みちのわくわくページ

○ 本 冒険 国境犯罪活劇 

荒ぶる血(ジェイムズ・カルロス・ブレイク)
パンチョ・ビリャの罠(デズモンド・バグリー)

国境は、冒険小説好きにとって、なにかそれだけでわくわくさせるものがある場所だ。「パンチョ・ビリャの罠」を読んだ後、たまたま「荒ぶる血」を手にしたのだが、期せずして続けざまにメキシコとアメリカの国境を舞台にした活劇を読むことになった。しかもどちらの物語においても、メキシコ革命の英雄パンチョ・ヴィラの腹心であり、「肉食獣(エル・カルニセロ)」の異名を持つ殺し屋ロドルフォ・フィエロが深く関わっているのだった。前者においては、死んだと思っていたフィエロが生きていて主人公たちと銃撃戦を繰り広げるし、後者においてはフィエロの血を引く若者が主人公となっている。

荒ぶる血 UNDER THE SKIN
ジェイムズ・カルロス・ブレイク著 (2006)
加賀山卓朗訳 文春文庫
★ねたばれあり★
「荒ぶる血」は、西部劇のテイストが多分に混じった犯罪活劇だが、さらに、一人の若者の生い立ちを描いた教養小説(教育ものという意味ではなく、人の生い立ちを描いた小説という意味である)であり、初々しい恋愛小説でもある。いろいろな要素が押しつけがましくなく適度に導入され、ハードな暴力描写も多いのだが、読後感はいたっていい。きびきびとした文章がなんとも気持よい(翻訳の妙もあると思う)。
プロローグに登場する殺し屋フィエロは、ひたすら不気味で怖くてかっこいい。彼に相対する娼婦アバもまためちゃくちゃクールであり、それは彼女が母となってからも変わらない。
本編は、その二人の間に生まれた子ども、ジミー・ヤングブラッドが21歳になっている1930年代が舞台となる。ハーフである彼は一見メキシコ人に見えるが、青い眼をしていて、英語とスペイン語を話す。ジミーは、テキサス州、ヒューストンの南東に位置するガルヴェストン島を牛耳るギャング、ローズとサムのマセオ兄弟に雇われている殺し屋(「幽霊」と呼ばれる)である。「幽霊」らは、マセオ兄弟にはむかう者がいると密かに出向いて暴力と死を持って制裁する。
ジミーは、そうした危険この上ない犯罪者集団の一員なのだが、登場時点から物語の終わりまで、一貫してすこぶる魅力的だ。圧倒的にけんかが強く、躊躇なく人を殺すが、無関係の人間には危害を加えない。旅の途中列車の中で知り合った幼い兄弟や自分が住むアパートの隣人たちには、細かい気づかいを見せる。ひと目見て好きになった美女ダニエラを口説く際には、うぶな若者となる。
彼が生まれ育った牧場を去ることになったいきさつや自分の出自を知るあたりの展開は、波瀾万丈でありながらひたすら切なく、ローズ・マセオとの出会いも読ませる。
ジミーとダニエラの恋は、とてもロマンティックだ。ダニエラは、もとメキシコ軍の将校で広大な農場を経営している富豪ドン・セサールに拉致され、無理やり妻にされた少女だ。ドン・セサールは、かつて農場をフィエロに襲撃され、片目をつぶされたといういきさつがあり、このことがまたラストのジミーとの対決への大きな伏線となっている。残虐な独裁者である夫の手から逃れるため、ダニエラは農場を脱走し、国境を越え、ガルヴェストン島に住む親せきの家に身を寄せる。彼女の拉致から脱走までと、ジミーの「仕事」を含めた日常が交互に描かれる。読み手は、二人が出会うまで程よくじらされ、二人の恋の進展にうっとりする。ジミーが仕事で留守の間に、ドン・セサールの手下がダニエラを連れ去る。ジミーは彼女を取り戻すため、国境を越える。用心棒仲間のLQとブランドが彼に同行する。彼らのやりとりがいちいちよく、その友情に泣かされもする。
ローズ・マセオはジミーを重用し、親しみをこめて「ジミー・ザ・キッド」と呼ぶ。これは西部のガンマン、ビリー・ザ・キッドをもじった呼び名で、しかもビリーが死んだのは、ジミーと同じ21歳。私はこの符合が当初から気になってしようがなかったのだが、それは杞憂に終わった。しかし、物語の展開は違う方向にハードに進むのだった。(2012.8)


パンチョ・ビリャの罠 HEAD GAMES
クレイグ・マクドナルド著(2007年) 
池田真紀子訳 集英社文庫
1957年、アメリカとメキシコの国境の町で、犯罪小説家ヘクターは、パンチョ・ビリャのものだというミイラ化した首を持った男に取引をもちかけられる。
パンチョ・ビリャ(1878-1923)は、メキシコ革命の英雄。1916年アメリカ、ニューメキシコ州コロンバスを襲撃し、騎兵隊駐屯所や町に被害をもたらした。当時のウッドロウ・ウィルソン大統領は、ジョン・パーシング将軍を指揮官とする遠征部隊を編成、若きラシターも一隊に加わったが、討伐は失敗に終わる。1920年の和平協定後、ビリャは農園主となるが、1923年に暗殺される。彼の首は、1926年墓所から盗まれ、所在不明になっていた。首には、ビリャの財宝の在り処を記した地図が隠されているといううわさがあった。 
メキシコ革命の英雄の首と財宝をめぐって、ラシターとそのインタビュアーの若き詩人バドは、激しい争奪戦に身を委ねることになる。上院議員プレスコット・ブッシュと彼とつながるイェール大学の秘密結社、FBI調査員、メキシコの犯罪者集団、パンチョの首を盗んだ元傭兵のホルムダール(一貫してかっこよく書かれている)、さらには死んだはずのビリャの腹心、肉食獣(エル・カルニセロ)の異名をとる殺し屋ロドルフォ・フィエロまで現れて、ハードな戦いが展開する。
ラシターは売れっ子の大衆小説家であるが、やばいことに相当慣れているようで、銃撃に会っても大して動じず、臨機応変に対処する。こんなこと初めてのはずのバドも割とすんなり非常事態を受け入れ、二人はするすると犯罪絡みの戦いに参入していく。途中二人と行動を共にせざるをえなくなるエキストラ女優のアリシアも適応力大である。
テンポよく、適度にハードで、適度に軽快、適度にほろ苦く、恋あり、友情あり、しんみりしたり、うきうきしたり、はらはらしたりと、大衆娯楽活劇のだいご味満載の一品である。
フィエロやホルムダールは実在の人物らしいが、他にも映画ファンにはうれしい実在の人物が登場する。ラシターは、作品が映画化されているので、監督や俳優など業界の有名人と知り合いである。映画「黒い罠」(1958年、アメリカ)を撮影中のロケ隊を尋ね、監督・主演のオーソン・ウェルズと憎まれ口をたたきあい、ドイツの女優マレーネ・デートリッヒと思わせぶりな会話を交わす。アーネスト・ヘミングウェイとは旧知の仲だがある時期を気に絶交状態が続いていて、マレーネはそのことを気に病んでいるということになっている。 (2012.7)

ちょっと関連映画:「戦うパンチョ・ビラ」(1968) バズ・キューリック監督。 出演、パンチョ・ビラ(ユル・ブリンナー)、ロバート・ミッチャム、フィエロ(チャールズ・ブロンソン)。 脚本、サム・ペキンパー。

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