みちのわくわくページ

○ 本  マイクル・コナリー  (ハードボイルド海外3)

<リンカーン弁護士シリーズ>
真鍮の評決 リンカーン弁護士、(「贖罪の街」などボッシュ・シリーズにも登場)
<ハリー・ボッシュ・シリーズ>
訣別、 贖罪の街、 燃える部屋、 ブラックボックス、 転落の街、 ナイン・ドラゴンズ、 死角、 エコー・パーク、 終結者たち、 天使と罪の街、 暗く聖なる夜
シティ・オブ・ボーンズ、  夜より深き闇、  堕天使は地獄へ飛ぶ/エンジェルズ・フライト、 トランク・ミュージック、 ラスト・コヨーテ、 ブラック・ハート、 ブラック・アイス、 ナイトホークス

(※茶色文字の作品については、読んだのがだいぶ前なので、メモ程度に感想を書いた)
<他 シリーズ>
我が心臓の痛み(主人公:マッケイレブ)、 ザ・ポエット(主人公:マカヴォイ)

<リンカーン弁護士シリーズ>
真鍮の評決 リンカーン弁護士
 The Brass Verdict
マイクル・コナリー著(2008)
古沢嘉通訳 講談社文庫(上・下)
★ねたばれあり(メインの事件の犯人はばらしてません)★
リンカーン弁護士シリーズ2作目。ハリー・ボッシュがクールな脇役で登場。
1作目は読んでいないのだが、本作は、弁護士のミッキー・ハラーが、大けがをして治療中に服用した鎮静剤により薬物中毒となり、リハビリ生活を終えて、仕事に復帰しようとしていたまさにその時、知人の弁護士ジェリー・ヴィンセントが何者かによって射殺されてしまい、故人の遺志によりその業務を引き継ぐ、というところから話が始まる。
引き継いだ案件の中には、ハリウッドの映画製作会社のオーナー、エリオットの弁護が含まれていた。エリオットは、妻とその愛人を殺した罪で訴えられていた。不利な状況にありながらも彼はなぜか勝利を確信し、自信に満ちていた。
ハラーは、依頼人が実際に有罪か無罪かに関わらず、弁護によりいかにして彼らを有利な状況に導くかに専念する。
一見、正義とは程遠い態度に見えるが、実はなかなかの正義漢である。
したたかなエリオットとの虚々実々の駆け引きや、法廷での検事側との戦いが読ませる。
原告側と被告側双方が候補者の中から陪審員を選ぶ陪審選定の様子が、詳しく描かれているのも興味深かった。
エリオットが裁判に勝つために行った収賄の相手や、それとは別にヴィンセントが探っていた「魔法の銃弾」となる証拠の究明等、ミステリとしての展開も鮮やかである。
ヴィンセントの生前の行動を追うハラーと、彼をを殺した犯人を追うボッシュが交錯する。
ハラーとボッシュのやりとりはいちいちいいが、ハラーの秘書であり元妻であるローリーやこわもての調査員シスコとのチームプレイ、ハラーが引き継いだ依頼人の一人である元サーファーで薬物中毒から立ち直ろうとしている若者パトリックとの間に生まれる新たな信頼関係など、サイドでもいろいろ楽しい。
本の裏カバーに「ハラーとボッシューの意外な関係も明かされ」と書いてあったので、実は兄弟だったりしてと冗談で思ったら、ほんとにそうなので逆にびっくりした。
コナリーって、こういう冗談が通じないというか、身もふたもないことをけっこうやるような気がする(けなしているわけではない)。 (2012.8)

<ハリー・ボッシュ・シリーズ>
 「ブラック・アイス」を読んで以来、このシリーズのファンとなった。ほとんど全作読んでいるはずなのだが、図書館で借りたりして、内容を忘れているもの が多く、ちゃんとした感想が書けないものは、とりあえず覚えていることをメモ程度に記す。(茶文字の作品)
 ハードボイルドな語り口が心地よく、なんだかんだ言ってかなり女に惚れっぽいボッシュが憎めない。でも、彼が運命の女として思い続けているヒロイン、エ レノアにはあまり魅力を感じない。ボッシュと一時よい仲にあった検屍官や敵対する弁護士(ともに名前を失念)や同僚キズミン・ライダーの方がずっと好感が 持てる。
最初の方は、ボッシュのプライベートな問題に関わる事件が多く、その点はあまり好きではない。もう少し読者に対して秘密を持てよと言いたくなるくらい、 ボッシュにはプライバシーがない。ある程度事件と距離を置いてくれる方が、個人的には好ましく、そういう意味でも、最初に読んだ「ブラック・アイス」はか なり気にいっているし、ジェリーやキズとチームを組む「堕天使は地獄へ飛ぶ」「シティ・オブ・ボーン」などが好きだが、「ブラック・ハート」の前半、女弁 護士との対決もかなり印象深くて面白かった。

訣別 The Wrong Side of Goodbye
マイクル・コナリー著(2016)
古沢嘉通訳
講談社文庫(上・下)(2019)

