みちのわくわくページ

○ 本 マイケル・マーシャル・スミス

死影 孤影 惨影 (3部作年代順)
スペアーズ ワン・オブ・アス オンリー・フォワード
みんな行ってしまう(短編集)

死影 The Straw Men
マイケル・マーシャル著(2002年)
嶋田洋一訳 ヴィレッジブックス ソニー・マガジンズ
自動車事故で両親を亡くした元CIA捜査官のウォードは、両親の家で、父親が残したメッセージと1本のビデオテープを発見する。ビデオには、3つの場面、どこかの高級住宅地、仲間と戯れる若い頃の両親、そして幼年時代の自分ともう一人の子どもが映っていた。自分が目にした映像の意味が分からず戸惑うウォードは、CIA時代の友人ボビーの協力を得て、両親の死の謎を探っていく。
一方、元ロサンジェルス市警の刑事ザントは、FBI捜査官ニーナとともに、犯行を再開した連続少女殺人犯の捜査に乗り出す。犯人は、3年前、ザントの娘を連れ去っていた。
2組のチームによる捜査は、ネット上に浮かんだ「アップライトマン」という言葉でつながっていく。(「アップライトマン」は連続殺人犯が自らを呼ぶ名であると同時に「直立した人類」の意を持つ。本作の続編「孤影」の原題でもある。)
同著者のSF作品ほど、めちゃくちゃでぶっとんでいる要素はなかった。妄想は、連続殺人犯の内部に留まっている。多少暴力的で不器用ながらもまっとうな判断力を持つ、マーシャル作品お馴染みのヒーローが、思いも寄らぬ両親の過去と自分の出自の謎にショックを受けながらも真実を追っていく。
スティーブン・キングが「地獄のように恐ろしい」と評したと帯に書いてあった。ウォードが妨害を受けながらも、不動産屋を脅し、両親の旧知に会って、「ストローマン」と名乗る謎の集団と双子の兄弟の存在を徐々に明らかにしていく過程は、なにか得体の知れない物に近づいていく恐怖を大いに感じさせるし、ミステリとしての読み応えもある。血縁関係が絡んだ対決が予想されるが、3部作の1作目なので、それは次回以降に持ち越し。
ザントとニーナの微妙な関係が興味深い。ウォードが関わってくることで、さらに微妙になりそう。(2007.5)


