人物はもちろん、元警官のコーヒーショップオーナーや暴走族のメンバーなど、多彩な人物と渡 りあっていく二村の言動が見せる。
タイトルのリンゴォ・キッドは、アメリカの西部開拓時代に実在した無法者の 通称だが、本作では、西部劇の古典「駅馬車」でジョン・ウェインが演じたリンゴォを指す。

☆陽の当たる大通り
二村は、学生時代の野球部の友人吉居からの依頼で、女優浅井杳子の相談に乗ることになった。
湘南海岸に建てられた洋館のセットで大作映画の撮影中だった杳子は、二 村に会うため、ロールスロイスで海岸沿いのレストランに乗り付ける。杳子は何者からか脅迫状を受け取っていたのだ。
やがて、ロケスタッフの自殺や、有名画家の娘の殺人事件が起こり、二村 を紹介した吉居も謎の自殺を遂げる。捜査を進める二村は、大規模な麻薬密輸事件へと行き着く。
死んだ友人、逮捕された横須賀生まれの青年、元大部屋俳優らしき杳子の 運転手、ロケセットの助監督、拳銃の早撃ちの練習をするかつてのアクションスターらへの二村の思いが、はっきり描かれないがそこはかと漂ってくるのがいい。
それにしても、ゴージャスな女優が「いい男」と言う、二村ってそんなにかっこいいのか。公安も一目置いてるふうだし。
ラストの一行とともに、女優と出会う冒頭の海辺のレストランの件りは、チャンドラーの「赤い風」を思い出させる。
タイトルは、ハリウッド映画「陽のあたる場所」と「サンセット大通り」 を掛け合わせたものと思われる。杳子のことを表しているのだろう。(2007.1)


真夜中へもう一歩
矢作俊彦著(1985)
角川文庫(2005)

「リンゴォ・キッドの休日」と「ロング・グッド・バイ」の間に出された、神奈川県警捜査一課刑事二村永爾を主人公とするシリーズ第二弾。「ロング・グッド・バイ」を読んだときに買って、ずっと積読状態だったものを読む。
横浜医科大学の処理室から遺体が消える。遺体は、献体を希望していた医大生江口のものだった。休暇中の二村は知り合いの医師から捜査を依頼される。遺体が消えた夜、近くでエンジと銀メタの派手なオープンカー、オースティン・ヒーリィが目撃されていて、その車は江口の友人田沼のものだという。二村は江口の別荘にいる田沼を訪ねるが、その途上、件の車を駆る女性仁科冴子に接触事故を起こされる。
病院経営に関わる元暴力団の男や、男前のヤクザと駆け落ちしたお嬢さん(冴子)や拳銃密売に関わる学生や、大物実業家や病院の院長や、人力飛行機づくりに夢中になっている若い医者や、NISO(海軍犯罪捜査部)のアメリカ人など、人がいっぱい出てきて、死体も3体くらい出てきて、二村はよく殴り殴られ精神病院に無理やり入院させられたりして、なんだか、話がこんぐらがって、途中で追うのをあきらめてしまった。結局は、お嬢さんの冴子に振り回される二村と犯人なのだった。
レビューではセリフ回しもたとえもかっこいいと評判だが、わたしには、二村の比喩は少々わかりづらく、冴子とのやりとりはちょっと気恥ずかしく感じられてしまった。以前読んだときと二村の印象がちがう。わたしの方が年取って好みが変わったのだろうかとも思う。(2020.3)

THE WRONG GOODBY ロング・グッドバイ
矢作俊彦著(2004年)
角川文庫
警視庁捜査一課の警部補二村永爾は、深夜の横須賀の路地裏で、泥酔したアメリカ人ビリーに出会う。アメリカ 空軍のエースパイロットだったという彼に好感を抱いた二村は、自分の職業を証さないまま彼との親交を深めていく。ある夜、二村は、ビリーに頼まれ彼を米軍 基地の飛行場まで送って行くが、後からビリーが殺人事件の重要参考人となっていることを知る。
閑職に回され、単独で事件を追う二村。ベトナム戦争時に遡るビリーの人間関係や南ベトナム開発計画に関わる台湾の大物実業家の思惑が浮かびあがってくる一 方で、先輩の元刑事佐藤に捜査を頼まれた老女の失踪事件にも、ビリーが関わってくるのだった。
人によっては名前を口にするだけで胸が熱くなるテリー・レノックス(チャンドラーの「長いお別れ」 に登場する)に対抗するのは、西部の無法者ビリー・ザ・キッ ドと同じ名前を持つ男。ビリー・ザ・キッドが左利きだったのとされるのは写真の反転のせいとも言われているが、こっちのビリーは名前を変えた時に、右利き から左利きに矯正している。
台湾の大物の片腕と用心棒、NISO(海軍犯罪捜査部)捜査員、人気の女性バイオリニスト、その養母で元横須賀の飲み屋の女将、ベトナムから日本に渡って きた中国人兄妹、ビリーに貸しのある元ヤクザの映画プロデューサー、など多彩な人物が絡み合い、事態はかなり込み入っている。ビリーを追う二村の思いは切 なく、二村を慕うNHKの放送記者友田の好意は一方通行。横須賀のバーのママ、由(より。二村永爾シリーズのレギュラーらしい)が出てくると場がなごんで ほっとする。(2005.8)