原題は、ギャビン・ライアルの「ちがった空」”The Wrong Side of the Sky”や、言わずと知れたチャンドラーの「長いお別れ」を思い出させるが、大富豪の老人(85歳のホイットニー・ヴァンス)の依頼を受けるという出だしは、「大いなる眠り」っぽく、はるか昔に別れた恋人(ビビアナ)とそのとき彼女が身ごもっていた子どもを探してほしいという依頼内容は、クルーガーの「血の咆哮」とかぶる。
ロサンジェルス市警を退いたボッシュは、私立探偵のライセンスを取り直すと同時に無給の嘱託刑事としてサンフェルナンド市という小さな自治体の警察に所属していて、「網戸切り」と呼ばれる連続強姦犯を追っている。異母弟リンカーン弁護士ことミッキー・ハラーと良好な関係にあり、なにかとボッシュに協力してくれる。
前作に引き続き、二つの案件を抱えるボッシュだが、前作同様、2件はそれぞれ別々に進み、なんの関係もない。ボッシュはビビアナとその子どもの消息を追うが、みつけたと思ったらビビアナもその息子のドミニクも若くして死亡していることが判明し、さらに捜査の途中で依頼人のヴァンスまで亡くなってしまうという、意外というか割とよくあるコナリーのけっこう身も蓋もない展開にちょっと唖然としたり、ボッシュはこれまでも何度もうかつなことをして苦い思いをしてきたのに今回も市警のデータベースを私立探偵の業務の方に利用して得た資料を机の上に出しっぱなしにしてしまい、いけすかない上司にみつかるというドジを踏み、やれやれまたかよと思ったりもした。
しかしながら、さまざまな記録やデータを駆使してドミニクからさらにその娘ビビアナ(つまりヴァンスの孫娘。祖母の名前をつけたらしい)にまでたどりつく捜査の経緯や、「網戸切り」の犯人が特定されると同時に女性刑事ベラ・ルルデスが窮地にあることがわかり、それまでボッシュとうまくいってなかったサンフェルナンド市警の警部や刑事たちも一丸となってベラの救出に向かう様子など、あいかわらず読ませる展開となった。
だがそれだけでなく、本作の肝は、ドミニクがベトナムで戦死していたということだ。それにより、ボッシュは自らのベトナム従軍時代を思い出す。ドミニクの軍歴記録をみただけで、彼の死がどのような状況にあったか推し量ることができたり、大学生となって別々に暮らしている愛娘マディとの会話がベトナム戦争に及んだことで気まずくなったりする。さらに、ドミニクが乗っていた病院船に、ボッシュも時期を同じくしてけがの治療のために乗っていたことに気づき、船上の出来事を回想する。
1969年のクリスマス、病院船サンクチュアリ号に慰問に来る予定だった、ボブ・ホープ(コメディアン)、コニー・スティーヴンス(俳優・歌手)、ニール・アームストロング(宇宙飛行士)の一行は数機のヘリコプターでやってきたが、強風による悪天候のため着艦せず一度は引き返す。が、やがて3人を乗せた1機だけが戻ってきて予定通り公演を行い、若い兵士だったボッシュはコニーの歌声に魅了されたのだった。後年、ロス市警の刑事となったボッシュは、ロサンジェルスの劇場でコニーがコンサートを開いたとき、群衆をかき分けてコニーに対面し、「1969年、クリスマス・イブ。病院船。」とだけ告げる。コニーは、ボッシュをハグし、「サンクチュアリ号。あなたは故郷に帰ってきたのね。」と囁く。ボッシュは、警官のバッジを彼女に渡し、バッジを失くしたことで署内でさんざん非難されたのだった。上巻にさらっと出てくる単発のエピソードだが、印象深い。(2020.2)


贖罪の街 THE CROSSING
マイクル・コナリー著(2015)
吉沢嘉通訳 講談社文庫(2018)

前作「燃える部屋」の終盤に犯したミスのせいで、DROP(定年延長制度)任期半ばでロス市警退職を余儀なくされたボッシュは、異母弟にして「リンカーン弁護士」ことミッキー・ハラーを代理人に立ててロス市警への異議申し立ての訴訟中である。有り余る時間は古いバイクのレストアをして過ごそうとしていたが、ミッキーから、弁護を引き受けている殺人事件の調査を依頼される。市の広報担当として知られる市政管理官補レキシー・パークスが自宅で強姦の上、撲殺された事件で、容疑者として元ギャングのダクァン・フォスターが逮捕されていた。フォスターは更生して画家として生計をたてており、ミッキーは彼の無実を信じていた。元警官が、弁護側の調査に加わるということは、それまでの刑事訴追側の立場と対立する側につくことであり、裏切り行為(原題のcrossing=横断は、この行為を指す)となる。ボッシュは、警官としての矜持から始めは頑なに拒むが、フォスターに会い、調査報告書を見るうち、他に真犯人がいるならそいつを捜すべきだという気持ちが大きくなっていき、ミッキーの依頼を引き受ける。
今回の敵は、ハリウッド署の悪徳刑事エリスとロングの二人組。二人の側からの視点もたまにさしはさみつつ、徐々にふたりにせまっていくボッシュの捜査の様子が地道にテンポよく描かれる。被害者の家にあるはずなのになかったもの、高級腕時計の箱だけがあって中身がない、そのささいなことから真相に迫っていく過程は、いつもながらあざやかである。
しかし、それにしても、ボッシュは相変わらず迂闊である。前回はピッキングのクリップをゴミ箱に捨てたことから不法侵入が発覚して退職に追い込まれるはめになったというのに、今回は、ハリウッド署の一室に忍び込んでエリスとロングの顔写真のコピーを取ったまではいいが、原図をコピー機に置き忘れたせいで、ボッシュが追っていることが当の二人にばれてしまう。原図をコピー機に置き忘れるのは誰もが「ああ、あれやっちゃうよね」と思ううっかりミスだろうが、しかし、そうした迂闊さで何度も後から苦い思いをしているはずなんだから、いい加減学習して、気をつけなさいと言いたくなる。原図さえきちんと戻しておけば、二人に気付かれることもなく、わざわざタクシーを読んだり、レンタカーを借りなくてもすんだのに。(2019.7)