孤影 The Upright Man(米題)/ The Lonely Dead(英題)
マイケル・マーシャル著(2004年)
嶋田洋一訳 ヴィレッジブックス ソニー・マガジンズ
「死影」に続く3部作の2作目。「死影」のラストに展開された銃撃戦から3ヶ月後。
ウォードは、友を失った悲しみと巨大な敵への恐怖からホテルや廃屋を点々とする生活を送っていた。やがて意を決し、双子の兄弟であるポールの足跡をたどり始める。
ザントはニーナの前から姿を消し、さらなる真相を追っていた。
ニー ナは、FBIの上司モンロー捜査官とともに殺人事件の捜査をしていた。警官が路上で射殺され、近くのモーテルの一室で女性の死体が発見されたのだ。女性は、自分の部屋にウェブカメラを設置して生活の様子をインターネットに流すことで報酬をもらっている、いわゆるキャムガールだった。
一方、死地を求めてカスケード山脈の森の中をさまよっていたトム・コゼレク は、酒と睡眠薬で朦朧とした意識の中、何か得体の知れないものを目撃する。「ビッグフット」を見たと思った彼は、自殺を中断してシェファーの町にたどりつき保安官事務所に保護される。
ウォードとニーナのそれぞれの捜査の行方、別行動のザント、トムの森での体験とシェファーの町の様子、さらに何件かの殺人事件とそれが起こるちょっと前の被害者の話が挿入されるため、物語は視点があちこちに飛び、時に語り口が饒舌すぎて読みにくいところがなくもない。
再会したウォードとニーナは、事件とポールとのつながりを追ううち敵の襲撃に会い、ザントは殺人事件のうちの一つの容疑者となってしまう。追われる3人は、ポールの行方をたどり、シェファーに行きつく。
シェファーでは、トムが、ビッグフット目撃談に興味を持った雑誌記者ヘンリ クソンとともに再び山中に足を踏み入れていた。ニーナとウォードは、地元の保安官らの協力を得て山中に入る。そこにザントが加わり、峡谷での戦いが始まる。
「死影」でも強かったニーナは、窮地に陥ってさらにパワーアップ。ウォード やザントと違って個人的なしがらみを持たず、3人の中で唯一現役の捜査員である彼女が、周囲を圧倒するのは楽しい。森の謎に関する鍵を握っていると思われ る老女パトリスや骨太な田舎の保安官コネリーもよい。
「死影」では成りを潜めていた著者お得意のいわゆるバカSFあるいはトンデモネタが、2作目においては、じりじりとその姿をみせつつある。ザントは、殺人組織ストローマンについての恐るべき歴史を語り、「死影」ではポールの妄想のように扱われていた人類の話が、妄想でなくなるような気配が感じられる。
40万年前に世界の半分に広がっていたネアンデルタール人について語るヘンリクソン。シェファーの町に残るビッグフットの伝説。町の人々の意味ありげな言動。薬草。におい。ジェシカとトムのラストにおける再登場。3作目の原題は、”Blood of Angel”(Angelという語が気にかかる)。この後の展開にトンデモネタの炸裂が予感されないでもない。ボビーがああいうことになったのはひょっとして驚愕の再会のためだったのかも知れないなどと勘ぐったりもする。期待していいものどうか、どきどきするところだ。(2007.10)


惨影 Blood of Angels
マイケル・マーシャル著(2005年)
嶋田洋一訳 ヴィレッジブックス
「死影」「孤影」に続く三部作の最終話。
「孤影」を読み終えた時に、出版社に第三部の発行予定を問い合わせたところ、だいぶ経ってから発行の予定はないという返答をもらった。三部作のうちの二作を出しておいて、三部を出さないのかと納得できなかったが、私はたいへん面白く思っても、ネットのブログなどでは特によい評価を目にすることもなかったので、そうなのかと諦め、でも、このままでは気持ちが収まらないので、原書のぺーパーバックを買った。 英語で小説を読むのは学生時代以来で、案の定、冒頭部分だけ読んでそのままにしてしまい、いつか、時間ができたら、もう一度挑戦するぞと思っていたのだが、つい最近、既に三作目の翻訳が出ていることを知った。それも昨年の7月ごろに発行されていて、ちょっとショックだった。細部を思い出すため、ざっと前2作を読んでから、本書に挑んだ。
「孤影」におけるラストの山での銃撃戦から5ヶ月後。ウォードとニーナは、シェファーの町に近い森の中のキャビンに潜伏し、二人だけの穏やかな日々を過ごしていた。が、現役の捜査官であるニーナは、隠遁生活にいらだちを覚え始めていた。彼女は、上司モン ローの来訪を機に復職し、ウォードは一人とり残される。一方、シェファーで逮捕されたアップライトマンことポール・ヘンリクソンは脱走に成功し、再び動き始めていた。
物語は、4つの話が交錯して進む。
観光地で旅行者の記念写真を撮って暮らしていた老人ジム・ウェストレイク(ジェームズ・カイルという別名を持つ)は、何者かに呼び出され、それが何かは証されないまま、昔従事していたらしい闇の仕事を再び依頼される。
カリフォルニアの富裕階級の青年リー・ジョン・フーデクは、仲間とともに麻薬の売買に手を出していたが、闇社会の大物らしい謎の男に目をかけられ、仲間と共に得体の知れない陰謀に引き込まれていく。
ジョン・ザントは、根菜貯蔵室として各地に残る石の建造物を巡り、その真の用途を探っていた。
ニーナとモンローは、地元警察とともにヴァージニア州ソーントンの町で起きた連続殺人の捜査にあたる。右の手首を切り落とされた男性の死体が2回続けて発見され、最初の死体発見者である女性が容疑者として浮かび上がっていた。ウォードは結局ニーナに合流し、何の資格もないまま捜査に同行していた。一方、死 んだボビーのノートパソコンに謎のメールが届き、ウォードは、敵か味方がわからないままカール・アンガーと名乗る差出人との接触を試みる。
やがて、ニーナは何者かに連れ去られ、ウォードは助けを求めてザントを呼び寄せる。ポールは、リーを連れて、ある目的達成のためソーントンにやってくる。 彼は再びストローマンと結びついて、「天使の日」と呼ばれる日に向けて恐るべき陰謀を企てていたのだった。