細部の疑問:
「リトル・ビッグホーン」という言葉を聞いて、即座に反応する40代の警官が日本に何人いるだろうか。この年は、巨人がホークスと日本シリーズで戦った年 だから2001年ということになるので、「ラストサムライ」はまだ上映されていな い。つまり、「1876年、カスター将軍の率いる第七騎兵隊が、モンタナ 州リトルビッグホーンにて、シッティング・ブル率いるスー族に敗れて全滅」というアメリカ西部史上の出来事を二村は、ラストサムライを観たからではなく個 人的な教養として身につけていたことになる。その二村が、西部の無法者ビリー・ザ・キッドの本名ウィリアム・ボニーという名前を聞いてそのまま受け流して しまうのは不自然ではないか。「日系」に反応してる場合じゃないだろう、と突っ込みたくなった。左利きについても二村は初期の段階で気付いているのだ。
(引用a)
「ぼくはボニーだ。ウィリアム・ルウ・ボニー。ビリーと呼んでくれりゃいい。」
「ボニー? 日系じゃないのか。」
(引用b)
「ビリー! 聞こえるか」
とっさにトヨタの陰に身をひそめ、東洋人が叫んだ。アメリカ人の英語だった。もう一人の姿は見当たらなかった。
「われわれはここをリトルビッグホーンにする気などないんだ。」(謎の東洋系アメリカ人が話しかけている。)
「歴史を知らないな。リトルビッグホーンで皆殺しになったのはアメリカ軍の方だ。」私は囁いた。(二村がビリーに言っている。)
「謙遜してるんだ。−やつはエンジンを楯にしている。君の弾よけはドア一枚だぞ。」(ビリーが答えている。)


孤狼の血
柚月裕子著(2015)
角川書店

★ネタバレ多少ありますので注意★ ラストのせりふばらしは白字にしてあるので、ドラッグすると読めます。
新聞広告で見かけ、黒川博行氏が評価していたので、黒川作品のようなハードボイルドかと思い、手に取った。紹介文の昭和63年、広島という設定を見て、映画「仁義なき戦い」と同じだなと思ってはいたものの、最初のページで「頂上作戦みたいだな」と思い、以降、ページを繰るとともに、「なつかしい」広島弁が飛び交い(「どこのもんなら、おおっ」とか「ぶちのめしちゃれい」とか「やれんのう」とか)、どんどんどんどん「仁義なき戦い」の世界が活字で展開されていくので、びっくりした。
広島県呉原東署捜査二課暴力団係班長大上章吾の班に、もと機動隊の新米刑事日岡秀一が配属されてくるところから物語は始まる。大山らは、失踪した金融会社社員上早稲の行方を追っていた。その会社は地元暴力団加古村組のフロント企業で、やがて上早稲は加古村組の者たちによって拉致され殺されていたことが判明する。一方、加古村組と尾谷組との間でいざこざが発生する。発砲事件や殺人事件が起こり、加古村組の上部組織五十子会が乗り出してくる。尾谷組は神戸の明石組系なので衝突が続けば明石組も黙っていないだろうということで、このままいけば呉原市は激しい抗争の場と化すことが必至なのだった。大山は、五十子や加古村と同じ仁正会系の暴力団瀧井組の組長瀧井銀次と旧知であり、また、尾谷組の若頭一之瀬守孝とも親しくしている。そこで間に入って抗争を食い止めようとする。鳥取刑務所に服役中の尾谷を訪ねて一之瀬を思いとどまらせるよう話をつけ、上早稲殺しの件で加古村組を追及し、力を削ごうとする。が、それでも両陣営の衝突は止まらず、状況は悪化していく。大山は五十子を押さえるため、最後の手札を切って勝負に出る。
極道と交わり、違法行為を繰り返すやり方に疑問を抱きつつも、日岡はぐいぐいと大上に引っぱられていく。全編が日岡の目を通して語られるため、ラスト2回に渡る大山と五十子とのやりとりの様子は描かれない。
「仁義なき戦い」好きにとっては、もうそれ前提でしか感想が語れない小説である。盛り上がれば例の超有名なテーマ曲が頭の中で鳴り響くし、主役の大上章吾は、登場した時から菅原文太の容貌と声でしか読めなかった。章吾という名前なので、字は違うけど、瀧井に「しょうちゃん」と呼ばれるし(映画にも神戸の明石組は登場し、そこの斬り込み隊長岩井信一(梅宮辰也)は広能昌三(菅原文太)のことを「しょうちゃん」と呼ぶのだ)、ラストの日岡のセリフ「嵯峨さん。俺が持っとるネタは、まだ仰山ありますがのう・・・。」は、「山守さん、弾はまだ残っちゅうがよ。」という、第1作ラストの有名なセリフとかぶらざるを得ない。
ということで、映画を見ていたときと同様、気張る男たちの広島極道弁の応酬に、血沸き肉躍る思いが味わえた。死体の描写はひどく生々しく、物語はハードに進む。日岡が大山にぞっこんになっていくのもいい(日岡の立場は、実はよく注意して読めばわかるように書かれている)。が、敵は五十子とその配下の加古村組、同じ筋の瀧井はしかし大上の友人、敵対する尾谷組の一之瀬も大上側で、その構図は変わることがないため、「仁義なき戦い」のように敵味方の筋が入り乱れてぐじゃぐじゃになることはなく、「県警対組織暴力」のように心が通じあったかに見えても所詮警官とヤクザの間に友情は得られないといったような切ない展開もない。狂おしいような男と男の対立がなかったのが、個人的好みからいうとちょっと惜しいかもしれない。(2015.11)
関連映画:<仁義なき戦い>シリーズ  「孤狼の血」(2017)  「孤狼の血 LEVEL2」(2021)

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