燃える部屋  The Burning Room
マイクル・コナリー著(2014年)
古沢嘉通訳 講談社文庫(上下巻)
2014年、ボッシュは定年延長制度の最後の年をロス市警本部強盗殺人課未解決事件班で迎えていた。十年前に広場で銃撃を受け、車いすの人となったマリアッチバンドのビウエラ奏者オルランド・メルセドが死亡。死の遠因は背中に残る銃弾にあるという検死結果から未解決殺人事件として扱われることになり、ボッシュが捜査を担当する。相棒は、メキシコ系女性刑事のルシア・ソト。彼女はまだ新米だが、武装強盗犯と対峙して銃撃した手柄をたてたことで、刑事に昇進したのだった。
ヒーローとして時の人となったソトとともに、ボッシュは事件の捜査に乗り出す。
一方、ソトは、20年前に起こった「ボニー・ブレイ放火事件」を密かに調べていた。ボニー・ブレイ・アームズという建物で火災が発生し、地下にあった児童施設にいた9人の子どもたちと保母が死亡したのだが、ソトはそのとき生き残った子どもの一人だった。彼女は友だちを殺した放火犯を自分の手で捕まえようとしていたのだった。
ボッシュは、メルセドを撃った犯人を追う一方、ソトに協力して火事の原因をつきとめようとする。メルセド事件は、狙撃犯のしわざであり、標的はほかにいたという、ちょっとスティーヴン・ハンター的な展開となり、狙撃犯を雇った真犯人として、元市長のスポンサーである資産家が浮上してくる。
放火事件の方は、直後に起きた手形現金化店強盗事件の犯人らが警察の注意をそらすためにボニー・ブレイ・アームズのダストシュートに火炎瓶を投げ込んだらしいことがわかってくる。ボニー・プレイに住んでいて、襲われた店の従業員でもあったアナという女性が事件に関わっていると見たボッシュは、彼女の消息を追う。
あいかわらず地味に手がかりを追う捜査はなかなか面白いが、2つの事件は、最後まで交じり合うことはなく、無関係の事件が平行して進むのでなにか落ち着かない。どちらの事件も被疑者のほとんどが死亡しているうえ、唯一とらえられそうだった資産家もソトが銃殺してしまい、なんだかあまりすっきりしない。
ボッシュは、娘のマディにも、ソトにも、事件をずっと担当していた所轄の刑事たちにも気遣いを見せるが、気を使いすぎのような気もする。
一方で、偽の密告電話をする際に電話ボックスで監視カメラを確認しなかったり、書類を見たいため夜に関連部署の部屋に忍び込む際にクリップで開錠してそのままクリップをゴミ箱に捨てたりと、けっこううかつなこともする。後者のせいで、バッジを取り上げられてしまうのだから、笑い事ではない。(2019.3)

ブラックボックス The Black Box
マイクル・コナリー著(2012年)
古沢嘉通訳 講談社文庫(2017年)
登場人物:ハリー・ボッシュ(ロサンジェルス市警未解決事件班刑事)、
デイヴィッド・チュー(ボッシュの相棒)、リック・ジャクソン(ボッシュの同僚。顔で威圧するタイプ)、クリフ・オトゥール(未解決時間半新任班長)、ジョーディ・ギャント(ギャング対策隊刑事)、ナンシー・メンデンホール(職業倫理局刑事)、
マデリン(マディ)・ボッシュ(ボッシュの娘)、ハンナ・ストーン(ボッシュの恋人)、ショーン・ストーン(ハンナの息子。サンクエンティン刑務所に服役中)、
アンネケ・イエスペルセン(デンマークの女性ジャーナリスト)、
ルーファス・コールマン(服役中のギャング)、チャールズ・ウォッシュバーン(ギャング)、トゥルーモント・ストーリー(ギャング幹部。殺害されている。)、レジナルド・バンクス(元二三七中隊。芝刈り機販売特約店営業担当)、フランシス・ジョン・ダウラー(元二三七中隊。コスグローヴ・アグリカルチャー社従業員)、クリストファー・ヘンダースン(元二三七中隊。ステーキハウス店長。 強盗に殺害される)、ジョン・ジェイムズ・ドラモンド(ドラマー。元二三七中隊。スタニスラウス郡保安官)、カール・コスグローヴ(元二三七中隊。コスグローヴ・アグリカルチャー社長兼CEO)、シャーロット・ジャクソン(湾岸戦争従軍の女兵士)
ピーター・サージェント(地域犯罪ラボ火器分析班検査官)、レイチェル・ウォリング(FBI捜査官)、スーザン・ウィンゴ(アルコール・タバコ・火器局分析官)、ホロドナク(ポリス・アカデミーのロス市警訓練員、フォース・オプションズ・シュミレーター作動員。ボッシュの友人でジャズ好き)

タイトルは、すべての事件には解決につながる「ブラックボックス」があるという、ハリー・ボッシュの事件捜査における信念を表す。
1991年、ロドニー・キング逮捕に端を発したロサンジェルス暴動の際に、デンマークの女性ジャーナリスト、アンネケ・イエスペルセンが、路地裏で何者かに射殺されるという事件が起こった。当時、市内の状況は混雑を極め、ボッシュは相棒のエドガーと現場検証に訪れるが、ろくな捜査もできないまま他の事件の現場に移り、担当は他の者に移ったものの、結局未解決のまま放置されていた。被害者がブロンドの白人女性だったことから、この件は「白雪姫」事件と呼ばれた。
20年後、未解決班の取り扱い事件としてボッシュは再び捜査を担当する。自分にとっては初めての未解決事件であり、ボッシュは俄然意欲を示す。
彼は、凶器となった拳銃、ベレッタ92の変遷を追っていく。拳銃は、ギャングの手に渡って数件の殺人事件に使われていた。消されたシリアルナンバーを地域犯罪ラボの銃の専門家サージェントに頼み込んで復元し、その後FBIのレイチェルを通して、アルコール・タバコ・火器局の分析官ウィンゴの手を借り、銃のでどころを突き止める。銃は国内ではなく、イラク戦争当時に輸送部隊の兵士によってイラクから持ち込まれたものだと判明する。このあたりまでの銃の追跡は読み応えがあった。
そのあとは、捜査の中止命令に反対してボッシュは本部長及び上司オトゥールと対立、さらにサンクエンティン刑務所に出向いて銃の件で参考人として囚人のルーファス・コールマンに面会したついでに恋人のハンナの息子ショーン(性犯罪で服役中)にも面会したことをとがめられ、職業倫理局に目をつけられることになる。が、捜査の進捗については、砂漠の嵐作戦に参加しかつロサンジェルス暴動に動員されたカリフォルニア州兵の中隊を突き止めたらあとはもうあれよあれよという間に真相が明かされていく。イラク戦争の休暇中に居合わせた船で、中隊のメンバー4人はイエスペルセンに性的暴行を加えていた。彼女は自分を襲った男たちを追って、アメリカにやってきて、犯行に加わらなかった同じ中隊の仲間であるドラマーの手にかかって死んだのだった。
最後は、セントラルヴァレーの農場での立ち回りとなるが、犯人一味は首謀者のドラマーを始め、みんなボッシュに都合がいいように動いて、なんだかなあという感じが否めなかった。
捜査中、ボッシュと娘のマデリンとの様子がかなり頻繁に描かれる。作者もボッシュもちょっとマデリンに肩入れしすぎじゃないかという気がしないでもないが、彼女が「ライ麦畑でつかまえて」の白眉のシーン、崖の上で子どもたちを捕まえる主人公の夢の話のところを夢中になって読んでいて(「ライ麦畑〜」を読んだことがあればすぐピンとくる場面なのだ)、ボッシュはその小説を知らず、最後まで小説のタイトルが出てこないのは、よかった。(2017.11)