★以下ねたばれあります★
三部作の最終話ではあるが、完結編という内容ではない。
新たな連続殺人事件に、新たな犯人、ストローマンの新たなメンバーなど、新しい話が導入される。おぞましい過去の事件が絡む連続殺人も、リーとその仲間ブラドと謎の男との駆け引きの話も、それだけで充分読ませる語だが、贅沢なことに本小説においてはそれらはサイドストーリーにとどまる。主流は、やはり ウォード、ニーナ、ザント対ポールの戦いである。
ニーナを思い、救出を試みるウォードと、悪魔のような計画を実行に移すポール。ザントとアンガーはストローマンの計画を阻止しようとロサンジェルスへ向かうが、ウォードはニーナのためソーントンに残り、そしてポールの真のねらいを突き止める。後半は、この両者のせめぎあいと、ソーントンを舞台とする恐るべき計画の実行で、大いに盛り上がる。
2作目で振り向けられたカスケード山脈のビッグフット伝説や死者との交信の謎は放置されたままである。ウォードは本編でもボビーに話しかけるが、ボビーとの交渉は薄くほのめかされる程度にとどまっている。
ストローマンについては、壮大な歴史が語られるが、直接対決はなく、結局何も解決してはいない。ストローマンは巨大すぎて1巻で壊滅できるものではなさそうである。が、本作の読み応えは、敵側が計画通りに犯罪を行うまでの段取りと、追う者がいかにしてその内容を解明し阻止するかという点にある。最後の対決を果たしたであろうザントとポールがどうなったかもうやむやのままであり、続けようと思えば続けられるような終わり方をしていて、ファンとしては、むしろうれしいという気さえするのだった。(2010.3)


スペアーズ Spares
マイケル・マーシャル・スミス作(1996年)
嶋田洋一訳 ヴィレッジブックス ソニーマガジンズ
近未来のアメリカ。ある事件の後すさんだ生活を送っていた元警官のジャックは、「農場」で「スペアー」たちと出会う。ジャックは、悲惨な運命の「スペアー」たちを救おうと彼等を「農場」から連れ出した。やがて昔の事件の真相も明らかになってくる……。
タイトルは、裕福な人間の「スペア」として誕生させられ飼育されているクローンたちのことであるが、この小説において彼らの存在は物語の要素の一部でしか ない。
他に、少なくとも「ニューリッチモンド」「ギャップ」という二つの専門用語を用いないとこの作品の説明は難しい。
「ニューリッチモンド」は、着陸して動かなくなった二百階建ての巨大旅客機がそのまま、超高層都市となったもの。
「ギャップ」はある種の異次元空間らしい。何年か前にここで、ベトナム戦争さながらの消耗戦が行われ、そこに派遣された兵士は「ブライト・アイ」と呼ばれ る。「ギャップ」の強烈な光線に堪えうるために目の中にはめ込まれた特殊な素材のせいで目の光が普通の人と違ってみえため、こう呼ばれるのである。ジャック は、警官になる前はブライト・アイだったのだ。(ちなみにこのギャップへの入口を探すのは猫の役目。「夏への扉」のオマージュと捉えられる。)
話は、スペアーたちを連れての逃亡劇、ニューリッチモンドの暗黒街のボスとの対立、謎の殺人兵の追跡、ギャップでの戦い、ニューリッチモンド最上階での対 決、とめまぐるしく展開していく。しかし、あまりの面白さに、てんこもりの内容にも関わらず、一気に読みきった。
ここぞというときに頼りになる、いかれた機械キャラのラチェットが凄い活躍を。(2003.2)