転落の街 DROP
マイクル・コナリー著(2011)
古沢嘉通訳 講談社文庫(上・下)(2016)

ロサンジェルス市警強盗殺人課未解決事件班に所属するボッシュが、仇敵アーヴィングの息子の転落死事件と、1989年に起こった未解決殺人事件を追う。
かつてボッシュの上司で現在は市議として権力をふるうアーヴィン・アーヴィングの息子ジョージがホテルのスイートルームから転落死する。警察は自殺と判断するが、アーヴィングは殺人を疑い、ボッシュを捜査担当にするよう、警察上層部に圧力をかけてくる。ボッシュは、不本意ながら転落までの経緯を追うことになるが、一方で、89年にリリー・プライスという19歳の女性が他殺死体で発見された未解決殺人事件についても捜査を進めていく。
89年の殺人事件はDNA鑑定から犯人が特定される。その男クレイトン・ペルは執行猶予中の性犯罪者だが、しかし事件当時はまだ8歳の少年だった。DNAは、被害者の首に遺されていた血痕から取り出されたものだった。なぜ、少年の血痕が被害者に付着したのか、ボッシュは、社会復帰訓練施設にいるペルと会って少年時代の話を聞き、母親の交際相手で彼を虐待していた、チルと呼ばれていた男にたどり着く。
転落死事件の方では、自殺から一転、被害者が関わっていた仕事やかつてアーヴィングが警察で行ったことから、双方に恨みを持つ元警官マッキランが容疑者として浮上するが、話はストレートには進まず、ひねりのある展開となる。ボッシュは、ジョージの肩についていた痕から彼が死の直前に「チョークホールド」と呼ばれる頸動脈ホールドを施されたことを知り、それが大きな手掛かりとなって容疑者に行きつく。チョークホールドは、かつて警官が容疑者確保の際に頻繁に使われたが、致死率が高い危険な攻撃法であることから問題となって禁止され、その生贄となってアーヴィングに警察を追われたのがマッキランであり、そして現在彼が勤務するタクシー会社は、ジョージの画策によって窮地に陥っていたのだ。経験を積んだベテラン刑事でなければ気づきえないことにボッシュは気づくのだ。チョークホールドのことは、ボッシュと同年代の警官は知っているが、若い連中は知りえない。経験を積んだベテラン刑事でなければ気づきえないことにボッシュは気づくのだ。ところが、このマッキランや、またジョージとの結託が疑われた警官メイスンなど、怪しかった男たちが、実際にボッシュが会うとそんな悪いやつじゃなかったという展開があって、これがまた上手い。
結局、2つの事件は別個のもので、実は隠されたつながりがあったということにはならない。アーヴィングの事件が先に解決し、そのあと凶悪な連続殺人犯とボッシュとの対決になるのだが、犯人の父の家においてボッシュが犯人の正体を暴いていく様子はかなり読みごたえがある。
合間に社会復帰施設の責任者ハンナとの新たな恋の始まりなど、ボッシュの惚れっぽさは相変わらず。ボッシュが引き取ってともに暮らしている娘のマディは、15歳の気の利いた子になっていて、彼女とのやりとりはなかなか愉快である。
かつての同僚で今は市警本部長付き警部補となっているキズミン・ライダー、相棒となっているチュー刑事などとの関係もなかなか微妙でよい。
手練手管にたけた物語展開で、読むものを飽きさせない。
訳者あとがきによれば、原題のDROPは、ボッシュの定年延長選択制度の略称であるとともに、転落のdrop、及びリリー・プライスの首に遺されていた血痕(drop of blood)など、多重の意味を持つとのことだ。(2017.8)

ナイン・ドラゴンズ  NINE DRAGONS
マイクル・コナリー著(2009年)
古沢嘉通訳 講談社文庫 上・下(2014年)

ハリー・ボッシュ版「96時間」。映画公開と同じ年である。
ハリーの娘マデリンは、カジノで仕事をしている母親のエレノア(ボッシュの元妻)とともに香港に住んでいる。ボッシュは、年に何回か、1週間ほどマデリンと過ごすが、彼は13歳になるこの娘を溺愛しているのだった。
ロサンジェルスで酒屋の中国人店長ジョン・リーが殺され、事件の捜査を担当したボッシュは、犯人が中国の犯罪組織三合会(トライアッド)に関わりのある男ではないかと見当をつける。リーはみかじめ料を要求されていいたが、経営が厳しくなって支払いが滞っていたのだった。
ボッシュは、被害者の足に刺青されていた漢字「愛、家庭、運氣、銭」の意味を早く知りたくて、死体の足の写真をマデリンにメールで送る。(私たちにはすぐわかるこれらの漢字が、ボッシュにわからないのは当たり前なんだけど、なんだかちょっと不思議な感じがする。)
やがて、捜査を進めるボッシュに、事件から手を引くよう脅迫するメールが届く。メールは香港からで、マデリンを誘拐し監禁していることを示す動画が添付されていた。
ボッシュは、香港に飛び、エレノアとカジノが彼女に付けた用心棒サン・イーとともに、マデリン奪回のために奔走する。
ロサンジェルスでの殺人事件の捜査の間に香港でのマデリン奪還劇がさしはさまれる構成である。
店の防犯ビデオから被害者と三合会の関わりを推測するところや、被害者が残した薬莢から犯行に使われて銃を特定し(コルト45口径1911A1である)、銃の持ち主ののほほんとした青年ヘンリー・ラウを訪ねて、真犯人に行きつくところなどは、刑事ものらしくてよかった。
が、肝心のマデリン奪還は、ボッシュの暴走が空回りしているように見えてしまった。
エレノアは登場時からあまり好きな人物ではないけどあのような展開はいかがなものか、ボッシュはともかく、マデリンにまで重いものを背負わせてしまってかわいそう。子だくさんの相棒フェラスの顛末も気の毒すぎるし、前半けっこうこだわっているように見えたたAGU(アジア系ギャング対策班)刑事チューの扱いもなんだか中途半端だ。香港での大暴れの後始末にミッキー・ハラーを引っ張ってきて、香港警察を追い返すのもそんなんでいいのかという感じがする。
エレノアの新しい恋人でカジノの用心棒で三合会のメンバーだった過去を持つサン・イーは、強くて沈着冷静で頼りになる奴で良かった。
が、全体的に陰鬱である。ほろ苦い中にも爽快感があるのが、このシリーズのよさだと思っていたので、今回は少々残念だった。(2015.2)
余談:「クラブ88」という名の店が出てくる。「八が中国文化では幸運の数」で、「8は無限の象徴」ということになっているが、中国で八が縁起がいいのは漢字の「八」が末広がりだからではなかっただろうか。そこから算用数字も無限大と同じマークじゃないかってことになったのだろうか。

死角 The Overlook
マイクル・コナリー著(2006,7,8年)
吉沢嘉通訳 講談社文庫
ロサンジェルスの街を見下ろす展望台で、医学物理士ケントの射殺死体が発見される。彼の自宅では妻のアリシアが二人の暴漢に襲われ、拘束されていた。彼らは、ケントに脅迫メールを送りつけ、病院からガン治療のための放射性物質セシウムを持ち出させていたのだった。
ロサンジェルスは、とてつもない破壊力を持った爆弾テロの危機に晒されることに。これを阻止するためFBIが動き始め、ボッシュは、再びレイチェル・ウォリングとともに、事件を追う。
裏表紙の紹介文を見るとはらはらどきどきのタイムリミット・サスペンスのようにも思えるが、そういうわけではない。が、一晩十二時間の捜査の様子が、緊迫感を持ってテンポ良く描かれる。巻末の解説によると、新聞小説として書かれたため、寄り道の少ないストレートなつくりで、長さもみじかめということだが、私には、これくらいの長さがちょうどいい。
巧みなミスリード、些細なことから真相を突き止めていくボッシュの推理のプロセスは相変わらずおもしろい。
国際的なテロ事件という、いつになく大きな展開を見せると思いきや、事件は一気に収束する。それにしても犯人は(次の単語ネタばれのため白字です)
内部の人間という、コナリーの作品では何度も使われている設定は、さほどおもしろいとは思えない。(2011.2)

エコー・パーク Echo Park
マイクル・コナリー著(2006年)
吉沢嘉通訳 講談社文庫(上・下)
ボッシュが、ハリウッド署時代に担当したマリー・ゲスト失踪事件。高層マンションの駐車場で車が発見されるが、マリーの行方は遂に分からずじまいだった。
ボッシュは、ロス市警の未解決事件課に復帰してからも、何度となくこの事件のファイルを借りだし、犯人と目星をつけた男ガーランドを探っていたが、捜査は滞っていた。
が、突如として、マリー・ゲストを殺害したという真犯人が名乗りをあげる。
連続殺人犯として拘留されているレイナード・ウェイツが、死刑を免れるのと引き替えに、他の殺人事件を告白するという取引をもちかけたのだ。事件を担当する検査官オシェイは、地区検事局長の選挙を間近に控え、派手な話題で名を上げる機会を欲し、取引に応じる決意をしたのだ。
ボッシュは、ウェイツとの面会と現場検証に立ち会うことを要請され、事件見直しの際に見逃していた情報があった事を知らされる。ウェイツは、他でも使用していた別名で捜査本部に電話をかけてきていたのだ。
さらに追い打ちをかける事件が起こる。ウェイツが、死体を埋めた森の中で現場検証をしている最中に、警官から銃を奪って逃亡したのだ。その際、警官2人とボッシュのパートナー、キズミン・ライダーが、銃撃されてしまう。
自宅謹慎の身となったボッシュは、重体となったキズの身を案じ、過去の自分の失態に落ち込みながらも、FBIのレイチェル・ウォリングに個人的な協力を要請、再会した二人は、再びいい感じになりながら、ウェイツを追う。

<以下ネタばれあり!>
ウェイツの現場検証の様子は、実に丁寧に細部に渡って描かれるが、ここは後に大変重要なシーンとなる。ボッシュは、そのときの様子を細かく思い出し、意外な真相にたどり着く。すなわち、ウェイツは、マリー・ゲストを殺していない、という事実だ。
ウェイツは、逮捕された夜、車でエコー・パーク近くにいたところを、たまたま警官の不審を買って職質されたのだが、「なぜ彼はエコー・パークにいたのか」という疑問から、ボッシュとレイチェルはウェイツの過去を探っていく。この過程がとてもおもしろい。ウェイツは、ボッシュと同様娼婦の子として生まれ、さらにはボッシュがいたのと同じ児童保護施設で育っていたことがわかってくる。やがて彼らはエコー・パーク近くの路地のどん詰まりにある一軒の家にたどり着き、ウェイツとボッシュの対決となる。
この対決で、何よりもほろ苦く心に残るのは、ボッシュが自分と同じ施設にいたことを知ったウェイツが語った二匹の犬の話である。
「マクラーレン(施設の名)では、どんな人間も自分の中に二匹の犬がいるという言い方を子どもたちに言い聞かせていたもんだ。いい犬と悪い犬だ。二匹はいつも戦っている。なぜなら、一匹しか一位の犬に、支配権を持つ犬になれないからだ。・・・そして、勝利を決める犬は、つねに自分が餌を与えようと選んだ犬なんだ。おれは間違った犬に餌を与えてしまった。あんたは正しい犬に餌を与えたんだ。」
レイナード・ウェイツについては、調書に残る記録と、ボッシュが見たウェイツの言動、二人が交わしたやりとりだけが記される。レイチェルが真っ先に指摘した彼の名前の言われ(「レイナード」は、中世フランスの民話に出てくるずるがしこい狐の名前。つまり、彼の名は、「狐のレイナードが待っている」という意になる)について彼自身の口から説明されることはなく、もっとも長くいっしょに暮らした里親で、隠れ家としたガレージのある家の持ち主である身体が不自由な老婆とどんな風に接していたのかも、ただ、彼の車に車いす乗降用のレールがあったということでしか示されない。が、こうした紋切り型の描写が、返って強烈にウェイツの特異な人物象を照らし出す。
やっぱりマリー・ゲスト殺害犯だったガーランドとその金持ちの父親、ガーランドに接触してウェイツにマリー・ゲストの罪を着せようとした意外な犯人や、彼と組んだ弁護士のモリー、そしてボッシュにあらぬ疑いをかけられたオシェイら、他の脇役がすっかりかすんでしまうのだった。
ラスト、レイチェルは再びボッシュから去り、パートナーのキズは回復したものの未解決事件課には戻らず、本部長室勤務を希望する。レイチェルは、ボッシュの無謀さに呆れて去っていったのだが、ボッシュがウェイツの隠れ家のガレージの扉を無理矢理開けるため、扉にロープをかけて車で引っ張るというのは、西部劇の脱獄手助けシーンを彷彿とさせる無茶ぶりで楽しかった。(2010.11)