おまけ:ハードカバーのときからあとがきにはスピルバーグの ドリームワークスが映画化権を取得、という情報が載っていたのだが、なかなか映画化の話を聞かない。かなり映画向きの近未来SF娯楽アクションだと思うのだが。

ワン・オブ・アス One of Us
マイケル・マーシャル・スミス著 アメリカ(1998年)
嶋田洋一訳 ソニー・マガジンズ
登場人物:ハップ・トムスン(短期記憶人[レムテンプ])、ローラ・レイノルズ(殺人犯、ハップの客)、デック(ハップの友人)、ヘレナ(殺し屋、ハップの元妻)、クアット(ハッカー、ハップのネットマネージャー)、ウッドリー(遠隔外科医)、ヴェント(非合法売人)、ストラッテン(レムテンプ社責任者)、ジャック・ジェイミスン(映画俳優)、レイ・ハモンド(ロサンゼルス市警警部)、トラヴィス(ロサンゼルス市警警部補)、ダークスーツの男、グレイ のスーツの6人の男たち、目覚まし時計、家電たち
喫煙が非合法となっている近未来のアメリカ。
人の夢や記憶を取り出す技術が開発され、レムテンプ社は、それを受信する能力を持った人間を使い、人々の不安夢や忘れたい記憶の処理を請け負っていた。
短期記憶人として同社に雇われていたハップは、女性客ローラ・レイノルズが 男を殺害する記憶を預かってしまう。殺された男は、ロサンゼルス市警の警部ハモンド。ハップは、殺人現場に居合わせた謎の男たちや警察や殺し屋から追われながら、友人デックの助けを借りて、真相究明に乗り出す。
警察官による恐喝事件が絡み、黒幕の存在が見えてくる一方で、正体不明の男たちによる不可思議な誘拐(アブダクション)事件が起こり、やがて話は宇宙人や神の存在にまで及ぶとんでもない展開に。
しかもクライマックスでは、しゃべって動く洗濯機や電子レンジたちがハップの窮地を救うという漫画みたいな事態が発生。
こう書くとあほみたいだが、物語はあくまでも硬質のハードボイルド。ハップは、女に甘すぎるし若干の弱さを見せはするものの、一途に信念を貫くヒーローであり、自分よりもはるかに強い女を守り、ベテラン警部補から失った信頼を取り戻す。家電たちからも好意を抱かれる彼の言動は心地よい。
他では、ごく普通そうでありながら何事にも動じないデックや、クールな女殺 し屋ヘレナが魅力的。トラヴィス警部補も渋い。
接種した人間にとって都合のいい偶然が3回起こるという<偶然>という名の非合法の薬や、遠隔操作でしか手術をしない遠隔外科医など、独特のアイテムもおもしろい。(2006.2)