終決者たち The Closers
マイクル・コナリー著(2005年)
古沢嘉通訳 講談社文庫(上・下)
ロサンジェルス市警に復帰したボッシュが、未解決事件班で過去の事件に挑む。かつての相棒キズミン・ライ ダーも現場捜査官に戻り、再びチームを組むことになった。
二人は、17年前に起こった女子高校生射殺事件の捜査を開始した。16歳のハーフの少女レベッカ・ヴァローレンは、何者かによって自宅から連れ去られ、自 宅の裏手にある森の中で自殺に見せかけて射殺された。凶器の拳銃に残された犯人の血痕が採取され、17年前には不可能だったDNA判定により、ローラン ド・マッキーという男が浮上する。
ボッシュとライダーは、17年間娘の部屋をそのまま維持し続ける母親に会い、行方不明になっているレストランのシェフだった父親を探し、レベッカの通って いた高校を訪ね、マッキーとレベッカの接点を見出そうとする。報告書を読んでは関係者を訪ね、容疑者の動向を見張るという地道な捜査の様子がたんたんと描 かれる。やがて、人種偏見を持つグループの関わりと、捜査方針に対する警察上層部の干渉があったことがわかってくる。

(注意:この後白字でネタバレが入ってます。)物語の4分の3くらいまで、ローランド・マッキーでひっぱる。やっとボッシュが彼と接触したかと思ったら直 後にマッキーの線は消え、読んでいる方は欲求不満に陥る。この放り出しぶりは、でも、ハードボイルドと言えばかなりハードボイルドな気もする。
(話を聞く約束をしていながら、結局会わずじまいだったレベッカの友だちもいる。)

犯人はこのあたりかなというところで落ち着くが、今回に限らず、私にとって本シリーズの魅力とは、「意外な犯人」よりも、事件の謎が少しずつほぐれていく プロセスを楽しむとともに、ボッシュがいかにして関係者と向き合い、対決するかをわくわくしながら見届けるところにある。今回は、現在は重職にある事件の元担当刑事ガルシアに上層部からの捜査妨害の有無について問い質すとこ ろや、ホームレス救済施設でのレベッカの父親とのやりとりなどがいい。
それにしても、いくばくかの苦い余韻は残るものの、ボッシュは、再びバッジを手にしキズミンと組んで捜査をできるのがうれしくてたまらないように見える。 (2007.10)


天使と罪の街 The Narrows
マイクル・コナリー著(2004年)
古沢嘉通訳 講談社文庫(上・下)
登場人物:ハリー・ボッシュ(私立探偵)、レイチェル・ウォリング(FBI捜査官)、ボブ・ヴァッカス(元FBI捜査官)、エレノア・ウィッシュ(ギャン ブラー、元FBI捜査官、ハリーの元妻)、マディ(ハリーとエレノアの娘)、ブラス・ドーラン(FBI捜査官)、シェリー・ダイ(FBI捜査 官)、テリー・マッケイレブ(船舶チャーター業者、元FBI捜査官)、グラシェラ(テリーの妻)、シエロ・アズール(テリーとグラシェラの娘)、バディ・ ロックリッジ(テリーの仕事仲間)、ジョーダン・シャンディ(テリーの船のチャーター客)、エド・トーマス(書店店主、ボッシュの元同僚)、キズミン・ ライダー(ロス市警警官、ボッシュの元相棒)、ジェーン(ボッシュのラスベガスでの隣人)、ザ・ポエット(連続殺人犯)
ボッシュ・シリーズ10作目は、シーリズ及びシリーズ外作品のこれまでの登場人物たちがぞくぞくと出てくる オールキャスト編。
船のチャーター業を営んでいた元FBI捜査官テリー・マッケイレブが急死した。
移植された心臓の疾患によるものと診断されたが、その死に疑問を抱いた妻のグラシェラは、私立探偵のハリー・ボッシュに調査を依頼する。
テリーが生前独自に調査していた過去の事件の ファイルを調べていたハリーは、テリーがネバダ州とカリフォルニア州境にある砂漠に行っていたことを知る。ハリーがテリーのメモの意味を探っていく過程は暗号解読のようでおもしろい。
一方、死んだと思われていた連続殺人犯ザ・ポエットが再び行動を開始し、僻地に左遷されていたFBI捜査官レイチェルは捜査チームに呼び出される。が、彼 女はオブザーバーとして扱われ、中心メンバーたちから捜査の茅の外に置かれる。
ザ・ポエットから届いたレイチェル宛のメッセージは、砂漠の一地点を示していて、そこには大量の死体が埋められていた。
前半は、ハリーの捜査と、>FBIチームの捜査が交互に描かれ、やがて、彼等は砂漠で出会うこととなる。被害者たちの共通点は何か、テリーが残した「三角説」という言葉を手がかりに、ハリーは、被害者たちと犯人の交差地点を突き止め、レイチェルと共に、砂漠の中にうち捨てられたような町クリアに向かう。
ハリーとレイチェルは、それぞれ相手の出方を探りつつ、手を組んで行動を共にするが、出会いの時点から互いに好意を抱いていることがあからさまなのがおかし い。それにしても二人とも相変わらずほれっぽい。
オールキャストではあるが、話はハリーとレイチェルの行動を中心に、ごくシンプルに進み、最後まで一気に読ませる。砂漠での一件のあと、クライマックスの嵐の夜へ。書店の前で の待ち伏せから氾濫した川での戦いへと映画を観ているように盛り上がっていく。そして最後の最後にひとひねり。
前作でラスベガスに住むエレノアから娘の存在を知らされたハリーが、4歳になったマディに抱くぎくしゃくした親心がいい。
ハリーは、娘の瞳に何を見出すか、テリーにそれを教えてもらった、だからそれだけでもテリーに借りがあるとする。テリーがハリーに対して抱いていた思いは もう少し複雑だったように思うが、ハリーがテリーに対して感じている友情は至ってストレートだ。
なにかと調査に首をつっこみたがるロックリッジの見方も二人の間で微妙に違うのが興味深い。テリーは、もともとうっとうしい奴だけど、危ないところを助けて貰ったし、憎めないやつだし、しかたないか、という感じだったが、 ボッ シュは、憎めないやつで好きだけど、捜査にはじゃまだなという感じ。

映画化された作品「ブラッドワーク」 に関して、ロックリッジが怒っているのがおかしい。彼が怒るのは無理もないが、固いことを言えば、フィクションを映画化するのと 実話を映画化するのとでは、制作者側の気遣いはだいぶ違ってくるはずで、劇中の人物がクレームをつけるのは、愉快だけど、ちょっとフェアじゃない気がしな いでもない。
このあと、ボッシュは、ロス市警に復帰するらしい。(2007.10)


暗く聖なる夜 Lost Light
マイクル・コナリー著(2003年)
古沢嘉通訳 講談社文庫 上下巻
登場人物:ハリー/ヒエロニムス・ボッシュ(私立探偵、元ハリウッド署刑事)、エレノア・ウィッシュ(ボッシュの元妻)、キズミン・ライダー(ロス市警刑 事)、ケイシャ・ラッセル(ロサンジェルス・タイムズ記者)、ジャニス・ラングワイザー(弁護士、元検事)、ロイ・リンデル(FBI捜査官)、クェンティ ン・マッキンジー/シュガー・レイ・マック(ジャズ・プレイヤー)
ハリウッドハリウッド署刑事を辞し、私立探偵となったハリー・ボッシュが、初の一人 称語りで登場、警官時代に関わり未解決のまま放置されていた殺人事件の真相究明に当たる。
映画製作プロダクションの女性スタッフ、アンジェラが殺害された直後、撮影に使用された現金200万ドルがロケ現場から強奪された。
事件はすぐさまハリウッド署から市警本部に渡されるが、担当した二人の刑事は、レストランで何者かに襲撃され、一人は死に、一人は負傷し全身不随の身となって生き残る。
アンジェラの殺害、ロケ現場現金強奪、そして二人の警官襲撃に繋がりはあるのか。
生き残った刑事ロートンの願いもあって、事件を掘り起こし始めたボッシュに市警とFBIから待ったがかかる。
FBI捜査官失踪事件とテロリスト・グループの現金運搬人の逮捕が絡み、 事件は予想外の広がりを見せるかに思えたが、やがてボッシュの捜査線に浮上したのは、意外な人物だった。
ボッシュは、辞めたやつが入ってくんなと元同輩に言われ、世界の平和を守る仕事の邪魔をするなとFBIに言われ、バッジを持たない無力さをつくづく思い知らされながらも、経験と実力にものを言わせて単身捜査を進めていく。
かつてのチームメイト、キズとの関係悪化に心の痛みを覚え、首から上以外一切身体を動かせず一日中テレビを見て過ごす元警官ロートンの惨めな姿とそれに付きそう妻のダニーを不憫に思い、別れた妻エレノアへの思いをいまだに抱き続ける。
ともに仕事をしたことのあるFBI捜査官リンデルとのやりとりがよい。ッシュは、失踪した恋人を想う彼の気持ちを察しつつもFBIの一員としての彼を警戒する。友情と駆け引きの混ざり具合がいい。
クライマックスは、派手なアクションで隣近所をお騒がせするはめに。
邦題は、ルイ・アームストロングの超有名な曲「この素晴らしき世界」の一 節。ダニーが歌う歌の歌詞に登場する。(2006.10)


「シティ・オブ・ボーンズ」 City of Bones (2002)
住宅街の裏の林から犬がくわえてきたものは、20年前に殺された少年の骨だった。ボッシュ・チームが少年の無念をはらすべく、捜査にあたる。

夜より深き闇 A Darkness More Than Night
マイクル・コナリー著 (2001年)
古沢嘉通訳 講談社文庫 上下巻
「わが心臓の痛み」の主人公マッケイレブとハリー・ボッシュの二人を主人公に配した一遍。
心臓移植手術を受けた元FBI捜査官マッケイレブは、自分の心臓を提供したドナーの姉グラシェラと結婚し、カタリーナ島で船のチャーター業をして暮らして いた。ドナーの息子レイモンドを養子にし、夫妻の間にはシエロと言う名の女児が誕生していた。
マッケイレブは、知人の保安官補ジェイ・ウィンストンからある殺人事件についてのアドバイスを求められる。事件の被害者は、かつて殺人事件で起訴され無罪 となった男エドワード・ガンで、アパートの自室で手足を縛られ異様なポーズをとらされたまま死んでいたのだった。
一方、ハリー・ボッシュは、ハリウッドの有名人である映画監督デイヴィッド・ストーリーを殺人罪で訴える検察側チームの一員として、法廷で戦っていた。ス トーリーと夜を過ごした女優が翌朝自室で他殺死体となって発見されたのだが、ストーリーは強硬に無罪を主張していた。
マッケイレブの地味な捜査の様子と、ボッシュらの緊迫した裁判劇が交互に描かれ、どちらもそれぞれ興味深い。マッケイレブは、ガンの事件の担当がボッシュ であったこと から、ボッシュに接触を図る。二人はすでに知り合いで、以前、最後まで身元の判明しなかった殺人事件の被害者である少女を悼んで二人で酒を飲んだりしたこ とも あったのだった。
マッケイレイブは、死体の異様な状態や現場に残されたラテン語の引用句およびフクロウの像といったデティールから、中世の画家にたどりつく。画家の名は、 ヒエロニムス・ボッシュ。犯人を追う彼の目はやがて画家と同姓同名のボッシュに向けられる。
二人のダブルキャストであるが、マッケイレブが見るボッシュの人物像にほぼ視点は据えられている。彼の目を通して描かれるボッシュは、有能な警官であ りながらも、常に不穏な雰囲気を漂わせ、ちょっとしたきっかけで暴走しそうな危うさをはらんでいる。マッケイレブは、ボッシュの真意を知ろうと、娘の話を 持ち出したりして探りを入れるが、ボッシュの受け答えはあくまでもストレートで心地よい。
二人のバランスを考え、双方に敬意を払っているようではあるが、かっこよさに関してはボッシュが優勢だ。
(以下ネタバレ!!)
マッケイレブは、心臓移植患者というハンディの他に、結婚して子供ができ、娘にめろめろになっている。ボッシュを犯人と疑うのはいまいち根拠が不十分で性急なように思われるし、 ウィンストンと同時に探りを入れてボッシュに感づかれるのは迂闊である。新聞記者マカヴォイへの情報提供の件で仕事仲間のロックリッジと悶着を起こすのもまたせっかちで、しかも後のことがあるとはいえ二 人が交わす会話はどうにも不自然だ。さらに犯人に捕まってかなり屈辱的な窮地に陥ってしまう。最終的にはお互い命を助け合って五分ということになるのだろ うが、どうもマッケイレブの方が分が悪い気がする。(2007.10)