オンリー・フォワード ONLY FORWARD
マイケル・マーシャル・スミス著(1998年?)
嶋田洋一訳 ソニー・マガジンズ(2001年) 
近未来。人々は、それぞれ自分の好みにあった「近隣区」と呼ばれる区域で暮らしている。
中心的な役割を果たす「行動センター」では、上昇志向のエリートである「行動人」たちが時間を惜しんでバリバリと仕事をこなし、科学者たちが住む「ナオサイ」近隣区では、科学者たちが研究にいそしんで先端技術を活かした製品を生産している。医者や弁護士らが多い「ブランドフィールド」近隣区では富裕階級が優雅な暮らしを楽しみ、ギャングが牛耳る「赤色」近隣区は、犯罪がはびこる無法地帯となっていた。さらに、一切音を立ててはいけない「音声」近隣区、猫たちが住み猫好きしか入れない「猫」近隣区など、ユニークな近隣区が次々と紹介される。これら近隣区はモノレールでつながり、出入は自由なところもあれば、「センター」のように内部の人間の承認がなければ入れないところもあり、必要最小限の交渉以外外部との関わりを一切断っている「安定」近隣区のようなところもある。
主人公のスタークは、色彩にこだわる人々が住む「色彩」近隣区に住んでいる。彼は、ベテランのトラブルシューターで、「センター」で働く有能な女性ゼンダ・レンは彼のクライアントの一人である。
ある日、「センター」の重要人物アルクランドが行方不明となり、スタークはゼンダから彼の捜索を依頼される。スタークは情報を求めて「赤色」に住むギャングの友人ジーを尋ねる。やがて、アルクランドは「安定」にいる可能性が高いと判断し、スタークは、外部の者の出入りが禁止されている「安定」に侵入を試みる。
前半は、スタークが私立探偵まがいのヒーローとして活躍する近未来SFハードボイルドアクションの様相を呈してわくわくする。ゼンダ、アルクランド、ジーとその弟スネッドなど登場人物がそれぞれぞれいいが、中でも「ブランドフィールド」近隣区に住むスタークの友人、ジャイロを操縦してスタークを何度となく空から救出にきてくれる金持ちのお嬢さんシェルビーがチャーミングだ。
後半は、一転、スタークの過去の出来事と悪夢の世界が交錯し、不気味なダークファンタジーの世界に突入する。
夢の世界ジームランドへの入口が、泥のように固まった海面というイメージはとても斬新だ。フィリップ・K・ディック賞を受賞したというのもなるほどという感じで、ディックっぽい内省的な要素が絡んできていささかインテリくさいところもある。
最後は、猫がひしめく近隣区での決戦となる。よくわかんないまま一応ハッピーエンドらしくまとまるものの、めちゃくちゃで混乱した感じは、マイケル・マーシャルらしくてよかった。 (2013.1)


みんな行ってしまう What You Make It
マイケル・マーシャル・スミス著(1999年)
嶋田洋一訳 創元文庫
ハードなSFアクション「スペアーズ」やサイコ・ミステリ「死影」などの著者によるSFホラー短編集。
一見穏やかな日常 を送っているかのような主人公(たいがい一人称)が、一転、実はこんなにダークだという、「裏返り」手法を用いたものがいくつかと、独特な味わいのファ ンタジーやバカSF話が混じっている。(2007.5)

★みんな行ってしまう Everybody Goes
林や川で友だちと遊び回る日々を過ごしている少年は、ある日、アパートの近 くに立っているひとりの男に気づく。男の正体を知った少年は? 短い作品の中に、幼い頃への郷愁が凝縮されている。読後に残る切なさが強烈だ。
★地獄はみずから大きくなった Hell Hath Enlarged Herself
人類を不治の病から救うため、ナノテクの研究に情熱を傾ける三人の若い科学者たち。しかし、彼らが生み出した人工DNA搭載マシン、ベッキーは、彼らが思いもよらなかった行動をとる。最先端の研究が世界の終末を招いていくまでの プロセスが、科学者の目を通して語られる。
★あとで Later
愛する妻を失った男は、妻の死を受け入れることができず、墓場に引き返す。 ホラーにありがちな展開となるが、そのあと何の説明もないまま、なんとも不思議な事態が。タイトルがよい。
★猫を描いた男 The Man Who Drew Cats
田舎の町にある日ふらりとやってきた謎の画家トム。彼は、動物の絵を描くのがうまかった。トムを慕う少年とその母親に、暴力的な父がいることを知ったトムは、広場の石だたみに虎の絵を描く。これも容易に先が読めてしまうのだ が、作品全体の雰囲気が心地よく、語り手が広場の一角にあるバーの常連客のひとりだというのもいい。
★バックアップ・ファイル Save Us…
愛する妻子を事故で失った男は、人生をやりなおそうとする。そのために、最良の日のバックアップを保存し、必要なときに用いる契約をある会社と結んでいた。だが、それは違法な契約であり、バックアップデータに生じた些細な不具合は、徐々に大きくなっていく。
★死よりも苦く More Bitter Than Death
ビデオ業界紙の編集者である「ぼく」は、ビリヤード場で見かけた18歳の少女が気になっていた。やがて、少女も「ぼく」を意識し、二人は二人にしかわからない視線を交わすようになる。穏やかな日常に、不穏な雰囲気が漂いはじめ、 別れた恋人と死んだ母の写真が何者かに引き裂かれると、物語は、急速に「裏返る」。
★ダイエット地獄 Diet Hell
ウェスト30のジーンズが入らなくなり、32、34と瞬く間に身体に合うサイズが大きくなっていった男は肥満への恐怖を抱く。でも、運動や食事によるダイエットは性に合わないと言うことで、タイムマシンをつくって、痩せていた若い頃の自分に戻ろうとする。
主人公はあくまでも等身大、そのへんにいる兄ちゃんというイメージで、奮闘振りがばかばかしくておかしい。そんな彼が、あっさりタイムマシンをつくってしまう(記述にしてたった3行だ)ところが、笑える。

引用:「これは対して難しいことじゃなかった。磁気とタキオンについて少し考えれば、正しい道が見えてくる。基本原理を紙に書いてから<ラジオジャック>と<トイザらス>と<モスプロス>に行って部品を買い込み、幾晩かのうちに マシンは完成した。」
★家主 The Owner
ジェーンは、新しいアパートに引っ越してきた。家主が留守の間にその部屋を借りることになったのだが、他人の家具、他人の食器に囲まれた部屋はどうにもおちつかない。会社では、正社員の座を追われてバイトの身分になり、未練を抱 いて訊ねた元恋人のところには新しい彼女がいた。自分の所有するものをことごとく失くしていく恐怖に怯えるジェーンの前に不気味な「家主」が現れる。
★見知らぬ旧知 Foreign Bodies
かつて何人ものガールフレンドとつきあっては別れていた「おれ」は、モニ カという恋人を得て今は落ち着いた生活を送っていた。友人のスティーブが紹介した恋人タムシンには見覚えがあったが、どこで会ったか思い出せないでいると、タムシンは自分たちは恋人同士だったと言ってきた。過去につきあった女性たちのデータフォルダを開けた「おれ」は、名前のないフォルダをみつけ、自分が書いた宛先不明の手紙を発見する・・・。説明のつかない部分が釈然としないまま話は裏返り、結局最後までタムシンの存在は謎だ。
★闇の奥 The Dark Land
自分が生まれ育った家で再び暮らすことになった男が見舞われる災難。裏口から出て入ると家の中では最悪の状態が起こり、玄関から出て入ると正常に戻る。ベッドの位置を変えたことがきっかけらしいが、なぜ、家の中がそんなことにな るのか、敵意を持った二人の男達はなんなのか、説明は一切ない。ただ、発生してしまった不条理な事態が描かれるのみ。
★いつも Always
ジェニファーの父は、包装紙を使うのが得意だった。折り目をつけることなく上手にプレゼントを包んだ。ジェニファーの愛する母が亡くなったときも、父は、ジェニファーにプレゼントをくれた。不思議な味わいのファンタジー。
★ワンダー・ワールドの脅威 What You Make It
連続窃盗犯リッキーは、街で見かけた少女ニコラを遊園地ワンダー・ワールドに誘った。彼の狙いは、園内の居住地に住む老人宅に押し入ることで、ニコラは犯行に必要な道具だった。が、彼は、標的とした老婆や園内の動物キャラクターたちから思わぬ反撃を受けるはめに。足のついた麺棒や走り出すブリキのゴミ箱などは、「ワン・オブ・ アス」の動く家電たちを思い出させる。ハードな場面にいきなりこういうメルヘンチックなものが出てくると最初は戸惑うが、一度免疫がついていると なかなか楽しい。

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