「堕天使は地獄へ飛ぶ」/「エンジェルズ・フライト」 Angels Flight (1999)
ケーブルカー「エンジェル・フライト」の駅で惨殺された人権派黒人弁護士。
警官の“宿敵”だった彼の死の究明に、ハリウッド署のボッシュ・チームが乗り出す。


「トランク・ミュージック」Trunk Music (1997)
ラスベガスでエレノアと再会。リンデルともこの事件で出会ったはず。たぶん。


「ラスト・コヨーテ」The Last Coyote (1995)
休暇中、ボッシュは、自分が幼いころ殺された母親の事件を捜査することに。相当個人的。


「ブラック・ハート」The Concrete Blonde (1994)
ボッシュが市警から所轄に降格されるキッカケになったドールメーカー事件の真相が明らかに。
手強い敵であり喫煙仲間でもある女弁護士とのやりとりがよい。


「ブラック・アイス」The Black Ice (1993) 
警官殺害事件を追うボッシュは、やがて巨大麻薬組織の壊滅に関係することに。


「ナイトホークス」The Black Echo (1992)
FBI捜査官エレノアとの出会い。


<他 シリーズ>
わが心臓の痛み Blood Work
マイクル・コナリー(アメリカ 1998年)
古沢嘉通訳 扶桑社ミステリー文庫(上下)
心臓疾患のためFBIを辞した元捜査官テリー・マッケイレブは、心臓移植手術により一命をとりとめる。父親 から受け継いだボート<ザ・フォローイング・シー(追い風)号>で静かに暮らす彼のもとにある殺人事件の犯人捜しを依頼する女性が現れる。殺された彼女の 姉は、彼に心臓を提供したドナーだっ た。ドナーの死が事故でなく殺人によるものであると知ってマッケイレブは動揺し、捜査を引き受ける。
元敏腕プロファイラーが雑多な映像や報告書から犯人の手がかりを追っていく。コンビニのカメラが捉えた犯行の映像から、わずかな時間の齟齬とごく小さな物 品の消失に気づき、犯人像を割り出していく過程は読み応えたっぷり。術後数ヶ月しかたっていなくて、薬を手放せず、車 の運転すら禁止されているマッケイレブは、常に身体に爆弾を抱えているようではらはらさせる。
ミステリー好きですぐ捜査に首をつっこみたがるマッケイレブの隣人バディ・ロックリッジが憎めない。テリーに手を貸す保安官補のジェイ・ウィンストンは感 じがいい。(2003.9)

映画化:「ブラッドワーク」

ザ・ポエット The Poet
マイクル・コナリー著(1996年)
古沢嘉通訳 扶桑社ミステリー文庫(上・下)
登場人物:ジャック・マカヴォイ(デンバーの新聞記者)、ショーン・マカヴォイ(デンバー市警刑事、ジャックの双子の兄)、レイチェル・ウォリング (FBI行動科学課捜査官)、ゴードン・トーソン(FBI行動科学課捜査官、レイチェルの前夫)、ボブ・バッカス(FBI行動科学課課長代理)、ホレイ ス・ゴンブル(元CIA催眠療法研究者、のち催眠術芸人の囚人
デンバーの殺人課刑事ショーン・マカヴォイが自殺した。彼は少年を惨殺した殺人犯を追っていたが、捜査は進 展せず精神的に追いつめられていたというのが警察の見解だった。しかし新聞記者である双子の弟ジャックは、「空間の外。時間の外。」というなぞめいた遺言 を残した兄の死に不審を抱き、独自に捜査を開始する。
ジャックは、州を超えた警官の自殺についてのデータを手に入れ、共通する案件を取り出し、関係者に話を聞いて、事実の断片を集めていく。彼は手がかりを 追っていくつかの町を訪ねるが、相棒の自殺を信じていないことを示唆するシカゴのワシントン刑事、ボルチモアのブレドソー元刑事らがいい。そしてついに、 驚愕の事実にいきあたる。本作の読みどころは、なんといっても、この物語前半四分の一辺りで明かされる、ぞっとするような発見にある。
やがてジャックは、FBIの捜査チームに加わり、彼等が「ザ・ポエット(詩人)」と名付けた連続殺人犯を追うことになる。
事件絡みで死んだ警官を身内とするジャーナリストのジャックは、時に真摯に、時にずるく立ち回る。ショーンや他の家族に対して抱いている引け目や記者と してのプライドや計算が入り交じって複雑でシニカルな人物となっている。彼が心を引かれるレイチェルは、腕利きのFBI捜査官だが恋にも積極的である。 が、彼女 が警官の自殺に拘るのには理由があり、彼女と別れた前夫のソートンは、彼女をアリゾナの「ペインテッド砂漠」に例えるのだった。「美しいが荒涼としてい る」と。
物語は、彼らの捜査の様子に、謎の男グラッデンの言動を差し挟んで展開していく。当初は子どもの写真を撮る不 審者だったグラッデンの行動は徐々にエスカレートし、やがて彼の存在は、捜査チームの知るところとなる。
二転三転する犯人像。グラッデンを待ち伏せするあたりから、ページをめくるのがもどかしく、はらはらどきどきさせられる。充分楽しませてもらったからいい のだが、それでもこの「意外な」犯人の正体はいかがなものかと思わなくもない。 (2007.10)

参考:エドガー・アラン・ポーの詩 「魔の宮殿」(「アッシャー家の崩壊」の作中詩)、「夢の国」

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